二葉館を出ようとしたら、ボランティアの人に「橦木館(しゅもくかん)」を勧められました。このあと、のんほいパークに行くつもりだったので迷ったけれど「古い家なんです」「そのまま残っていますよ」と言われたら弱い…(笑)しかも、金土日しか開館していないというので、これは行くしかない! というわけで見て来ました。場所は、二葉館から徒歩5分くらいのところです。

橦木館は、名古屋で陶磁器輸出業・井元産業を興した井元家のお屋敷です。約2千平米の広大な敷地に、大正時代に建てられた約330平方米の平屋建て日本家屋と、約200平方米の総二階建て洋館、茶室を備えた約300平方米の庭園、蔵などがあります。
井元さんは、明治7(1874)年、熱田区中瀬町に生まれました。温厚な性格ながら、進取の気象に富み、陶磁器輸出を志します。よそで修業ののち、明治30(1897)年、飯田町に井元商店を開き、輸出向陶磁器の売買業を自立創始しました。
お店はどんどん大きくなりましたが、太平洋戦争勃発とともに閉業状態に陥り、海外店もすべて接収されてしまいました。
でもその間、為三郎さんは、同業者間の信頼を集め、名古屋商工同業者組合理事長、名古屋陶磁器輸出組合理事長等数多くの公職を歴任、また、公益公共事業にも尽力しました。また、子ども好きで、山吹小学校の教育会長を長くつとめ、児童たちにも親しまれたそうです。
戦後、再度の活躍を期待されましたが、昭和20年(1945)惜しくも逝去(享年73歳)。陶磁器会館南側に銅像があるんですって。
終生の標語が「幸福は我心にあり」だったというのがいいなぁ。きっと素敵なおじいちゃんだったんだろうな。…というわけで、為三郎さんちにおじゃましてみます。
外から見ても素敵だったけど、玄関がもういきなり…イイ!

行ったのはもちろん昼間だけれど、もし夜だったら…この青い光は、星明かりのような感じがするのではないかしら。ポーチの石は、きれいな色の石がはめこまれています。こういうのって、たいてい白だけとか、白黒とかが多いけれど、いろいろな色が使われていることによって、とても優しい印象を受けました。
玄関を入ると、すぐ右側のウェイティング・スペースも素敵です。すりガラスを通した光が、やわらかく包んでくれて、ここで待ってるだけでリラックスできそうです。

左に入ると、フローリングの洋室です。
う〜ん、やっぱり上げ下げ窓って好きだ〜。なんで、こんなに雰囲気があるんでしょう。
ここでお茶したくなるのは私だけではないようで、96年にデザイン会社の人が借り上げて、5年間、喫茶&ギャラリーとして使われていたそうです。友人は、ギャラリーだった時に来たことがあるみたい。私もその時ゆっくりお茶してみたかったなぁ。
借り上げの契約が切れたあと、しばらくあって、今年の4月に再オープン。現在は建物見学のみになりました。まぁ、その方が人がいなくてゆっくり見られるからいいかな…?
それにしても素敵! 1階だけど、明るくて風が通って…名古屋の暑い夏なのに、気持ちいいなぁ。エアコンなんてついてなかったけど、ぜんぜん平気だよ♪
奥は和館になっていますが、まずは洋館の2階を見てみましょう。

きれいに直してあるのもいいけど、このままなのも味があってまた良しだなぁ。というか、ここって入場無料なんです。入場料取った方がいいんじゃないかと心配になったりして。市の有形文化財になっているので、なくなってしまうことはないでしょうけど、維持やメンテナンスが大変なんじゃないのかなぁ…。
実際、1階のテラスの屋根は、枠木にビニールがかけてあったりして…。ただでさえ古いので、大丈夫なのか心配になっちゃう。新しい資材を使い、丈夫そうな二葉館が200円(これも破格だと思うけど)なので、ここもそれくらい取った方がいいのでは…(余計なお世話)まあ、東京にも無料のところはあるけど…。
お風呂はユニットバスで、洗面台やお手洗い(もちろん洋式)が一緒になっていました。これも当時はハイカラだったんでしょうね。今見てもかっこいいもん。脱衣所みたいな場所は特になかったけど、この中で着替えたのかな。
しかし、このお手洗いはいいですねー。明るくて、落ち着いて読書できそう。

2階から見た和館
サンルームは、そんなに広くはないけれど、明るくてかっこよかったです。タイル張りになっていて、ここだったら鉢植えをけっこう置けるなぁ、そのままお水やれるなぁ、なんて思ったりして… (^-^)
そんなに派手ではないけれど、ステンドグラスや漆喰のデザインが素敵でした。サンルームの手前は広い洋室になっていますが、会議用っぽい机がたくさん置いてあって、今いち絵にならなかったので撮りませんでした。でも、ここの窓も大きく、風が通ってとても気持ち良かったです。
(続く)

