気持ちの整理6 

2008年06月26日(木) 12時16分
今まで押さえていた気持ちを言葉や行動に出すのは難しいことかもしれないけど、私はどんどん出していこうと思う。
もう我慢なんて真っ平ごめんだ。
我慢するだけ損
無理するだけ損
自分に嘘つくだけで損

気持ちの整理5 

2008年06月26日(木) 11時45分
小学校の時、人生で始めて友達が私の悪口を言っているのを聞いてしまいました。

たぶんきっとその時から自分を守るため人に尽くし、嫌われないようにしていたのだと思います。
しかし、まだまだ未熟だったためか小学校の時にいじめにあいました。
それまで一緒に行動していたグループに新しい子が入ったため、私が弾き出され、無視されました。
それまで仲が良かったのに。
友達だと思っていたのに。
一緒に遊んだのに。


小学校でも中学でも高校でも大学でも友情が切れるときはとても呆気ない。
とても脆く儚い。

むしろ友達だと思っていたのは私だけで相手はそれほど真剣に友達だとは思っていなかった。
だから相手は簡単に私との関係を切ることができたんだろう。
私はそれほど重要ではなかった。
誰のどの存在においても。


だから私は人に影響を及ぼしていいほどの存在ではない。

迷惑をかけてはいけない。






ちがう。
今まで人のためにと取ってきた言動は全て自分のため、何一つ人のために尽くしたことはない。
何かしらの見返りを求め、自分に対する評価の向上を求め、人に嫌われないため。
自分を否定し他人を持ち上げることも。
結局遠回しに他人のせいにしているだけ。
決めたのは自分なのに。

全て自分を守るための行動。
人によく見てもらいたいが為の行動。


私は私が大事。


だけど今までずっと自分を否定してきたから今更なかなか自分の価値を認めることができない。
自分の気持ちに素直になることができない。
自分の気持ちを隠し続けていたから自分の気持ちがわからない。



でも、とりあえず一つ結論を出した。
私を認めてくれる人は見つけた。
その人がいてくれるならそれでいい。

他の"友達"はただのクラスメート。


そう考えるようになったら気分が楽になった。
T,S,N,Kに関しても。
ただのクラスメート。
そう考えるだけで今まで仲良く話していた姿を見る度、起きていた頭痛もなくなり、普通に見ることができた。


もう関係無い事だから他人事として見ることができるようになった。
ま、ここで終わるくらいの友達なんてこっちからお断りだ。

あんたたちと薄っぺらい関係なんていらない。
あんたたちが悩もうが喧嘩しようが私には関係のないこと。



そう割り切れたことで私はとても楽になった。
クラスメートとの付き合い。

気持ちの整理4 

2008年06月26日(木) 8時12分
完全に孤立し、色々と考える時間を持つことができました。
私はこれまでの人生を振り返りました。

高校時代でも同じことがありました。
1年の時に仲が良くなった友達、2年の時に仲が良くなった友達と一緒に3年の時にクラスが一緒になりました。
これまで私とも仲が良かったのに二人の仲は深まりました。

私は置いていかれました。


いつからだったんだろうか、
私は"笑顔"を被りました。
笑っていれば、大抵の人間関係は上手く行くからです。
頼まれ事も断れなくなりました。
その場しのぎの嘘もつきました。
物事が上手く進むように、嫌われないように。
いつの間にか周りの人から"笑っている印象が強い"と言われました。
そりゃそうでしょ。
笑ってりゃ結構上手く行くんだもん。
笑いたくなくても笑ってれば。
私にとって笑顔は最大の防御です。


家では祖父母は婿養子である父の悪口をよく言っていました。
私はそれを聞きながら育ったため父があまり好きではありません。
そして、祖父も嫌いです。
祖父母、父、叔母から母の話を聞き、兄弟喧嘩,暴言を吐くと祖父母は"お母さんとは大違いだ。"
とよく言われました。
そりゃそうでしょ。
いくらお母さんから産まれたとはいえ私は私。
お母さんのように優しくもないし、頭も良くないし孝行者でもない。
私はお母さんにはなれない。

お母さんが死んだとき、お腹に三人目がいたそうです。
私はその子と代わりたかった。
むしろお母さんとその子が生きて私が死ねば迷惑をかけることもなかった。
そうずっと思っていました。

なぜ私をつれていってくれなかったのか。

私が死にたい、死にたいと言っていたら東京の友達が

じゃあ、どうして生きてるの?

