そゆえば3週間前、ちょうど桜が満開の頃に、
ありえないほど東京の穴場の1000本桜が咲いてるのに、花見客があんまりいないとゆー不思議プレイスで、
前の会社の同期と6人で花見をしたんだけどさ。
これがまたすっげ――――――――――――楽しくてさ!!!!!
いや、もういつも思うんだけど、
なんでこの人たちといるとこんなに楽しくてしょうがないんだろうね?
終始爆笑していられるのは、なんでなんだろうね?
でさ、思ったんだよ。
長そうで短い人生の中で、ここまで楽しくなれる人と出会える確率ってどのくらいだろう?
その人たちがいろんな状況を超えて集えるってどのくらいの奇跡なんだろう?
地球上に、あんなにもいろんなところにいろんな人が生きてるのに、
いろんなとこで生まれたあたしたちが、東京に来て、同じ会社に同じときにいて、
同じ時間を共有して、別の道に進んで、
でもこうやって満開の桜の下で酒に酔っぱらって、
昔話やこれからの話やジェンガの話や最近の話をしてるって、
本当にすごいことなんだよなって。
けど、そのすごさを微塵も感じさせないほど自然にいられるのが、友だちってヤツなんだろーなって。
そーゆえば、
長旅に出ることを決めたのも、
帰ることを決めたのも、
彼らの一言だったな、とふと気づいた。
前の会社の最後の出勤日、お昼にみんなで見た花も、桜だったな、とふと思い出した。
絶望して、ダンナさんも置いて、
どこかへ遠くへ逃げてしまいたいって思い詰めてたのに、
お花見が楽しすぎて、愉快すぎて、幸せすぎて、
こんな楽しい時間が一瞬でもあるなら、生きているのは悪くない、
つらくても苦しくても、ここにいたい、って、
思えるようになったんだよ。
ダンナさんにごめんだけど、本当にそう思ったんだ。
人生観が変わったみたいに、はっとした。
いつもいつもが楽しかったり、充実したりしてなくてもいいんだって。
例えば仕事がずっこけるほど苦しくても、不毛でも、不条理でも、つらくても、
日曜の昼にはビール飲みながら笑ってて、
そんなキラキラした幸せなときなんて一瞬しかないかもしれないけど、
その一瞬がときどき訪れるなら、その他の時間を生き延びればいいんだって。
桜舞い散る中に忘れた記憶と君の声が戻ってくるって、
吹きやまない風あの頃のままでって、
ちょうどお花見を解散するときに、ケツメイシが流れてた。
じんとした。
みんないろいろある。
いろいろあるけど、ここにいる。
ここにいて、笑ってる。
もうそれだけで、充分だと思った。
帰りに、みんなでジェットコースターに乗って、
ぎゃーぎゃーぎゃー!!!!!って叫びまくった。
みんな何かを吹っ飛ばすみたいに叫んで、
そしてまた笑ってた。
顔を見合わせて、「怖くなかったね、楽しかったね」って言いながら。
お花見、楽しかった。
ここで生きてて、よかった。
ありがとう。
【BGM】
ケツメイシ "さくら"
― 暖かい日の光がこぼれる 目を閉じればあの日に戻れる