京一が誕生日に生まれ年のワインをくれました
4月になればもう二十歳です。
成人っていう明確なボーダーラインが
私をあいまいな場所から大人という立場に押し上げてくれます。
気が付けば私はもう大学生でこの一年間正直自分のキャパをだいぶ超えた生活をしています。
こんなことをしている意味を聞かれたら私には答えられません。
自分は正真正銘のバカなんだと思います。
これのなにもかもが自分の幼さと我が侭が引き起こした事で
一体誰が悪いのかと聞かれたら、それは間違いなく私自身なのです。
でもいつまでもこんなことをし続けるわけにはいかないんです。
馬鹿正直に信じて待ってるなんてそれは時間の無駄なんだって思い知らされました。
他人があくまでも他人であること
私がいかに駄目な人間で、誰かに依存しなければ生きていけないそんな人間なのであるのか
そういう事が痛いほど身に染みました。
誰も悪くない。私が悪いんだ
もっとちゃんとそういう事がわかってて
いろんな事が割り切れていたら
こんな風に時間をむだに過ごすこときっとなかった
きっと君だって幸せでずっと一緒にいられるんだ。
幸せでいたい
でもそれはきっとおもりになって、引っ張り合って、縛って、邪魔しあう事じゃない
幸せでいてほしいのはきっと
守って、支えて、許して、そしてある程度距離を持っている事なんだって
痛いけどわかってるんだ。
私が私であり続ける事が
私っていう人格が確立するためのある程度の範囲を保持して初めて
幸せは成り立つんだ
子供のころからずっと私はそれを持つことを放棄し続けている
自立することを拒否し続けている
自立するために一人暮らしを始めたはずなのに
これじゃ一体なんのために私はここに住んでいるのかわからないんだ。
自分が誰でもない自分であって、他人とはまったくの異物である事を認めるのが恐いんだ
でもそれは決して恐い事でもないんだ。
たぶん私はずっと自分という存在を消してしまおうと努力し続けていた。可哀想
でもねこのまま自分を確立できなくて、自立することを拒み続けたら
きっと私はいつまでも本当に幸せを感じることはできないんだと思う。
二十歳まであと2か月切った
残りの19歳をどういう風に過ごすか
いい加減しっかりしなきゃいけないんだ。
甘ったれた我が侭な自分にはもうさよなら
大切な人を苦しめるんじゃなくて、一緒に幸せになれる
そんな大人になるんだ。