久しぶりに・・・ 

2005年12月03日(土) 12時41分
久しぶりに、パソコンに向かうことができたヽ(*⌒∇^)ノヤッホーイ♪
長い間書いてなかったけど、毎日アクセスしててくれた方、どうもありがとう
これからもしばらくは時々しか書けないけど、見てくださいね

前に書いたけど、私は今学校に通ってて、たった週2日のことなのに何故かバタバタ忙しくしてます。
学校のある日は4時半に起きて子どもを6時半に起こすまでに自分の用意をすべて完璧に済ませておかなくてはいけないの。
そして8時には15年ぶりに乗るチャリンコで15分くらいかかる保育園まで子どもを送り届け、また15分かかってまで戻って靴を履き替え荷物を持ってから5分先の駅まで徒歩で行く。
正直、15年もに乗ってないと、足が上がらないしフラフラしちゃって大変なのよぅ
しかも5歳の子が15年ぶりだとまだ20歳で若いし体がすぐ思い出すもの。
でも15歳から15年ぶりの30歳の私は、相当キツイ  自分の体力の衰えも知らず、を甘く見ていたわっ(;^_^A アセアセ・・・

と、そんなことはどうでもいいとして・・・
私の永遠の片想いの彼、利樹のことをちゃんと書かなければね。
前々回のところで止まってしまってるので続きを書かなくちゃいけない。
でもその前に、前のブログで彼が最近歯科を開業したことは書いたけど、その後彼とはもしてなかったのね。
だけど、先月ようやく彼から近況報告のがありました。
患者さんが日に日に増えていってるみたいで、忙しいと言っていました。
私は利樹と3年一緒に働いたけど、彼は本当にステキな歯科医だった。当時はまだ大学卒業したてで腕前なんて私にはわからなかったけど、それでも前向きに常に勉強し続けてる姿は尊敬してた。
だから患者さんが口コミでたくさん来るのも当然のはず。
私が患者なら絶対信頼して通うだろうってね。

利樹の元気そうな声が聞けて、一安心とともに改めて彼との距離を感じたの。それはどうしてかは今後書いていくつもり。

ということで今日はここまでにして前々回の続きでその後私と利樹がどうなったのかは次回にします。

今日はこれから年賀状作りしないといけなくて・・・(〃⌒∇⌒)ゞえへへっ♪

書けない(´_`。) 

2005年11月05日(土) 14時45分
最近書いてないなぁ・・・
今月の終わりから学校に通うことになって、準備やら子どもの保育園の手続きなんかでパソコンに向かうことがなかなか出来なかった。
しかも明日から実家に遊びに行く予定だしね〜(_ _。)・・・シュン

前回の続きは実家から帰ってきたら書こうかしらね

利樹は今頃大忙しで仕事してるだろうなぁ
彼ね、つい最近開業して今とっても大変みたい。 私も以前勤めてた歯科のオープニングスタッフだったから大変さがなんだかわかるの。
だからもしてない。 きっとお邪魔だからね。
それに、彼は自分の地元に戻って念願の開業を果たし、いつも近くに奥さんや子ども達が見守ってくれる。
遠くにいる私なんかなんの役にも立たないし、きっと私のことなんて忘れて必死になって仕事してるはず。
元々居場所も存在も遠い人だったけど、これで完全にもっともっと遠い遠い会うことのできない人になってしまった。
自分から選んだ別れなのに、どうしてこんなに苦しくて悲しいのかしら・・・

気晴らしになるかわからないけど、実家に帰って友達に会ったりして気分転換してきます。

ダンナの存在 

2005年10月23日(日) 11時10分
私はいっつも逃げてきた気がする。
利樹と不倫を続けつつもむなしさを感じ、いつもこんな気持ちから逃げたいと思い続けていた。

