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私の音楽ルーツを辿る / 2006年02月04日(土)
 今回は、現在の私の音楽ルーツを改めて思い起こしてみたいと思います。1975年に生まれ、父、母、姉との4人家族。もともと父母が歌好きで、父が数多くの歌謡曲のレコードを所有していて、母は常にラジオなどを聞き、姉もすでにその影響を受けていました。そんな家庭環境で育った私が、歌を嫌いなはずがありませんでした。当時はピンク・レディーが全盛期。よく姉と一緒に歌っていました。当時、うちの母親が家族の会話のやりとりや、テレビから流れる歌番組などの模様をカセットに録音していて、数年後に聞かされたことがありました。ピンク・レディーや、郷ひろみさん、ジュリーこと沢田研二さんの時に絶叫して、因幡晃さんの「わかって下さい」の時には、なぜか大声で泣いている模様が収録(!)されていて、なんとも言えない気持ちになりました・・・。当時1歳の私でした。

 そんな早熟な幼児で、レコードを聞き出すのも早かったのです。姉が買ってもらっていたピンク・レディーのシングルを何度も何度も繰り返し聞いていました。そのレコードとは「カルメン’77」でした。その頃のビクターのアナログのレーベル色は黒だったんですよね。その後の、オレンジ色のレーベルの方が印象深いですけどね。

 そして、私がはじめて買ったレコードとは、実は桑江知子さんの「私のハートはストップモーション」なんです。当時4歳の私。両親に連れて行ってもらったデパートで姉と一緒にレコードコーナーをじっくりチェックし、私は当時CMで何度も耳にしていたこのレコードを手にしたのです。姉はピンク・レディーの「ジパング」を購入しました。その頃は、アイドルというよりも歌謡曲全盛の時代でしたから、初めてのレコードが桑江さんというのも頷けます。その年、1979年の日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞したのも嬉しかったですね。


 幼稚園に上がって、年少組の頃、「将来、なりたいものを絵に描いてください。」という事があったんです。その時の私が何を描いたかと言うと・・・私が中心に描かれていて、その周りにはたくさんの黒い円盤がいくつもあったんです。それは何を意味しているのかと言うと、「レコード店の店員」でした。その頃、デパートに行けば必ず真っ先にレコードコーナーに足を運び、飽きる事なくレコードチェックをしていました。レコード屋の店員になる事ができれば、大好きな歌謡曲とレコードに囲まれて過ごす事ができる、そう思い、ずっと夢に見ていたんです。すでにその頃には、以前「明星・平凡」アイドル誌の思い出で記したように「明星」と「ヤンソン」にも出会っていますから、家で歌本をずっと見て、レコードを聞いている。そんな幼少時代でした。

 最近はしばらく聞いていませんが、当時の私や姉の会話や歌のやりとりのカセットを聞いていると、あまりに滑稽で可笑しいですよ。山口百恵さんや、桜田淳子さん、岩崎宏美さんなどを結構歌っていたようです。そして、歌本を見ているくせに、漢字がわかっていないので、結構空耳状態で、歌詞間違ってるんですよね・・・。幼少期って、空耳で勝手な歌詞で歌っている事ってありますよね。

 当時は桑江知子さん、ピンク・レディーの他にも、榊原郁恵さんや、渡辺真知子さんのレコードを姉と共同で買ったりしてました。「イエ!イエ!お嬢さん」(ユーミン作曲)とか、「ロボット」を持ってますけど、よくこのレコードをかけて、歌ったり踊ったりしていた頃が懐かしいですね。こうやってみると、やはり男性歌手よりも、女性歌手を好んでいたんですね。

 というわけで、私の音楽ルーツは、70年代歌謡曲ですね。そして、幼少時の家庭環境って絶対にその後の人生とか考え方、趣味などに大きく現れるなあって感じます。小学校1年の時、町内会の新年会では、カラオケで寺尾聰さんの「ルビーの指環」を歌い、カラオケ初体験をする事に。近所の方々が、いまだにうちの両親に「今でも音楽が大好きなの?」って訊ねてくるらしいです。お陰様でいまだ現役で音楽を愛し続けております(笑)。「ルビーの指環」は、そんなこともあってか、すごく思い出深い曲ですね。歌というものは、たくさんの思い出と共に、いつまでも人の心に残るものです。これからもそんな「音楽」そして、歌と共に歩んでいきたいですね。
Posted at 21:55/ この記事のURL
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コメント

私と歌謡曲の出会いはやはり幼少期にGSにハマってた姉貴に影響されたのがきっかけでした。また姉貴の友達がドーナツ盤(シングルの事)をやたらと買い漁っていたので当時流行の“家具調ステレオ”で「ブルーライトヨコハマ」「人形の家」「虹色の湖」などを聴かせて貰いに行きました。我が家ではお婆ちゃんが美空ひばりのファンでターンテーブルの主導権を握っていました。たまに姉貴がピンキラ「恋の季節」などをねだって買って貰ってましたけど。ある時、見慣れないオサラを発見。「涙をどうぞ/梢みわ」と言う歌謡曲でした。当時のB級歌謡なんですが子供にはまったく認知度のない彼女の曲を買ったのは父でした。♪涙、涙、涙をどうぞっ!と言うフレーズを嫌と言うほど聴かされました。梢みわは東芝の一人GS「恋のバイカル」が有名ですね。その後小学校高学年になると自分でもレコード屋へ足を運ぶようになり山本リンダや由美かおる「炎の女」などキワモノから購入するようになりました。当時はリンダの新曲が出るとレコード屋へ行きレジのお姉さんにかけて貰っていました。お姉さんも売り物のレコードを知ったこっちゃないわとガンガンかけてくれました。「奇跡の歌」「闇夜にドッキリ」などこの店はやたらとリンダがかかるとお客さんも不思議そうでした。
Posted by:nancy196105 at 2006年02月08日(水) 00:53

   
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