NYCマラソン:エピローグ <ガニ股>はすっかり治りました

November 15 [Sun], 2009, 15:15
あっと言う間にマラソンから2週間が過ぎました。1週間もすれば、元気も元にも戻るかなあと思っていたら甘い、甘い!ガニ股は治ったけれど、まだスタミナがなくてすぐに疲れてしまいます。頭も常にボーッとしているし(いつものことか)、夜も8時頃になると、もうお眠。

誰でも42km走れば、疲労困憊になって当然ですが、やっぱり体力がすぐに戻らないというのは年だってことですね。(笑)身体は正直。これが今回のマラソンを通じて学んだ大きなことのひとつです。

年令を気にする、ということではなく、自分の身体とコンディションを十分に把握することが、とても大切なことだと思います。気持ちは若くても、身体がついて来ない時もあります。無理しないで、いかに身体の変化と向き合って上手に生きて行くかが、健康を維持するポイントですね。


17マイル(27.35km)地点でMGCのメンバーが撮ってくれました。ガッツポーズで元気そうですが、もうここで棄権しようと思ってました。

このようなことは、40代まであまり考えていませんでしたが、いくら爆発的な元気を持った私でも、年とともに身体は老化して行きます。これが自然の流れ。快く受け止めて、これからもまだまだ色々なことにチャレンジするぞ〜!


NYCマラソン:スタートからゴールまでのハイライト

November 13 [Fri], 2009, 7:07
午前9時前にスタート地点、ヴェラザノブリッジのたもとに到着。スタートヴィレッジで荷物を預けたり、トイレに行ったりして待つこと1時間半。プロフェッショナルの男性は9時、その後何組かのグループに分かれてのスタートがあり、あっと言う間に私のグループ、10時20分の時間。

スタテンアイランドーブルックリンークィーンズーマンハッタンーブロンクスとNY市5地区全部を通って、最後にマンハッタンに戻って来てセントラルパークでゴール、というのがNYCマラソンのルートです。

一見平坦に見えるNY、実は起伏が多く、ゆるい上り坂が2km近く続いたりする過酷なルートなんですよ。歩いていてもわからないほどの傾斜が走っているとよくわかり、それが結構辛い!

一番楽しかったのは、ブルックリン。まだ最初の頃で自分にも元気があったせいもありますが、1ブロック毎と言ってもいいくらい、歩道に地元の生バンドが出ていて、ラテン音楽、オールディーズのロック、ジャズなど、様々な音楽を演奏していましたし、ドーナツやティッシューなどを配っている親切な人たちもいて、大声援が聞こえました。
 

クィーンズとマンハッタンを結ぶクィーンズボローブリッジの手前、SちゃんとJJが応援にかけつけてくれました。日本語で「ちあき」と書かれたカードを見た時は感激!

でもブルックリンだけでなく、このNYマラソンは、毎年2万人以上と言われるほどの観客が応援してくれるんです。数では断然マンハッタンが多いですが、42kmの道沿いに切れることなく声援を送ってくれる人たちは、どれだけランナーの励みになることか!


心は辛さに泣いていた1番街ーあとまだ9マイル(14km半)あるなんて…

オフィシャルの 42.195km はブルーのラインで示されています。私はなるべくそのラインに沿って走りました。このラインをたどって行けば、ゴールまで行ける。。。そう思って、ひたすら走ったのでした。

ブロンクスに入る32kmあたりでは、もう足が痛くてどうにもならず、何度も止まろうと思いましたが、ここで止まっては走れなくなると思って、水を飲む時に少し長めに歩いたりしながら続けました。そんな時聞こえて来たのが、マイケルジャクソンの Beat It!

まだそんな力が残っていたのかと思うくらい、大きな声で皆一緒に歌っています。私も思い切り声を上げて歌いながら、そのコーナーを走りました。また元気を取り戻してブルーラインに集中。

しかしマンハッタンに入った時は、もうホントにこれ以上続けられない、と5秒置きに思っていました。ところがまたそこに現れた友人たちが何人かいて、「あと6−7km、セントラルパークはもうすぐそこじゃない!」と励まされて、重い足を引きずってまた続け…


辛そうに見えないって?

最後の3kmにさしかかったセントラルパークでは、苦しい時の神頼みならず、空に向かって「パパ、助けてよ!」と天国にいる父に何度も嘆願しましたが、「自分ひとりで成し遂げられるよ。」とクールな父は取り合ってくれません。むむむ。

もう泣きたいくらい辛かったのですが、この苦しさもあともう少しで終わるんだからと自分をなぐさめ、なだめ、最後の400mはダッシュしてゴールイン!

