男の背は躍動感を漲らせた、しなやかで芸術的な配分の筋肉によって覆われていた。もちろんそれは、ただの観賞用の飾りものなどではなく、ヒトのそれよりもはるかに発達したその背筋は、男の背から力強く生え伸びた、双翼を羽ばたかせるために必要なものだった。
そう、この夜が訪れるまでは。
今や無用の、不恰好な肉の隆起に過ぎない。
けれど、それは月日が経てば、やがて衰え滑らかな造形を得るのだろう。
ヒトのそれと変わらぬほどに。
わずかな醜さを残して。
眩い月光に身を曝し、背骨を緩やかに湾曲させた姿勢で胡坐をかいた男は、一部始終を見守っていた僕に、痛みで震える腕を差し出した。
手には、木の実の器に入れられた、血止めの軟膏。
彼の種族に伝わる、秘薬だ。
縄張り争いに敗れて傷つき森で息絶えようとしていた僕に、彼が使ってくれた薬だ。
僕は不思議な興奮に鬣(たてがみ)をざわめかせながら、震える指でそれを受け取った。
屈みこんだ僕の前には、生々しい肉と骨の断面があった。
並んで二つ。
翼を切り落とした、痕だ。
もう、飛ぶ必要はないのだと、あなたは言った。
求めたものは見付かったから。
空に自由を探す必要はなくなったのだと。
そして、「彼」を不安にさせないために、その翼を折るのだと。
それは、どこにも飛び去りはしない、という誓い。
ああ、僕は。
餌を咀嚼すると同時にあなたの翼までをも貪ってしまったのだ。
あなたの最愛のヒトは今、あの茂みの向こうで無残な肉を曝している。
満ちる血の匂いは、あなたの翼の流した痛みばかりではない。
そしてほら、「彼」とあなたをむさぼるために、
僕らの種族が夜に溢れ始めている。
僕らの牙は肉を求める。
ヒトは僕らの餌でしかない。
猛禽のあなたにも、それは解っていたはず。
でも僕は、「彼」さえいなくなれば僕はまた、
あなたが大空を駆ける姿を見れると思っただけなのだ。
深い森の奥で見上げる枝々の檻の向こう、
悠然と飛翔するあなたの姿を愛していたから。
もう二度と、あなたを空に見ることはないのですね。
ヒトとして、生きることを選んでしまったあなたなら。
ヒトとして、僕の牙に、引き裂かれるしかないのだ。
僕は。
彼の赤い背中を、ゾロリと。
舐めた。