Louie Louie/IGGY POP
2007.10.20 [Sat] 14:01



うっかりしていると季節がびゅんびゅん過ぎていく。

せっかく生涯唯一の趣味にしようと始めたはずの乗馬も、
やはりドクターストップがかかってしまった。ツイてない。
その上、予測していた不安や諸問題がようよう現実化し、
その矛盾に心の中で苦笑しながら、「なるようになるさ」と
ひとまずはからだと視線を真っすぐ伸ばしてみる。

私は人からよく相談されるが、自分からはほとんど相談をしない。
というか、できないですね。皆忙しいのだ。それどころじゃないのだ。
まあしゃあないかあと、しんどい時は自分で心をストレッチ。

派手にしていたことを地味にすればいい。
見落としていたことに眼を向ければいい。
迷い続けていたことに白黒つければいい。
怠けていたことはかたづけていけばいい。
大切な人のことは心の中で温めればいい。
そのために、1日1日が用意されているのだから。

絶妙なタイミングでドキュメンタリー映画『PUNK'S NOT DEAD』を観た。
実力が認められたからといって、経済的成功を得るわけではない。
1発当てた後は使い捨てにもされる企業主体の商業主義のレールが敷かれる中、
ひょい、とそのレールから下りて、自分の生きたい道をラバーソールで歩き出す。
世界中にその名を知られていても、相変わらずバンにぎゅうぎゅう詰めで旅をし、
便座の壊れた安ホテルで、安酒を飲みながら、トイレでレコーディングする。
彼らはけして勝ち組ではない。商業競走のレールを叩き壊し、「D.I.Y」し続ける。
バカバカしくも純粋に生き残っているタフネスさだけが、人生を輝かせている。

DO IT YOURSELF。
やりたいことを、やりたいように、やっていこう。
16歳の時から変わらぬ信条は、いつでも帰ることのできる大切な巣。
自分の立ち位置には関係なく、日々いろんな風が巻き起こる。変化する。
目先の実利を取るより、自分の底を支える実力を磨いておく方が何倍も大切。
それさえコツコツと怠らなければ、量より質の高い仕事も、人間関係も、
生き方すべてが、いずれ熟してピカピカの実になってくれるはずだから。

こーいうのも、ポジティブシンキングというのかしら。
いずれにしても、がんばりすぎない自然の風まかせで、
新しい空気をめいっぱい呼吸していきたいなと物思う秋。
自然な笑顔を向けてくれる人の顔を、ひとつひとつ思い浮かべると、
なんだかこころがほぐされて、からだもあたたまってくるのです。
「気にかけてるよ」と伝わってくる、ほんの小さなメールで救われる。
やっぱりちょっとは寂しかったのかな。ほんとうはいつだって心細い。
だから、そんなちょっとしたことで十分力になるんです。ありがとう。

そうそう、今時分はどんどん空気も澄み渡って、ぐんぐん空も高くなる。
毎日空をぐいいっと見上げるのが、いちばん楽しい季節です。


louie louie,oh baby,
i gotta go
louie louie ,oh baby,
i gotta go NOW


いつでも私のメインストリートは「 Wild Side」
鼻歌で歩き過ぎる。

 

DREAM GIRLS
2007.09.16 [Sun] 08:04



敬老の日が毎年変わるようになった。

東京出張から戻った週末。
ひと仕事を終えてワインセミナーで日本のワイン、今池の鮨屋で生シラスと秋刀魚。
ドス・キゼオスのキューバ凱旋ドキュメンタリーとライブへ。
兄さん方の笑顔が50代にして輝き始めたことに、思わず涙する。
いつもより早めに床につき、日曜というのに目覚めるとまだ朝の6時。
観測史上最大級の台風。激しく降りしきる雨の音だけが、
鼓膜からまだぼんやりとした脳内ドームに優しく響いて、至極心地いい。
TVでは、緊急総裁選のライバル双頭が顔を並べて喋りまくる。
70歳前後にして国政に取り組まんとする人の表情は、一般の老人よりは若々しく、
この表情がいつまでも続くといいですのに、とつくづくやれやれと思う。

六本木ヒルズ・森美術館「ル・コルビュジエ展」へ、ようやく行けた。
世界の壮大な都市計画を次々と構想し、挫折の中で自身の美学を磨き上げていった、
不遇にして不屈であった建築家の生涯は、その作品同様に豊かにして質素であった。
私が1歳を迎えた翌月、妻のために建てたたった8畳の「海沿いの小屋」から、
カップ・マルタンの海の中へと消えていった77歳の命。