喜び?それよりダッシュしたせいで足が多少の痙攣を起こして痛くて歩けなくなってしまい、メディカルテントに行ってマッサージをしてもらいました。やさしくケアーしてくれたのが、めっちゃキュートな若者だったので、すぐ回復。厳禁な奴ですね、まったく。

その後はゴールインしたランナーたちの後について、荷物をピックアップしたりして、近くに住んでいるYちゃん宅へ向かいましたが、いつもの3倍以上の時間がかかりました。


完走したランナーたち

最初の記事にも書きましたが、この半年以上、影になり日向になって応援してくれた家族と世界中の友だちに心から感謝します。ありがとう〜!

それで、もうこんな辛いことは二度とやらないだろうって?

う〜ん、またフル、ハーフマラソンを走りたいかも。さらに違うことにもチャレンジしたい、そんな気持ちになってます。まだ当分は暴れ回りそうですね。


それじゃ、このまま東京まで走って行こうかな

NYCマラソン:まだ<ガニ股>のレース2日後

November 03 [Tue], 2009, 23:59
マラソン翌日の昨日は筋肉痛がひどく、カメさんのようにノロノロ、よろめきながら歩いていました。階段なんてとんでもない!というような状態でありました。今日はだいぶよくなりましたが、それでもまだガニ股です。(笑)

今年の完走者は約4万4千人私は女性の中で8282位。半分より上に入ったから驚き。この中にはオリンピック選手やプロのスポーツランナーも入っているんですから!オフィシャルタイムは4時間40分45秒。私の目標は5時間以内に完走することだったので、風邪引きで初めてだった割には上出来だったのではないかと思っています。

今日はアビーがフェリーに乗ってスタテンアイランドまで行くまでに撮ってくれた写真とビデオをアップします。…と思ってやってみたのですが、どうもビデオがうまくアップできないので、残念ながら写真だけ。

<ここに、午前7時半頃、私がフェリーターミナルに歩いて行くところを想像してください>


ランナーは指定されたバス、あるいはフェリーでスタテンアイランドに(NY市はマンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、クィーンズ、スタテンアイランドの5地区に分かれています)あるスタート地点に向かいます。


私が乗った8時のサウスフェリーがランナーにとっては最終便。フレッシュフルーツ、ヨーグルト、玄米のご飯、卵焼き、梅干し、温野菜、海苔など、しっかり朝食を食べたのに、またお腹がすいて出掛けに作ったピーナッツバターのサンドイッチを食べてるところ。

<フェリー艦内のぐる〜っと360°のパンショットを想像してください>


参加者は世界各国から来ているので、様々な国の言葉が聞こえて来るし、年令も様々。

 
ランナーたちは自由の女神が見えると、携帯電話を取り出してパチパチ撮影していました。アビーは2006年に初めてのNYCマラソンを走ったので、色々とアドバイスをくれました。今年はボランティアとしてゴール地点でランナーをケアーしていました。

<左横に何台も並ぶバス。歩いて一番前のバスに乗って、「行って来ます〜!」と手を振る私を想像してください>


午前8時33分、スタテンアイランドに到着。ここからはバスで出発地点まで移動します。ここでアビーともここでお別れ。

つづく…

NYCマラソンー翌日速報?

November 02 [Mon], 2009, 19:19
まずは結果からご報告を。
大変お騒がせしましたが、昨日11月1日(日)に無事、初マラソンを完走しました!応援してくれた皆さん、ホントにありがとう〜!

風邪との戦いで体力を消耗していましたし、前日まで微熱があったので、今回は棄権した方がいいかと思っていました。当日朝5時に熱を計ったら平熱に戻っていたので、1kmでも5kmでも走れるだけ走ればいいという思いで自宅を出ました。

「こんなに辛いことは生まれて初めて」というくらい、私にとっては苦しいチャレンジでしたが、風邪などハプニングがあったゆえ、さらに達成感がある体験となりました。

まだ友人たちから写真が全部届いていませんし、どこから報告をしていいのかわからないくらい疲れているので、今日はまず手元にある写真をアップします。

 
毎年マラソン前夜に開かれるパスタパーティー。セントラルパークの中にある Tavern on the Green というレストランの前に作られた大きなテントの中で世界各国からのランナーたちが最後の晩餐?このレストランの前がマラソンのフィニッシュラインでもあります。


