窮地訴えた2〜3日後、祖母宅はもぬけの殻に・・・ 

October 29 [Mon], 2012, 13:17
兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、行方不明となっている男性(36)の祖母が平成10年ごろ、尼崎市内の自宅に居座った角田美代子被告(64)=傷害致死罪などで起訴=らから虐待を受けた疑いのあることが27日、分かった。祖母は、自宅の小窓から近所の女性(64)に「口をふさがれ、ご飯は1日1食だけ」などと訴えた直後に姿を消した。「あのときの訴えをもっと聞いておけば…」。女性には今も後悔の念が残る。生命保険 日本


 捜査関係者などによると、祖母はもともと長男と滋賀県内に住んでいたが、離婚した三男と同居するため、尼崎市内に転居。しかし10年ごろ、姉の葬儀で遠縁の美代子被告から因縁をつけられ、トラブルに発展したという。

 女性の話によると、葬儀から約10日後、祖母や4人の息子らは美代子被告に連れられるように帰宅。しばらくすると、家の中から「ドン」という音が響くようになった。「やめて」「痛い」などと叫ぶ祖母の声も聞こえ始めた。

 心配した女性が祖母宅を訪ねると、慌てた様子で長男と次男の2人が対応した。何度も手を合わせては「すみません、許してください」と謝るだけ。女性は「今思えば、美代子被告が怖くておびえていたのだろう」と振り返る。

 その数日後、祖母宅のトイレの小窓から「姉ちゃん、こっち」と呼びかける声が聞こえた。近づくと、そこには痩せ細り、すっかりしわだらけになった祖母の顔がのぞいていた。

 祖母は葬儀でのトラブルを説明し、「いつもタオルで口をふさがれ、ご飯は1日1食だけ、水も1日500ミリリットルしか飲めない」と窮状を訴えた。しかし、女性が「出ておいで」と何度呼びかけても、祖母は拒否し続けた。「私だけ助かったら残された息子らが(美代子被告に)殺される。だから絶対出られない」。2〜3日後、祖母宅はもぬけの殻になっていた。

 祖母は自宅から姿を消した後、美代子被告らによって別の集合住宅で息子らとともに軟禁され、翌11年に病死したとされる。一家は離散し、祖母の四男の息子が行方不明となり、その弟が美代子被告の養子となった。

 女性にとって、祖母は気軽に「ご飯作ったから食べにおいで」と自宅へ誘ってくれる優しい人だった。孫から贈られたプレゼントにほほえむ姿も忘れられない。「あのとき無理やりにでも外へ連れ出していれば…」と女性は表情を曇らせた。
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