読み物 

2006年02月09日(木) 22時56分
私は暇なとき、いつも本ばっかり読んでます。親の影響か子供の頃から読書好きです。兄と弟は学術書と社会派雑誌しか読まないので味気ないことこの上ありません。寂しいのう。
近所の古本屋(その名も猫の手書房)に行くと象牙を狙うハンターのような目つきで本を探します。
でも内容は覚えていても、題名を忘れてしまったりしちゃうので今の会社に入った11月中旬あたりから読んだ本を手帳に記すことに決めました。
で、記念すべき30冊を今日読み終えたのでアップロードしてみました。

◆司馬遼太郎著
坂の上の雲 1〜8巻<2回目>
梟の城<3回目?>
◆三浦綾子著<全て新規>
塩狩峠
氷点 上下
続氷点 上下
◆山崎豊子著<全て新規>
二つの祖国 上中下
花紋
ムッシュクラタ
暖簾
◆谷崎潤一郎著
人魚の嘆き<新規>
春琴抄<3回目くらい>
陰影礼讃<不明>
お艶殺し<新規>
◆庄治薫
赤ずきんちゃん気をつけて<新規>
◆高村光太郎著
智恵子抄<不明>
◆島崎藤村著<不明>
若菜集
落梅集
◆夏目漱石著
こころ<2回目>
◆童門冬二著<新規>
上杉鷹山 上下
◆大橋弘枝著
もう声なんていらないと思った

その他まんが・手塚治虫著
ばるぼら

一番好きなのは三島と川端なのですが、読破してしまったため新しいものが読めず、寂しい限りです。読む本がなくなると寂寥と同時に焦燥がつのり、また本を買いに行くという悪循環ですね。昔は得意だった目の早さを疎んじるようになってきました。
最近のお気に入りは山崎豊子さんです。
この中(新規のみ)で一番好きなのは花紋。旧弊な封建風俗と気位の高さが溜まりません。内容が陰惨なので読んだあと暗くなりますけど。。。大橋さんのは、読みやすかったけど、その分色々考えさせられたり、自分を恥ずかしく思ったりと、思わず2回読んでしまいました。
今読んでいるのは山崎豊子さんの女の勲章、その次は司馬遼の覇王の家を読みます。ヤバイ!ストックが一冊しかない!
あのう、、今時のでも古いのでもいいから誰か本貸して下さい。

信仰の不思議 

2006年01月28日(土) 0時04分
三浦綾子さんの、「塩狩峠」を読んだ。
いい本だったと思う。久々に感情移入して読めた。

三浦綾子さんは10代の頃から肺病とカリエスにかかり、不遇の時代の中でキリスト教と出会い、真の幸せを見つけた人だ。 だから、とういうことでもないのだろうが彼女の作品はキリスト教にまつわる話(主人公はキリスト教でしかもいい奴)が多く、葬式仏教の私としてはどこか冷めた気持ちで読んでしまうことが多々ある。
が、今回は良かった。
信じられないほどいい人間ばかりだったけど、一人一人がとてつもない悲哀を抱えていたからかもしれない。不幸な予感がする中で、幸せになってほしいと心から思えた。

私は信仰心というものが全くない。各々の宗教について勉強(読書)することは好きだ。とても興味深い。
が、傾倒はしないしできない。

海外に旅行すると、あまりの信仰心の厚さにたまに自分の宗教観が間違っているのではないかと困惑してしまう。
神の違いで戦争まで起こるのだ。信じられん。
そこまで信じられる何かがあるということは、正直羨ましく思う。だが私はこれからも無宗教論者なのであろう。

もしもこの日記を読んで不快に思う方がいたらごめんなさい。
そう思うあなたと比べたら、きっと私の方が不幸せなのだと思います。
多分ね。

嬉しい電話 

2006年01月24日(火) 21時50分
この間、前の会社でお世話になった人から1年ぶりに電話が来ました。
その人はもう70近いおじいさんで、2回ぐらいしかあったことないけど、とても良くしてくれた人。
もう連絡とることはないかなって思ってたからびっくりした。

