事実12 

2006年05月29日(月) 12時22分
翌日、彼からメールがきて「僕も彼女と戻ることにしたよ。君のにおいのする部屋の中で一人で眠るのはあまりにもつらすぎるから、早く荷物を全部持って行って欲しい」と。
私は「あなたがいつか彼女と戻ると思うのがずっと怖かった。荷物はなるべく早く手配します」とメールを返し、急いで引越し業者に問い合わせましたが3月の引越しシーズンに重なり、引き受けてもらえるところがなかなか見つからず、やっとの思いで見つけました。
見積もりが必要だということで、翌日アパートで見積もりをしてもらうことになしました。

私はアパートに行くのがとても怖かった・・・彼への想いがまたあふれ出しそうで・・・。
母に付き添ってもらったものの、やはり部屋に入るなり、彼を感じて涙があふれ出てきました。
立っていることさえできないくらい、苦しくなりました。
私は「彼にもう一度会いたい。ちゃんと話をしてここを出るべきだった。」と母に泣いて告げると、「そんなに辛いならもう一度話して落ち着けるなら会ってみれば」と言ってくれたので、私は彼にメールをしました。

彼から「僕もそうしたいと思っていたよ。彼女と戻ろうと思ったのも、君へのあてつけみたいな気持ちもあったんだ」と返事がきました。
その夜私たちは再会しました。

事実11 

2006年05月29日(月) 12時05分
翌日の月曜日、彼が出勤した後、私は着の身着のままで実家に行き、朝から泣き通しました。
私は母に昼になって「前夫と戻ればいいの?」と聞くと
「そうしなさい。そうすれば、あなたはこんなに苦しまなくてすむし、絶対に幸せになれるから。」と母は言いました。私は「分かった。」と答え、すぐ荷物を運ぼうということになりました。
母とアパートに戻り、持てる分だけの荷物をとりあえずはこび、彼には別れの置手紙を残してきました。

その夜、彼から電話があり「戻ってこないの?」といわれましたが私は「もどらない」と答えました。
私にとって昨日の夜は人生でとても大きな賭けだったのです。
彼が受け入れてくれるかの賭け・・・でも彼はとても冷たかった。
好きな人と必ずしも生きていけるわけではないんだと、信頼しあえて楽でいられる人と生きていく方が幸せってこともあるんだと思いました。
前夫に連絡すると、すぐに来てくれました。その日も実家に泊まってくれました。
でも私はとても苦しかった・・・何で前夫が私の横にいるのか何で彼じゃないのかということが理解できなくて、そういう気持ちでいることが前夫に申し訳ない気持ちもいっぱいで眠れませんでした。

事実10 

2006年05月29日(月) 11時51分
数日後再会した前夫とは、数ヶ月のブランクを感じさせないほどリラックスして話ができました。
彼といるときはいつもピリピリしているのに・・・。
そして、前夫とはその数日後また会い、お互いたまには会いながらこれからのことを考えていこうかということになりました。
そして、私は彼にだまって密会することは嫌なので、ちゃんと話しました。
彼は、私が戻りたいというなら仕方ないと答えました。私はこの答えも実はさみしかったのです。

そして、私は前夫と普通の恋人同士のようなデートをたまにするようになりました。
いつもきまって楽でリラックスできて落ち着けました。
それを母や友達に話すと、みんな前夫と戻るべきだと答えました。

彼の方も、彼女と会うことになりました。私はすごく勝手だけれど、やきもちをやきましたがとめる権利がないので、彼女に会いに行く彼を見送ることしかできませんでした。
でも、その日私は一日辛くて辛くて、ただ彼に一刻も早く帰ってきて欲しくて、そんな自分の気持ちで、彼のことがやっぱり好きなんだと確信しました。
そして、彼といたいとも思いました。
タイミング悪く母と何年かぶりの大喧嘩をした私は、気持ちを抑えることができなくなり、興奮したまま彼に電話をしてしまいました。
そして、彼に帰ってきてくれと取り乱して言ってしまいました。
彼は困らせる私にとても怒りました。

