Strange Chameleon 

2006年03月14日(火) 6時02分
I wanna be your gentleman 変われる場所を探して行こうか 誰かみたいに
I wanna be your gentleman 隠れる場所を目指してみようか 痛くないように

汚れた川を汚れた僕と泳ぐ 君はとっても キレイだった
浮き沈みしながら 向こう岸へ辿り着いた後を 考えてる 今でも ずっと

君といるのが好きで あとは ほとんど嫌いで まわりの色に馴染まない 出来損ないのカメレオン
優しい歌を唄いたい 拍手は一人分でいいのさ それは君の事だよ

I wanna be your gentleman 上手くちぎれてくれない 尻尾はトゲトゲで
I wanna be your gentleman 引っかき傷は癒えないのさ 治らないんだ

「たぶん もうすぐさ きっと」なんて息を止めたまま どうでもいい行列に 並んでもみた
「終わらないプレリュード奏でて生きてゆくみたいだね」って 僕ら笑う 死んでるように

たとえ世界はデタラメで タネも仕掛けもあって 生まれたままの色じゃ もうダメだって気づいても
逆立ちしても変わらない 滅びる覚悟はできているのさ 僕はStrange Chameleon

勘違いしないでね 別に悲しくはないのさ
抱き合わせなんだろ 孤独と自由はいつも

もしも全てが嘘で ただ つじつま合わせで いつか慣ついていた猫は お腹すかしていただけで
すぐにパチンと音がして 弾けてしまう幻でも 手の平が まだ暖かい

恐いモノ知らずで 時代は はしゃぎまわり 僕と君のすごした ページは破り去られ
歴史には価値のない 化石の一つになるのさ 君と出会えて良かったな
Bye Bye 僕はStrange Chameleon

雲のように風のように 

2006年03月10日(金) 23時45分
もう、16年も前になるけど1990年に放映された「後宮小説」という小説を原作にした長編アニメ。
久しぶりの実家で夜に寝付けないのでビデオを漁っていたら出てきたのが、これ。懐かしい!
知っている人いるかなぁ?
子供心にジブリに似ている作品だなぁと思っていたんだけど、実はキャラクターデザインが「魔女の宅急便」「となりのトトロ」と同じ人らしい。
あぁ、どうりで主人公がキキとサツキに似てるわけだ(笑)
何故か性格も似ている。原作者は違うのにね。
舞台は1850年代の中国…らしいんだけど、そこら辺の歴史はいかにもそれらしいんだけど全部作者一流の創作らしい(笑)
思わず調べてしまった俺は馬鹿を見たわけで。うーむ、やるのぉ。
でも、時代考証自体は正しくって宦官(男根を切り落とした後宮に仕える役人)とか居るのよね。名前も異民族流だし。(そのころの中国の朝廷は漢民族以外の支配政権だからね)
ストーリーは天子の嫁候補に「三食昼寝つき」と聞いて応募した少女「銀河」が都に向かい…
天子を射止めるために、あらゆる策謀を使い陰謀渦巻く後宮を支配し、やがて自らの子を皇帝にするまでのお話…ではありません。
まぁ、陰謀渦巻くっていうのは宮中の話で後宮で花嫁修業をしながら「コリューン」という謎の青年に出会いやがて…しかし、都の外では反乱が起こり…みたいな話。ストーリを書くとそのままネタバレになるから書かない様にしますわ。

興味がある人はここで見て下さい↓

http://pierrot.jp/title/kumokaze/index.html

子供の頃に見て凄く印象に残ってる作品です。田舎娘の銀河が少女からいかに成長していくのか…銀河の性格も含めて見ていて気持ちいい作品です。
名作なんですが、なぜか脚光を浴びることがない「雲のように風のように」暇なら観てみて下さい。

日輪の遺産3 

2006年02月24日(金) 1時56分
決して褒められたものじゃない自決であったりする当時の日本の思想。しかし、そこには今の日本人には無い洗練された日本の潔癖なまでの清廉さがある。特に、当時の軍人による、それに感動してしまうのは危険だろうか。そこには日本という国に対しての愛と優しさに満ちた慈しみの気持ちがこもっているように感じずにはいられない。
世の中の平和を願うには「ラブ&ピース」じゃ駄目なんだ。かといってストイックを気取って冷酷な国際情勢を語るリアリストでも駄目である。その狭間の言葉では表現しきれない哀愁が必要だ。悲劇を見た、それだけでなくそこから冷酷ともいえる分析の上に少しの幻想を見る。
「愛」ではなく「哀」であろうか。こういう時に日本語は便利であり、その便利さ以上に日本語は難解な問いとなる。
「勇気」「希望」はその前に「畏れ」「絶望」があるから生まれる。深い悲劇のあとに喜劇を綴る。そこに残るのは暖かな哀愁。
言葉をいくら綴ろうとも表現しがたいそれらのもの感じる事の出来る一つの手法が小説であり、この小説はそれを感じさせてくれるに足る名作だったと思う。