死のひと月前に残した言葉。
「めまいを起こすほどの速さで過ぎ去っていき、
終わりが近づいてくることさえ気づかぬ人生を通じて、
これらすべてのことは頭の中で起こり、形をとり、少しずつ芽生えていく」

無限大の構想を描きながら、計算されつくした小宇宙=休暇小屋の寝床に横臥した日々。
ああ、そうだ、この感じ。むやみに贅沢な空間を手に入れようとするのではなく、
持ち物少なく生き抜き、必要最小限の空間で大きな世界と繋がっていく。
そうした生き方は、どこかしっくりと自分になじみ、輪郭を顕にしていく。
コルビュジエのように溢れんばかりの才気を発揮することはできないけれど、
せめて、肩書きも名もなき作品がひとつでも多く、誰かの目に触れ、心に触れ、
その人の生涯の記憶の中で、わずかでも鮮やかな鱗片となってくれたらいいな。
 

Beautiful Scars/Kip Hanrahan
2007.09.02 [Sun] 21:40



夏休みのおまけの日曜日。

この夏食べたものを蝙蝠ブログに怒濤のアップ中、
ふと、つまらないことを思いだした。
思い浮かべると、キュッと胸が鳴る食べ物のこと。

真っ先に思いだすのは、晩ゴハンのうな丼。
店屋物ではなく、すぐ近所のわが家御用達の魚屋の鰻。
一間ほどの幅のまさしく鰻の寝床みたいな店で、
その前を通るといつも、香ばしい匂いが角を曲がるまで続いて、
急におなかが鳴り、一目散に家まで駆け戻ったものだった。
夏になると、ふちがちょっと焦げたその鰻が、
炊きたてのごはんに子どもは3切れ、
父には5切れ、母は端っこのまざった数切れが乗っけられ、
めずらしく蓋付きの丼で食卓に並ぶことがあった。

七夕の土曜日。15歳の誕生日目前の暑い暑い昼下がり。
公園の芝生の上で、生まれて初めてのキス。
いきなりの出来事に、とにもかくにも頭は真っ白、胸は祭り太鼓状態に。
その後何を話したかとか、まったく憶えていない。
黙ったまま夕暮れの中、自転車の後ろに乗せられて帰ると、
晩ゴハンはうな丼だった。

初めての体験と秘密に、全身動揺の塊化し続けていた私は、
その蓋を開けた瞬間も心此処に在らず。
ただただぼーっと湯気に目を落としていたのだろう。
「冷めるから早く食べなさい」と、母。
「いらんなら僕にちょうだい」と、弟。
「どっか具合でも悪いのか」と、父。
その声さえ、どこか遠くから聞こえているような気がしたのを憶えている。
はっと我にかえって箸を差し込んでみたけれど、
どうにも心散漫で、ごはんがぼろぼろ隙間から落ちて食べられない。
まるで少女漫画によくある一コマみたいだと、自分で思った。
少し冷め始めていた鰻ひと切れをやっとの思いで口に運ぶと、
生あたたかい感触が妙に生々しくフラッシュバックしてきて、
嬉しかったのか、困ってしまったのか、わけもなく泣きたいのか、
なんともごちゃ混ぜな気持ちで味すら感じなかったことを憶えている。

その鰻屋はもうない。
相手の男の子の実家の前はたまに通るけれど、
今どうしているかわからない。
実家でうな丼を食べることもない。
今夏はうな丼を1度も口にしなかった。
そして、甥っ子はその時の私と同じ歳になっていた。

気づいたのは、すっかり蓋付きのうな丼を食べなくなっていたこと。
うな重や櫃まぶしなら全然平気。でも、蓋付きのうな丼は・・・きっと、
今でも蓋を開けた瞬間に、あの動揺が戻って食べられなくなってしまいそう。

「何か食べられないものはありますか?」と訊ねられたら、
これからは、「蓋付きのうな丼」と答えるようにしよう。
 

What's Going on/Marvin Gaye
2007.08.07 [Tue] 11:41




大黒様が逝く。

ピンクモヒカンでバイクと人車一体化していた若き日の私に、
ゴードン・マティニとマルガリータ、
セロニアス・モンクとローランド・カーク、
小津・溝口とミルトン・ナシメントを教えてくれた福笑い兄が、
元気なまま安らかに「太陽の麓まで」旅立っちゃいました。