2001年5月に利樹と会い、自分が結婚してから初めて利樹に抱かれたの。
でも心のどこかでむなしさがあった。
「こんなことしていても、利樹は私だけの人にはならない。」
私は自分も結婚したのに、心の中では「いつか利樹と・・・」なんてバカな願いがあったの。 だけど、そんなことがあるわけないとちゃんとわかっていた。
だから余計にむなしくなるのよ。
私もダンナが一番で利樹は単なる浮気相手なら、きっとむなしくなんかなかったと思う。でもそうじゃないの。
利樹が一番好きで、ダンナはただ私を想ってくれて大切にしてくれるから、結婚しただけなの。
もちろんダンナのことを愛そうとその後も努力した。 利樹を忘れたいと心から思った。
だけど、実際は今になっても利樹のことを想い続けてるんだよね。
自分でもどうにもできない気持ちってあるよね。 ダンナは優しすぎて、私を自分だけを想う女にするには強引さが足りなかった。

利樹の子どもは翌月の6月に生まれた。
私は利樹からのをずっと待っていたの。 たとえ子どもが生まれても変わらないでいてほしかったから・・・
だけど6月中はもちろん7月になっても8月になってもかかってこなかった。
利樹の私に対する気持ちは「こんなものだろう」ってあきらめてたところ9月の終わりになってやっとかけてきた。
私はまるで何ヶ月もをかけてこなかったことが嘘かのようにヘラヘラと話す彼に、むしょうに腹が立って、すごく感じ悪く返事をしたの。
そしたら私の気持ちがわかったのかそれっきり彼はをかけてこなくなった。

その間に私は勤め先の歯科を退職することにした。
雄二先生のそばにいると、やたらと利樹の話をし出すの。 私と利樹との間に何かあったに違いないと思ってたみたいで、直接聞こうとはせず探りをいれてきたりした。
利樹の奥さんの話から子どもの話、もうウンザリだった
そこでまた私は現実から逃げたの。

本当のW不倫 

2005年10月21日(金) 14時22分
人は昔の面影をまったく無くしてしまうことがある。
私もそうだった。 昔はおとなしく純粋で浮気や不倫なんて信じられない、そんな女の子だったのに、すっかり変わってしまった。
利樹に恋をし、彼の不倫相手になってから、私はどんどん変わっていったの。 ひねくれていったと言うべきかしら・・・
今じゃ昔の純粋な面影はまったく無く、ダンナを平気で裏切って、世間で言うW不倫というものをしてしまう女になった。

利樹から奥さんが妊娠したと聞かされ、嫉妬で苦しんだ私はヤケになって、もっと彼が奥さんを裏切ればいいと思うようになる。
普通なら利樹をあきらめるところを、どこでどう間違ったのか利樹とまた会い続けようと決めた。
やめとけばいいのに・・・

2001年5月のある日曜日、奥さんが翌月の6月に出産するというのに、利樹と私は会う約束をした。
ダンナは土日も仕事のことが多く、その日もいつものように朝8時には出勤したの。
そして私はダンナに「今日は友達と夜まで遊ぶから」と堂々と嘘をつき、お弁当作りや夕飯の支度などやるべきことはきちんとこなして、バレないよう普段どおりを装った。
私は自分でも恐ろしいことに、なんのためらいもなく平然と嘘をついたし、その後も罪悪感など感じることもなかったの。
どうしてかというと、ダンナとつき合う前から利樹とはつき合っていたし、ダンナとつき合いだしても利樹とは別れなかった。
もちろん「別れなければ・・・」と思って何ヶ月も会わない日々があったけど、結局会ってしまったりと別れることはしなかったから、ダンナを裏切ることに慣れてしまったの。
私のことを信じきってあれこれ詮索しないことをいいことに、私はずっとダンナを裏切ってきた。
途中で裏切ったんじゃない。 最初から、つき合ったときからすでに裏切っていたの。
こんな女になるとは思いもしなかったなぁ・・・

利樹とは久々に会って二人の想い出の海に行ったりした後、結ばれた。
このときから本当のW不倫が始まった。 

奥さんの妊娠 

2005年10月17日(月) 12時12分
2000年11月、私は今のダンナと結婚した。
利樹と最後に会ってから結婚式までず〜っと利樹のことばかり考えていたの。
利樹とは「サヨナラ」の言葉は交わしてなかった。 もちろん関係を続けることなど無理だと思っていたけど、時々電話で話すぐらいはいいだろうと思っていた。
会えなくても、せめて声だけでも聞きたい・・・てね。

