10月の呟き

October 10 [Thu], 2013, 18:12

        10月の呟き            2013年10月10日(木)
 小笠原真由美が自分の体験談「積み木細工の脳」を読み始めたという連絡が9月23日に入りました。その後、彼女の様子についての連絡が入りましたが、筆者が多忙な毎日だったためブログでお知らせ出来ず、本当に申し訳ありませんでした。
 真由美は、第8章までの260ページを一挙に読み進み、残りの部分を翌日に読んだそうです。実は、真由美がこの本の全体を通して読んだのは、今回が初めてです。

 彼女がこの本の原稿を始めて読んだのは、本書執筆当初のもので、第1章の原稿の部分でした。そのとき彼女の友人の太田真理が真由美のことを「こんなに懸命に心配して下さっているの?」と言って真由美は感激し、涙を流したそうです。

 2回目に彼女が読んだのは、彼女たちの言葉遣いを訂正したときでした。第1章の部分を現代の若者の言葉遣いに訂正し、彼女に送ったことがありました。そのとき彼女は「わたくしたち、こんな言葉遣いをしていません」と言って激怒し、出版を許可しないとまで言い出す始末でした。

 それ以来、彼女はこの本を最初から最後まで通して読むということがありませんでした。本書は、昨年1月23日に発行されました。発行してすぐに彼女に送りましたが、彼女は本書を1年半以上も放置ままでした。

 この本を通して読むということは、彼女に自分自身の急性期の生々しい記録を蘇らせることです。このようなことは、本人にとってとても辛いことでした。思い出すことによって再発し、逆戻りしてしまう可能性が多分にあり、とても心配でした。
 しかし、その懸念は不要でした。彼女は本書を読むことで、自分の急性期を詳細に思い出しても、彼女の日々の生活に何ら変化がなかったそうです。したがって、彼女はほぼ完全に回復・寛解したといえるのではないでしょうか。

 しかも、彼女は抗精神病薬を1錠も服薬していません。周囲の人たちの彼女に対する接し方だけで、回復したのです。ただ、彼女は、1日3回サプリメントを服用しています。2009年の6月に統合失調症を発症してから今日に至るまでの4年3ヶ月、彼女は薬を服用することなく寛解したわけです。しかも、抗精神病薬を服用していませんから、副作用は一切ありません。

 小笠原真由美は、2009年6月に統合失調症を発症し、思考の歪みの他に5感のすべてが歪んでしまいました。

        思考の歪み
        5感の歪み

           @ 聴覚の歪み(幻聴)
           A 視覚の歪み(幻視)
           B 触覚の歪み(幻触)
           C 嗅覚の歪み(幻嗅)
           D 味覚の歪み(幻味)


 彼女は、2009年6月に発症しましたが、当時のことを良く覚えていました。いつ、どこで発症したのか、ということを彼女自身忘れていません。思考の歪みと5感のすべての歪みが、2009年6月と7月の2ヶ月の間に全ての症状が現われました。

 ただ、彼女には、発症した6月以前にも電話の盗聴を気にしていた時期がありました。それは、彼女がドイツへ留学した2007年6月の頃でした。そのときは、階下に住んでいた若夫婦との間にトラブルがあり、それが原因で一時期彼女は「被害妄想」から電話の盗聴をひどく恐れていました。

 その年の7月下旬、彼女の父親である小笠原邦彦氏が渡独し、彼女を別の地区に移転させました。新しい住居は、1軒家を丸ごと借りることで同居住人とのトラブルがなくなり、以後2009年6月まで、電話の盗聴を訴えることはなくなりました。

2013年9月のつぶやき

September 01 [Sun], 2013, 0:20

                            2013年9月23日(月)
「積み木細工の脳」の主人公・小笠原真由美さんが、ご自分のことが書いてある本を読み始めたとの連絡が入りました。

 統合失調症の患者さんには、急性期の頃のことを聞いたりしてはいけないとされています。この本には、まさに真由美さんの急性期のことがそのまま書かれてあります。彼女自身が読んで、彼女本人の症状がどのように変わるのか、彼女がどのような感情を示すのか、筆者の知りたいところです。