サラダと3種類のパスタ。お味?何千人分も大量に作られているので…


スタート地点のスタテンアイランドに向かうフェリー乗り場の前で。写真を撮ってくれたアビーはスタテンアイランドまで付き添ってくれました。病み上がりでしわくちゃの顔してますね。しわくちゃは年だって?むむむ。

 
携帯電話で撮ったスタート前の私。右は出発地点から2−300m、ヴェラザノブリッジの上。この橋は長さが3kmくらいあり、半分が上り坂。最初から上りで1km半なんだから参ります。すごい強風でずっと帽子を飛ばないように押さえて走っていました。この辺はまだ携帯で写真撮る余裕が少しあたったけれど、この後はそれどころじゃありませんでした。


笑顔ですが、もうこれ以上走れないというくらい辛かった35km地点。ここでは友里ちゃんとランニングパートナーのボビーが声援を送ってくれました。

 
完走者は全員メダルがもらえます。今年はNYCマラソン40周年。友里ちゃんが作ってくれたサインと。右はマレーシア料理のレストランでお祝いの夕食をご馳走してくれたエレンが記念撮影してくれました。メダルを見せびらかしてばかりで申し訳ありませんが、うれしくてしょうがなかったのでお許しを。

寒いのに長時間路上に立って応援してくれた友だち、ありがとう!まるでセレブになったような気分でしたよ!(笑)

韓国まで出張に行っている友人たちからも激励の国際電話が入ったり、メール、テキストメッセージ、とにかく世界各国の友だちが応援してくれて、どれだけうれしく、励みになったことか!感謝感激であります!

それにたくさんの見知らぬ日本人から「ちあきさ〜ん、頑張って〜!」と日本語で声をかけられた時はじ〜んと来ました。このブログを読んでくれてるはずないのはわかっていますが、ありがとう!

つづく…

NYCマラソンのスタートまであと45時間!

October 30 [Fri], 2009, 14:49
泣いても笑っても、レースはあさっての朝に迫って来ました!

「ガンバレ〜!応援しているよ!」という励ましのメールや電話が、世界中の友だちからたくさん入って来て、とってもうれしい!みんなありがとね〜!

  
5日前にセントラルパークで最終トレーニングを行ったあと 

それなのに、あ〜それなのに…私は風邪を引いてしまいました。うそでしょ〜!って日頃からほとんど風邪も引いたことない私が、一番驚いてます。この7ヶ月トレーニングを続け、体調も万全に整えていたので、あとは日曜日を待つだけと思っていたのですが…

今、微熱があるので、日曜日までにどういう状態になっているか想像がつきません。もちろん私は走るつもりでいますが、熱があったら止めることも考えなくてはなりませんね。


27 日火曜日 雨に濡れた紅葉もきれい!

さぞ落ち込んでいるだろうって?それがね、強がり言っている訳ではないけれど、意外に落ち着いてます。というのも、マラソンに出場しようと思ってトレーニングをしなかったら決して知ることがなかったような、貴重なことを学んだからです。

色々とあるのですが、「こんなブログ書いてる時間があったら寝てろ〜!」という友人たちの叱咤の声が聞こえるので、一番大切だと思ったことだけ。

ランナーの先輩アビーを含めて、口がすっぱくなるくらい言われていた<マラソンのトレーニングは半端じゃなく大変なことで、身体への負担も普通の人の想像を超えるものだから、軽く見てはいけない。仕事や友だちのことなども大切だけれど、特に10月に入ったら、自分のことに集中して、とにかく無理をしない。>ということ。

 
昨日はマラソンエキスポに背番号を取りに行って来ました!これがなくては走れません。日曜日はあいにく午前中、雨と強風という天気予報なので、防水上下をやさしい友人がプレゼントしてくれました!

自分ではわかっているつもりだったけれど、9ー10月は仕事とボランティア活動を詰め込み過ぎました。やりたいことが多く、あれもこれもと欲張り過ぎたということです。頭で理解していても、身体の言うことにもっと耳を傾ける必要があったのだと反省

生きていれば、黙っていても年令は増し、身体も変化します。10年前にやっていた同じ量のことを同じ状態で出来なくなって行くのは自然なのですが、それに気づかずについ無理してしまう人は私だけではないと思います。


背番号を持って、マラソンルートの地図の前で記念写真!