「日輪の遺産」に日本の復興にかけた人々の思いと、それを守った先人の日本人達。読み終わった爽快さを感じながらふと、現在の日本を見てみると彼らの託した「本当の遺産」は果たして日本に届いたのだろうかと寂しい気持ちにも襲われる。
この小説を読み一端でもその「想い」を感じることが出来るよう作者ともども願いたいと思う。

日輪の遺産2 

2006年02月24日(金) 1時53分
一方で架空の登場人物の場合、一定の法則がある。
まず、主人公などは大抵バブルに乗って大もうけしたが現在は負債に追われ妻にも逃げられた中年の男である場合が多い。何故か不動産屋であることも多い。
一般に主人公にするにはちょっと「あれ」な設定である。しかし、どの人物も粗暴でありながら、心根は誠実で優しい。そういう人物の印象が不動産屋にマッチするからだろう。
これらの設定は浅田作品が全体的に「人物の復興」の物語である事に起因するのかもしれない。これは読んでいて清々しい。
「天国への百マイル」などは、この「人物の復興」が前面に出ている作品でもある。
また、忘れてはいけないのが登場人物を支える妻や愛人の存在である。その誰もがそれぞれに様々な過去を背負った「いい女」であり、色気や魅力というより、こなれた哀愁と安らぎの印象を感じさせる。それらの女性が物語の一端を担い作品に独特の雰囲気を与えている。

さて、浅田作品の解説はこれくらいで、本題の「日輪の遺産」だが、この作品は「日本人の復興」という題目がぴったりとくる。
舞台はバブル弾けた現代日本。
年末の決算に追われた主人公が偶然、競馬場で出会い、死に水を取った老人から貰った一冊の手帳。そこには終戦間際に日本で極秘裏に隠された「日輪の遺産」についての若き陸軍将校の記述が…。
まぁ、あとは読んでのお楽しみ。
俺は愛国心って言葉は嫌いではないけど、どうしても胡散臭く感じてしまう。でも、この小説を読めば、その愛国心とやらにも好意が持てそうになる。そう、日本の復興にかけた人々の思いや、浅田次郎自身の思想なのだろうか、それらが流れ込んでくる感じだった。
決して作中には愛国心をうたった記述があるわけでもないし、浅田次郎自身もそういったものを慎重に書いている事が分かる。しかし、浅田次郎の綿密な歴史解釈やその上での日本への思いが登場人物の口を通して感じられる。

日輪の遺産1 

2006年02月24日(金) 1時51分
浅田次郎の小説ですが、これは久々に震えた。
ちょっと俺の稚拙な言葉では説明できないので是非本を手にとって、ご一読あれ。

…とか言っても何かと書きたがりな性分なので、これからごちゃごちゃ書きます。お目を汚すような文ですがあしからず。

今まで何回も言っていますが浅田次郎の小説はとにかく巧い。
「上手い」でも「旨い」でも「美味い」でもなく「巧い」。
前編に張り巡らせた伏線や、多数の視点から語られて最後に収束していく人物関係、何よりも浅田作品を面白くしているのはそれらの人間の描写の巧さだと思う。
架空の人物は勿論、実在の人物までが魅力的であり、作中の登場人物が崇拝するように、その人物に惚れてしまいそうになる。本作で言えば、ダグラス・マッカーサーの描写は自分を彼の人物に惚れさせてしまった。これも、実際の史実や事件を踏まえた描写なのだから参ってしまう。「蒼穹の昴」で一般には忌み嫌われている西大皇を史実を踏まえた上で事件の裏打ちまでし、あれほどまでに魅力的に書いた、その手法である。
しかも、それらの人物が一つの視点から語られるのではなく複数の視点から様々な描写をされる。時には憧れの人物、時には憎むべき相手、時には親しき友人、そして時にはその人物自身である一人称からの描写も混ぜるのだから堪らない。更に各時代がリンクするのでその描写は、さらに多岐にわたる。
ある章で謎だったその人物の考えが、違う章で視点を変えることで明らかにされたり、逆により複雑になりもする。ともすれば、当初とは違う感じの印象にもなる。読んだことがある人ならば「壬生義士伝」での吉村貫一郎の描写と言えば分かるかもしれない。
その変幻自在の登場人物の描写がなんといっても浅田作品の魅力である。

システム2 

2006年02月20日(月) 17時58分
ここまで極端で馬鹿馬鹿しい話はしたくないが、日ごろ食用の肉を食べることと、少し前に居た人間の肉を食べる猟奇殺人者の違いはあるのだろうか?
そこに違いを生み出しているものは厳密に言えばどうかはわからないが自然界の法則上、無いに等しいと思う。
しかし、私達には定められたルールがある。
このルールを持ち出せば何とか他者を説得することが出来そうである。
「食肉を食べることは法律上問題ないが、人肉を食べる事はその過程において殺人という刑法を犯すためにしてはならない」
という事になる。
つまり違いとはその程度のことなんだと思う。
事件が起こり、それに記者が脊髄反射のように見出しを付け、三面記事になるか一面のトップになるかが変わる。
そして三面記事よりも一面の記事の方を見て人々はまた脊髄反射のように事件の重要性を感じる。
たとえ三面記事で人が死のうが一面でホリエモンが逮捕されればそちらが重要であり、暴力団が人を殺すより、中国人が子供を殺す方が重要視される。

