テスト 

2011年02月12日(土) 2時15分
テストです(m'□'m)

【咲かせよう!友情の花を!君にしかない使命の花を!】 

2007年03月03日(土) 13時29分
広宣流布は一面からいえば、厳しい闘争の連続だ。
時には「大変だな」と思うことがあるかもしれない。
しかし、広布の活動は全部、仏道修行である。
仏道修行から逃げていては、仏になることはできない。
すべてを勝ち越える以外にないのである。
むしろ、大変な戦いがあるからこそ、仏になることができる。
何の闘争もない。苦労もない―――それでは仏になることはできない。
日蓮大聖人の仏法は三世にわたる生命の法則を明らかにしている。
大聖人の仰せに間違いはない。御書は絶対に正しい。

どんなに大変だといっても、永遠の生命から見れば一瞬である。
友のため、広布のために尽くした行動は、すべて、自分のためになる。
大きな功徳となって、わが身を飾る。
自身が宿命転換し、人間革命し、そして幸福になる――――
そのために戦い抜いていただきたい。
この一瞬を大切にし、この一瞬を勝ち抜いていただきたい。
そして、わが生命に、広宣流布の永遠不滅の黄金譜を綴っていただきたいので
ある(大拍手)
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一、ロシアの文豪ドストエフスキーは記した。
「花―――それは希望にほかなりません」

その通りである。
信仰とは、いついかなる時にも、わが胸に「希望の花」を咲かせきっていく
究極の力である。
ドイツの大詩人ヘルダーリンは、春を高らかに謳った詩の中で綴った。
「日々は花のようにかがやいて出現する」
同じ一生ならば、一日、また一日、自分らしく花を咲かせて生き切ることだ。
「笑顔の花」「励ましの花」「語らいの花」「友情の花」「行動の花」「充実の花」
「喜びの花」―――。
ありのままの自分自身の生命を、伸び伸びと思う存分に光り輝かせていけばよい。
日蓮大聖人は「自体顕照」の法理を教えてくださった。
御義口伝には、「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(P784)
と明快に仰せである。

人を羨ましがる必要など、まったくない。
自分自身が、かけがえのない、尊貴な、美しい生命の花を持っている。
自分にしか咲かせることのできない、最高に大切な使命の花を、晴れがましく
咲かせ切っていくことが、そのまま「人間革命」の実証となるのである。

神奈川県出身で、第2総東京の天地でも歴史を刻んだ青年詩人・北村透谷は、
"自身は心の花なり"と綴っている。
野に咲く花々が、雨にも風にも負けず、凛と咲き誇っていくように、何があっても、
自信満々と朗らかに、笑い飛ばしていけばよいのである。
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一、戸田先生は、仏法の難解な法理の意義を、一つ一つ実践に即して、
わかりやすく教えてくださった。
たとえば、法華経寿量品に説かれる「更賜寿命(更に寿命を賜え)」については、
「我らに、あらゆる生活を乗りきる生命力、すべての悩みを打開する力を与えて
ください」という意義があると語っておられた。

そして、広宣流布に真剣に励んでいく、わが学会員は「御本尊の大功徳を、
身に受け切りながら、仏の寿命も、我々の生命も、永遠だということを、
自然のうちに悟っていくことができる」と言われたのである。

さらにまた、「発迹顕本」については、こう述べておられた。
「行き詰まりを感じた時に、大信力、大行力を奮い起こして、
それを乗り越えていくことだ。これが、私たちの『発迹顕本』となる」
ともあれ、仏法の功力、そしてまた私たち自身が秘めている生命力は、今、
自分が思っているよりも、はるかに大きな大きな力である。
信心で乗り越えられない悩みなど、絶対にない。突き破れない壁など、
断じてないのである。