 真由美さんには、この本の原稿の段階で、2回ほど読んでもらったことがあります。それは、書き始めた頃の原稿でした。
 最初に真由美さんに読んでもらったのは、この本の第1章が終ったところ(「積み木細工の脳」P34)の原稿だったと思います。その時、真由美さんは「真理(真由美の親友)は、私のことをここまで思ってくれているの?」と言って彼女は涙を流したそうです。
 第2回目は、言葉遣いを変更したことに対して、彼女は非常に憤慨し、出版することを認めないと言い出したときでした。懸命に説得して、何とか出版に漕ぎつけることが出来た時でした。

 その後、無事に出版することができ、彼女の恋人に送りましたが、彼女には送っていません。彼女の口から読みたいという意思表示がなく、そのままになっていました。真由美さん本人は急性期の頃を思い出したくないのか、この本に全く興味を示さなかったようです。

 今回は、真由美さんの恋人から彼女に、
「“積み木細工の脳“を読んでみる?」と、聞いてみたそうです。そうしたら、
「読んでみたい」という素直な返事が返ってきたので、本を貸したそうです。

 真由美さんがこの本を読むということは、彼女の脳裏に急性期の事実が蘇るわけです。ご自分のことが書いてある事実を、彼女はどのような気持ちで受け止めるだろうか、彼女の今後にどのような影響が出るのか、知りたいところです。