私は夜遅くまで帰ってこないことを紛らわせるためにワインを飲み、彼の洋服や写真をかき集めて眠ってしまいました。目覚めると彼がベットの横に立っていました。
私は「やっぱり、あなたと生きて生きたい。あなたのことを愛してると確信したから」と必死に訴えましたが、彼は「もうわからない。彼女とあってすごくほっとして楽だった。でも君はいつも僕を困らせる。君とやっていける自信がない。」と言いました。
「別れるってこと?」という私に「少し考えさせて」と。
「別れる可能性のほうが高いの?」と聞く私に「うん。」と彼は答えました。
冷静でない私には彼の答えを聞く勇気がもう残っていませんでした・・・。

事実9 

2006年03月14日(火) 12時42分
そんな毎日の中で、とても大きな喧嘩をしました。
その夜中、私は「母に相談しよう」と決心し、実家に帰りました。
そして母に全てを話しました。
母はすぐ「別れなさい」と言いました。私はとにかく驚きました。そういう答えが返ってくるとはまったく思っていなかったので・・・。
でも、私は喧嘩しながらでも彼のことが好きだし、分かれるなんて考えたことが一度もなかったので動揺しました。
それに私は彼と一緒になるためだけに離婚までしたのに、彼と別れるのなら今までのことが全て意味のない事になってしまう。私は一人ぼっちになるためにこんなことしたんじゃない。そう思いました。
でも、母は「あなたが一番好きだったところがもうなくなって、これからさき死ぬまで彼といて本当に幸せになれると思うの?」「彼は気性の激しいあなたを一生しっかり受け入れてくれると思える?」「お母さんはあなたが幸せになることだけを願って応援しているのだから、もしかしたらあなたがこれから先いつも泣いて苦労してってなるんだったらお母さんは本当に悲しい」「お母さんが生きている間はどんなことがあっても守ってあげるから」と、とにかく私を説得しました。
そして、前の旦那さんにも連絡してみるべきだとも言いました。
私が会いたいと思っているなら会ってみて、前の旦那さんの気持ちも聞いて整理をしなさいと。

私は、前の旦那さんに電話をしました。
久しぶりだったけれど少しも変わっていなくてとても優しくて、私に戻ってきて欲しいと、やり直したいと言いました。私はおお泣きしてしまいました。
とにかく会って話をしようと思い、数日後会う約束をしました。

事実8 

2006年03月13日(月) 15時18分
お姉さんからのメールに関しては、お正月あけ私と約束をしてから「好きな人ができたからよりを戻すのは無理」というメールを送ったそうです。
その後しばらくは連絡がなかったそうですが、私がメールに気付く2日前くらいにまた突然メールがきて「一度家族みんなで話をしたいから、こちらまで来て欲しい」ということでした。
でも、それをすぐにはっきり断らないことに私は腹が立ちました。
それを聞くと、「何度も断っているのに自分をここまで必要としてくれている人に対してあまりにも決定的な傷つけることを言うのが言いにくいと思ってしまって・・・」と答えました。
「でも、そのせいで私を傷つけることが平気なの?昔の人たちより私を傷つけるほうを選ぶの?」と私が言うと、「本当に悪かったと思ってる。ごめん。」と彼は謝りました。
でも私はこんなに何度も私がものすごく嫌がることを知っていてやめない彼を許せませんでした。

私は母にずっと彼とのことを相談したかったのですが、母はそもそも前の旦那さんをとても気に入っていて、私が彼と一緒にいることを選ぶのをとても反対していました。
でも、私がそのほうが絶対に幸せになるのならば・・・としぶしぶ応援してくれたので、彼と暮らし始めてから母は、「幸せ?」とよく私に聞きました。
母はいつも「あなたの幸せが私の幸せ」と口癖のように言っていました。
数年前父を病気で亡くし、それからはもっと父の形見だといって私と弟を大切に思うようになったそうです。
だから、私は「幸せだよ」と答えることしかできませんでした。

事実7 

2006年03月09日(木) 15時44分
私は、今まで好きな人ができてお付き合いする中で、私が気づかなかっただけなのかもしれないけれど、浮気されたり他の女の人に嫉妬したりした経験は一度もありませんでした。
私は好きなひとができるとその人のことしか見えなくなるし、相手も自分だけを見てくれているといつも確信しながら付き合っていたことばかりだったからです。