先生は言われた。
「宿命は、それぞれみな違ったものをもっている。しかし、こうなりたい、
ああなりたいと思う方向へ、必ず進んでいけるのが『妙法』である」
「今、困っていたら、困ったなりに、信心を奮い起こせばよい。
そうすれば、その瞬間から仏の生命が、仏の力が、その人の身に
顕現するのである。過去に囚われる必要などない」

妙法は、無限の希望の源泉である。
ともあれ、戸田先生は「世法で、また国法で、誰が一番、立派か。
そんなことは問題ではない。仏法の上で、誰が一番、立派かということが問題
なのだ」と断言された。この仏法の上で、一番立派な存在こそ、
日々、広宣流布のために献身しておられる尊き創価の同志である。
健気な庶民の皆様である。
なかんずく、創価の婦人部の皆様方であると、私は強く申し上げたい(大拍手)

【婦人部代表者協議会(上) 東京・新宿 2007-02-27】

【名字の言に触発されての覚え書き】 [2007年02月26日(月)] 

2007年03月03日(土) 10時22分
「悪条件にこそ突破口あり」――建築家・中村好文氏の信条である。狭い土地、予算の制限、日当たりの悪さ。それらを克服するために、工夫に工夫を重ねていった先に、よい家を造るアイデアが生まれることが多いという▼原点となった体験がある。独立直後のこと、家が軒を並べる住宅街の中の一軒を建て替える仕事が来た。現場を見て落胆した。そんな氏を、依頼主が家へ食事に招いてくれた▼狭い部屋にいっぱいの家族が迎えてくれた。「この人たちの家がつくれなければ、建築家でいる意味はない」。恵まれた条件なら力がなくてもできる。限られた条件のもとで建ててこそ建築家冥利につきる、と(NHK出版『プロフェッショナル 仕事の流儀(4)』)▼御聖訓には「強敵を伏して始て力士をしる」(P957)と。「困難こそチャンス」とは、時代を経ても変わらぬ方程式だ。立ちはだかる高い壁を前に、どうするか。「兆し」に「しんにょう」をつけて逃げるのか、「てへん」をつけて挑むのか。心の持ちようで180度変わる▼「思いもかけない試練、障害があるからこそ、人間は成長できる」と池田名誉会長。どんな困難も「よし来た」「宿命転換のチャンスだ!」と挑戦していきたい。

【名字の言 2007-02-25付】

【風邪なんかひきやがって、だと】 [2007年02月23日(金)] 

2007年03月03日(土) 10時15分
ここ数日、風邪でダウンしている。過労が過ぎたか。動きすぎたか。
理由はわからず。ただ、咳と嘔吐酷し。火曜日から今日まで仕事休み。ふふ。
大勝利宣言したのも束の間、上司の野郎、わしが風邪で苦しんでいる間に、
陰の方でわしの風邪のことで笑っていやがったらしい。

水曜日の昼間。数人で食事を囲んでいる時に、営業部長が、
「○ちゃんも、さすがに風邪には勝てなかったかあーー」
それを聞いたアホ上司。そう、先日、わしに「敗北宣言」をしたあの野郎。

「あんな体格してやがるクセに、風邪に弱いでやんの(笑)」
「メシばっかり食ってよー、あんな体格いいのによー、ほらー、ヘンな薬飲んで
んじゃん。あれ飲んでっからって、風邪の薬が飲めないんだってよー(笑)」

聞いていたのは、わしの職場での盟友、○さん。
「いや、あの子はご飯食べられてないですよ。食べないで、動いて、身体
壊したんですよ。そして、体格の良さは、薬のせいでもありますよ」
と、フォローしてくれたらしい。

それでも野郎、
「いや、あの野郎ー、具合悪いっつー話のわりには大メシ食らいらしいよ(笑)
○○さんと、○○さんの話だけどなあ。大盛りしか食わねえそうだよ(笑)」
「それでも風邪ひいてやがる(笑)」

