職業としての政治
2011年01月01日(土) 1時34分
宇治市(19万人強)ぐらいの規模になると、(普通?真っ当な?)市会議員は多忙を極めることになります。
地域活動・議会活動・政党活動、そしてライフワークとして取り組んでいる課題、
私の場合でいうと、教育問題・高齢者問題・まちづくり等々、きりがありません。
その結果、議員報酬(宇治市535,000円/月)だけで生活することになります。
因みに年に2回の歳費は、政治活動の補填と選挙費用として消えます。
綺麗事で無く、この報酬と政治家としての活動を切り離すことは出来ません。
そこで、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』の一節に、
「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、
堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。
もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。
(中略)
自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、
現実の世の中が、自分の立場から見て、
どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。
どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。
そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」とあります。
まったくだなあ〜と、感慨にふけりながらも、
現実の壁に挫けそうになっている自分がいます。
地域活動・議会活動・政党活動、そしてライフワークとして取り組んでいる課題、
私の場合でいうと、教育問題・高齢者問題・まちづくり等々、きりがありません。
その結果、議員報酬(宇治市535,000円/月)だけで生活することになります。
因みに年に2回の歳費は、政治活動の補填と選挙費用として消えます。
綺麗事で無く、この報酬と政治家としての活動を切り離すことは出来ません。
そこで、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』の一節に、
「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、
堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。
もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。
(中略)
自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、
現実の世の中が、自分の立場から見て、
どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。
どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。
そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」とあります。
まったくだなあ〜と、感慨にふけりながらも、
現実の壁に挫けそうになっている自分がいます。
あけましておめでとうございます。