と言いました。
確かに。
死にたいなら今すぐにでも死ねば良いのに私には死ぬ勇気もない。
だからリストカットも頭痛を紛らす為の気晴らし。
自殺掲示板をさまよい。


ずっとずっと笑う毎日。

色々考えていた中、もう一つの私の気持ちに気付いた。

私は今まで友達の為に、友達の為に、友達が喜ぶなら自分は二の次にして来ました。

でも、それは表の綺麗な気持ち。
裏の気持ちはそんなんじゃない。

気持ちの整理3 

2008年06月25日(水) 22時52分
大学2年生

自分から壁を作りながらも友達と仲良くしたい気持ちは変わらず、心に一定の距離をおきながらTとSと付き合っていました。

しかし、その状況に耐えられず他のグループとの交流を私は始めました。
M,K,Nと仲が良くなり、一緒に旅行も行きました。
T,S,Mと一緒に釣りにも行きました。
二つのグループの交流が徐々に始まりました。
私はこのまま二つのグループごと仲良くなりたいと思っていました。
一緒にご飯を食べる機会も増えました。


私は彼女たちと
友達になりたかった。
上辺じゃなくて、ただのクラスメートじゃなくて"友達"に。


でも、やっぱり漫画と現実は違う。
成人式を迎えた。
大学3年
私に初めての彼氏ができました。

そして、Mに彼氏の友達を紹介し付き合い始め彼女は変わりました。
変わることが悪いとは私は思いませんが、Mは傍目にも分かるほど彼氏に染められていました。彼氏がいない友達Kに対し"今年こそ良いことあると良いね"と彼氏がいることがそんなにいいのかと言うような内容の年賀状を送ったそうです。
Kは"もう、Mとは必要以上関わらない"と私に洩らしました。
そしてMが彼氏と別れてからMは男遊びが激しくなりました。
M,K,Nは友達だったのに私がその関係を壊し、Mを変えてしまった。
私が全ての元凶だと常に自分を責めていました。

学校の実習でMとKと1週間泊まりの実習に行っている間に残ったT,S,Nの中は親密になっていきました。
私の知らないところで遊ぶ約束をし、美味しいレストランにも行っていました。

声くらいかけてくれても良いのに。
メールくらいくれても良いのに。
私は友達になれない?


実習後、T,S,Nの中にKも加わり私の孤立化は進んでいきました。
Mに少しだけ相談したところ"これで関係が終わるのなら、それまでの付き合いだったってことだよ"とあっさりとした答え返ってきました。
私は今まで仲良くしてきたのに、今まで友達だったのにその関係を簡単に切ることは出来ず、割りきれずにいました。
そうしている間も私の孤立化は進んでいき、中に入りたくても入れず話題についていけず、入ったとしても輪を乱す事が続き、これ以上迷惑をかけるくらいならいっそのこと一人になろうと思い、孤立を自ら選びました。

気持ちの整理2 

2008年06月25日(水) 22時18分
事前に。
私は思い付くまま書いていくので文章にまとめるのが苦手で読みにくいです。

彼女に話すきっかけとなったのは彼女が"学生時代にファミレスで朝まで友達と喋っていた"、と言うものでした。

私は何故かそれがとても羨ましく思えました。
朝まで付き合ってくれる友達。
朝まで語り合ってくれる友達。

私にはそんな友達はいません。
大抵、眠い・お金がない・面倒という理由で断られます。
もしくは、若干嫌そうな顔をしながら少しだけ…というケースもありました。

クラスの子もまた然り。


大学1年
TちゃんとSちゃんと友達になり一緒に行動するようになりました。
T,Sはよく一緒にトイレに行っていました。
殆んどのケースではTが"トイレに行く""Sも一緒に行こう"と言うものでした。
最初は私も誘われていましたがいつもそれほどトイレには行きたくなかったので断っていたら、いつの間にか上記の様になっていました。