―――いやあ、笑ったよ。よお、体格ごついと風邪ひかねえのかい?(笑)
それじゃあ、相撲取りやプロレスラー、格闘家は風邪ひかねえのかねえ。
しかし、仕事で敵わないと観念したと思えば、容姿攻撃かい。ぶはは。
笑わせんじゃねえど、このババ。風邪完治して、月曜日会社に行ったら、
髪の毛でもむしってやっか、このうんこババ。
まったくタチの悪いババだぜ。女だと思って手加減すりゃあ、この通りだ( ゜д´)

女性の職場の現実は、そんなところなのかも知れぬ。
しかし、かようなことばかりばかり通っていたら―――いつまで経っても
「女性の世紀」に乗り遅れるばかりだろう。本当に口を慎め!(_Д_)

「災は口より出でて身を破る」、他人をあれこれ云う前に、我が身の
「身の丈」を思い知れ!

人知れず労苦する人を陥れ、卑しめる行為は、自分の愚かさを周りに
吹聴する「自殺行為」と知れ。

【大勝利宣言】 

2007年02月12日(月) 21時51分
大いなる人生を 生きるためには
血涙が出る時もあろう
しかし 自らを憐憫することなく
極限の勇気をもって
すべてに攻撃を開始することだ

独りただ悲歎 深刻の日々を
送ってもはじまらない
君よ すべてを歯牙にかけず
青年勇将となって
活動の第一歩を印すことだ

私は 固執しない
あらゆる境界線を突破しながら
勝利の一層完全なるを
期するために
理論の武装をして進みゆく

【若き友へ贈る P202】
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気がつけば年が明けて、二ヵ月半が経とうとしている。
その時の流れのスピードに驚きを感じ得ない。
昨年末から、今年にかけて―――「激闘」に次ぐ「激闘」だった。
「死闘」と呼んでもいいかも知れぬ。大袈裟ではない。尋常ではない戦いだった。
今の私の文章力で、当てはまる言葉は、他にない。

弟子として、「池田大学」の門下生として、先生の正義を宣揚せんと。
「敵を味方に」―――私は先生の御指導のまま、祈りに祈って戦った。
活動と慣れぬ仕事の両立に悩みに、悩んだ八ヶ月。

真夏の炎暑の中、着慣れないスーツを着て、何十軒と歩いたこと。
歩けば歩くだけ、「要領が悪い」と嘲笑された。
心ない人からは「金目当てで、ずいぶん安直な道を選んだな」とも言われた。
「そんな仕事をして、信用がなくなるだけだ」と呆れたようにも言われた。
そんな言葉の「暴力」を、私は全部「信心」で応戦しようと肚を決めた。
現実は甘くは無かった。
いい顧客に恵まれたわけなどなかったし、何より心に受けた傷が、時々痛んだ。
毎日が数字との戦い。仕事の内容をなかなか理解できずに質問すると、
怒鳴り声と、嘲笑と―――無視、それが返答だった。

【厳しいなあ】 

2006年12月05日(火) 21時23分
今日の記事は、わしの独白なので、申し訳ないのですが、コメントは控えて
いただきたいです。申し訳ないすね。ほんとは書くかどうか迷ったのですがね。
何せ、仕事のことなので。ダラダラと書くので、意味不明になります。

【"私の人生哲学は辛抱強く頑張ること"】  

2006年12月02日(土) 20時46分
人生は、戦うからこそ成長がある。生きがいがある。
戦いをやめれば、成長も止まる。わびしい空転が始まる。空虚である。
学会活動をしている人は、朗らかで、生き生きとしている。
「幸福な人とは、だれか。それは、成長を続けている人である」。
これは、ここにおられるヒックマン所長の至言であります。

「進まざるは退転」であります。眼前の自分の使命のために勝つことです。
断固として勝つことです。「生きる」とは、「戦う」ことです。
動物も、植物も、すべて、戦っています。

民主主義も、戦って、戦って、勝ち取るものであります。
その断固たる勝利によって、自分自身の生命が、また、自分に連なる
一族・眷属が、永遠に成長し、永遠に勝ち栄えていく。
厳たる因を刻むことができるのであります。