「最近からだの調子も悪くて、気が滅入りがちだから君の声を聞いて元気になろうと思ったんだよ。」
と70翁は言う。

逆に私が元気をもらいました。年齢も性別も関係なく、そう思っていただけるのは正直嬉しい。 こんな私でも誰かの役に立てるのだなと思う。

私は、東北・大阪・東京と転々としていたこともあって、どんなに仲が良かった人でも1年も連絡を取らずにいると、よっぽどのことがない限り連絡しなくなってしまう。
面倒くさいとかじゃなく、「返事が来ないかもしれない」とか「冷たくされたらやだな」とか思ってしまうのだ。距離が遠いと尚更ですな。
よーするにただただ自己保身の臆病である。

だけど、今回の電話で少し驚いてとてもうれしくて、今までの考え方を払拭した。古い友人たちに手紙を書こうと思った。せっかく出会えたのにそのまま疎遠になるなんて勿体無いよね。

今年のバレンタインデーは70翁に「ありがとう」のチョコレートを贈ろう。
(糖尿病ではないハズだから)

夢でしか逢えない人 

2006年01月20日(金) 1時28分
私を一番愛してくれた人、私を一番必要としてくれた人、それは祖母であった。

やさしく白い手でいつも撫でてくれた。繋いだ手が温かかった。何よりも私と暮らすことを夢見ていた祖母。
そんな祖母は末期の糖尿病患者になった。
何をするにも私でなければいけなかった。
白い清潔な病室で私のことだけをひたすら待っていた。

痩せ衰えた手で腕でしがみ付き、鬼女のように面変わりした双眸で私を求める。

私は若く、逃げた。

祖母が亡くなって10年が経つ。
今ならさしのべられた手を離さないのに。
あなたと対峙できるのに。
罪の意識はまだ拭えない。

贖いの朝、私は誰あろうあなたに会いたくなる。
私の大好きなおばあちゃん。

彼女の香り 

2006年01月17日(火) 22時39分
私の同僚がミュージカルに出演することになったので、これは行かねばと思いチケットを1枚お願いした。普通にお金を払い、チケットが入っているらしい封筒を貰い、そのままデスクに戻った。

自宅へ帰り、封筒を開けるとそこに彼女の心はいた。

匂いやかな彼女の香水が薫る。
そして梅の花の一筆箋にきれいな字でメッセージが添えられていた。
会社にもこんな心遣いが出来る人がいるのだとうれしくなってしまった。

彼女は聾唖である。耳が聞こえない、言葉が話せない。
でも彼女の心はこんなにもおしゃべりだ。

ミュージカルの時は彼女にとびきり似合う花束を選んで持っていこう。

荘厳な音 

2006年01月16日(月) 0時11分
クラシック一辺倒な私なので、今日はサントリーホールへサンサーンスの3番を聴きに行った。
クラシックのコンサートは海外でも日本でも度々行ってはいるが、今日ほど感動したコンサートはなかったと思う。
あふれる音の粒子が強く胸を打ち、荘厳なパイプオルガンに圧倒され、「お願い、まだ終わらないで」そう願うほどに、体中で喜びを感じ得た。

友人関係や恋愛において嗜好や思想は望まない。(クラシックと言っただけで眉をひそめる固定観念に縛られたつまらない男は別として)
趣味は違っていて当然だと思うし、強制しようとも思わない。「クラシック好きなんだ、ふーん」位に思っていてくれたらいい。(第一クラシックと三島文学と藤村を愛し、編み物と料理が好きな殿方などそうそういない)

でも今日は私が著しく感銘を受けたものに対して、ほんの一滴でもいいからある種の感動を持ってくれる人がいいなと思った。

今まで自分の趣味の話を恋人に深く話したことなどなかった。
「この人に言った所で理解してもらえないだろう、もしくは理解できる訳がない」そう思っていた。
私は固定観念に縛られたつまらない女だったのかも知れない。

他人が共感するか否かを、感激するか否かを自ら決め付けるということは、いたく悲しく愚かなことだ。今日やっとそんな自分に気づいた。




冬の雨 

2006年01月10日(火) 0時40分
今日はお天気の話

私は雨の日が好き。お出かけのときも別に気にならない。
お買い物するには人が少なくていいし、部屋で読書をするには素敵なBGMになる。
それに屋久島の緑が雨で静かに息づくのを見た。
理系の人が「埃の匂いだよ」と一蹴する雨の匂い(ここは譲らない)も好き。