今から思えば
ガキ臭い意見の押し付けだ
と私自身そう思いますが、当時の私はその二人の行動がとても嫌でした。
お互いトイレに行くタイミングが一緒だというのなら仕方ないですが、Sは誘われたから行くということが多い子でした。
私はTもSも大学生にもなって一人でトイレにも行けないのか。
Sは自分の意思はないのか?行きたくないときは断れば良いじゃないか。
という思いが募り、自分勝手な不満であると分かりながら二人に私の想いを伝えました。
その時、私だけの不満をぶつけるだけではフェアではないと思ったので私に対して何か不満に思うところはないか?あったら直すから。と伝えました。
私は大学に入って初めてできた友達とこれからももっと仲良くなっていきたかったので、自分達の想いを打ち明けられる仲になりたかった。
でも、やっぱりこれは青春漫画の読みすぎなのでしょう。
理想と現実とのギャップは余りにも大きいものでした。
彼女たちは私に不満はないと言いました。
そして、相変わらず一緒にトイレに行き続けました。
本当に私に対して不満が無かったのかもしれない、私の想いとは裏腹に彼女たちは私にさほど興味がなかったのかもしれない。
今となっては、何も分かりませんが彼女たちの行動は私の言葉が受け入れられなかった。


私を受け入れてもらえなかった。


と、そう思いました。
私はその時私から彼女たちに対して最初の壁を作ったのだと思います。

気持ちの整理 

2008年06月25日(水) 22時03分
この間、自分の気持ちに少しだけ整理がつき、少しだけ自分の事が分かったような気がしました。

これまで、今この場にいない,その子達の事を知らない第三者である友達に色々と相談してきました。
その度に何度も何度も泣きました。
その子は東京に住んでいて忙しい仕事の合間を縫って私に会いに来てくれました。

例えそれが上辺だけだとしても私にとってそれはとても嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。
だけどその反面、余計な迷惑をかけてしまった申し訳なさもありました。

私は彼女とファミレスで小さな事から大きな事を色々と話しました。

殆んど、私が独り言のように呟き続ける形になってしまいましたが、ただ傍でずっと聞いていてくれました。

このブログを見る人は幸い殆んどいないので再度、独り言として様々なことを書いていきたいと思います。

ありがとうございます 

2008年06月21日(土) 1時15分
前回の日記にコメントを下さいましたKEIPRI様。
私の日記の初めてコメントであなたのような方と巡り会うことが出来たことを嬉しく思います。

もとから私の日記を見る方は少ないですが、心無い荒しの方のコメントではなくあなたのような方のコメントを読むことができ本当に嬉しいです。


どんな想いでお母さんは私を産んでくれたのか…。
自分で書くのもなんですが多分、私が産まれてきたことは少なからず嬉しい出来事であり、どんな将来になるかも期待していたと思います。
しかし、私は物心付く前にその母親を亡くしました。
顔さえも覚えていなければ、声も性格も暖かさも…私は何一つ覚えていることができなかったんです。

兄にはうっすらとお母さんの記憶はあるそうです。
私はその"お母さん"を写真でしか知りません。
父や祖父母、叔母等から聞く"お母さん"のことしか知りません。
折角産んでくれたのに、その腕で抱いてくれたのに、私はその温もりさえも覚えていないんです。
私は少しでも良いから"お母さん"を記憶に残しておきたかったのに…。

私の知る"お母さん"は写真のお母さんと人から聞くお母さんの情報をもとに自分の中で作り上げた"お母さん"しか知りません。
写真のお母さんはとても優しい顔をしていました。
写真のお母さんは私の事を大事そうに抱っこしてくれていました。
人から聞くお母さんは優しく、思いやりがあり、大人しい女性。
そして私達兄妹を愛してくれていました。