バレーボールズのvocalist 天之助。私はてんてんと呼んでいた。

可愛い可愛いを連発して、いつも美味しいデートに誘ってくれた
御陽気な高笑いと、天まで届きそうな澄んだ歌声。

亡くなる前夜、私の弟夫婦と甥っ子姪っ子をいつものように
うひゃうひゃといじり倒し、週明け飲む約束をして去ったとか。
その約束の日が、お別れの日になりました。

素敵なお猪口を揃えておいしいお酒を呑ませてくれたお礼に、
屋久杉のチビ升を棺にいれといたよ。
天上の鳥居をくぐりぬけたら、一杯呑っとくれ。ありがとう。
いつかまた、ドライ・マティ二で乾杯を。
 

緑色の夢から/寺田町&瀬尾高志
2007.07.29 [Sun] 01:41



こんな日が来るって、生まれた時から決まっていたんだろか。

誕生日前夜祭にはIGGYがフジロックのステージに立ち、寺田町からは新譜が届く。
日付が変わると同時に、毎年一番乗りでいただくお祝いメールに続いて届いたのは…
フジロック会場@苗場に到着したばかりのRECKからの「ハッピーバースデー」。
今年は、毎年ブラザー達と主催する「MOTO-FEST!2007」の開催日。
だから、IGGY&THE STOOGESもFRICTIONも観ることはできないけれど、
5周年を迎えるSPECIAL ANNIVERSARYに、ライブレコーディングを。
そのために少しはお小遣いも貯めていたので、みんなの協力で実現してもらうことに。
何かが生まれる日って、やっぱりいいなあ。
育てていくのは大変だけど、毎年毎年、小さな喜びと成長が重なってゆく。
私もそんな風にして生んでもらい、育ててもらって今日がある。
ぜんぶぜんぶ、脈々と。生きているものは続いていく。

梅雨の晴れ間に王子たちと、村井ジーザスにこの夏の成功も、ご祈願。
向日葵がまぶしい、夏がそろそろ始まります。

ひとつ歳を重ねて、最初に聴いた曲。あまりに心にぴったり溶け込み、私がそこにいた。
「ななめにかしぐオリオン座」より 寺田町vo&g/瀬尾高志b

ななめにかしぐオリオン座 季節はまた過ぎた
君は今も霧の降る あの街に住んでるだろうか

朝に震える少女のこと 夜におびえる少年のこと
君は今もきっと 祈るように歌ってるだろう

まばたきもしないで 朝陽を見つめてた
一言も話さずに 夕陽を見つめてた

鉛筆の削りかすを 少しずつためておいて
風の強い特別な日に 高い窓から空へまいて

風の吹くその先が いったい何処なのか
そしてそこに何があるのかを 知りたいと思ってたんだね

たったひとつの月が いくつもいくつも上り
たったひとつの月が いくつも消えていった

あの丘に立つ桜の木 今年も咲くだろうか
その花を見上げる人は いったい何を思う

まばたきもしないで 朝陽を見つめてた
一言も話さずに 夕陽を見つめてた
 

Yellow Rain/Soul Bossa Trio
2007.07.12 [Thu] 12:14




凄い雨。まるで亜熱帯スコール。
街中が洗い流されてしまうんじゃないかと、
それならそれでいいかもと、ふと思ったり。

行くつもりの場所がことごとく間違いだらけ、大ハズレで路頭に迷った時、
何か不思議な力に導かれるのか思いがけない場所にたどり着くことがある。
気がついたら、今池ゴッドマザー&ドン・コルレオーネファミリーに連れられ、
リサイクル着物屋蘭丸、ソウルフードきも善を経て、「マイアミ」へ。
「会員制」の札に長年ビビり続けてきた扉の向こうは…魔窟ならぬ秘境ワールド。
もはやドンに逆らうことなど許されず、音楽赤提灯得三経由でチャイナタウンへ。
帰り際、銀紙に包まれたブツをドンから手渡され、タクシーに乗せられてました。

ああ、ああ、やっぱりディープです、夜の今池、魔の水曜日。
「また帰ってこいよ」とドン・ファミリーに餌付けされちゃって、
今度行った時にはマンション用意されてたらどうしよう。あり得る。
鮨屋・やきとり屋・会員制クラブ・ネイルサロン…
ぜんぶ今池コルレオーネ一族だと、つい最近知りました。恐れ入りました。

目覚めて開いた銀紙の中には…ドンが食べ残した餃子が3個。(合掌)


