オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ 2をこちらに移行しました 

2007年03月13日(火) 22時19分
「ヤプーズ日記」のサービス終了にあたり、オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ 2(セコンド)として掲載していた部分を全てヤプログに移行しました。


2004年06月から2005年10月までの「ヤプーズ日記」で書いた過去ログです。

自分で読んでみてもちょっと懐かしくもある文章と写真の「キオクとキロク」。
楽しんでもらえるとうれしいです。



渡伊前の日本での準備期間のエピソードから始まるホームページ「H/S WORKSHOP」の「オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ1

2年程のブランクの後、再開したこのブログが「オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ2

そして現在も執筆中の「オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ3(2005年3月〜)」

2と3にかぶっている部分があるのは、ブログ移行を迷っていた時期に、実験的に平行して執筆していた為です。

フォトギャラリー「オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ■FOTO」もよろしく。

朝っぱらの栗ひろい、とんでもなく失敗な… 

2005年10月20日(木) 6時52分
栗ごはんにしよう!

同僚が庭で採れた栗を持ってきたのを、コレまでは
それだけで味わっていたのを、3度目の今日は
お昼ごはんに使わせてもらう事にする。

じゃ、下準備だけ早めにしておくかな。
交代でお昼ご飯を作る、ウチのスタジオ、
手間がかかりそうなときはちょっと早めにやっておく。
もちろん忙しいときは無理だけれど。

そう言って、はりきって栗の入った紙袋を持って
移動しかかると、とととっととととととととっとと…、
なんだか見事に散らばっていく栗。
さんざん笑った後、朝から栗拾いに精が出る。

インターネットでレシピを検索。
おいしそうなのは昆布などを使ってきちんとだしを
取るものだけど、手間とイタリア人向けな事を考慮して
餅米を使ったシンプルなレシピに。

コレが、いったい何を間違ったのかとんでもなく
マズイ代物が出来上がる。
水加減だな、こりゃ。

以前、空豆ご飯だけを作ってさみしいお昼になってしまった
教訓から作っておいた肉じゃがも、味付けの段階で
醤油がなくなっている事に気づいて、急遽バルサミコ酢で代用。
洋風肉じゃがとなった一品は、かなり好評で、危ういところで
名誉挽回できたのだけれど、ちょっとくやしい。

もう、自分の脳みそが栗ごはんを待ち受け状態だったから、
食べたくて食べたくて仕方がない。
リベンジ、するしかないようなのである。

* * * * * * * * * * * * 

栗じゃないこの実は何の実?

写真のコース、ワクワクの初日 

2005年10月19日(水) 7時27分
想像していたのとはちょっと違った感じで、
楽しみにしていた写真の夜間コースが始まる。

初回を風邪でお休みしてしまったのを残念に思っていたけど、
コースの説明と自己紹介だったから、今日が始まりみたいなものだよ、
というクラスメートにホッとするも、先生の、
あら何人かは新顔ね、という発言とともに、一斉に
こちらを振り向いたのには笑ってしまった。
何人かって言ったじゃん…。

そりゃ、唯一外国人、しかも東洋人とくればそれは珍しいの
だろうけれど。

ベーシックなコースだけあって、もう知っていた事の説明が
ほとんどだったけれど、だからこそテクニック的な単語にも
かろうじてついていく事は出来た。
わからないときは聞けばいいわよ、と先生。
そりゃもう遠慮なく聞かせていただきます。

基本を学んで、光がうまく扱えるようになったら
撮るのがもっと楽しくなるといい。
そして、このコースを通じてまた、友達が出来るとうれしい。
久々の習い事にいろんな意味でワクワクなのである。


今日のアンラッキー・アイテムは 

2005年10月16日(日) 0時39分
今週はとことんついてないまま終わらなくては
ならないらしい。
風邪もほぼカンチに近く、シャワーを浴びて
すがすがしい目覚めになるはずだったのだ。