私はそんな大切なお母さんの記憶を持つことが出来なかったんです。

お母さんが亡くなってから祖母が母親代わりをしてくれました。
だけどやっぱり"お母さん"ではない。
だからお母さんにぎゅってして欲しくて頭を撫でてほしくて、お母さんの匂いを嗅いでみたい。
そういう想いは正直今でも強いです。
死んだからといって必ずしもお母さんに会えるとは限らないかもしれませんが、私にとっては会いたい気持ちでいっぱいです。

この間、悩みの対象である友達の一人に今までの経緯,私の想いを伝えることができました。
彼女に分かってもらえただけでもう良いです。
他の子は多分去るもの追わずタイプなので…。
私がその人たちに胸中を告白し,その人たちの行動を変化させてしまうことはただ単に私の我が儘を突き通してしまったに過ぎないから…。

無題5 

2008年06月15日(日) 22時26分
別人になりたい。

外見が別人という訳じゃなく「私」という人格を消して他の人格になりたい。

私の中から「私」を全て消してしまいたい。


「私」は何故今ここにいなくてはいけないんでしょうか。


「私」を疎ましく思う人たちのなかで何故「私」は今ここにいるのでしょうか。




明日は学校です。
後、7ヶ月で卒業。
頑張らないと。
でも就職したって変わらない。






言葉だけの友達
上辺だけの友達
みんな敵
私は一人

「友達」の解釈の仕方、概念、様々なことの部分で「友達」マイナスな面しか見れない。
どんどん卑屈になっていく。
それを本気で止めてくれる人もいない。
そんな私を人は弱い人間だ、依存しすぎている、甘えすぎだ。という。
やっぱり加藤さんと私は似ている。
一歩間違えていたら私も自分ではなく人を殺してしまうだろう。
だけど私は自分を殺したい。

自分を殺したい。
自分を殺したい。
自分さえいなければ。
お母さん。
ごめんね。
産んでくれてありがとう。
でもごめんね。
まだ私、小さかったから。
せっかく産んでくれたのに覚えてないんだ。
ごめんね。

そっちに行ったらお母さんに会えるかな。

そっちに行ってもお母さん、私の事分かるかな。
こんなにボロボロだけど分かるかな。
そっちに行って、もし会えたらいっぱい抱っこしてね。
お母さん。
いっぱい喋りたいなぁ。
お母さん。
お母さん。
ばあちゃんが死ぬときに一緒に連れてってもらおうかと思ってたんだけど、もう私耐えられそうにないんだ。
ごめんね。弱くて。せっかく産んでくれたのにごめんね。
でもお母さんに会いたい。
お母さんに会いたい。
抱っこしてよ。
あの時の写真みたいに抱っこしてよ。
で、いっぱい喋ろう。
お母さん。
私のせいでごめんね。
私を産みさえしなければ死ななかったのに…。
今も笑ってたはずなのに。
お母さんの声が聞きたい
笑顔が見たい
お母さん会いたいよ
全部整理がついたらそっちに逝くね

無題4 

2008年06月15日(日) 21時59分
私は加藤さんのように車も持ってないし、ナイフも持ってない。
ましてや誰でも良いから人を殺そうとは思っていない。
むしろ自分を殺したい。
私は産まれてはいけなかった。
私と関わった全ての人の記憶から私を消して私も消えたい。

これ以上人に迷惑をかけないように。


学校に行く度に頭が痛くなる。
人と話す度に更に頭が痛くなる。
それが以前友達だった人となら尚更頭痛が酷くなる。
でも、その場の雰囲気を壊してはいけないから必要に応じて笑う。
学校から帰った後、リストカットをする。
以前の私なら物凄く嫌っていたはずの自傷行為を今の私はしている。
これで本当に死ぬことができればいいのだが中々死ねない。
腕をゴムチューブで縛り血管を浮き上がらせて切手も浅すぎて死ねない。
私は絵を書くことが好きだ。
だから、手首の神経は切らずに死にたいが中々難しい。
神経を切る覚悟がないとダメだが神経は切りたくない。


