『幸福な王子』 

2014年05月08日(木) 10時35分
 不覚にも『幸福な王子』という童話を読んで泣いてしまった。
 『幸福な王子』はオスカー・ワイルドの有名なお話で、これまでも読んだことはあったのだが、図書館で借りた『頭のいい子を育てるおはなし366』(主婦の友社・平成23年)に収録されていたものをなんの気なしに読んでほぼ号泣。

あらすじ:「きらびやかな宝石や金箔で覆われた王子の像。王子は人々の自慢だったが彼は自分のいるところ(柱の上)からみえる不幸に心を痛めていた。ある日飛んできたツバメにお願いする。不幸な人々に自分の宝石や金箔を届けてほしいと。ツバメは王子の願いにこたえて冬になっても南の国に行かずに宝石や金箔を運びつづける。王子はみすぼらしい姿になり、ツバメも弱ってしまう。ツバメは最後の力を振り絞って王子にキスをして死んでしまった。みすぼらしい王子の像は溶鉱炉で溶かされたが鉛の心臓は残ったので、ツバメの亡骸と一緒に捨てられた。天国の神様はすべてを見ていた。天使が王子の心臓とツバメの亡骸を持ち帰り、王子とツバメは楽園で永遠に幸福に暮らした。」

 ボクは宗教を否定しはしないが、天国も地獄も霊の存在も死後の世界もすべて人間が作り上げた空想の産物であると思っている。つまり、そういうものを信じていない。だからもちろん、神様も。
 評判がいいからと言って観に行った映画『ル・アーヴルの靴みがき』(アキ・カウリスマキ監督/脚本 2011年 フィンランド・フランス・ドイツ)のラストシーンに怒り心頭のボクが、どうして『幸福な王子』にこんなにも感動してしまうのか。

『幸福な王子』は自己犠牲のお話だ。自己犠牲といえば日本では宮沢賢治が有名で、ボクは宮沢賢治の作品が好きだ。そういえば宮沢賢治も宗教とは深いかかわりのある人だった。
 ということは、ボクは宗教的なものを遠ざけようとしながらも、実は宗教がうったえている自己犠牲や奇跡の存在にあこがれを抱いたり待ち望む気持ちを持っているのかもしれない。
 逆に、そういうことに期待する気持があるからこそ、それを遠ざけようとしているのかも・・・・・・。
 人は、奇跡や自己犠牲だけでは生きていけないからね。・・・・・・たぶん。
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