写真整理〜2005年3月18日&21日 

2006年05月16日(火) 15時11分

2005年01月、ねずみに噛んだ。
右羽と右足がけがをしたんから、あんまり元気ないんです。
私の肩に寝っています。




Aちゃんが鳥かごの中で死んだ、あちこちに血があったので。
この紫の新しい鳥かごをかった。
蛋黄は羽を整理しているんだ。
今の鳥かごはliving roomの同じ場所で静かに置いています。

もうなくなりました 

2006年05月14日(日) 23時20分
蛋黄はもう五月二日になくなりました。

悲しくて悲しくて.... たまらないんだ。

涙も流れて、ながれて、とまらないんだ。

最近の気持ちがとても複雑なので、日本語で書かれません。

とにかく、永遠に心にちゃんと覚えていますから。

幸せの天国へ飛んで行くとお祈りしています。

これから、時間があれば、蛋黄の写真を少しずつ整理して、ここに書いてかもしれない。

でももうもっと多い写真を撮らないんだ。

海芋 

2006年03月28日(火) 16時16分
今月は"海芋"という花が咲かんでいる月ですよ〜
昨日は彼氏と一緒に陽明山へいくんです〜

最近の天気は雨、雨、雨、昨日もずっと雨の一日で、山にどこでも霧があった。とてもロマンチックな感じでしょう〜
私が霧がとても好きです〜〜
天気がよくないだろうか、山へ行くん人は海芋を買っただけ、自分で海芋田で摘むことがない。
海芋はとても長い花で、多分”摘む”じゃなくて、"抜く"ならば花が取られる
面白いですよ〜


それにしても、彼氏は私にバラをくれたんだ、きれい〜〜

”思っても言わない” 

2006年03月24日(金) 22時57分
”思っても言わない”
一月の雑誌にこの内容を見た。
文の作者が新聞のある四コマ漫画に面白いお父さんが、新年のモットーにこれを書いた:
"今年は思っていても絶対に人の悪口は言いません"

面白いのは、ということは、心の中であれこれの悪口を言っているということ。

ちょっと考えると、自分もよく思ってるね...
あれこれの言葉は言うのか言わないのかなって、迷った時がある。

もし言ったら、悪い人になったかもしれません。
これを考えると、やっばり心にこそこそ言うがよい。

でも言わないことはあの人にとって一体いいのかな?
自分の人間関係はまあまあですから、私なら、多分親しい人に誠実に言ってかも。
もし何回言っても相手は受けられないたら、これからは言わないほうがいいな。

本心のいい言葉が言っても十分で、悪い言葉がやば言わないほうがいいでしょう?

歩く 

2006年03月23日(木) 15時46分
最近の写真:
お母さんの近くに。彼はお母さんの足指



うん!この赤い鉛筆が気になる...


こそこそ...


ふあ〜まだ寝たい〜

大丈夫みたい 

2006年03月16日(木) 15時35分
2/22踏ませたのあさって、喘いでいる:
ここへ見てください

羽整理:


2/23体重計の前:

痩せたのかな? :


やば寝たほうがいい:


3/11今朝:
ベランダで太陽が暖かい、太陽の光が直接映しないように、上は新聞紙でちょっと遮る。

お風呂時間:
(あのガラス碗を使えなれば、お風呂がしないですよ〜)
ここへ見てください

蛋黄はお父さんに踏まれた 

2006年03月08日(水) 19時00分
2006/2/20月曜日、蛋黄はお父さんに踏まれた。

あの晩、私とお母さんと一緒に向う理髪店へいきました。
うちに出るとき、お姉さんに”お父さんが帰れば、蛋黄を籠に入てくださいよ。”

そして、理髪店へいった。

十分ぐらい後、姉もなんと理髪店へ来るんだ。
”蛋黄は籠の門に立って、だから籠に入ていませんでした。”

ちょっと心配だけど、”すぐ帰るから、大丈夫かな?”と思いました。

帰たが、お父さんが”先、蛋黄は俺に踏まれた...”

心は何に刺されるようだ...
すぐに蛋黄の籠の方へ飛びました...

