カウンセリング・2 

2005年09月21日(水) 21時30分
当時カウンセリングというのは
なにかこうインテリジェンスな
響きがあった。
エキセントリックといってもいい。


OL時代の貯えもあったので、
45分6000円を支払って
カウンセリングを
月に2回ほどうけていたと思う。





私の受け持ちの先生は
中島みゆきのような
これまたエキセントリックな女性。




カウンセリングで
いいたいことは言い尽くしてきた。
元から口はたつので
病気のこと、
家族とのこと、
別れた彼のこと、
自分の信仰のこと、



様々はなした。
45分では足りない。






しかしあるときから
45分はなせなくなってきた。





それがなぜだったか
今はわからない。









しかし、私の先生は
話を促すひとではなかったので、
実際友人であったら
とても間がもたないだろう。
(私が間がもたないひとは珍しい)

いつごろか
先生が全く話さなくなったのだ。




無口な相手に
自分のことを語るのは案外
難しい。
相槌すらない。





これがテクニックだったようだ。





もう昔すぎて思い出せないのだが、
カウンセリングをうけたことで、
私は初めて
自分の家族を見直すことになった。




家族との溝。





私の病気など、
家族はこの時期
なまけ病程度にしか思っていなかったし、
私もあえて
家族との距離を縮めるつもりはなかった。




産まれ落ちてこの方
自分の家族が嫌いだった。
だからこそ早く家庭を
もちたいと願っていた。




今では考えられぬほど、
母との確執があった。






カウンセリングで
見せつけられたのは
そういう
家族を恨む私の姿だった。


家族を憎み、
求める私の願望だった。

カウンセリング・1 

2005年09月21日(水) 8時00分
心身症と診断をうけた私は
医者から会社を辞めることをすすめられた。



正直嬉しかった。




彼の思い出から逃れたかった。




私の場合
彼が原因ではない。


私の性格が


病気の原因である。






それでも嬉しかった。
疲れていたから。

今では考えられないくらいの
軽い睡眠薬で
20時間くらい寝ていた。



さすがにこのころの細かい
記憶はない。
一日中寝ていたし、
起きているのは病院へ行くときくらい。

そのころはまだ一人で
病院まで通院できた。





4、5時間かかるのは常だった。
電車の窓から見える
ライトアップされた橋を
虚ろな目で眺めた。


カウンセリングは
主治医のすすめでうけた。



「あなたの人生がもっと
広くなるよ」



とのことだった。








どのみちこの当時病気を理解
できるひとは希有だったから
理不尽な病について語れる
ひとが欲しかった。











私はいつも誰かに
話を聞いてほしかったのだ・・・・・・




遊楽亭

何からかけばいいんだろう? 

2005年09月14日(水) 21時43分
あまりに病気が長いので
何を書いたらいいのか
わからないので
いささか散文的な
文章になりますが
ご了承ください。




発病は26才・・・・・・
正確には25才の春。
それまで通勤一時間の会社で
色彩の仕事をしていた私。


プライベイトで失恋して、
あいたたたな日々。



仕事自体は
なれもあり、
順調で、可愛がられもし、
頼られもしで
何の不満もなかった。
楽しかった。



ただ、その会社は
別れた恋人とともに
コンビをくんで
仕事をしていた場所。

彼は会社をもうとうに
退社。



ただ私は
彼の思い出が残る
職場で笑顔で仕事を
続けなければ
いけなかった。



彼は
永遠に忘れられないほどの
思い出を
未だに私に遺して。

美しい別れだったから、
背中を押し出された私は
笑顔でいることしか
許されないと信じて。



彼の思いに応えたかった。
彼が別れを切り出さなければ
二人は自分を殺して
生きていかなくては
ならなかっただろう。




彼の勇気に
応えたかった。


強い私でいたかった・・・・・・



そんな日々のなかで
朝、目がさめても
体が動かない。
まるで重力に繋がれているように。


どうして?
だるい?
会社に行かないと。
私は元気で
生きていかないと。



風邪じゃない。
でも風邪のようにだるい。
熱が毎日微熱だった。


時間の融通がつく職場だったので、
昼から出勤する日もあった。
おくれて出勤しても
夜まで仕事をしたら
なんとか納期に間に合っていた。
こつがわかっていたから
要領がよかった。


なんとか仲間や、
お客に迷惑はかけずにすんだ。
と、思いたい。




「これってなまけてるんかな?」
先輩に相談すると、
「彼と別れた痛手じゃないかな」


一応病院へいってみる。
異常なし。
もしくは自律神経失調。




私は本屋で
うつ、という文字に目がいった。


わたし、うつかも・・・・・・







当時の友人は違うだろうという。
私は精神科を渡り歩いた。





彼を失ったから、
私は今だけおかしいのだ。
疲れているのだ・・・・・・


そういいきかせて。





辿り着いた今の病院で、
告げられたのが、









心身症。

はじめに 

2005年09月11日(日) 16時03分
心身症。


実際この病気を御存じの方はどのくらい
おられるでしょうか?



症状としては


・パニック障害
・身体表現性うつ病
・心因性嘔吐 ・ 摂食障害、過敏性腸症候群
・胃潰瘍 ・ 心因性頻尿
・筋緊張性頭痛
・肩こり
・過呼吸症候群
・不眠症
・起立性低血圧
・立ちくらみ




などの症状を伴う病気とされています。
りょうちんは26才のときに発病し、
今年で十年目です。

いつも上の症状が出るわけではありません。
私の場合は不眠というか入眠がだめで、
導入剤無しでは三日くらいは起きっぱなしでいけると思います。
眠っても浅い眠りです。
頭痛。
たまにくる鬱状態。

昔は過呼吸も体験しています。
極端な体重の増加と減少も
薬の副作用らしいです。





当初はすぐ治ると思っていました。
もちろん症状が重かったので、
2、3年はかかっても
30代は元気に過ごしていると思っていたんです。




現在36才。10年の月日が流れて、
振り返ってみれば
それなりの辛苦があったように思われます。



現在は10月から
医療事務の資格をとって
来年当たりから社会復帰したいと
思っています。



薬を投薬されてはいますが
出産に差し障りもなく、
体自体は至極健康体でございます。





ちょうどいい機会でもありますので、
病気のことを書き残しておきたいなと思いまして、
キーをたたいております。





にたような病気を経験されている方の参考になったり、
不安の解消になれば幸いです。





りょう




遊楽亭
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