                          2013年9月1日(日)
 一昨日(8月29日木曜日)、真由美の恋人との電話での会話の様子をお伝えします。
「真由美さんから聞いたんですが、日本では、藤桂子という歌手の方が自殺されたそうですね」
「そうらしいね。真由美さん、藤桂子のファンなの?」
「いいえ、ファンではありません。真由美さんは、時々インターネットで日本のことを見ているようです」
「日本のこと? ホームシックにでも罹った?」
「そういうことも考えられます」
「藤桂子のどんなことを?」
「藤桂子さんのお嬢さんの宇多田ヒカルさんが、母親について語った中の一部について、真由美さんは気になったそうです」
「気になった?」
「藤桂子について、宇多田ヒカルさんが“人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、感情や行動のコントロールを失っていきました”という部分だそうです。実は、真由美さん自身も2009年に統合失調症を発症した頃から人間不信を感じ、現実と妄想の区別がつかなくなり、感情のコントローが利かなくなった時期があったそうです。“もしかして、私と同じ病気だったのかな“と言ってました」
「なるほど」
「この病気は、とても辛いそうです。現在、真由美さんは相当に回復してきて、過去のことを冷静に語れるようになりました。一時は、急性期の症状について話をすると、とても嫌がり、不快感を示していました。でも、今では自分から統合失調症の話題を持ち出し、言葉に表現できないほどの辛さを語ってくれることがあります。そして、自分はこの病気の辛さを体験したから、今度はこの病気の人たちを救う活動をしたいとまで言っています」
「それはいいことだね」
「でも、ハンス(スウェーデンの心理学博士)さんも言っていますが、そのような活動は真由美さんにとっては難しい仕事だそうです。それよりも、薬なしで回復した真由美さんの経緯をあずまさんに執筆して頂くことの方がいいのではとハンスさんは言っています。僕も積み木細工の脳の続編として、真由美さんの回復過程を執筆して頂いて、多くの人達に読んでもらった方が良いと考えています」
「そうか」
「この患者さんたちは、病気の症状自体にも苦しむ他に、薬剤の副作用でも非常に苦しんでいるそうです」
「抗精神病薬の副作用は、とても苦しいみたいね」
「ところが、真由美さんは抗精神病薬を1度も服薬したことがありません。彼女は、それでもほぼ寛解に至っています。本人も薬剤なしで良くなったことを、とても喜んでいます。ですから、どのようにして回復したかを執筆してもらえれば、それを参考にされる人も沢山いると思います。それに、あづまさんの執筆には、ハンス・クラフォードさんもアルフレッド・ヘディン先生(精神科医師)も、それにフォン・ローゼン伯爵家の人たちも全面的に協力するとも言っています
「それは有難い。ヘディン先生やクラフォードさん、伯爵家の人たちに宜しくお伝えください」
「はい、伝えます」
「じゃあ真由美さん、そろそろ帰国ですね」
「いいえ、それはまだまだ先の話だそうです。帰国はまだ無理だそうです。もっともっと回復しないと駄目だそうです。それに、僕はゲーグナー(ドイツ語の“敵”)の中でも、最悪のゲーグナーでした。真由美さんは、最近まで僕をゲーグナーとして非常に警戒していました。最近になってやっと信じてくれるような素振りが見られるようになったような訳で、とてもまだ無理だそうです」
「そうなの? 大変なんだね」
「真由美さんは、2009年の6月から得体の知れない精神的な苦痛に見舞われ、誰に説明をしても誰一人として理解してくれない。何故こうなったんだろう、このようにした原因を作ったのは誰なんだろうと、犯人探しというか、原因追及のために毎日毎日悩み苦しんだそうです。そうして行き着いた先が、父が勤務する城北大学だったのです。それ以来、城北大学という組織が真由美さんを苦しめている、という結論になったようです」
「そういうことか」
「父は城北大学の最高責任者(理事長)で、その息子が僕です。真由美さんを苦しめているのは、城北大学という組織です。その組織の長の息子が私です。ですから、真由美さんは、僕を中々信じてくれませんでした。自分で言い難いのですが、その一方で毎日僕に会わずにはいられなかったそうです。真由美さんが僕を信じるようになったのは、ほんの最近のことです。ハンスさんが言うには、やっとここまで辿り着けた、でも回復してきたからといって油断してはいけない、いつ症状が出てくるか分からない、それも突然症状が出てくると言うのです」
「突然症状が出たことがあるの?」
「以前は、しょっちゅうでしたし、今も油断すると症状が突然出ます
「そうなのか」
「ですから、今も常に油断できない状態です。それでも、以前の急性期の頃と比べますと随分楽になりましたイギリス人精神医学者のブラウンが提唱する週35時間(積み木細工の脳P348参照)以内、という考え方に従うことは非常に重要ですし、その成果も明らかですね
「ああ、例の35時間ね。あの通り35時間を守っているの?」
「いいえ、ウイークデーは勤務していますから、会っても5時間くらいですが、週末の土・日曜日は朝から晩まで一日中会っていますから1日で10時間を越えると思います。ですから真由美さんと会っている時間は、週35時間ではなく45時間を越えると思います」
「35時間を越えてもいいの?」
「35時間と言うのは1つの目安で、それをオーバーしたからといって効果が薄れることはないそうです」
「君は、彼女のマンションに泊まったことがあるの?」
「あります。どうしても泊まっていって欲しいというので、半年くらい前ですが、1晩だけ泊まりました」
「その時、どうだった?」
「僕が泊まった晩、彼女は十分に睡眠が取れなかったのでしょうね。その翌日凄く不機嫌になりました。やはり、夜は質の良い睡眠をとって十分に休ませないといけないことが良く分かりました
「統合失調症は、質の良い睡眠が大切なんだな」
「そうです。ですから、時々寂しいから泊まていって欲しいと真由美さんから強く言われますが、僕としてはその後のことを考えると怖くて泊まれません」
「なるほど、色々と気を遣うね」
「ですから、日本への帰国は十分に回復してからにしよう、と覚悟しています。今は、彼女自身がインターネットで日本の様子を調べています。徐々に日本の事情に慣れていけば、帰国しても違和感が少なくなると思いまして…」
 これで、電話は切れました。