いくら爆発的な元気を持った私でも、疲れというのは少しずつたまって行くことを忘れてはいけませんね。だからこそ、身体が「もうたくさんだ〜!」と悲鳴を上げて訴えたんだと感じます。ごめんね、Chiaki's body。

自分の身に降り掛かることで、理解不可能だったり、納得できないこともたくさんありますが、必ず何か意味があると私は思っています。今回のことも、私が体験する価値があることなのでしょう。

レースまであと45時間。あとは神頼み??(笑)

 
Right: Art work by Kenjiro Kitade @ hpgrp shot by Chiaki

ざんざん降りの雨の中、30kmを完走!

September 27 [Sun], 2009, 16:16
8月末から、また出張が続いていました。オレゴン州ポートランド、カナダのカルガリー、南カリフォルニアのサンディエゴ…それぞれまったく違う風土、気候で、寒かったり暑かったり。でもどこも海や山など大自然が美しく、澄んだ空気がおいしかったです。


カナダのカルガリーで見た満月

パラグライディングはバリ島でやったことがありますが、気持ちいいですよね。今回は仕事だったのでやる時間がなくて、ちょっと残念でした。

 
サンディエゴの海岸線とパラグライダー

戻ったNYでは、東京やベイルートなどから訪米していた友人たちと久しぶりに会ったり、次の仕事の準備に追われていました。(ブログを更新していなかった言い訳…)

ここ2−3日、急に気温が下がって、すっかり秋めいたNY。今朝は午前4時半に起床し、冷たい雨の中、18マイル(約29Km)のマラソン前トレーニングレースに参加して、生まれて初めて30km(ウォームアップを入れて)という距離を完走しました!!

ざんざん降りの雨に打たれながらの辛いレースでしたし、最後の3kmはもうこれ以上走れない!と何度も思うほど足が重くて止まりたい思いに駆られましたが、<忍耐>の訓練だと頑張りました。

 
ランニングパートナーのボビーに比べて、私は全然濡れていないように見えますが、全身下着までずぶ濡れで〜す!(笑)

半年前にこれだけの距離を走ることは、夢の夢だったので、正直言ってすごくうれしいです。苦しかった思いもゴールした途端に吹っ飛んで、達成感を感じました。

あと1ヶ月で本番。長距離が苦手だった私が、4月からここまでよく来たもんだ!(笑)不可能だと思っていても、やればできることって意外に多い。結局できないって決めつけてるのは他人ではなく、自分自身だってことですね。

ロングラントレーニング

August 05 [Wed], 2009, 16:16
4月に少しずつトレーニングを始めて、早18週目に入りました。相変わらずラクラク走れているわけではなく、毎日がチャレンジの連続。ほとんど進歩がないようにしか思えないのですが、それでも前進しているんだと、ふとした時に思います。

経験者の友だちにも言われました。「今までまったくやったことがないことを、身体も心もやっているんだから、毎日<自分の記録を更新している>ということよ。」

そう言えば、2007年まで5Kmも走ったことなかったのですから、10Km以上走っているなんて夢みたいです!

毎週少しずつ距離をのばしていて、先週の土曜日は、生まれて始めて11マイル(17.7Km)走りました。ロングトレーニングランというグループでやる走りで、ペースメーカーのグループリーダーについて、同じくらいのペースの人たちが一緒に走ります。

 
その時のゼッケンと終わったあとにもらったキャップ

苦しい時も、回りの人たちに必死でついて行ったおかげか、18Km近い距離を完走できたなんて、もう奇跡的!もちろんフルマラソンの42Kmというゴールはまだ遠いですが、少しずつ、少しずつ身体が慣れて行けば、11月にはたどり着けるかも。

今は、マラソン当日、完走してもしなくてもいいと思っています。もちろん目標は完走ですが、それよりも忍耐力、そして我慢することを、日々学んでいる、このトレーニングプロセスを大事にし、楽しむことに専念します。

それにしても、今更ながら驚いていることは、人間の身体に含まれる塩分のこと。ロングランのあとしばらくたった時、身体中がザラザラしているので、何がついているのか手で触ったら、クリスタル化した塩でした!

7本の映画:ワクワクのスタディーツアー

October 12 [Sun], 2008, 9:32
9月中旬に東京に住む起業コーチの友人中村航くんとの共同企画で、「NYスタディーツアー」をNYでホストしました。ただのNY観光だけではなく、遊び、楽しみながら参加者がテーマとしている「何か」を探求する旅

 
決して食べ物で誘った訳ではありません。むむむ??