T字カミソリで、あんまりないささやかなヒゲを
剃っていたときの事。
ベリ。
皮膚の一部を剃っちゃいました。
小さな浅い傷の割に、血が出る、でる、デル。

もう夕方なのに、絆創膏をはがした瞬間またぼたぼたと
したたってくるので、しばらくは誰かと出会うたびに
説明しなきゃいけないのかと思うと憂鬱になる。

来週からはちょっとチガウ自分になります。

風邪とカンチと東京ラブストーリー 

2005年10月14日(金) 3時41分
インフルエンザの総攻撃をくらったりしている。
昼には割と回復し、夜には熱が跳ね上がる。

カンチするまでお休みに、と書こうと思ったあたりで、
東京ラブストーリーがエンドレスに流れ、おぬし
オヤヂ・ウイルスも重症よのぅ、と、ぼんやりと思う。

ほとんど良くはなってきたケド、今日これから寝たら、
もうカンチしてくんねぇかなぁ。

ミラノで出会った日本画、サンゴや牡蠣から生まれる色 

2005年10月09日(日) 17時29分
友人の誘いで日本人アーティストの展覧会へ。

色使いからすると日本画かなぁ、でも金の使い方は
テンペラっぽいのもあるなぁ、なんて言いながら、
会場にいた作者と話すと、手法は完全に日本画で
でもイタリアでテンペラを学んだ事もあるのだとか。
ふふ〜ん、やるじゃん俺。

Toyomi Nara (http://www.angelattention.com/japanese.htm) さん、
ヴィチェンツァという街で、活動している。

日本画については全然知らなかったけれど、大理石の床が
ホンモノみたいなのは、白色に使うのが牡蠣の貝殻の粉末なので
光沢のある、しかも数段階に分かれた粒の大きさのせいで
実際に凹凸が出来てくる事、ボクの一番のお気に入りだった
サクラがテーマの3連作の淡いピンクはサンゴの粉末だから
高価であるなど、興味深い話も聞かせてもらった。

渋い色使いが、イタリア人やその他の外国人に好まれるか
どうかも興味深いところ。
がんばって活躍してほしい。

10月4日9時、ミラノに広がる星空 

2005年10月06日(木) 4時36分
日が落ちる様子から、始まりの時間、ちょうど9時の
もし、星空が見えていたら、屋根がなかったらこんな感じ、
そういう始まりだったプラネタリウム。

ドームのフチにはミラノの街景があしらわれ、
IED デザイン学校でデザインされたという回転式の
イスに座って自分で好きに回ってみる夜空は、
街灯りがなければコレくらい見える、という頃には
すっかり世界に引き込まれて、夏の大三角形を形作る
ベガを説明する時には M78 星雲が描かれていて
あれがウルトラマンの故郷なんだね、なんて
つぶやいてみる。

それぞれの単語を知らなくても、流れ星系イベントが
大好きな両親の影響か、予備知識がかなりあったので
それなりに理解できた。
アンドロメダ星雲やしし座流星群の話も出てきて、
やっぱり一応、銀河鉄道999 は頭に浮かべつつ、
今度あのシチリアのお気に入りの海岸に行く事ができたら、
夜空を見上げてアンドロメダ星雲を探してみようと、不可能な誓いを
立ててみたりする。
(肉眼では見えないものなのだ。)

火星や土星などの肉眼でもかなりはっきり見える星たちが
上る頃、月が沈んでこうして日の出を迎える。
1時間ほどの10月のミラノの夜空をかなり楽しんだ。

ロマンチックな余韻に浸れるかと思いきや、やっぱりオチが
なくては一日は終わらない。
ちょっと収まるまで待とうよ、なんて雨宿りをするくらいの
土砂降り。
門を閉めなきゃならないから出てくださいね、なんて
悪魔の声が聞こえて、スブぬれを覚悟で自転車で走り出す。
いや、覚悟以上の濡れ方なのだよ。

芯まで凍えるような、パンツまでびっしょりの夜も、
朝には冷たい空気の奥に、アルプス山脈を望む。
ふむ、冬のこの楽しみも悪くないのである。

前日、11時に日食があったハズが、曇りで見えず。
同僚の携帯ニュースは、忘れないでチェックして!と、
13時に届く。
オイオイ(笑)

リンゴの赤、イタリア語への葛藤 

2005年10月04日(火) 6時01分
お天気のいい土曜の昼下がり、家にこもっているのに耐えかねて、
体を動かそうとプールへ出かけると、日本から3ヶ月ぶりに、
それも昨日の夜に戻ったばかりという友人カップルに出くわす。

まだ日本ぼけだよ、と笑う彼も、覚えたての日本語がすんなり出てくる
ようになったのがどこか得意げで、すこし痩せたように見えるのは
食事の環境のせいも大きかったに違いない。

