山岸秀『関東大震災と朝鮮人虐殺』早稲田出版(2002) 

2004年07月27日(火) 19時33分

関東大震災後に起こった朝鮮人虐殺は神奈川であり埼玉であり東京でありと関東一帯で行われたということを知った。そしてまた、「流言」の力は恐ろしいと感じた。地震によって電信・電話の壊滅し、中央電信局類焼、情報不足の中で人々は初めて体験した大地震後の状況に共通の恐れと不安をもっていたこと、当時の日本の対朝鮮政策を知っていた日本人が「想定した朝鮮人の反日感情」は十分に恐怖であったことが大部分の自警団の結成動機であったとしている。証言をみていくと自警団の行動に「自衛」の様相がみられないものも多々あった。流言を信じた人々が「自衛」目的で結成した自警団も後々は日ごろのストレス発散などを目的とした一種の「イジメ」集団に変化するという事実からだ。これは、非常時における対朝鮮人への恐怖感の他に例えばナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の場合や南京大虐殺の場合にみられる「相手を人間として見ない」即ち差別的な感情も十分手助けしたということである。相手を人間として認識しないと罪悪感が消えるので、ある程度の殺人は正義に変わると想定される。そしてまた、被差別階層は社会的に弱い立場におかれた人々であるので、彼らをターゲットしたことは計画性があったともとれなくはない。現に社会主義者の虐殺は数件に過ぎなかったとし、最終的には障害をもつ人々も虐殺対象になったと本著は言及していた。また、「最下層日本人労働者の賃金の5〜7割が朝鮮人に割り当てられていた」ことを日本人の対朝鮮人感情を語る上で言及していたが、これにはドイツの場合と共通点がみられると感じた。戦前のユダヤ人に対する経済的な理由から沸き起こる排斥感情、同様の感情が現在のドイツで対トルコ人におこっているということは言うまでもない。あくまで戦地ではなく内地でおこった虐殺事件という点において着目すべき民衆の心理、世界との比較から浮き上がってくる特性など、様々な可能性があると思った。
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