二つの異なる数

May 20 [Tue], 2014, 14:18
数のシークエンスにおける重複するペアを取り上げれば1としてコード化されることになる二つの同じ数が現れるか、それともOとしてコード化されることになる二つの異なる数が現れるかにしたがって、それらペアをコード化することができるからである。1001が異なる一同じ一異なるとして言い換えれば010としてコード化し直される。これによって五つの記号からなるプラスマイナスのシークエンスを、三つの記号からなる1/0のシークエンスに還元することができそして奇妙なことにこのようにコード化されたあらゆるシークエンスは図式に厳密に適合するのである。たとえば、二度適用された同じ/異なるのコードによって111と101にグループ化されるありとあらゆるシークエンスは、実際のところ白のシークエンスである。このことは次のことを観察することで簡単に説明される。すなわちコードの二度目の適用におけるlがプラス/マイナスの三つの記号からなる組合せのなかで、対称的な組合せの四つすべてを占める。つまり二度目の適用における1は一度目の適用における00と11をカヴァーし00と11はそれぞれカヴァーしていたということである。

単なる合理化にすぎない

May 15 [Thu], 2014, 17:09
大学のディスクールと関わるような知が、結局のところ、フロイ卜が用いているその語の最も軽蔑的な意味において、単なる合理化にすぎないということである。私たちはこうした知を、ひとつの領域を論じ尽くそうとする一種の百科事典的な努力として思い浮かべることができる。それは、論理学的にかつ、または物理学的に明白な矛盾によって提起される困難を維持しながら、現実的なものに取り組もうとする思考ではない。多かれ少なかれどのような種類の議論も、主のシニフィアンのためにはたらくものは、それが理性と合理性の外観を装うかぎり、うまくいっているように見えるのである。ヒステリー者のディスクールヒステリ一者のディスクールでは、分裂した主体が支配的なポジションを占め、Slに呼びかけSIを問いにふす。大学のディスクールは、そのきっかけを主のシニフィアンから受け取りながら、これをある種のでっちあげられたシステムによって覆い隠していた。それに対してヒステリー者は、主人に食ってかかり、主人が自らの力を示すこと、すなわち主人が知を用いて何か重要なものを産出し、これによって自らの気概を証明することを要求する。

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