Tシャツライフ 

2008年06月16日(月) 18時51分
Tシャツを外の世界に向けてを売り始めたのは
2003年の夏、大阪の万博フリーマーケットにて出店したのが始まりでした。

ブースの半分をシュアしないかと言う話があったので喜んで参加する事にしました
当日持参したのはシルクスクリーンという技法で、一枚一枚丹念に仕上げたTシャツ80枚でした。

すべては万全な準備の下に進んでいたのではなく、僕の性格からその作業は難航したのです。
そう前日にパパっとやれば80枚位は余裕に仕上がるとタカをくくっていました、その考えが間違えだったというのをその後身をもって知ることとなりました、、、。

夕方4時始めでしばらくお気楽に音楽をかけながら刷っていたのもつかの間、早くも雲行きが怪しくなってきたのは夜の7時ぐらい、このペースで行くと何時位に全てが刷り上るのかを逆算すると全然間に合わないことに気づきました。
一人では間に合わないのは目に見えていたので、まず手伝いをしてくれる仲間を家に引き込もうと考えました。

作業工程1「誘い込み」
Tシャツ作らないか?と電話でストレートに誘い出しました。
友人は興味を持ったのか数分後にのこのこと笑顔でやって来ました。
これで苦楽を共にする仲間の完成です。
それでまず二人で環境作りから始めました、とにかく作業スペースが4畳ぐらいの部屋でしたので限りなく狭く、刷り上ったTシャツをどこに吊るすかという問題がすぐにもち上がりありました、、が数秒で上の空間しかないという結論がはじき出されました。

作業工程2「干すための場所確保」
早速ためらいも無く壁にピンを打ち込んで荷造り用の白い紐で這わしていきました、そう藤棚のような、はたまたあや取りの複雑な最終形態のようなものが天井の壁一面に広がり、とても芸術的な形になりました。
既にここで二人は天井を見上げ満足感を味わいました。
こうしてTシャツを干す場所を無事確保。

作業工程3「デザインをわざわざコンビニに行き、そこでモノクロモードでA4用紙にコピ-しお釣りを忘れずポケットに入れて返ってくる」
その際コピー中にコンビニでばったり別の友人に出くわせ更なる誘い込みをはかろうとよぎったのですが同時に致命的な部屋の狭さもよぎり誘い込みを断念。

作業工程4「プリントゴッコ布用に先ほどコピーした用紙とスクリーンマスタ(版)をセットしてピカッと製版」
定番のプリントゴッコで印刷する事になりました、ピカッと感光一回400円が飛んでいきます。なのでドキドキの瞬間でもあります。

作業工程5「アイロン台にTシャツをのせ粘着ボードなるものをTシャツの裾から入れシワを取り裏から貼り付ける、そして版をプリントしたい位置にセット、たっぷりのインクを版にのせ、一気にスキージーで刷り込む」
この作業がTシャツのクオリティを左右する一番神経質になる所です
よってここでB品が出まくります。
Tシャツ代と貴重な時間が簡単に飛んでいきます。
その為喜怒哀楽が一番表現される時間でもあります。

作業工程6「少し乾かすためにしばし藤棚に干す」
刷り上ってくるうちに部屋の照明が遮られて暗くなる
それは作業が進んでいることを実感させるものでもありました。

作業工程7「乾いた所をみはらって高温にしたアイロンで圧着する」
これらどの工程も慎重さが要求されます。
気の抜けるところなどはどこにもありません。

単調な作業にもいろいろコツみたいなものが求められるようで、特に苦労したのは印刷の要、スキージー使いにてこずりました。
速さ、角度、力の入れ具合によって仕上がりのクオリティに大きく影響してきます。
まさに待った無です
80枚という数は多すぎます。
そうです実は80枚という半端な数は20枚の犠牲の上に成り立っている数だったりします、、、。

手伝いを買って出てくれていた友人とヤバイヤバイというフレーズを繰り返して何時間がたっただろうか、、
気の遠くなるなか時間が過ぎ

僕らはただモクモクと与えられた作業をこなして行きました。

その間ほとんど会話無し。

全て仕上がったのはすっかり朝日もまぶしい朝の7時を少しまわった頃でした。
不思議に疲労感と共に達成感の喜びか、はたまたインクの臭いからかしばし二人で恍惚感に浸っていました。

そう見上げると4畳ほどの狭い部屋の天井に所狭しと80枚ものT-シャツがインクをいっぱいに吸ってぶら下がっているのです。
その光景は圧巻で、僕らは大変な事をしてしまったのではないか?という怖さに似た感覚に身を震わせたのを今でも覚えています。

もう寝る時間も当然ありません
後は勢いで行くだけです
フラフラの千鳥足で場内入りし指定された場所に車を横付

出店開始!!

しかし売上はスズメの涙ほど
赤字も赤字でした
根本的にデザインのが悪かったのか
はたまた前日の寝不足と疲れといった疲労感からくる
ものが影響して
鬼のような形相の二人が並んで接客してしまっていた為なのか
分かりませんが、とても厳しい現実を味わい知る事となりました。


そうすべてはここから僕のTシャツライフが始まりました。