ドイツにウィーン経由で行くことになり、ウィーンフィルのコンサートを物色していた時に、ちょうど「復活」の演奏会があることを知りました。特に定期演奏会というわけでもなく、1日だけの演奏会。指揮は小澤征爾。小澤さんの復活記念かなぁ、とその時は思っていました。ダメ元でVienna Ticket Officeに申込んだら、普通に取れてしまった。手数料は決して安くないですが…。

後で知ったことですが、"Zum Todestag von Gustav Mahler"とあるように5月18日はマーラーの命日で、毎年この日に記念演奏会が開かれてきたようです。今年は昇天祭の祝日である17日になったのでしょうか。12年前、この演奏会が始まったときも小澤征爾「復活」だったようです。昨年は小澤さんが指揮する予定だったが、健康上の理由でガッティに変更になったとか。このシリーズは今年で最後で、しかも2007年はマーラーがウィーン帝国歌劇場監督を辞任して100周年にあたるそうです。今年はまさに「記念日づくし」の演奏会、よくチケットがとれたものです。
ちなみに、私は16日にウィーンに着くまで17日が祝日と知りませんでした。駅からタクシーに乗ったら市内が大渋滞。タクシーの運ちゃんと話していて、祝日前だから混んでいると言われて初めて知った次第。祝日となると食いっぱぐれの危険があるので、ちょっと焦りました。しかも、演奏会のチケットを17日にウィーンのオフィスで受け取るつもりだったので、もし閉まっていたらどうしようかと心配で心配で夜通しうなされました(…風邪のせいもあるけど)。17日朝、オフィスに電話してみたらつながって一安心。

さて、演奏のほうですが、衝撃的な音楽体験でした。
まず、ウィーンフィルに圧倒されました。なんという音色、そしてアンサンブルの精度の高さ。これだけ大編成のオーケストラが、1つの楽器のように響くのです。パートからパートへのフレーズの受け渡しも極めてスムーズ。そしてこんな複雑な曲なのに、純正律の響きが追求されている。あぁ、これがオーケストラ、合奏というものなのか。いままでオーケストラだと思っていたものはなんだったんだろう。はっきりいって、ショックでした。
ウィーンフィルは時に指揮者に抗うオーケストラです。そして今でも、マーラーの音楽を心から受け入れているのか少し疑問でもあります。しかし、この日の演奏は凄かった。どれだけリハーサルをやっているか分かりませんが、楽譜の隅から隅まで小澤の意図を全て理解しているかのような、深い相互理解が感じられました。みじんも食い違うところはない。第1楽章冒頭から、小澤さんの細かいアゴーギクに対して恐ろしいほど統率された弦楽器群のアンサンブル。と思えば、第3楽章はほとんど振らず、オケに任せて音楽を進める。フィナーレでは巨大なテンポから一気に加速してオケを追い込んでいく。まさに自由自在。オケの奏者たちといえば、必死でパート内でアンサンブルをとりながら弾いている様がはっきり分かりました。

ppでのテンションの高さは尋常ではなく、厳しさに支配されていました。鳴るところも、決して楽天的には響かず、厳しさを失わない。また、どんなに鳴っていてもどのパートも絶対スタンドプレーにならないんですね。その様からは、オーケストラ全員が家族であるかのような印象を受けました。ウィーンフィルは、ベルリンフィルのような全員がソリスト級の超絶技巧集団ではないし、楽器も古く、苦しそうな箇所が頻発します。メカニックが完璧な現代の楽器だったらもっとスムーズな演奏だったかもしれません。そして、もっと豪快に大音量を響かせることだってできるわけです。しかし、音楽に正解はないと言うけれど、この演奏は1つの究極の形だと感じました。「これが私たちのマーラーです」という、100年経っても決して揺るがない自信に満ちあふれたものを感じました。