 
ハドソン川沿いーこんなところがマンハッタンにあるの?(左)
リーマンブラザーズが倒産して大変な騒ぎになっていたウォール街のNY証券取引所(右)


内容は20年以上私が住んで好きなNYをシェアーするということで、観光客では味わえないごく「普通のNY」を案内しました。今まで友だちの観光案内はやったことありますが、研修を兼ねたツアーのナビゲーターは初めてだったので、満足してもらえるかドキドキ。

でも参加者の方たち全員が心から楽しんでくださったので、とてもうれしかったです。でもきっと一番エンジョイしたのは自分かもしれません(笑)。シェアすると喜びって何倍にもなりますね。

 
バッテリーパークで自由の女神を眺めながらベトナムサンドイッチに食らいつく(左)
キューバ料理のレストランで生バンドの演奏を楽しみながらダンス(右)


はるばる沖縄からの女性を含めて6人の参加者と航くんの7人はそれぞれ何を見て、何を感じ、そして何をみつけて帰国したのでしょうか。そこには各自のドラマがあり、7本の「映画」が制作されて残ったんだと思います。


「自由の女神」は強引に観光客を引き寄せて写真撮影しちゃう!

そして旅も映画も、これからまだ続くのですね。

911:あれから7年を振り返って

September 11 [Thu], 2008, 23:43
毎年9月11日が来ると、どうしても思い出してしまうのがカメラマンの友人 J が撮影した映像。

煙の立ち上る世界貿易センタービルから「死を覚悟で」飛び降りる人たち… 

目を閉じてもまぶたに焼き付いた映像は消えることがありません。

J は大統領選挙、麻薬取り締まり捜査などのニュース番組のため、アメリカ中を飛び回って一緒に取材した仲間ですが、あの時彼も崩れ落ちるタワーの下敷きになりそうになり、九死に一生を得ました。

私は大惨事が起こっている時、何も知らずに動かなくなった地下鉄の中に閉じ込められていました。

やっと地上に出た時に見たのは、人、人、人で溢れるミッドタウンのストリートでした。あれだけたくさんの人を街で一度に見たのは、後にも先にも、あの日だけです。

泣き崩れる人、必死で携帯電話をかける人、抱き合いながらなぐさめ合っている人、呆然と空を見つめる人…

側にいる人に何が起こったかを聞き、ショックで頭の中が真っ白になりました。

交通手段がないので、トボトボと歩いてアパートに帰りました。肩を落とし、同じ方向に向かってぞろぞろ歩いている人々は避難民のように見えました。

携帯電話も自宅の電話もつながらず、自分が無事なことを家族にも友だちにも知らせることができなくて、心細く不安で、ただただタワーが崩れる映像を何度も流すTVの画面を見ていました。

あれから7年の月日が流れました。

今 National Public Radio からレクイエムが流れています。

911から2ヶ月半後、私はネパールのカトマンズに向かう飛行機の中にいました。「山に呼ばれた」と感じてヒマラヤに行き、エベレストを21日間かけてトレッキングしました。翌年の10月にはボランティアとして2年間の任務を果たすため、インドネシアジョグジャカルタに向けてNYを後にしました。

 
エベレストの頂上     チベット仏教寺があるテンボシェ
December 23, 2001 @ Kala Patthar / December 18, 2001 @ Temboche


2005年の12月にまたNYに戻って来ましたが、この7年間に私の人生に起こったことをうまく説明することはできません。感覚と流れに任せて行動しただけなんですが、エベレスト登山、インドネシアでのボランティア、日本の家族との10ヶ月の生活は、新しい知識、体験、視野、考え方を私に与えてくれたのだと実感しています。

 
バリ島:ヒンズー教のお祭りとウブドの池でみつけた蓮の花
2003 @ Bali, Indonesia


7年経ってやっと、911はそのきっかけになったのかもしれないということがおぼろげに見えて来た2008年の9月11日です。

標高5550mに立った6年前の12月23日

December 23 [Sun], 2007, 23:59
ふとしたことで、今年2007年12月23日と
6年前の2001年12月23日のどちらも日曜日だと知りました。

2001年12月23日、私は今までの人生の中で一番標高が
高いところに立っていました。


ネパールのヒマラヤにあるカラパタール 5550m

一瞬にしてすべてが凍ってしまうほど冷たい強風に飛ばされそうになりながら、世界最高峰のエベレストを目の前に、ひとつの
チャレンジをまっとうしたなあと思っていました。


中央がカラパタールから見たエベレスト山の頂上

でも6年経った今、ようやくその旅が終わったことに
先週気づいたんです。


その話はまた後日。

ヒマラヤでの探検記はこちら
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