デューイ博士は、八十歳のとき、こう語りました。
「私の人生哲学は本質的には単純な言葉だが辛抱強く頑張るところにある」

「辛抱強く」―――これが人生の勝利の根本です。
辛抱強い人間には、だれ人も、かなわない。「辛抱強さ」は最高の武器です。
これまで学会は、数々の難にあいながら、すべてを乗り越えてきた。
いかなる権力の策謀をもってしても倒せなかった。

学会は、「辛抱」と「忍耐」で勝利してきたのです。
皆さんも、辛抱強く生きていただきたい。
何があっても悠然と、大きな巌のごとき信念で進んでいってください。
デューイ博士のごとく!牧口先生のごとく!(大拍手)

人生には、さまざまな道があります。
「堕落の道」もあれば、「不幸の道」もあります。
どうか皆さまは、「正義の道」を歩んでいただきたい。
また「成長の道」「充実の道」を歩んでいただきたい。
学会活動には、成長があります。充実があります。
さらに「対話の道」「希望の道」を歩んでいただきたい。
どんどん、人と会っていくことです。
対話の拡大は、境涯の拡大であり、幸福の拡大です。
この尊き行動の中に、希望も、幸福もあるのです。
希望は、自らがつくるものです。

皆さんは、どこまでも「弟子の道」を歩んでいただきたい。
学会には「師弟」があるます。ゆえに強い。ゆえに発展したのです。
人生は「師弟」で決まるのです。そして、ともどもに愉快に、朗らかに、
「民主主義の勝利の道」を進んでまいりましょう!
学会は、愉快だから、人が集まる。楽しいから発展したのです。
そこに「平和の広宣流布の道」が厳然と開かれていくのであります。

正義の信念ある友人と、がっちり手を組み、心を固めながら、
仲良く楽しく進んでいかれることを心から祈り、お願いして、
私のスピーチとします。サンキュー・ソー・マッチ!(大拍手)

【アメリカ・デューイ研究センター「人間教育貢献賞」授賞式 2001-06-06 
                                創価国際友好会館】

【逆境は好機】 

2006年12月01日(金) 20時14分
暖秋であった。遅れ気味の紅葉前線もようやく南下。ニュースでは、寒気が溜まる一部分だけ、見事に赤く染まった紅葉が紹介されていた▼樹木の葉は、落ちる前に、赤くなるもの、黄色くなるもの、茶色くなるものに分かれる。常緑樹の葉も、一斉にではなく、緑の葉の陰で静かに色を変え、順に落ちていく。鮮やかな紅葉に不可欠なもの。それは、厳しい冷え込みだ。今年のように暖かい秋は、美しくなりきらずに落葉を迎えてしまう▼冬の空を鮮やかに飛ぶスキーのジャンプ。逆風こそ好機、という珍しい競技だ。揚力を増す向かい風に乗ると飛距離は30メートルも延びるとも。人生もかくありたい▼仏法には「変毒為薬」という法門がある。「毒」すなわち苦悩の根源を、そのまま「薬」、幸福への源泉としていける妙法の力。いかなる困難も必ず乗り越えていける、との大確信がある。逆境を飛躍のバネにしていくという圧倒的な前向きさは、創価学会の信仰の真骨頂だ▼錦秋を彩るヤマモミジ、黄金のじゅうたんを織りなすイチョウ、心和ませる褐色のケヤキ並木。それぞれに異なる輝き方が。落ち葉となっても、心に暖を与え、大地に帰って次への命の源に。我らも労苦を惜しまず、生命を輝かせていこう。
【聖教新聞 2006-12-01付】

【真正面からぶつかれ】 

2006年11月28日(火) 22時27分
昭和25年(1950年)の10月30日、戸田先生の事業の苦境の打開のため、
私は埼玉へ足を運んだ。
その日の日記に、私はこう記した。