いたって問題は無い普通のことである。何にもおかしくは無い。
こんなことに問題を投げかけるのはもう腐るほど行われてきたことだろう。

ただ、小さな頃は世の中は単純明快なものだと思っていた。良いものと悪いものがあって、どちらが良い者なのかが決まっていると思っていた。
それは違うと思い、世の中に正しいもがないと気づくのが人間の二次成長だろう。
しかしその先に、漠然とだが、社会には決められた単純明快なシステムが働いているように感じ始める今日この頃でした。

駄文な上に長文を失礼しました。

システム1 

2006年02月20日(月) 17時55分
・犯罪 「刑法その他の刑罰法規に規定する犯罪構成要件に該当する有責かつ違法な行為」

と、辞書にはあるが、何処に線引きするかが最近あやふやになっているような気がする。
簡単な話が、犯罪とは「皆で決めたルールを破ること」になるはずだが「ミンナノルール」とやらは何故あるのか?
それは不公平をなくすためであったり、互いに不利益が生じる事象に対しての一定の抑止のためにある。
しかし、現実はどうだろう?
例えば、政治家の公金横領を見て憤っているサラリーマンは経費で家族の外食の代金を落としていたりする。
詳しく説明すれば、政治家の公金横領とは、国のためにと国民が共同で負担した税金を個人の懐にいれることで私腹を肥やすという「ミンナノルール」でいえば不公平な裏切り行為である。
しかし同様のことがサラリーマンにも言えるのも事実である。
「皆が当たり前にやっている事」そういう答えが大半だが、「立場が違う」という方が言い訳として優れていると思う。
それにしても犯罪の広義で言えば内容は同じであるにも関わらず、そこに罪悪感を求めることはあまりしない。

 

2006年02月04日(土) 17時11分
昨は橋南に飲み、今日は橋北に飲む
酒有り、飲むべし、吾酔ふべし
顧みて酒を呼べば、酒すでに至る
快なるかな、痛飲放恣を極む
誰かいふ、君子は徳行を極むと
世上解せず、酔人の意
世上解せず、君子の意
酔えば極むる君子、徳行
至上痛飲吾、酔漢なりて君子ならず
浮世は唯唯、酔うて酔なり

ほんのちょっと 

2006年01月19日(木) 1時25分
こういうふうに思う
世間にには中途半端な利口が多すぎるって。勿論、自分もその一人だから嫌になる。
余計な情報、余計な知識、余計な感情、「よけい」なありとあらゆるもの。
そんなものにどっぷりとつかって、色々な「よけい」が体中にこびりつく。
どれが本当に「よけい」じゃないのかも分からなくなる。
どれが本当に大切なのかもわからなくなる。
ほとんどの連中がその「よけい」を自分の勲章のように威張り散らしてる。
そんなの目的と手段を取り違えてるだけだろう?
行き先も知らないのに、道順だけはやたら知っている。
そんなのは世田谷で交番勤務でもしていればいい。もしくはタクシーの運転手。
勿論、おまわりさんもタクシーの運転手も大事だけどね。
俺が言いたいのはそういう事じゃなくって。

もっと、こう、ほんのちょっとなんだけど、馬鹿がいいんだ。
そう、単純に自分のすることに疑問を差し入れないように行動したいんだ。
「よけい」なもので自分を動けなくする前に。
ほんのちょっと、そう、ほんのちょっとの話。
ほんのちょっとの失敗や、ほんのちょっとの成功。ほんのちょっとの悲しみに、ほんのちょっとの喜び。
そういうものを単純に自分に取り込みたい。
今の俺に必要なのは、そんな「ほんのちょっと」達なんだよなぁ。

わかる?
わかんねぇよなぁ(笑)
俺は言葉が下手だもん。

優しくってすこし、ばか 

2006年01月11日(水) 11時03分
僕はなんでも考えすぎるタチなんだよなぁ。
たとえば将来のこと、それに大学のこと、友達のこと。
それだけならまだいいんだけど、考えすぎて自分の自意識についても考えてしまう。
自分ってものを考えるのは人間くらいなんだよなぁ。意識下のことってのもあるけど、自意識の中で自分を見ている自分が居て…。あーだこーだと自分に言っている。
これって誰なんだろうとか考えてしまう。
でも、世の中には、そんなこと考えないでも幸せそうに生きてる人間も居る。
いつもニコニコ笑っていられて人に慕われるような人。
考えることは大切だけど、それに縛られてがんじがらめになっちゃったら精神衛生上よくないよなぁ。
きっと「優しくってすこし、ばか」くらいのほうがいいんじゃないんだろうか。
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