彼は左羽と左足はちょっと傷があって、驚きましたようだ。
見掛けから見ると、大丈夫らしい。

彼を小さな籠へ運びまして、ずっと見て、心配して....
翌日、医者さんに見せました。

体の中は一体傷があったか?ないか?分からないです。薬をもらって、家へ戻した。

三週間に過ごしました、ちょっと元気になるんだ。

いつものように私達の靴を追いかけていて。

彼はこんなに信じてくれた私たちは、彼に踏ませられだ。

蛋黄が元気になれることが望むけれど、もし本当に辛いなら、彼が離れたほうがいい。
利己的な私を遠く離れ。利己的な人類を遠く離れたほうがいい。

蛋黄、本当にごめんなさい、私はいいお母さんじゃない。

元気です!! 

2006年02月19日(日) 21時33分
最近...
元気満々ですよ〜〜

一足で立つ:


芸術....?(実は失敗の写真...)


私の手に:


小指に:


俺をじーと見て、何だよ??

「義経」をめぐる人々〜第五回・武蔵坊弁慶の巻〜/内田康 

2006年02月19日(日) 21時29分
「さても只今は、あまりに難儀に候ひし程に、不思議の働きを仕り候事、これと申すに、君の御運尽きさせ給ふにより、今、弁慶が杖にも当たらせ給ふと思えば、いよいよあさましうこそ候へ」

(能『安宅』)

(「それにしてもただ今は、窮地の陥ったあまり、(義経様を打つなどという)思いもよらぬことをしでかしてしまいました。それというのも、義経様の御運が尽きてしまわれたために、こうして私・弁慶の杖にお当てられなさったのかと思うにつけ、ますます情けなく思われます。」)

それではそろそろ、〈義経伝説〉のもう一人の主人公・武蔵坊弁慶に登場してもらいましょう。「義経」について見ていく際、弁慶の存在を抜きにしては語れません。義経の武将としての華々しい活躍から平泉での最期に至るまで、まるで分身のように寄り添い、彼と生死を共にした、乱暴でありながら滑稽で機知に富んだ僧形の家来。その名は物語や伝説だけでなく、「内弁慶(外では臆病なのに、家の中では態度が大きい。)」「弁慶の泣き所(蹴られると誰でも痛がる向こう臑。転じて強者の弱点。)」「弁慶の立往生(立ったまま死んだ弁慶のように、進退に困って身動きがとれなくなること。)」といった現代の日本語表現の中にまで生き続けています。

それほど有名な弁慶ですが、彼の歴史的実象については、ほとんど何も分かっていないのです。鎌倉幕府の史書『吾妻鏡』では、文治元(1185)年、頼朝に追われる身になった義経に付き従った者として二度ほど名前が見えるに過ぎません。また義経の武将としての活躍を描き出した『平家物語』でも、安徳天皇を擁する平家を都から追い出した木曾義仲の討滅後(1184年)、さらに西へと進む義経軍の一員として出てくるのが最初で(巻第九「三草勢揃」)、以下、各地の合戦場面では、伊勢三郎義盛や佐藤継信・忠信兄弟などその他の家来たちと比べて、特に目立った活躍をしているわけではありません。尤もその『平家物語』の中でも、鎌倉時代(1192〜1333)末期までに成立していた一異本「延慶本」の中で、すでに黒装束で長刀を持った容貌魁偉な元比叡山延暦寺の法師である弁慶、という造形がされ、この姿は『源平盛衰記』などとも共通していますから、もうこの時期までには、現在知られているような弁慶イメージの原型は出来上がっていたものと思われます。

バレンタインデーのプレゼント〜2 

2006年02月12日(日) 19時00分
ハートの鏡もある:


Maquillageのアイシャドーです。設計はかわいい引き出し〜:




MAJOLICA_MAJORCAのアイシャドーも引き出し:


以上は彼氏の拍にありがとうございます〜
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荒島涵は台湾人なんです、日本語が大好き、まだ下手なんですけど、変なところがあれば、教えていただきますように。本当にありがどうね!

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