「不純と、狡猾なる実社会に、当たって砕ける勇敢さで、努力することだ。
されば必ず、一歩道が開かれる。悔いは浄化される」
現実は厳しい。また冷酷で醜い側面も持っているだろう。
しかし、環境や境遇をいくら嘆いても、何も変わらない。負けるわけにはいかない。
勇敢な努力で、真正面からぶつかっていくことだ。そうすれば、必ず道は開ける。
悔いのない人生が生きられる。
青年のころから、私はそうやって生き、勝ち抜いてきた。

戸田先生は、次のように、よく言われていた。
とくに、けなげなる創価の女性の皆さまに、この言葉を贈りたい。
「一生成仏という大空に悠々と舞い上がっていくには、難という烈風に向かって
飛び立たねばならぬ。
難に負けない信心こそが、永遠の幸福の城を築きゆく力なのだ」

【全国合同会議 2006-11-22 創価文化会館】

【“誠実”の人が最後に勝つ】 [2005年04月14日(木)]記載 

2006年11月23日(木) 20時24分
▼人の心をつかむのは。それは「誠実」である▼アメリカのセールスマン、ビル・ポーター。彼は脳性マヒのため、手足が少し不自由だ。流暢に喋ることもできない。だれもが普通に働くのは無理と言った▼彼は毎日、こつこつと、自分の足で家々を訪ねて歩く。不機嫌な声で追い返されても、二度と来ないでと言われても、決して落ち込まない。そんなことは覚悟の上。「次はきっとイエスと言ってくれる」と信じるからだ。

【断固、正義に生き抜く】
▼彼は、いつもほがらかで、そして正直だ。やがて人々は、そんな彼に心を開く。そうした積み重ねの末、ついに地区でトップの成績を収めるまでになる▼彼は言う。「額の多少にかかわらずつねに誠実であれ」「誠実さと真心をおろそかにする者の前には、大きな悲運が待ち受けている」(シェリー・ブレイディ著『きっと「イエス」と言ってもらえる」)
▼誠実とは何だろうか▼誠実とは「変わらない」ことだ。時によって、人によって、状況によって、言葉や態度を、ころころ変える人間は信頼されない▼誠実とは「うそがない」ことだ。絶対に裏切らない。見えをはらない。真実を貫く▼誠実とは「小事をおろそかにしない」ことだ。ささいなことにも全力を尽くし、真心を込める▼そして誠実とは「正義に生き抜く」ことだ。現在、池田名誉会長と対談しているハーバード大学のドゥ・ウェイミン教授は、講演会で、こんな対話を紹介した▼学生が問う。「悪に対しても、親切にすべきなのでしょうか」▼大学教授が答える。「好意には好意で応えよ。しかし悪に対しては、『正義』で応えよ」▼悪と妥協する愛想のよさを誠実とは言わない。断固、正義で打ち返していく。それが真の「誠実」だ。

【真心の対話で連帯を拡大】
▼過日、名誉会長はこう語った▼「誠実な人間には、かなわない。誠実な人間が、最後には勝つ」▼先のセールスマンは、自分に「障害」などないと言う。なぜか。「“障害”とは目標の達成を妨げるものを指すが、自分はいつも目標を果たしてきたから、障害というものに突きあたったことは一度もない」(同)▼創価の民衆運動もまた、誠実の二字に貫かれている。権威にも財力にもよらず、無名の庶民が自他の幸福を願い、ひたむきに戦い抜いてきた歴史だ。誠実こそ我らの最大最強の“武器”。真心の対話で、正義の連帯を広げていこう!
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■わしってどんな人?■
■名前■爆裂ちゃん
■趣味■読書と思索
■家族構成■女系家族
■体質■身体弱いが生命頑健
■得意技■踵落とし
■好物■BLACKSTONE
■嫌悪■本末転倒
■好きな言葉■「執念と気迫」
■お便り■筆不精なので勘弁(泣)
★画像は気まぐれに変更
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