私はものすごく彼の行動が嫌でした。経験したことのない嫌な気持ち・・・抑えられないイライラ・・・
私もそんな中で前の旦那さんのことを思い出すようになりました。あの人はこんなこと一度もしたことなかった。優しかった。と・・・

彼との喧嘩はますます激しくなりました。今思うと私の頭の中には常に彼女や家族とのメールへの嫉妬心があって、何かあるとそれを思い出してどんどん腹が立って、彼にひどくあたりました。
彼も、毎日とてもイライラしていて、帰宅して玄関を開ける瞬間「疲れた・・・」。
着替えながらも、ご飯を食べながらも今日会った嫌な人の話、腹が立った話、そんな話しかしませんでした。私は悲しくて、ある日それを私が「何でそんなに毎日イライラしているの?」と聞いたのが始まりで大きな喧嘩をしました。私も彼もたくさん声を荒立てました。

彼は、私に聞かれてよく考えてみたら「すごくストレスが溜まっていることに気づいた」と言いました。
通勤が大変になったこと、今までずっと一人暮らしで過ごしてきて急に私と一緒になり、そもそも一人の時間が好きだったのにもかかわらず、一人の時間が全くなくなってしまったこと、私と喧嘩ばかりだということが原因だと。
私は一緒にいることがストレスだといわれたことがショックでした。結婚しようと言って一緒に過ごすということは、誰しも好きな時に自分だけの時間がとれなくなるものだと私は知っていたし、私はそもそも好きな人とずーっとくっついていたいと思う性格だったから・・・。
そして、何より、あんなに温厚で私が彼に惹かれた一番の魅力である部分がこんなにも早く、日々の小さなストレスでなくなってしまうということが怖くもなりました。

事実6 

2006年03月08日(水) 11時55分
お正月、彼の実家に行きました。素敵な家族だったし、とても楽しい時間を過ごしました。
彼の両親にも春頃結婚します。と報告しました。
でもその時、彼に初めてお兄さんがいることと彼の本当の年齢を知りました。
これもショックでした。もちろんこれには深い深い理由があったので、その内容はともかく、でもやはり私にずっと言えずにいたことがショックでした。前の彼女は知っていたみたいだったし・・・。

家に帰ってから、まだ連休中でした。
私は彼の携帯が気になるようになりました。そして彼の携帯を見てしまいました。
すると、前の彼女のお姉さんとのメールをまだ続けていました。
そして、私は「どうしてやめてくれないの?」とまた涙をながしました。
彼は「ずっとよりをもどすのは無理だと言ってるのに、むこうからのメールが続くんだ。」と。
でも「もう、好きな人がいるからってはっきり言うよ」と言ったので、もう一度彼を信じました。

しかし、そんなことが続くと今まで彼氏の携帯を見たことが一度もない私なのに、彼の携帯が気になって気になって仕方なくなりました。それが原因で彼をいつも疑っている自分が出てきました・・・。
そんなある休日の朝、彼の携帯のバイブが鳴りました。私はハットして起きて「メール?」と思いました。でも彼はアラームだと答えました。その直後またバイブがなりましたが、さっきとなり方が違いました。
彼はスヌーズだと言いましたが私は違うと確信しました。
「携帯見せて」といいました。また前の彼女のお姉さんで、
「毎日寒いね!こっちの実家にくるのは2月○日でいいかな?」という内容でした・・・・・。

事実5 

2006年03月07日(火) 1時19分
毎日が幸せでした。彼と一緒にいられるようになった事実だけで十分でした。
洗濯物をして彼の下着を干す瞬間、彼からの帰るよメール、小さなことが全て嬉しかった・・・。
前の旦那さんのことを傷つけたことをふと思い出すことはあっても、後悔したり旦那さんとの思い出を思い出したりそんなことは一瞬もありませんでした。