ステキな結婚式だった。 みんなに祝福されて、誰がどう見ても幸せそうなカップルだったと思う。
それでも心はやっぱり利樹のことを考えていたの。 神様の前で永遠の愛を誓ってるっていうのにね・・・ウソばっかりだね。

結婚しても仕事は続けていたので、帰りはいつも12時か1時のダンナを待ち、朝4時半に起きてお弁当作り、7時には勤め先の歯科に行って働き始めるハードな日々を送っていた。
正直キツかった。 ダンナの帰りがもう少し早ければ寝る時間がとれるけど、毎日2,3時間の睡眠時間じゃ体がボロボロになる。
でも起きてるときはいつも利樹のことばかり考えていたの。どんなに疲れていてもね。
結婚して人妻になればきっと気持ちも変わると思っていたけど、変わるどころかもっともっと彼のことを想うようになっていったの。

それもそのはず、今までみたいに電話だけでもしてきてくれてたら、きっとこんなに想うことはなかったと思う。
だけど、利樹からはあれから3ヶ月経つというのにまったく電話がなかった。
「もう結婚した女なんてどうでもいいんだろうか・・・」と私は思うようになった。
でもさっきも書いたけど、せめて声だけでいいから元気にしてることを知りたかったの。そして年が明けた2001年1月の終わり、私は思い切って利樹に電話をした。

利樹に電話をするときは考えてかけるようにしている。
朝早いとで奥さんに知られると困るだろうし、夜遅いとこれもまたに帰ってきてたら困るだろう。
それでもって、土曜日は診療が昼間でのときとオペで夕方までのときとバラバラなので当てににならないし、木曜日と日曜日はお休みなので当然無理。
だから平日のお昼近くから夕方までしか電話を鳴らすことはできないの。 
なんでこっちがここまで考えなきゃいけないのよっっと思いつつも彼を困らせることができないのよね〜

結婚式10日前に・・・ 

2005年10月15日(土) 13時27分
ずっと利樹に会うことを我慢してきた私。
やめればいいのに、結局会ってしまった。 結婚式の10日前。
そういえば、利樹が結婚した3年前も彼の結婚式3日前まで会ってたっけ・・・

久しぶりに会った利樹は、やっぱりかっこよかった。
相変わらず何も言わず、そして何も聞かずを走らせる彼。
向かった先は六甲山だった。 今もあるのか知らないけど、ちょっと山小屋ちっくな洋食のレストランで食事をしたの。
彼は私と会うときは必ず、行く場所を自分で調べて勝手に決めてしまうの。 そういうところが好きだったなぁ
私は利樹と食事をしながら、ダンナのことを考えた。
「このまま、結婚していいんだろうか・・・」
ダンナのことは前にも書いたけど、好きではあっても愛してはいなかった。 愛そうと努力したけど、やっぱり利樹のことが忘れられなかったの。
「このまま時間が止まってほしい」と思った。心の底から。

食事をした後、六甲山からとってもキレイな夜景を見た。 本当にキレイだったぁ
利樹とはヴィーナスブリッジからも夜景を見たし、住んでたところが明石海峡大橋の近くだったからライトアップを一緒に見たり、よくしてたっけ。
でも、やっぱりこの時の夜景が一番キレイで印象に残ってるの。 たぶんもうすぐ結婚するからだったんだろうね。
だから美しすぎる夜景が皮肉に思えたんだぁ

そしてに戻ったとき利樹がキスをしてきた。 私は拒んだりしなかった。
これが最後かもしれないと思ったから・・・ 結婚してしまったらもう利樹に会うことはできない。
だから最後に彼にキスをされて本当にうれしかった。 だけど逆に切ない気持ちが込み上げてきて悲しくなってきたの。
どうしてこんなに好きなのに利樹には奥さんがいるんだろうって。
そしたら自然と涙が出てきた。 どんなに私が利樹を好きでも、片思いなんだなぁって思ってね。
確かに利樹は私を好きで愛しいと言ってくれた。 だけど彼は奥さんも同じだけ好きで、二人のどっちが上とか下とかではないって言った。
ただ私と恋愛関係になったとき、すでに奥さん(当時は彼女)とは6年のつき合いだったの。 だから先に出会ってしまった奥さんと結婚したんだと。 勝手すぎるよね。 