2013年8月のつぶやき

August 13 [Tue], 2013, 21:48
                            2013年8月16日(木)
「そうか、悪口をね」
「真由美さんによると、“ケルンにいた頃、道ですれ違った人が自分の悪口を言っているのを聞いた”というのです。“バスや電車に乗ったときも、悪口を言われた”と言うのです。でも、“今になって良く考えてみますと、幻聴だったんです“と、彼女は冷静に分析できるようになりました」
「本当だね、冷静だ」
「真由美さん、言ってました。“シュトーバッサー先生が説明してくださった統合失調症の色々な症状のメカニズムの知識のお蔭で、分析できるようになったんです”と。今では、シュトーヴァッサー先生に非常に感謝しているようです」
「だいぶ変わったね。一時はシュトーヴァッサー夫人のことまでも疑って、ゲーグナー(敵)扱いをしていたよね」
「たしかに一時期、真由美さんは夫人をゲーグナー扱いしていました。そのことは、シュトーヴァッサー先生から聞きました。真由美さんが一時帰国して勝手にケルンへ戻ってしまったころ(2009年10月)でした。あの時の一時帰国は、父親をはじめ、子供の頃からずっとお世話になっていた芳子おばさん、そして帰国の切っ掛けに拍車をかけたシュトーヴァッサー先生までも疑って、ゲーグナー扱いしていました。組織からの命令で動いた、と信じ切っていたそうですそうです。今では“皆さんそうではなかったのね”と、反省を込めて回顧しています」
「なるほどね」
「先ほどの日本の事件の話に戻りますが、真由美さんが言うには、“村人たちがあの犯人を阻害したり、村八分にしたわけではないと思う”と言うのです」
「じゃあ、妄想?」
「そうかも知れません。そしてケルンにいるとき、真由美さんは“自分も、そのように感じた経験がある”と言うんです」
「体験者だから、理解出来るんだろうね」
「でも、この病気の本人は、精神的に非常に辛いそうです。“思考の歪みのために、不可解な解釈を真剣に主張したり、5感の歪みのために全く違ったように感じ取ってしまう。今なら、おかしい、と解釈するところを、あの頃は自分の考えは絶対正しい、周囲の皆は変なことばかり言う、私には全く理解できないことを無理矢理信じ込ませようとする、何故だろう何故だろう”と真剣に悩んでいたそうです」

              以下、追加の部分です。
「なるほどね。そう感じるんじゃ辛いよね」
「あの時の犯人は、村の人たちの行動を理解できなかったというか、悪く解釈してしまったのではないかしら、と真由美さんは言っていました。彼女自身もそういう時期があったので、何となく分かるような気がする、とも言っていました」
 この時の電話は、これで終わりました。

                           2013年8月13日(火)
 真由美の恋人との電話による会話です。
「最近の真由美さんは、ご自分の方から統合失調症の話をするそうですね」
「そうなんです。以前では考えられなかったことです。ですから、真由美さんの話を恐る恐る聴いたんです」
「統合失調症の、どのようなことを話題にするんですか?」
「それが、パソコンのインターネットで、日本のヤフーから日本の色々な事件に関する記事を彼女は時々見ていたんです。見るだけでなく、スピーカーを通して聞くこともしているようです」
「例えば、どのような事件?」
「先月、山口県で、連続放火殺人事件がありましたね」
「ああ、そんな事件があったね。でも、真由美さんは、マイナーなことや、不快な事件は嫌がるだろう? それなのに、どうして?」
「それが、私にも分かりません」
「真由美さんは、その事件と統合失調症とをどう関係づけたの? まさか、思考の歪みから、無関係なことを関係づけたのではないだろう?」
「それが、彼女の話を聴いたんですが、彼女の考え方に納得いくものがあるんです」
「納得いく?」
「真由美さんの分析では“あの犯人はご両親と死別された後、統合失調症を発症して、地域住民とトラブルを起こすようになったのではないかしら。だって、統合失調症は、何かのライフイベントに遭遇した後に発症し易いでしょう”と言うのです」
「なるほど。そのことは、シュトーヴァッサー先生が言っていたね」
「さらに真由美さんが言うには“村八分ということですが、わたくしもあの頃、ケルンにいた頃です。周囲の人たちから阻害されていると感じていた時期がありました。今になって振り返ってみますと、現実にそのようなことはなかったと思います“と、彼女は冷静に振り返っているんです」
「なるほど、冷静だね」
「それに“悪口を言われている、ということも、わたくしは体験しました”と、言うのです」

    
プロフィール
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  • ニックネーム:ひまわり親父
  • 性別:男性
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  • 現住所:埼玉県
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    ・音楽-古典洋楽
    ・旅行-ドイツ・スイス旅行
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 統合失調症は、周囲の人たちが病気の特殊性を知った上で暖かく見守ること、これは患者さんにとって最良の環境です。統合失調症を発症した多くの家族が「あの時、この病に特有な症状を知っていたなら・・・・・」と悔恨の涙を流した例がいかに多かったことか、とても他人事とは思えません。多くの人達にこの病気の特殊性を理解してもらい、統合失調症の患者さんの住み易い社会にするにはどうしたら良いかを模索したいと思います。
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