お嬢とシタボク 明かされた真実 

2004年11月28日(日) 10時44分
三月に入って。
お嬢は今まで話せなかった事実を話しました。
話した理由はストーカーさん対策ってのもひとつでした。
話せそうな人には話すつもりだったようです。

入籍しました。
家族が三人になりました。
子供は1歳と2ヶ月になります。男の子です。
ちなみに式は無し。
パパは入籍した相手です。

えーと、どういうことですか?お嬢?

感染症とかはお子さんでした。一時は今夜が峠ですみたいな感じで大変でした。

えーと、えーと、逆算するとー。
お店辞めたのがおととしの5月だからー…。
病気を理由にって、これも病気ですか?

胃潰瘍になっていたのは事実です。

確かにお子さんに影響あるといけないから体悪いところ治した方が良いですけど。

彼は驚きました。
でもしばらくして、結局以前と変わってないと結論付けました。

お嬢には、大事な家族がいて、今度は欲しがっていたお子さんがいる。
今お嬢は幸せなんだから、それを壊してまでお嬢欲しくないなぁ。

彼は、祝福することにしました。
意外と他にもいたようですよ。

でも、まだお嬢は全てを語っていないんですねぇ。

お嬢とシタボク イベント再び 

2004年11月27日(土) 15時18分
以前行ったイベントから一年、今回もお嬢は参加するようです。お誘いがありました。
彼は会えれば嬉しいので、またのこのこと出掛けます。

前回行った時、彼は高校時代の友人と再会しました。
連絡とっていなかった知り合いとの嫌な再会…。

ま、それはさておき今回も彼は参加します。
カラオケで会った方もいて、お話出来たりしました。

コミケぐらい大きいところだと一人でもなんだか平気ですけど、
お嬢に会う以外目的もろくにないと場違いな気分になってしまいます。
これで彼も立派なお嬢とそのとりまきの一員です。カメラ持っていないけど。

今回、彼はストーカーさんを初めて見てしまいました。
お嬢にストーカーしている人のようです。
えー、まだ、会場のスタッフさんの話が聞けた方だったようなのでその場はそれほど問題は少なかったのですが、
お嬢はその後も苦労なさったようですよ?

しばらくして、お嬢はある決断をなさいました。

お嬢とシタボク カラオケ 

2004年11月26日(金) 9時56分
お嬢と彼は2月のイベントの後、メールのやり取りをするようになりました。

会えるとしたらまたイベントのようです。

彼は夏のコミケぐらいには行こうかと考えていました。

お嬢からのメールが突然途絶えました。
夏が過ぎて、お嬢から「同居人の子が入院して感染症にかかった」と事情を説明されました。

彼は、「二十代前半の娘さんが感染症に掛かるなんて、よっぽど酷い病気で体力無かったんだなぁ」と考え、お嬢に励ますメールを送っていました。

秋を過ぎた頃、お嬢に余裕が出来たみたいで、こんな企画がされました。
「お客さんと、お店時代からの友人ユウコさんとカラオケしたいけど、参加する?」

12月、コミケの頃です。結論から言うと、彼は参加しました。
ある意味初顔会わせな人たちばかりで、皆おとなしめな方々ばかりでしたので、
終始静かな雰囲気でのカラオケでしたが。
ここで顔を知ったのでその後会うのが楽でした。

そういえば、この日初めてお会いしたんですねぇ。執事さん?

お嬢とシタボク イベント 

2004年11月25日(木) 14時58分
年を越し、1月も半ばになってお嬢からメールが届きました。
2月のイベントに出るんだけど、良かったらそこで会いませんか?
正直、イベントには興味がありません。彼の好きなジャンルは同人ではとことんマイナーです。
(冷静に見ると、廃れる一方です) 

彼はお嬢に会うためだけにイベントに行きました。
確かにお嬢に会えました。
余り話すどころではありませんでした。
お嬢が病み上がりであろうからあまり会場にいなかった事。
コスをしていたのでいろいろな人に写真撮られていたこと。

彼は写真を撮る習慣を持っていませんでした。
高校の集まりでは車の運転や、忘年会等の手配が主な役割で、
写真を撮るのは後輩の役目でした。
そんなわけで彼はカメラを持っていません。

手持ち無沙汰な彼は会場を後にしました。

時間あわせ 

2004年11月24日(水) 17時55分
以前、先輩は言っていました。
「何も成すことなく30までは生きていたくない」
でも本当に実行しなくても良かったんじゃないかな、先輩。

彼は後輩から電話で知りました。
なんていうのか、嘘じゃないって知っているのに、こういうとき「嘘だろ」ってでるんですねぇ。
夜勤明けでした。すぐ駆けつけました。お通夜を夕方から行うそうです。