12月、私たちは初めてのライブも決まり、私自身も仕事が忙しい時期になりました。
彼にとっては、職場からの距離が遠くなり、今までの車通勤から自転車&電車&徒歩の通勤になりました。
その頃から喧嘩をよくするようになりました。発端はもちろん小さなことなのですが。
そんな中でどうにか12月末まで乗り切り、私たちはお正月に一緒に彼の実家に帰省し、彼の家族に紹介してもらう予定でした。
その直前、私の横で携帯を触る彼にふと目をやった時、メール受信の名前が前の彼女のお姉さんであることに私は気付きました。
彼に問うと、お姉さんから妹とよりをもどしてほしいとずっと連絡があるということでした。
彼は何度も「無理」と答えていたようですが、むこうからのメールは続いているそうで。
さらに、よく見ると前の彼女自身からもメールが何通かきていてやりとりをしていました。内容はたわいないことでしたが、、、私はとにかくショックでした。
彼に「やめてほしい」と涙をながしてたのみました。
彼は「ごめんね。やめるよ」とすぐ答えました。私は彼を信じました。

事実4 

2006年03月05日(日) 21時07分
離婚届をだした瞬間、私は「もうあの家に帰らなくいいんだ・・・」と思いました。その時、同居の家で自分がやはり生活しづらかったのだと気づきました。旦那さんとの関係がこうなったのも寂しかったからだと・・・。たまにはやきもちもやいてもらいたかった。

でももう、彼への気持ちも本物。私は彼の驚くほどの温厚さに一番惹かれました。私は感情的な性格ですぐカッとなってしまうので、ずっと穏やかな人に憧れて、自分も少しでももそうなりたいといつも思っていました。
彼と一緒にいたら、自分まで穏やかな人になれるんじゃないかと感じ、癒されました。

彼も、彼女と別れましたが私以上に別れるのが大変でした。
彼女は彼のことが大好きで、彼女の家族もみんな総出で彼を引き止めるために、家に来たり電話やメールはもちろん、家族からは彼の好物が宅急便で送られてきたり・・・。
私が一緒に彼の家にいるときに、彼女が来てしまったときは、インターホンを1時間は押し続け、玄関のドアと叩きノブやポストをずっと壊す勢いでガチャガチャし続け・・・・とても恐怖でした。でも私たちは居留守をし通すしかなかったし、自分たちが悪いことをしてるのだから耐えるしかありませんでした。
彼が彼女と別れられたのはちょうど私が離婚届を出せた頃でした。
でも、無事お互い分かれて一緒になれる・・・その思いだけでいろんな辛さは大丈夫でした。
ただ、たくさんの人を自分のわがままでたくさん傷つけたことは一生忘れられませんが。

私は実家に住むのはよくないんじゃないかと母と話し合い、じゃあ私もどこかアパートでもまず探して一人暮らしをはじめようと思い、彼に言うと「それなら一緒に住もう」といってくれました。
すぐ二人で住むためのアパートを探し、11月下旬に引越しをしました。
彼は私のことを気使い、私の実家の近くに住もうと言ってくれたので甘えました。

事実3 

2006年03月03日(金) 19時05分
私は家でも、あんなに好きだった旦那さんに対してどう接していいかわからなくなり、会話もほとんどしなくなりギクシャクし始めました。とても仲良くしてきたけど、旦那さんはよくお風呂に入らず床で寝てしまうので私はいつもベットで一人で寝ていました。今思うと、それも寂しかったのかもしれない。
子供もほしかったのに、出来ないし、、、というか作ることすらままならず、旦那さんの親も私を大切にしてくれていましたがやはり義理の両親と住むのは容易ではありませんでした。
旦那さんの帰りはいつも夜中の12時過ぎで、自分が一人ぼっちだといつも孤独感を感じていました。

9月に入り、私は彼といたいとしか思わなくなりました。でも自分がそのために捨てなければいけないもの・・・旦那さんとその家族、新しい家、仕事、友達、もしかしたら自分の親や兄弟も・・・
彼は、私の捨てるものがあまりにも大きいから「僕から、僕のところにおいでとは思っても言えない。君が選択をするべきだ」と。。。
「でも、もしそれで君が僕を選んでくれるならば僕も彼女や仕事は捨てて君といることを選ぶよ」とも。
月末、私は実家に帰らせてもらいました。1週間の約束で・・・
でも私はもう戻りませんでした。帰りたくなかった。彼といたかったから。

私は離婚を決めました。
その話し合いはもちろん楽なものではなかったけど、予想以上にスムーズに進み、1ヶ月で全て話し合いは完了し、離婚届を出しました。
P R
2006年05月
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