私の結婚 

2005年10月15日(土) 7時04分
今朝までダンナが単身赴任先から帰ってきてたの。 帰ってこなくていいのに・・・
最近、離婚したいと思うようになった。 30歳ならまだ人生やり直せるんじゃないかって。

そんなことはまた後で書くとして、
前回の続きで、ダンナと結婚した頃を思い出すと・・・ ダンナとの結婚は半ばヤケクソで決めちゃったようなもんだったなぁ
利樹の奥さんのことで嫉妬心がどんどん大きくなり、「自分だって結婚して幸せになってアイツ(利樹)を見返してやりたい」って思ったの。
どうにもならない嫉妬心をそういう気持ちで振り払おうとしてた。
そんな頃、ダンナにプロポーズされた。
ダンナは真面目で優しくて誠実で、いつも私が飾らずにそのままでいられるような人なの。 今でも言えるのがダンナ様としては100点な人。 その時もきっとそうだと思ってたから、私は結婚しようと決心した。
結婚が決まって両家の挨拶が終えると、急ピッチで式までの段取りが進んだの。 あれよあれよといううちに・・・

私の結婚式は2000年11月終わり。 
私は利樹と奥さんが私の職場である歯科に見学に来たという日から半年、利樹のを無視し続けてた。 本当は会いたくてしょうがなかったのに・・・
奥さんに対する嫉妬から、利樹をずっと避けてきたの。
だけど自分の結婚式があと1ヶ月切ったとき、どうしても利樹の声が聞きたくなり気づけば彼に電話をしていた。
利樹は「(半年も電話を無視し続けたのに)今日はなんで電話してくれたんや?」って言った。
私は正直に「声が聞きたくなったから」と言った。
結婚のことは雄二先生からとっくに聞いてたみたい。 そうだろうとは思ってた。
雄二先生も私の前でよく利樹の話をしてたから・・・聞きたくもないのにね。
予想したとおり利樹は「会いたい」と言ってきた。
私は考えるふりをしたけど、本当はその言葉を待っていたの。 結婚するくせに自分から「会いたい」なんて言えないもん。
私はある土曜日の夕方、利樹と会う約束をした。

再就職、そして嫉妬 

2005年10月12日(水) 22時35分
1999年11月、久々に雄二先生と会った私は、雄二先生がお父さんの診療所(歯科)から独立して新たに開業することを聞かされる。
その時は別になんとも思ってなかったんだけど、後になって「せっかく歯科で助手の経験をしたことあるのに、これを使わない手はない。もう一度働いてみたい」そういう思いが湧き出した。

そして雄二先生にその気持ちを伝えると、私は採用してもらえた。
なんてラッキーなんだろう  私は就職活動せずに再就職先が決まった。
利樹にはそのことを言ってはいなかった。
どうせ雄二先生と連絡し合ってるだろうからそのうち耳に入るだろうと思って。
案の定、すぐに利樹から驚きのがあったけどね。

私はギリギリ3ヶ月間の失業保険が終わる頃、雄二先生の開業する診療所の準備に入った。 もちろんその分もお給料はもらえたから、お金には困らなかったの。
ホント、運がいいわぁ

そして2000年3月、雄二先生の診療所はオープンした。
すごい数の胡蝶蘭やアレンジメントなどの花が届き驚いた
雄二先生のお父さん(前に私がバイトしてた歯科の院長)はわりと有名な人で、たぶんその関係の人たちからのお祝いだろうと思う。
その中に利樹からも花が届いてたの。 だけど、お祝いの札に夫婦連名で名前が書かれてたのを見てむちゃくちゃ腹が立って、誰にも見られないうちにビリビリに破いて捨ててやった
なんで嫁さんの名前まで載ってるのよ! 他の人は個人名だったり、企業名だったりするのに、なんで利樹の分だけ連名なのよ!
私が受付で受け取ることぐらいわかるだろうに・・・(たぶん奥さんが何も考えずに連名の札を付けて送ったんだと思うけど)
そんな頃のある休日、どうやら利樹が奥さんと二人で診療所を見学しにきたことが次の日わかった。
私が座ってる受付のところやキッズコーナーに奥さんも入ったのかと思うと、胸がキューンと痛くなったよ。
嫉妬だね。 私はまだ利樹の奥さんに嫉妬してるのよ。
嫉妬なんかしたって仕方がないのにね。