ベットにネクタイで首を吊ってました。
明日の食材を買い込んでいました。
洗濯物のアイロンかけていました。
遺書も何も残していません。

木曜日に行われていたようです。
金曜日に発見されました。
土曜日には警察も調べ終わったようです。
日曜日に皆集まりました。

野郎だけで弔いました。
どんなに化粧しても死後硬直していて口は閉じませんでした。
そんな顔は見せられません。

先輩の書き溜めたものを読みました。
特に自殺を促すものは見つかりませんでしたが、後輩への思いとか、ホモだったのは判りました。

皆急でやり切れませんでした。
それでも、通夜と告別式は皆で過ごしましたのでお別れは出来たかと思います。

そして彼は別の意味でやり切れませんでした。
お嬢に初めて会った日が、先輩の最後の日だったからです。
お店に行ってヘラヘラしているんでなく、ちょっと先輩と話してたら。
別にどうならなかったかもしれませんけど。

ただ、彼はこの日を忘れられません。

彼の周囲の変な人 

2004年11月23日(火) 11時04分
こうして共同生活が始まりました。

2LDKの部屋です。先輩はドア近くの扉のある部屋、
後輩はリビング近くの和室でふすまでした。
彼も時々遊びに行って、大抵は泊まって帰りました。

高校の面々は仲が良く、連絡を取っては旅行に行ったりしています。
伊豆へ旅行に行った時です。風呂場で後輩が告白してくれました。
「先輩、本物のホモだったよ」
身近にいた本物に野郎共は騒然でした。
後輩の部屋のふすまが後輩寝た後開けた形跡があったり。
タイに留学って何してきたんだ先輩!


結局、普通の性癖を持つ後輩は、女の子を部屋に連れ込んだりと
いろいろな方法で柔らかく拒絶していき、
まぁ実害のない範囲で共同生活は続いたのです。

彼が先輩に聞いたところ、「小学生くらいが堪らない、半ズボンから伸びる足が〜」
「後輩は後輩で別の趣きが」
それと同時に「前田愛は可愛い」と中性的な女の子にも興味があったので
そっち方面でなんとかならないものかいろいろ話しました。

後輩は大学で写真部へ。
結構真面目にやっているから写真関連の仕事するのかと思いきや、
全然別の仕事に就きました。
ええ、好きなことを仕事でやると大変です。
後輩は楽しんでやり続けることを選んだのでしょうか。

先輩はオリジナル文芸の同人誌を一冊出しました。身内だけで公表しませんでしたが。もったいないです。

彼は専門学校で学んだ関係の仕事に就職し、趣味でずっと遊んでいました。
このころなんだかすごい勢いではまって、大阪、名古屋まで遊びに行っていました。

ヨシオ君はお金貯めては海外へ旅行に。東南アジアへ行くたびに現地人と間違われてます。

マサル君はゲーム会社を辞め、デザイン系の仕事がしたいため勉強しなおしていました。

えーと、この頃です。彼がこのままだと自分に女性っていないんじゃ?と思い始めたのは。
それでまぁ、お店に行くようになり、そうすると先輩と後輩の部屋にはあまり訪れなくなりました。

高校時代 卒業その後 

2004年11月22日(月) 15時01分
彼のとって楽しい時間も終わりがやってきました。
卒業です。

出てきた人だけでも整理。
パンチパーマの人。大学卒業後、警察へ?あ、キャリアなのかな?でも髪型は変わらず。現在娘さんがいるはず。

マサル君とりあえず美大へ。卒業と同時に彼女が名古屋へいったのでしばらくバイトしては名古屋に通う生活をしていた。

恋に恋した娘さんは24歳で結婚!その後は音信不通。幸せになっているんでしょう。

ヨシオ君は彼と同じ予備校へ通い、大学へ。馬術部に入り馬と生活する。その間、下宿先を空き巣に生活される。
あ、付き合っていた女の子は別れました。その後も色々な女性と色々あったりする。
彼から見たらうらやましいというかなんというか。

彼は、予備校に通うも文字通り遊んで専門学校へ。この時期先輩の家に入り浸ってました。この期間で現在の体形へ。
酒の失敗は大抵この時期です。ヨシオと友人3人でワイン3本空けてつぶれたまま、予備校通ったりとか。
昼間にビールのピッチャー空けてたりとか。夜駅のベンチで酔って寝たりとか。
その後カラオケのトイレを占拠してつぶれたのを最後につぶれるような飲み方はやめました。

先輩は美大を目指していたはずが、気がつくとフリーターに。必要最低限なお金を稼ぎつつ、作家を目指す。
時々旅行へ。そういえばタイへ留学なんてこともしていました。

後輩は、結局良いお友達で純愛は終了して。彼は大学に受かります。

実は先輩はマサル君にも、ヨシオ君にもある提案を持ちかけていました。
「大学行って一人暮らしするなら、ボクと共同生活しようよ」
二人はちょっと怪しいし、その時期彼女いたりしたので断りました。
そして後輩が大学受かりました。ちょっと遠いので下宿することに。先輩は同じ提案を持ちかけます。
「いいっすよ」特に断る理由もないですし。普通に暮らすより良い部屋に入れるわけですから、共同生活することになりました。