伝統の重みがそこにはあり、現代の機能的なオーケストラによるマーラー演奏に疑問を呈しているようですらありました。しかし、決して伝統に縛られているだけではありません。100年で時代は大きく変わりました。100年前ではこんな騒々しい世俗的な曲をこの歌劇場で演奏するなどあり得なかったことでしょう。そのマーラーの曲を歌劇場自身が取り上げる。指揮をするのは東洋人の小男です。その演奏会に世界中から聴衆が駆けつけるのです。演奏後はスタンディングオベーションでしたが、マーラーは今日の演奏を聴きに来ていたでしょうか。


後で知ったことですが、"Zum Todestag von Gustav Mahler"とあるように5月18日はマーラーの命日で、毎年この日に記念演奏会が開かれてきたようです。今年は昇天祭の祝日である17日になったのでしょうか。12年前、この演奏会が始まったときも小澤征爾「復活」だったようです。昨年は小澤さんが指揮する予定だったが、健康上の理由でガッティに変更になったとか。このシリーズは今年で最後で、しかも2007年はマーラーがウィーン帝国歌劇場監督を辞任して100周年にあたるそうです。今年はまさに「記念日づくし」の演奏会、よくチケットがとれたものです。
ちなみに、私は16日にウィーンに着くまで17日が祝日と知りませんでした。駅からタクシーに乗ったら市内が大渋滞。タクシーの運ちゃんと話していて、祝日前だから混んでいると言われて初めて知った次第。祝日となると食いっぱぐれの危険があるので、ちょっと焦りました。しかも、演奏会のチケットを17日にウィーンのオフィスで受け取るつもりだったので、もし閉まっていたらどうしようかと心配で心配で夜通しうなされました(…風邪のせいもあるけど)。17日朝、オフィスに電話してみたらつながって一安心。

さて、演奏のほうですが、衝撃的な音楽体験でした。
まず、ウィーンフィルに圧倒されました。なんという音色、そしてアンサンブルの精度の高さ。これだけ大編成のオーケストラが、1つの楽器のように響くのです。パートからパートへのフレーズの受け渡しも極めてスムーズ。そしてこんな複雑な曲なのに、純正律の響きが追求されている。あぁ、これがオーケストラ、合奏というものなのか。いままでオーケストラだと思っていたものはなんだったんだろう。はっきりいって、ショックでした。
ウィーンフィルは時に指揮者に抗うオーケストラです。そして今でも、マーラーの音楽を心から受け入れているのか少し疑問でもあります。しかし、この日の演奏は凄かった。どれだけリハーサルをやっているか分かりませんが、楽譜の隅から隅まで小澤の意図を全て理解しているかのような、深い相互理解が感じられました。みじんも食い違うところはない。第1楽章冒頭から、小澤さんの細かいアゴーギクに対して恐ろしいほど統率された弦楽器群のアンサンブル。と思えば、第3楽章はほとんど振らず、オケに任せて音楽を進める。フィナーレでは巨大なテンポから一気に加速してオケを追い込んでいく。まさに自由自在。オケの奏者たちといえば、必死でパート内でアンサンブルをとりながら弾いている様がはっきり分かりました。

ppでのテンションの高さは尋常ではなく、厳しさに支配されていました。鳴るところも、決して楽天的には響かず、厳しさを失わない。また、どんなに鳴っていてもどのパートも絶対スタンドプレーにならないんですね。その様からは、オーケストラ全員が家族であるかのような印象を受けました。ウィーンフィルは、ベルリンフィルのような全員がソリスト級の超絶技巧集団ではないし、楽器も古く、苦しそうな箇所が頻発します。メカニックが完璧な現代の楽器だったらもっとスムーズな演奏だったかもしれません。そして、もっと豪快に大音量を響かせることだってできるわけです。しかし、音楽に正解はないと言うけれど、この演奏は1つの究極の形だと感じました。「これが私たちのマーラーです」という、100年経っても決して揺るがない自信に満ちあふれたものを感じました。