春の雨は好き。雨に濡れた「花冷え」の桜を愛でるのが好き。
夏の雨も好き。雨が降ると夏の香りが濃くなって眉間の奥が少し痺れるのが好き。
秋の雨は藤村の若菜集を思い出す。しばし浸れる。
でも冬の雨は嫌い。冷たすぎて頬が凍る。
冷たすぎて草木が死んでしまうような錯覚に陥る。冬の雨は、不安になる。

朝からお腹が痛かったのはきっと冬の雨のせい。

夜になったら雪に変わればいい、そんな小さな期待も裏切られた。
冬の雨は、冷たい。


島崎藤村 六人の処女(をとめ)より
芙蓉を前の身とすれば
泪は秋の花の露
小琴を前の身とすれば
愁は細き糸の音
今前の世は鷲の身の
処女にあまる羽翼かな

Blue Cheese 

2006年01月04日(水) 0時00分
「恋愛において、私はブルーチーズでありたい。」

私と恋愛の価値観を同じくする友人との共通の意見である。
まったくその通り。

ブルーチーズは、知っての通りくせがあって臭いもきつくて決して万人受けする食べ物ではない。でも、はまる人ははまる。
本当に何をおいても自分にはまってくれる人がいい。

あんまり実生活で言うとただの危ないオンナになるのでそうそう言えないが私と付き合うなら、かどわかすくらいする覚悟できてほしい。

殿方の言うのももっともだが
「だって君のこと考えたらそんなことできないよ」そーゆー問題じゃない。
私の生活がどうこうじゃなくてそんなの考えられなっちゃうほどはまってくれなきゃ困る。
「言葉にするのは恥ずかしい」言葉にしなきゃ分かりません。

いつか私にウザイと言わしめる偏執狂に出会えるのだろうか。

今日は春琴抄を読んで眠ろう。知ってる?
こんなに深い愛を、私は知らない。
佐助は現実の春琴を以って観念の春琴を喚び起こす媒介としたのである。

お願いだから、軽い気持ちで愛してるなんて言わないで下さい。

歩調を合わせない男 

2005年12月26日(月) 22時10分
悪気はないのに歩くのが早い男。
どんなに好きな子と歩いていても、つい会話に夢中になると歩く速度が速くなったりする。

かの人は間違いなく恋愛偏差値が低い。

歩く速度だけでなく、メールを送るのも、電話をするのもタイミングがまずい、「会いたいと逢いたいの違い」に気づかない、女の子を上手に誉められない、極めて恋愛オンチであることが多い。

一生懸命なんだけどね、だめなのよ。笑

話を聞いてるとかわいかったりするんだけど、実際付き合うと不安になったりするんだよね。
特に付き合い始めとかに早く歩かれると、「怒ってるの?」とか「早く帰りたいんだ・・・」とか思ってしまいにはむかつく。笑

いつも思う。歩く速度を合わせるのが難しいのなら、手を繋げばいいのに。そしたら歩く早さは自然と二人の丁度半分になって、幸せになれるのに。どうせ口下手(多分)なんだから行動で示せばいい。

見えるものも見えないものも、重い荷物は二人で持てばいいのだ。

恋の終わり、恋の始まり。 

2005年12月18日(日) 0時37分
恋が終わったとき、あなたはどうしますか?
一人旅に出る?髪を切る?何かをはじめる?
全部聞いたようなことばかりだけど、身に覚えあるかも。笑

いつも私はまず香水を変える。女の人には多いんじゃないかな?
恋愛をしていた時に付けていたものは一切手に取らない。
代わりに一人で、新しい香水を明日の自分の香りを買いに行く。
そうそう別れって頻繁にあるものじゃないけど、ハタチを過ぎたくらいから知らず知らずの内にそうしていた。
嗅覚って一番「その頃」を思い出す。そしてその頃の自分の隣にいた人のことも。
恋が終わってすぐは思い出が近すぎてその香りは本当に付けられなくなる。でも沢山の季節が過ぎていくといつの間にか「懐かしい香り」に変わる。その人が「懐かしい人」に変わるように。

男の人は香水なんて詳しくなくていい。ただ恋が終わってしまっても、新しい恋が始まっていたとしても、いつか同じ香りを付けている女の人とすれ違ったときにでもふと私のことを思い出してくれていたらいいなと思う。小さな永遠の独占欲。

年齢を重ねるごとに少しずつ増えてきた私の香水。もうこれ以上増えないことを祈っているのだけど・・・。
2006年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:hudo-toku
読者になる
Yapme!一覧
読者になる