写真は「豚の自由」という別エリアの魔窟にて。
ボブおじさんのグラフィティアート写真がひらめく、ジャンクな七夕。
 

起きて〜寝るまでクラッシック
2007.07.05 [Thu] 03:23




清楚で、身の丈美しく、あたたかな品格がある。

FRICTION、映画「コマンダンテ」、bloco pikaiaと
恵比寿・高円寺・渋谷を駆け抜け、青山のパーティーで喧噪に幕。
御茶ノ水にある「山の上ホテル」、通称HILL TOPに3連泊逗留。
ツインの部屋で、わしわし〆切原稿をあっぷあっぷ。

長年この御茶ノ水界隈で業界誌の編集長をしてきた叔父と、
ギターの貿易商をしていた父が出張で歩いた楽器屋街。
その血を汲んでか?若き日の私は上京の度、DISK UNION通い。
通りで落ち着きすぎて、帰れなくなるはずね山の上。

音楽と本と緑とレストラン&バー豊富な環境は、私にとって至福。
日がな隠って原稿書き詰めては、
息抜きに雨の古本屋街や湯島を散歩、古びたタンゴ喫茶で読書。
山の上ホテルで、常磐新平著の「山の上ホテル物語」を読む楽しさ。
バーやカーヴでワインと軽晩餐して、また部屋仕事。
深夜にふらりと、オーセンティックな止まり木へ。

誰とも約束入れず、どこにも行かず、都心の杜で普通に過ごす。
明日はさすがに帰りますよ。そしてまだまだ、書きまくります。
 

Search&Destroy/IGGY POP
2007.06.22 [Fri] 16:29




葛藤、抵抗、格闘の日々は続くよ。

薬事法と闘いつつ通販ダイエット食品のコピーを書いたり、
かと思えば、国家的プロジェクトの提案書を練り上げたり。
ホテルのマーケティング企画からミュージシャンのインタビュー準備と、
ワタクシ、仕事の内容がまったくもってめちゃくちゃです。
いいのか。ええのんか。どうなんだろう?
ひとつだけいえるのは、
「イラスト入れてーカッコいい写真でーあっ、いいじゃん」という、
広告の上っ面しか見ないような安易ーなディレクションは、
嫌われようが疎ましがられようが、バッサリたたっ斬る!!
こうるさい気難しいオンナでごめんね、お客さんとユーザーのためよ。

わかりやすくておもろいばかりが、伝わりやすいことではないです。
マンガはけして悪くないけど(私も毎月5冊は買う)、
それが通常レベルになっちゃうと、良い小説や指南書は読めなくなる。
アクション映画ばかり見ていると、心の機微を描いた名作がしんどくなる。
文盲率が世界一低い国として誇れた時代から、
今や中学レベルの漢字すらろくに書けない読めない高卒がゴロゴロいる。
薔薇の字なんて書けなくても、高島屋では買い物できるけどね。
私も、16画以上の漢字はまったくもって書けません。
でもでも、広告は、文字通り社会に「広く告げる」ツール。
文字文化をカジュアルに支える・鍛える役割は、大きいんじゃないかなあ。
そんな使命感を持って、文字選び、言葉選びをしているつもりです。
とはいってもね。
スペックを読むのがかったるいと感じさせてしまうようになったなら、
それは企業とコピーライターの罪である。反省しないとー気合い入れないとー。
かつての糸井重里のコピーは、「不思議大好き」とか「おいしい生活」という、
その時代にキテレツなインパクトを与えた一連の作品よりもむしろ、
スペック・リードが素晴らしかったから、あれほどの成功を収めたと思う。
よく取材され、イメージされ、読み手のことを考えて作られた、限られた数行。
ハタチの私は、ガツーンと頭をジャストミートされ、キラキラ星を見たのです。
そうなの。私の原点は、いまだにそこにあるのよ、ベイベー。


写真は「魂 MICK ROCK meets 勘三郎写真展」での
MICK ROCKのメッセージとサイン。

「“魂-TAMASHII”は、勘三郎の芸術の美を
僕の持ち味で表現したことに対する
リスペクトのしるしだとみなしている。

そのように
力強くて深遠な言葉を
彼が選んでくれたことに、
私は非常に感謝している。」(後略)

感謝とリスペクトの欠けた友情には、魂は宿らんちゅうことか。
 

BORN TO BE BLUE/CHET BAKER
2007.06.12 [Tue] 01:13




忘れられた記憶にすべき日記の一葉。


こころの画は、いつも「水面- みなも-」がデスクトップになっている。
凪いでいるようでも、嵐の中にある気配。時化の夜も海底は寡黙だ。
それでも、海は、それでも、苦しくても、死なない。