そんな事をやっているうちに私の左腕にはリストカットの痕でいっぱいになった。

一ヶ所を除いてはどれも浅く小さく感じてしまう。
もっと深く。
もっと沢山切らないと。



最近、血を見ることがとても落ち着く。
痛いけど。
落ち着く。
腕がいたいから頭痛も治まる。もっと深く深く深く切らないと。




最近、死ぬことばかり考える。
自殺についても身辺整理のやり方から始まり

何階から落ちたら確実に死ねるか。
学校の屋上にはどうやって登るのか。
信号無視した車の前に飛び出してやろうか。
掲示板で車と練炭と眠剤を持ってる人探したり。
実銃を手に入れたい。
誰か譲ってくれませんか。
一発だけでいい
その一発で確実に死ぬようにするから。
それか殺してください。


今の時代、どこかの掲示板で思いっきり突っかかってやれば相手がカッとなったところで殺してもらうことも可能だしな。





最近意味もなくよく泣きます。
今まであまり泣いたことなかったけどずっと泣いている。
声を出して泣けないから布団に顔埋めて泣いたり、ベランダですすり泣きしたり。
1日に4,5回は泣く。
学校で、外で笑った分だけ泣く。
そして切る。


でも今はもう泣くことさえ疲れてしまいました。

無題3 

2008年06月15日(日) 21時27分
大学に入って二人の友達ができました。
二年の時に他の3人とのグループとちょっと大きいグループとも交流するようになりました。
楽しかった。
みんな友達だと思っていた。
みんな仲間だと思っていた。




だけど違った。




みんな他人だった。
本当の友達じゃなかった。
みんな敵だった。


仲間だと思っていたのは、友達だと思っていたのは自分だけだったようです。

みんな、私から離れていきました。
用済みだ,付き合いづらいと思った瞬間、みんな私から離れていきました。
こんなに簡単に友達は壊れるものなんだ。
所詮は言葉だけの上辺だけの友達ばかりだったんだ。
繰り広げられる遊ぶ計画の話題、遊んだ後の感想の話…。その場には私はいない。
でも自分から動かなければ何も変わらないと言うことは重々承知しています。
私はみんなと仲良くしたいから友達でいたいから、その輪の中に頑張って入ってみたけど、すぐに追い出された。
いないものとして話は繰り広げられるから。
話題を持ちかけても嫌な顔をされるだけだから。
そこの輪にいるだけでそこの輪を乱すんだそうです。
私は人に迷惑をかけるだけの存在なんです。
ここにいてはいけない、私に居場所なんてどこにもない。

あるクラスメートが言いました。
「そこで繋がりが薄くなるなら所詮それまでの関係だったって割りきればいい」
そんなに簡単に割りきれるものなら今こんなにも悩んだりなんかしない。
仲良くしてきた分、そのやっとできた繋がりを簡単には切り離したくない。
切り離すことができればどれだけ楽なのかは分かっている。
でも、もがけばもがくほど一層空回りし身動きがとれなくなる。
心がどんどん壊れていく。


私の知らないところで遊びの計画が立てられ私は呼ばれず、話は進む…。
やはり、私はいない方が良いようだ。
切り捨てられた友達の行き場はいったいどこにあるんだろう。ネットでは「友達」も出来ますが、すぐに消える。

大学の友達も高校の友達も中学の友達も所詮…
上辺だけの友達
言葉だけの友達


影で一人寂しくもがき苦しみ泣きわめき。
学校では仮面を被り笑顔で生活。
もうそれも限界に近いようです。

プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:じぶりん♪
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1987年1月23日
  • アイコン画像 職業:大学生・大学院生
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結構干物女的な生活の毎日…ホ

でも、ホタルみたいに私は仕事(勉強)が出来る女の子ぢゃなぃんです(´;ω;`)ホホ


ココではそんな日常はもちろん明るい事、辛い事を思うがままに書いて行きたいと思いま〜すy(o^ー^o)y~
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» 無題5 (2008年06月19日)
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