帰りにメルカート(屋台市場)をのぞくと、そろそろ終わりの時期の
黄桃やプルーン、リンゴが飛ぶように売れているところに出くわして、
どれも1キロ60ユーロという値段にもつられて思わず買い込む。
コレがまた、熟れていて食べごろなのもうれしい。

そして迎えた日曜のイタリア語検定。
ほとんど準備ができなかったのは言い訳にすぎなくもあるが、
問題集に手を付けてみても、
口語ではこういう使い方をするが、実は文法的には間違っている、
と記述された問題には見事にワナにはまる。
日常生活に困る事はほとんどなくても、そりゃぁ仕事にならないワケである。
普通はコレだけの年数ココで暮らしていれば、2級くらい
難なくこなせそうなものなのだから。

イタリアに居続ける事へのギモンを、よりいっそう深める結果に
終わったワケで、どうだった?と聞かれるたびに、
ちょっぴり落ち込んでみたりもするのである。

そんなボクの心を写すかのように、今日も雨降り。
冬のような寒さが、明日には変わる予報を信じよう。



それにしてもハードな! 

2005年10月01日(土) 9時05分
それにしてもハードな1週間だったのである。
もともと学生時代から貫徹(夜)はできない性分だったのだが、こうも
連続で午前様になるのはさすがにこの年齢ではちょっと…。
もやしっ子にも磨きがかかっているようである。

とある空港の BAR のプロジェクト。
勝たなければ支払いもないコンペなので、もうちょっとこういう仕事は
続けられません、という感じなのだが、割といい感じに仕上がってし
まっただけに、詰めが甘くて負けるのだけは、とレイアウトまできちん
と仕上げたのはいいが、ちょっとパソコンからは離れようと思うくら
い、もうワインボトルに書いてある文字が裸眼で読めなくなってきてい
るくらいだ。

ましてやイタリア語検定を受けてみようなんて甘かった。
まさか、最後の一週間を何もしないで過ごす事になろうとは。
さすがにココにすんでいても、試験は別物、70ユーロゴミ箱に捨てた
ようなものだ。

最後の悪あがき、土曜日にがんばってはみるつもりだが、2日前に問題
集を買うのもどうかと思う、と書いた友人より重症な気がしているので
ある。
がんばれボク!
コレをクリアしたら思う存分寝ようと思います。

エドラとスワロスキ、クリスタルグラスの輝きに見るもの 

2005年09月27日(火) 7時56分
edra (http://www.edra.com/)と
SWAROVSKI (http://www.swarovski.com) のコラボレーション。

聞いただけでなんだかアーティスティックな組み合わせだが、じつは今年のサローネ(ミラノ国際家具見本市)で実現していたもの。
そのフェスタ(パーティ)があるぞと聞いてインビテーションまでいただいてはのぞきにいかずにはいられない。

コレまでにあるアートなソファにクリスタルグラスの小さな粒をあしらった、それは綺麗な作品たちだが、それが展示してある台にちりばめられた輝くクリスタルも贅沢だ。

足をひっかけてあげるからダイブしてきなよ。

なんて冗談を言ったくらい、拾ってみたくなるようなシチュエーションなのだ。
そして本当にカバンを落っことしてしまってごめんなさい。
わざとじゃないし、粘着物は仕込んでませんヨ。

ミラノコレクションに合わせたこのパーティは、コレまでクリスタルグラスの
クマの置物くらいしか売りのなかった SWAROVSKI にとっても興味深い展開のひとつと言える。
もちろん、コレが家具として使えるかは別問題だが、ナターレ(クリスマス)時期の
ガッレリア(アーケード)下のツリーの飾りといい、クリスタルグラスの
輝きを最大限に生かした、広い展開を模索中なのが面白い。

ココで出会った日本人デザイナーと気さくにお話ししていただいたが、
有名な人をとかく敬遠しがちな自分を反省するほど、もっといろいろ
話してみたいと思ったくらい、感じのいい方だったのだ。
名刺を渡そうとして、見つからなくて、照れていたのがおかしかった。
そして彼との接点を作ってくれた若者にも礼を言いたい。

ちょっぴり興味深い話も聞けて、ボクもがんばろうと奮起するのである。