若年性アルツハイマーの母 

July 01 [Fri], 2005, 7:37
5年ほど前から発症して今60歳の母。
あちこち病院で見てもらい、若年性アルツハイマーの診断がでました。
世間ではアルツハイマーの偏見が多いように思います

発症から現在の様子までをブログにして立ち上げました
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おかしい? 

July 01 [Fri], 2005, 7:44
7年ほど前のある日、私はサンダルを探していました。
母に聞くと知らないという様子。
やっと探してみつかった!というと「それは私のよ」と言う
色は確かに似ているのだけれど、絶対それは私のもの。

1時間ほど口論になった。結局母は譲らず。
考えたらあれが、最初の小さなシグナルだったのかもしれない

ママよく忘れるよ 

July 01 [Fri], 2005, 7:51
その後、私の妹は当時高校1年生。国際科に進学したので、学校の交流のため
我が家にカナダから、留学生がやってきました。

いつもの生活よりも緊張感もあり、楽しく過ごしていました。
その当時母は妹と留学生の世話をしていましたが「ママ〜よく忘れるよ」
と今思い出すと彼女が言ってたこと、思い出しました

これが6年前の話です。でもそれほど私は気がつかず、専業主婦の母も家事をこなしていました

もう・・ 

July 01 [Fri], 2005, 7:59
H12.4月。カナダの留学生とともに約1年間生活をともにして、彼女が帰ったあと、私はスキー旅行を計画していました。

妹と行く予定でしたが、妹は喉が腫れて高熱のため行けなくなりました。
急遽母と2人で行くことになりました

ビデオを持っていったので写してもらおうと「押したらオンになって撮影」
「もういちど押すとストップ」になる。

たったこれだけのことですが、何度言ってもできない。
30分ほど説明しても操作できない。
さすがの私も、いらいらした。

機械に弱いのは年のせいかな。。とそのときは思った。

スキースクールに入ったので、「待ち合わせして、お昼食べようね」と
言ったのに母はすでに一人でご飯を食べていた。

「約束したのに。」と言うと「そう?」と涼しい顔
このころから確実に進行していった

いとこの結婚式 

July 01 [Fri], 2005, 8:15
その年の5月、いとこの結婚式がありました。団体旅行で北海道まで式に行きました。
そのとき、電車の中で「母が切符がない!」と言い出し、大騒ぎ。

そのころから、母の姉は「なんかおかしい」と思ったそうです

そんなこと忘れるの? 

July 01 [Fri], 2005, 8:32
H.13年のある日、家から帰ってくると、母が夕飯の準備。
「久しぶりに、茶碗蒸し作ったよ」
「昨日食べたやん。。」

そんなこと忘れるなんて。
ショックでした。「たしかにおかしい」

父に相談して一度お医者さんにみてもらうことにしました

法事 

July 01 [Fri], 2005, 8:36
その年は母の父が亡くなり、法事が多かった。
法事で親戚ともよく顔を合わすことも多く、お手伝いで母が作ったお吸い物が皆に
振舞われたそう。

自分で「おいしいね」と言い「誰が作ったの?」と聞かれ、「知らないよ」と答えたそう。

このころから身内でも「おかしい」とわかる人も増えてきた

母の母(おばあちゃんも、すごく気にしていた)

母の父が亡くなったときも「母は理解できてるんだろうか」と思うぐらい
涙を流さなかったし、生気がなかった

お医者さんへ行く 

July 01 [Fri], 2005, 8:44
このころから、「ボケ防止」のための健康食品をせっせと父は母に飲ませていた
毎日飲むのを、忘れていたので父はよく、母に怒っていた。

紹介してもらったお医者さんはいわゆる、精神科、診療内科というところで
私も着いていった。

知能テストをして、母は「ばかにしている」と怒っていた。
行くことも、嫌がっていた。

待つ時間も長いうえ、毎回テストと話と効くかどうかもわからない薬。

薬の服作用で吐き気と頭痛がすると言ってた。

5回ほど行って行くことをやめてしまった。MRIをとってみたけれど異常なし

不安 

July 01 [Fri], 2005, 8:53
H13〜14年
このころ、私の結婚が決まった。私は彼の名前を母が覚えてくれるか不安だった。
新しいことはこのころ、母はなかなか記憶できなくなっていた。

でも話を合わせるのは得意で、「うんうん」とかオウム返しで相手の言うことを復唱しながら
話したので、初対面の人にはわからないぐらいだった。

私が結婚するということも、何度も言ってみた

相手の姓を覚えるのも無理だったので、フォローしながらしゃべった。

母と娘 

July 01 [Fri], 2005, 9:01
このころから、母は私たちに話しの話題をふることができなくなっていた。
「最近どう?」とか「結婚するのね」とか、普通の親子のように結婚の準備で
盛り上がるようなことはなかった。

「私が結婚するんだからね」と言うと「あっそうか」というぐらいで
「いい風ね〜」とか「きれいな花ね」とかそういうことには非常に敏感だった。

仲良く母娘で買い物をしている光景を見ると胸が痛んだ。

一人で結婚の準備の買い物をしてるのは、うれしいはずなのに、ちょっと悲しかった



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