2004春・きっかけ

October 09 [Sun], 2011, 11:02
そもそも、なぜ山小屋でアルバイトをしようと思ったか、ということだ。

その頃の私は大学2年生。20歳になろうとしていた。
実家から大学に通っていたわけだが、一般的には、一人暮らしをする距離だったかもしれない。
家から大学まで、電車で片道2時間。
そしてそこから20分ほど自転車通学。
1限の授業がある時は、朝の6時に電車に乗っていた。

それでも、とくだん一人暮らしをしたいとは思わなかった。
別に一人になるのが嫌というわけではなく、実家が大変だったからである。
お金の事情ではない。
家族の事情だ。
よく世間でも聞く、介護、というやつ。
母が脳内出血で倒れた祖母を家でみていたのだが、それはそれは大変だった。
あの気持ちは、きっと家で介護してみなければわからないと思う。
介護士、という仕事ができてくれて、本当に良かった。
一人で抱えるには、あまりにも辛過ぎる。
それでも、母は家で介護をしていた。
母の意志で、仕事をしながら介護していた。
実家は造園業を営む自営業だったので、そこに関しては一般的なお勤め人よりはやりやすい環境であった。
しかし、逆にそれは逃げられない、ということでもあった。
母は責任感が強く、愛情深い人だ。
そんな性格からすれば、祖母を家で看たい、最後まで一緒にいてあげたい、そう思うのは当然だ。
それを間近で見ていた私が、手伝いたい、そう思ったのも、やはり当然だったのだ。

だから、嫌々実家から通っていたわけではない。
家でのそんな状況があったにしろ、私は自分の意思でそれを手伝いたいと思い、自分の意思で家にいることを選んだ。
その距離で実家から通ってるなんて甘えだろう。
そんな風に思われても平気だった。
私は、誰かからではない、自分で自分を認めていたから。

それでも、やはり一人に憧れることもあった。
どんなに自分は精神的に自立していると思っていたって、そばに家族がいるのだ。
自分を守ってくれる、大切な人が常にまわりにいるのだ。
だから、私は頑張れるのだから。
じゃあ、完全に一人になったら?
まるっきりわけもわからない所にいて、自分だけで関係性を構築しなくてはいけない状況だったら?
どんなに仮説をたてようと、結局わからなかった。
私は、そのような状況になったことがないのだ。

心底、試したいな、そう思った。
自分自身をもっと知りたいと思った。

家族と連絡をとれない環境に飛び込もう。
私は必死になってそんな場所を探した。
大学生の長い夏休みを利用できる、特殊なこと。
できるなら、自分が興味あることだったらなおいい。

そんな条件にぴったりと当てはまること。
それが、「山小屋でのアルバイト」だった。
山のハイシーズンは夏だし、小さい頃から登山をやっていた私にはもってこいだと思った。
完全に住み込みバイトだから家族との連絡も遮断することができる。

これだ!!!
私はワクワクした。
山の情報誌やインターネットを駆使しながら、私は必死になって探した。
それが、2004年・春の出来事だ。


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