橦木館は、名古屋で陶磁器輸出業・井元産業を興した井元家のお屋敷です。約2千平米の広大な敷地に、大正時代に建てられた約330平方米の平屋建て日本家屋と、約200平方米の総二階建て洋館、茶室を備えた約300平方米の庭園、蔵などがあります。
井元さんは、明治7(1874)年、熱田区中瀬町に生まれました。温厚な性格ながら、進取の気象に富み、陶磁器輸出を志します。よそで修業ののち、明治30(1897)年、飯田町に井元商店を開き、輸出向陶磁器の売買業を自立創始しました。
お店はどんどん大きくなりましたが、太平洋戦争勃発とともに閉業状態に陥り、海外店もすべて接収されてしまいました。
でもその間、為三郎さんは、同業者間の信頼を集め、名古屋商工同業者組合理事長、名古屋陶磁器輸出組合理事長等数多くの公職を歴任、また、公益公共事業にも尽力しました。また、子ども好きで、山吹小学校の教育会長を長くつとめ、児童たちにも親しまれたそうです。
戦後、再度の活躍を期待されましたが、昭和20年(1945)惜しくも逝去(享年73歳)。陶磁器会館南側に銅像があるんですって。
終生の標語が「幸福は我心にあり」だったというのがいいなぁ。きっと素敵なおじいちゃんだったんだろうな。…というわけで、為三郎さんちにおじゃましてみます。
外から見ても素敵だったけど、玄関がもういきなり…イイ!

行ったのはもちろん昼間だけれど、もし夜だったら…この青い光は、星明かりのような感じがするのではないかしら。ポーチの石は、きれいな色の石がはめこまれています。こういうのって、たいてい白だけとか、白黒とかが多いけれど、いろいろな色が使われていることによって、とても優しい印象を受けました。
玄関を入ると、すぐ右側のウェイティング・スペースも素敵です。すりガラスを通した光が、やわらかく包んでくれて、ここで待ってるだけでリラックスできそうです。

左に入ると、フローリングの洋室です。
う〜ん、やっぱり上げ下げ窓って好きだ〜。なんで、こんなに雰囲気があるんでしょう。
ここでお茶したくなるのは私だけではないようで、96年にデザイン会社の人が借り上げて、5年間、喫茶&ギャラリーとして使われていたそうです。友人は、ギャラリーだった時に来たことがあるみたい。私もその時ゆっくりお茶してみたかったなぁ。
借り上げの契約が切れたあと、しばらくあって、今年の4月に再オープン。現在は建物見学のみになりました。まぁ、その方が人がいなくてゆっくり見られるからいいかな…?
それにしても素敵! 1階だけど、明るくて風が通って…名古屋の暑い夏なのに、気持ちいいなぁ。エアコンなんてついてなかったけど、ぜんぜん平気だよ♪
奥は和館になっていますが、まずは洋館の2階を見てみましょう。

きれいに直してあるのもいいけど、このままなのも味があってまた良しだなぁ。というか、ここって入場無料なんです。入場料取った方がいいんじゃないかと心配になったりして。市の有形文化財になっているので、なくなってしまうことはないでしょうけど、維持やメンテナンスが大変なんじゃないのかなぁ…。
実際、1階のテラスの屋根は、枠木にビニールがかけてあったりして…。ただでさえ古いので、大丈夫なのか心配になっちゃう。新しい資材を使い、丈夫そうな二葉館が200円(これも破格だと思うけど)なので、ここもそれくらい取った方がいいのでは…(余計なお世話)まあ、東京にも無料のところはあるけど…。
お風呂はユニットバスで、洗面台やお手洗い(もちろん洋式)が一緒になっていました。これも当時はハイカラだったんでしょうね。今見てもかっこいいもん。脱衣所みたいな場所は特になかったけど、この中で着替えたのかな。
しかし、このお手洗いはいいですねー。明るくて、落ち着いて読書できそう。

2階から見た和館
サンルームは、そんなに広くはないけれど、明るくてかっこよかったです。タイル張りになっていて、ここだったら鉢植えをけっこう置けるなぁ、そのままお水やれるなぁ、なんて思ったりして… (^-^)
そんなに派手ではないけれど、ステンドグラスや漆喰のデザインが素敵でした。サンルームの手前は広い洋室になっていますが、会議用っぽい机がたくさん置いてあって、今いち絵にならなかったので撮りませんでした。でも、ここの窓も大きく、風が通ってとても気持ち良かったです。
(続く)
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