高校時代 妖しい先輩 

2004年11月21日(日) 11時36分
彼が漫研に入ろうと決めたのは、一枚のイラストボードでした。
こういう絵を描く先輩がいるなら入っても良いなと。

先輩は物静かであまり話さない性格でしたが、好きなことになると多少語ってくれました。
彼はイロイロと影響を受けました。
ただ、ひとつ影響受けなかったことがあるのですが…。

先輩はどういうわけか女性とは余り話しません。
さっぱりした性格の人とは話しますが、女の子らしい性格の人とは話しません。

先輩のお気に入りは、ヨシオ君とマサル君です。
ヨシオ君が「金がねぇ」と言うと「2時間で3万円でどぉ?」と冗談を言われます。
マサル君にも同じこと言いましたが、
こちらはマサル君の彼女が徹底的に先輩を嫌っていました。

ああ、いえ、もう一人お気に入りがいました。後輩です。
「可愛いねぇ」ええと、あまり男に向かって言うほめ言葉ではないんですけど。

在学中に好きな女性のタイプを聞いたことがあります。
中学の頃、気持ち悪いと毛嫌いされたらしく、ちょっとトラウマになっていると話した後、
「女の子なら、中性的な魅力を持った子が良いかな?」

えーと、彼の周りはちょっと変わった人が多いようです。

高校時代 後輩 

2004年11月20日(土) 10時23分
彼にとって楽しかった高校も一年経ちました。

彼は地味で真面目な存在だったので、陸上部の部長になりました。
陸上部もどっかおかしい部活で、休みになると合宿を行うのですが、何故かギターを持ち込んで夜歌う始末。
ソフト部の投球練習場で軟球で野球始める連中でした。

こちらも楽しい毎日でしたよ。
雨の日の室内練習で鬼ごっこしたり。

ヨシオ君は相変わらずモテてまして、今年も天文は豊作です。
あ、ちなみにヨシオ君には彼女がいて、この頃ちょっと大変だったようです。

マサル君は漫研の会長として頑張りつつ、この年には大きな変化がありました。
後輩の娘と付き合うようになりました。
この娘さんがまた、嫉妬深くて、気が強くて毎日大騒ぎでした。

マサル君は優しいのでなだめて、謝っているのですが、彼その他は毎日たまったものではありませんでした。
別れると喧嘩していたかと思うと帰りには仲良さげになっている。

彼にも彼のことが好きだという娘さんが現れました。
でも待ってください。春先にはヨシオ様だったはずです。
そしてその後マサル君の彼女さんと争った気がします。
後に24才で結婚された娘さんは、まさしく「恋に恋している」娘さんでした。
彼にはその頃好きな人がいたのでお付き合いはしませんでしたよ。


そしてその年の新入生の中に、後輩がいました。
誰とでも合わせる事ができ、飄々とした後輩は、それでもやっぱりアホで、彼と一緒にアニソンをソラで歌ってました。
SF小説、推理小説が好きで、後に写真部と天文、漫研を掛け持ちしました。

後輩には好きな女の子がいました。同じ天文の娘です。可愛い娘さんでした。
バス通学している彼女が、夏休みに来れるように、後輩は毎日駅まで自転車で迎えに行きました。
後部座席に乗せ、毎日迎えに行く後輩はほほえましい情景でした。

えー、天文と漫研、人間関係はイロイロ複雑でしたよ。

高校時代 友人2 

2004年11月19日(金) 16時47分
小学校から一緒だったヨシオ君、彼は中学のとき、
「卓球部は暗いイメージがある、何とか明るくしたいんだ。ランニングの掛け声を作ったんだ」
たっきゅー、ピン!ポン!ピン!ポン!ピン!ポーン!

えーと、彼と仲良くなれそうなアホでした。

そんなヨシオ君ですが、実は彼とは決定的に違っていたのです。
中学って地元社会なので性格が知れ渡っていたのですけど、高校はそういうことありません。

ヨシオ君は格好良かったのです。

彼にはどうにもわからないうちに天文同好会の新会員数は二桁に伸び、「ヨシオ様」と呼ばれる始末。

ヨシオ君は「星の瞳のシルエット」の久住君ではなく、司君になってしまいました。

マサル君は美術部に入るほどじゃないけど絵が好きで、
こちらも掛け持ちしてない男性会員ということで漫研の会長候補になっていました。

彼は陸上部と掛け持ちして、部活が終わっては化学室に入り浸っておりました。
というのも、出来て数年のこの高校でかなりの無法地帯だったのです。

漫研は資料ということで気に入った漫画を持ち込んでいましたし。
天文は夜、観測会を行うという名目のもと、いろんなものを持ち込んでいました。
冷蔵庫、ガスコンロ、仮眠を取るためのソファ、毛布。

勿論、普段の部活動で活用されました。
漫画を読みつつ、冷たいものが飲める。お茶を入れる。
弁当食べるときはカップスープなんてこともやっていました。

加えて、楽しい仲間。この頃には共通の話題があったりするので皆打ち解けていました。

試験前には勉強会といいつつ皆で遊んだり。

本当に楽しい日々でした。

あ、ちなみにヨシオ様ですが、夏頃にはなんとなく収まって、会員も減っていきました。
この騒動は、毎年続きます。
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