暗く鈍い鉛色の海原にたゆたい、音を遮りながら。
真下へと、沈んでいく。
髪は重力を失い、名残惜しげに水面に向かって揺らめき立つが、
ただただ目を閉じ、こころを閉じ、呼吸を閉じて底へと落ちていく。
手足で掻くこともせず、感情を一握も持たぬ石のように。
厚い雲の岩戸をこじ開け射し込む、一筋の真光のように。

自分が何を欲しているのか。必要でなかったのは、何だったのか。
どんな過去の痛みや苦しみを、扉の内にひきずっていたのか。
何を我慢していたせいで、ついには我慢できなくなってしまったのか。
その我慢は誰かのために守り続けるべきことなのか。
頑に守ることが却って、その誰かを傷つけてしまったりはしないだろうか。
自分から変わることの苦しみ、怖れ、軋轢に押し潰されはしないだろうか。
そうした戸惑いの渦巻きすべてを、石のように固めて閉じ込める。

アレルギーに理由も良いも悪いも、ない。起因の根っこは、もっと底の底。
封印していたはずの苦痛が、些細なことを銃爪に不意に悲鳴を上げただけ。
そう。悲鳴を上げるまで、私は私に鈍感すぎた。痛みを慣れにすげかえて。
悲鳴を上げてしまったことで、ようやく事の重大さに気づかされる。
人生という舟は、思う以上に重い“いかり”を積んで航海するもの。

「私は貝になりたい」。言うは簡単、生き抜くは難し。
自分というひび割れた貝殻を指先で補修して、奥底の悲鳴に耳をこらす。
すぐそばを、ふだん見たことのない若い熱帯魚が泳いでいった。
ひらひらと。その美しさは鑑賞できても、食えない彩色だった。
食らう人もいるかもしれない。「こりゃ旨い」と舌なめずりして。
私は無関心を決め込めばそれで良い。もともと知らない魚だったのだし。
通りすがりを気にかけることはない。さほどひもじいわけじゃなし。
口に合わないところはあっても、「ずっと同じ海を泳いでいけたら」
それだけで生きていることが嬉しく感じられた昔なじみの魚とは、寄せる想いも違う。
でも。その古びた想いとも、あらたな甦生のためには決別を。

水の中では、寄り添ってもすぐに離れる。互いに掻けば却って弾きあう。
魚ごころ、水ごころ。
もう、手足をむやみに掻くのはよそう。水の力にまかせればいい。
法螺貝に閉じ込められていた古の音に耳を澄まして、未来を拓く。

思えば、こうして静かに底に沈んでいく時間が
いちばんやすらげる居場所だったかもしれない。
やわらかな可視光と、豊かなプランクトンと、紅珊瑚の指先に撫でられて。
此処には凪ぎも波乱もなく。静かであたたかな水の抱擁のみ。
生命のエロスは自然な愛撫で穏やかに恍惚へと導いてくれる。

貝はもう二度と、螺旋を描かない。
ゆるりとまっすぐに降下しながら、やがて、天に最も近いところへ。
 

Kaulua/Hula Le'a
2007.03.26 [Mon] 11:33



日曜の朝は、ベルベット・アンダーグラウンドの
「SUNDAY MORNING」で目覚めたが、
月曜の朝は、最新のハワイアン・ミュージックでスタート。
遠い宇宙に思いを馳せて、銀幕の世界をナビゲートする
そんなコピーを書くには気持ちにもゆったり感が必要ね。

卒業式を終えた18の春休みに、初めて訪れたハワイの島々。
あら、気がつけばちょうど今時分。ああ、あれから四半世紀に近い。
何度訪れてもラブリー度満点、脳天が開きっぱなしになれる島。
新婚・カップルの間を縫って、白砂に名前のない相合い傘を
デカデカと描くフトドキものは、私です。

結婚というのがこの歳になってますますわからなくなる私にとって、
週末のデートと日曜日の微睡みと、月朝のお目覚めシャッキリ。
そのスイッチON/OFFはとても大切。うまく流れればエナジー充実。
サザエさんのエンディングテーマを聴きつつ顔に縦線浮かべなくても、
やりきれてない宿題はどうせてんこ盛り、山崩しの1週間は繰り返す。
今週も、東京・鎌倉お泊まり出張、週末花見ビデオ宴会とみっちり、
お次の日曜日は、得三にて恒松正敏グループ/ZYMOTICSライブです。
ドキドキ自分からお出かけしていかないと、1週間なんてすぐですよ。