伝統の重みがそこにはあり、現代の機能的なオーケストラによるマーラー演奏に疑問を呈しているようですらありました。しかし、決して伝統に縛られているだけではありません。100年で時代は大きく変わりました。100年前ではこんな騒々しい世俗的な曲をこの歌劇場で演奏するなどあり得なかったことでしょう。そのマーラーの曲を歌劇場自身が取り上げる。指揮をするのは東洋人の小男です。その演奏会に世界中から聴衆が駆けつけるのです。演奏後はスタンディングオベーションでしたが、マーラーは今日の演奏を聴きに来ていたでしょうか。

(以下、マニアックな観察日記)
アルトマンさんのティンパニは神業。小澤との意志の疎通のすごさ。
オケの対角にいるベースとのフレーズの受け渡しなど、事も無げにぴったり合う。
実に多彩な音色を叩き分ける。CDやテレビでは分からない音色の素晴らしさを感じた。
若い2ndはブルーノ・ハルトル?
演奏はシュネラー10台でやってた。中中大大x2セットで1stが小を間に1つ、1stと2ndの間に小もう一つ。
1stは小を2台とも使用。単音を叩く時は必ずハンドルを持っていたのが印象的。サスティンで微調整するのかな。
mov3の音替えの忙しさは見ていても凄かった。常にハンドルを回していたような。
1つのティンパニで2nd音替え-->2nd叩く-->1stが微調整-->2ndが叩く-->1st叩く みたいなところがあった。
ハンドルは軽々回しているように見えたんだけど、実際はけっこう重いらしい。ガイジンは怪力?
シンバルは3組あったような気がする。サスは吊すスタンドも使っていたが、ほとんど手持ち。ロールのところも手持ちでやる。なんかこだわりがあるんだろうなー。
トランペット1stのHans Peter Schuhが唯一残念な出来だった。新聞批評にも書かれていたし。
最初は難しそうなところでことごとく外していたけど、楽章が進むにつれて完璧に。もしかしてアップなしで吹いてる? マーラーはアップなしで吹くプロも多いと聞くけどなぁ。コーラスや独唱を絶対に突き抜けない音色が凄い。
----
(追記:2007/12/4)
小澤の復活!
同じく、この演奏会を聴いておられた方のblog
アルトマンさんのティンパニは神業。小澤との意志の疎通のすごさ。
オケの対角にいるベースとのフレーズの受け渡しなど、事も無げにぴったり合う。
実に多彩な音色を叩き分ける。CDやテレビでは分からない音色の素晴らしさを感じた。
若い2ndはブルーノ・ハルトル?
演奏はシュネラー10台でやってた。中中大大x2セットで1stが小を間に1つ、1stと2ndの間に小もう一つ。
1stは小を2台とも使用。単音を叩く時は必ずハンドルを持っていたのが印象的。サスティンで微調整するのかな。
mov3の音替えの忙しさは見ていても凄かった。常にハンドルを回していたような。
1つのティンパニで2nd音替え-->2nd叩く-->1stが微調整-->2ndが叩く-->1st叩く みたいなところがあった。
ハンドルは軽々回しているように見えたんだけど、実際はけっこう重いらしい。ガイジンは怪力?
シンバルは3組あったような気がする。サスは吊すスタンドも使っていたが、ほとんど手持ち。ロールのところも手持ちでやる。なんかこだわりがあるんだろうなー。
トランペット1stのHans Peter Schuhが唯一残念な出来だった。新聞批評にも書かれていたし。
最初は難しそうなところでことごとく外していたけど、楽章が進むにつれて完璧に。もしかしてアップなしで吹いてる? マーラーはアップなしで吹くプロも多いと聞くけどなぁ。コーラスや独唱を絶対に突き抜けない音色が凄い。
----
(追記:2007/12/4)
小澤の復活!
同じく、この演奏会を聴いておられた方のblog
[ この記事を通報する ]
- URL:http://yaplog.jp/hippo/archive/385