会社を辞める 

2005年10月12日(水) 16時03分
利樹と距離をおくことにしてから少し経ったとき、私はお腹に激痛が走り、さらに嘔吐を繰り返す急性腸炎になって病院に運ばれた。
もともと私はストレスがたまると神経性胃炎や腸炎になりやすかったの。
そんなとき心配してくれたのはもちろん今のダンナだった。
それも当たり前。 利樹は何も知らないから・・・

ストレスの原因は利樹との別れもその一つだけど、大半は仕事だったと思う。
いい加減な会社のシステムのせいで毎日入居者からクレームを受けて、ひどいときは正座して誤ったこともある。 私が悪いんじゃないのに
お店の人間関係がいいからもってたようなもので、いつ辞めてもおかしくない状態だった。

利樹とはずっと会わずに9月を迎え私は会社を辞めた。
会社を辞めることを利樹には言ってなかったので、後で彼はすごくビックリしてたっけ。
会社を辞める理由はさっきも書いたけど、利樹の暮らす姫路に居続けるのが正直つらかったのも理由の一つかもしれない。
これで完全に利樹と離れられる・・・逃げられるってね。

私は会社を辞めてからしばらく失業保険でラクに過ごしてた。
ダンナはで20分くらいのところに一人暮らししてたので、よくそこに転がり込んだ。
私にはダンナしかいなかったの。 にいたら利樹のことを思い出してしまう。 だからダンナの部屋で必死で忘れようとしてた。

今思えば必死になればなるほど忘れられるもんじゃない。
私には利樹を忘れることなんてできないの。 彼以上に好きになる人が現れない限りわね。
そう。だから現れなかったの。
だからダンナとつき合い結婚しても忘れられなかった。

私はダンナに、結婚に逃げたの。
あの時逃げたことを今になって後悔している。 ダンナの人生まで巻き添えにしちゃったからね。 子どもまで生まれたのに・・・

話は戻って、
会社を辞めて暇になったので、久しぶりに雄二先生にをした。
雄二先生は私を妹のようにかわいがってくれてたので、ゴハンごちそうしてもらおうと思って。
そこから私は次のスタートを切るの。 雄二先生のおかげでプータローに別れを告げる

彼と距離をおく 

2005年10月11日(火) 14時42分
利樹と不倫しながらも、ダンナともつき合いだした私。
私は利樹のことのほうがもちろん好きだったけど、ダンナの私に対する想いの深さに「男の誠実さ」を感じ、もう一方の私と彼女の二股の末彼女と結婚し、それでもまだ私と続けようとする利樹の不誠実さを比べるようになり、今さらだけど自分のしてることがバカバカしくなった。
それと同時にダンナの優しさに本当に癒され居心地がよくなっていったの。
後で思えば、これはただ現実から逃げただけにすぎないんだけどね・・・

1999年6月、私の24歳の誕生日の日がきた。
ダンナはルミナス神戸のクルージングを予約してくれてて、ライトアップの明石海峡大橋をくぐりながらディナーを食べた。
ダンナは私の行きたいところや食べたいものをいつも優先する人。 前に書いたけど、今まで利樹はなんでも勝手に決めちゃう人だったのね。
利樹のそういうところが好きだったけど、タイプの違うダンナの私の気持ちを優先するところもやっぱりそれはそれでうれしかったの。 さっきも書いたけど居心地がいいってこういうことかもしれない。
そして帰りのが鳴った。 利樹からだ。
「誕生日おめでとう」だって。
何よ! だけで会って祝おうともせずにバカヤロー

後日利樹は「遅くなったけど、誕生日のお祝いしようと思って」なんて言ってきた。 その時にバカな私は利樹にやきもちを妬かせたくて、ダンナとつき合いだしたこと、誕生日にお祝いしてもらったことなど話してしまった。
彼は妬く素振りも見せずに「そんな気はしてた」だって。
やっぱりやきもちなんて妬くわけないかっ そうだよね〜
どうせ利樹にとって私なんてその程度しか思ってもらえない女だもん。
そう思った私は、利樹に「もう会わない」と言い、彼と距離をおくことにした。
2005年12月
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