この番組は、78年のスタート以来、12年間に渡って放送され大人気を博した音楽番組。僕は、幼稚園に入る以前から歌謡曲が大好きで、もちろんベストテンも当時から見ていました。ただし、子供の頃はどうしても9時前に眠くなって寝てしまうんですけど、ベストテンがある木曜日だけは頑張って起きていた事が懐かしいです。(たまに睡魔に勝てず、気づいたら寝過ごしてしまったことが多々ありましたが。)
当時ファンだったのは、松田聖子、中森明菜。どっちかっていうと、明菜さんのほうが好きでした。明菜さんは、毎回どんな衣装で歌ってくれるんだろう?って本当に楽しみでした。84年にチェッカーズに1位の座をよく奪われるようになって、チェッカーズがすごく憎らしかったです(笑)。
小学1年から、このベストテンとトップテンのランキングはすべてノートに書いていました。たまに、いつも放送しない21位以下のランキングが放送されたりすると、すごく嬉しくて、必死でノートに書き写していましたねえ。いつも、この2つのランキングと、地元ラジオ局のトップ10の3つのランキングを総合して、オリジナルのランキングを週末に集計するのが1週間の楽しみでしたね。当時から変わった小学生でした。
毎週発表されるベストテンのランキングと、オリコンの初登場順位との差がいつも気になっていて、子供ながらに「○○ちゃんは有線が弱いから総合が悪いんだよなあ。」なんて分析してました。よくリクエストハガキも出してましたね。
88年のベストテンでは、ナンノが歌詞を忘れてしまう大事件がありましたね。僕は当時、「もしかしてナンノはこのまま引退してしまうのではないか?」と思ってすごく悲しくて途方に暮れていた記憶があります。あの後半の震え、最後の謝りがいまだ脳裏に焼きついています。92年頃に特番で久々に歌った時に「また歌いたかった・・・」と泣いていた姿は本当にグッときましたね。
毎年、年末に放送される年間ベストテンが何よりも楽しみでした。当時ビデオがなかったので、年間ベスト100の発表部分はいつもカセットに録音して、後で書き起こししてました。それと、その日の出演者がデュエットしたり、アトラクションがあったりというのが魅力的でした。確か、87年放送の時に、明菜さんが「ロンリー・チャップリン」を歌われて、それがすごくハマっていて、当時、何度も繰り返し録音したカセットを聞いていました。結構、明菜さんとナンノは年末にチャートインしている事が多くて、ファンである僕としては、持ち歌以外にも歌う場面が多々あって、すごく満足してました。
89年9月28日の最終回での1位は、工藤静香の「黄砂に吹かれて」。「ああ、これでもうベストテンが終わりなんだなあ。」と思うと、本当に寂しくて、残念で仕方ありませんでした。フジテレビが映らない地域だったもので、ベストテンが終わったら、この時間帯何して過ごそう?って不安になったものです。
そんな、いろんな楽しみやランキングの魅力を教えてくれた、この「ザ・ベストテン」。僕の人生において、とても素晴らしい財産となっています。
パタパタとTBSのスタジオに響いたのが印象的です。78年から89年まで過去12年間ヒットした曲を歌うためのザ・ベストテンの同窓会は00年から04年まで毎年大晦日前の12月30日の夜にやってたんだが、05年に歌手・本田美奈子が亡くなったため、毎年12月30日のザ・ベストテン同窓会が放送出来なくて残念でした。理由はレコード大賞が06年から毎年12月30日にやることになったから楽しみにしていたベストテンの同窓会が出来なくなったのです。