
名古屋のお話の続きです。
実家からそう遠くないところ、白壁町あたりが「文化のみち」として指定され、古い街並を散策するコースになったそうです。その中に、川上貞奴が住んだ「二葉館」が移築されたというので、しゃちほこの帰りに見に行ってきました。
二葉館は、上の写真のような洋館でした。変わった形だけど、素敵!
川上貞奴(本名・小山貞)は、明治4年・東京生まれ。幼少より才女の誉れ高く、美貌で諸芸に優れ、伊藤博文など明治の元勲のひいきを受ける。「オッペケペー節」で有名な川上音二郎と明治27年に結婚。音二郎が率いる川上一座はヨーロッパ公演に出かけるが、俳優不足から、明治32年にしぶしぶ女優・貞奴となり、米、仏、英、ロシアで名声を博す。仏政府よりオフィシェ・ド・アカデミー勲章受賞。大正6年引退、昭和21年76歳で死去。
…ということなのですが、こういった華やかな経歴だけでなく、長い年月をかけて恋を貫いた女性でもあったようです。貞奴は、音二郎と出会う前に愛し合っていた福沢桃介と、夫の没後に再び愛し合い、この二葉館に暮らしました。電力王と称された桃介は、木曽川水系の発電所建設のためにこちらへ来ることになったのです。桃介は福沢諭吉の婿養子であり、貞奴とは最後まで正式な結婚はできなかったようです。
この二葉館は、桃介の仕事上の接待の場としても活用され、女優業を引退した貞奴が、ホステス役として大いに活躍したそうです。

こんな急な勾配の屋根って初めて見ました。ここも全部オレンジ色の瓦葺きになっています。
1階は大広間になっていて、光をふんだんに採り入れた造りになっています。大正時代にはまだ珍しかった電灯も贅沢に使われ、また、ステンドグラスを入れることによって、自然光も印象的に。光というものが最大限に演出されています。

こちらは2階です。こちらも豪華な造り。洋館なのに和室もあるのが面白かったです。和室には、貞奴が実際に使っていた鏡や三味線などのお道具類も展示してありました。
それにしても、明るくて気持ちのいい家です。説明ビデオによると、この家は解体保存されていたそうです。復元にあたっては、最大限に元の材料を使い、たとえば腐った柱は、ダメな部分だけを削り、わざわざ新しい木材を継ぎ足したものを使っているそう。だから、新しくて気持ちがいいけど、変によそよそしい感じがないのかも知れません。どことなく懐かしさを感じるような、そんな建物です。古い材料を生かすことによって、たくさんのお客様を迎えてきたこの家の歴史の匂いが感じられるからでしょうか。

この、くねらせてある階段は本当に素敵だったなぁ。外国のお姫様が下りてきそうなんだもの。きらびやかに、まばゆい電灯に照らされて、2階から婉然と下りてくる美しい貞奴を想像すると、本当に夢のような光景だったんだろうなあと思います。
明治村も大好きだけど、こんな建物が名古屋市内にも復元されて嬉しいな。「たまには名古屋もいいことやるじゃん!」なんて、妹と2人、大満足でした。貞奴のことって名前くらいしか知らなかったけど、がぜん興味がわいてきちゃった。いろいろ調べてみようかなぁ。
帰りには、近くのおいしいお豆腐屋さんで、あっさり美味な水ようかんを購入しました。おいしいよ〜っ
私はいわゆる「ナゴヤ嬢」じゃ全然ないけど、名古屋人の醍醐味を存分に味わった1日でした。妹よ、ありがとう 
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