10月21日(日)超満員の高尾山、まだ紅葉は早かった  

2012年10月23日(火) 10時43分
天気続きで足腰の痛みも軽くなったし、体調も戻っているように感じたので、思い切って高尾山へ向かった。

高尾山口駅は人でごった返していた。
とにかく立っているとそのまま人波に押されて高尾山ケーブル駅まで押し出されて行ってしまった。





5月以来の半年ぶりの山歩きなので、歩きなれた稲荷山コースを登った。
若い人たちばっかりで、自分のような年寄りは見かけなかった。
どんどん追い越されていくが、体調を崩さないようにマイペースを守ってゆっくりと登った。
登山道は人が途切れることもなかった。よく整備された階段道が歩きやすかった。





およそ1時間過ぎに高尾山の頂上直下の階段下の広場に到着した。
ここは大分賑やかで陽だまりの中で人の輪ができていた。



階段道を一気に登ったが、頂上近くになったら、混雑で渋滞してしまった。


山頂は続々と登って来る人で、それこそありの這い出る隙もないと表現されるほどの大混雑だった。
富士山が新雪を抱いてくっきりと展望された。
隙間を見つけて座らせてもらい、何とか昼飯を食べた。





山頂付近のトイレは、新しい水洗トイレになっていて、給水場も併設されていた。



押し寄せる人波に圧倒されて、早々に城山方面に向かった。
尾根道は人もまばらで、ところどころ桜の木が薄赤く染まっていた。
紅葉にはまだ半月早いようだ。11月初めころが見ごろかもしれない。




一丁平に近くなったら急に腰が痛くなって、休んで何とかおさまったが、大事をとって引き返した。
帰りの稲荷山コースは疲れもあってとにかく長かった。
どんどん追い越されて、ケーブル駅に近くなったころには、もう後ろから人がくる気配がなかった。
参道の茶店で、温かいおまんじゅうを1個(95円)いただいて、帰路についた。

やっぱり体力は落ちていた。73歳の年には勝てないようだ。
しかし、まだまだ・・・。


高尾山口(10:00)−稲荷山登山口(10:10)−あずまや(10:46)−山頂直下(11:26)―山頂(11:31)
山頂(12:00)−一丁平近く(12:50)−高尾山頂直下(13:40)−稲荷山登山口(14:31)
稲荷山コース登り(1時間20分) 下り(1時間)

5月27日(日) 久しぶりの丹沢大山 

2012年06月01日(金) 23時00分
昨年の11月20日に丹沢大山へ登ったあと、腰椎ヘルニヤと言われ、寝ても起きても腰の痛い毎日が続いていた。暖かくなったら何となく痛みにも慣れてきたようで、意を決して5月27日の日曜日に丹沢大山へ出かけた。

あまり体に無理をしないようにと思って、初めてケーブルカーに乗ってみたが、列を作って並んで、ぎゅうぎゅう詰めの車内には閉口した。周りも良く見えなかったが、5分くらいで約670mの下社まで上がれるのには助かった。
(写真はケーブルカーの終点下社駅からふもとの方を見下ろした)




下社の登山入口を10時35分に出発した。ここから長いきつい石段を上り切ったら、その上は石のゴロゴロした登山道で、1丁目から24丁目まで石柱が順番に山頂までたっている。
日曜日で登山者の数が多く、登山道は結構混んでいた。若い人が多いのには驚く。特に若い女性の姿が目立った。




山頂には午後1時36分に到着した。
この日は天気は良かったが、上空に寒気が入り込んだとかで、山中はヒンヤリしてあまり汗も出なかった。東京スカイツリーが見えるかと目を凝らしたが、東京のビル群の形はぼんやりとかすんでいたが、その先は良く分らなかった。



山頂は座るところも無いくらいの混みようで(上写真)、裏側にまわったがそこも同じように混んでいた。(下写真)



一日良い天気で、ゆっくりと歩いたせいか足腰も故障もなく、久しぶりの山行だったが自信を持った一日だった。今年はやれるぞ!という気がわいてきた。

大山ケーブルバス終点 10:05 ― ケーブルカー駅10:20 − 下社駅10:30 ― 下社登山入口10:35 − 夫婦杉11:00 − 富士見台11:55 − 山頂12:36(下社から山頂まで約2時間)

下社13:10 − 見晴台14:10−14:20 − 滝14:50 − 下社15:00
(下山は見晴台まで1時間、下社まで1時間40分)

ゆっくりと休み休みのペースだったが、過去のデータと変わりないタイムだった。

久しぶりの江の島 

2012年02月07日(火) 11時01分
江の島の夕暮れ

数日前に降った雪も消えた
1月29日日曜日だが、これといってすることもない。
昼から天気も良いし電車で藤沢へ、そこから歩いて江の島へ行った。


江ノ電の線路沿いに境川までは、線路の両側に車の通れる道があって、散歩の人も多かった。
境川の鉄橋で、線路沿いの道は終わっており、対岸へ渡ることができない
仕方がなく川の土手道を下流方向に歩くと、しばらくして江の島の展望塔が見えてきた。
日当たりのよい桜の木に数個の花がついていた。




藤沢駅から江の島の橋までおよそ1時間だった。
江の島には大勢の観光客がいた。



島の裏側まで回ってみたが、今は江の島弁天も500円のお金がかかるようになっていてびっくりした。
夕日がきれいだった。

帰りに立ち寄ったファストフードのお店にサーファーの素敵な絵があった

さてっと また始めるか!! 

2011年12月22日(木) 16時40分
カラ元気もなく、寝たふりをしていたが、
某サイトから、無理やり起こされて、ブログを載せてくれという。



今年描いた絵{陽だまりハイキング

ただでさえ、まだらボケで、ブログの作り方など覚えているはずもない。
まぁ、何とかなるべぇとキーボードを叩いてみたが、この時期は山登りの話題もきつい。

最近は世の中が委縮しちゃって、景気の良い話もなくなった。
株は、ちょっと不安定な今が一番面白いのだが、この時期、金儲けの話では袋叩きになりかねない。

食っては寝て、起きてるときはパソコンでは、体重は増えるし、腹は出てくる。
ちょっとは格好の良い年寄りになりたいなどと、すけべぇ根性からランニングを始めてみた。


豊町から御園二丁目交差点までの緑道700mをランニングコースと決めて走り始めたが、
歩くのには自信があったが、走るのは体全体を動かすせいか、かなりきつい。

豊町のバス停から100mほど走ったか、黒河内医院の曲がり角でギブアップだった。
とにかく、呼吸が苦しいこと甚だしい。はぁはぁと酸素の供給が追い付かない。


地球温暖化で酸素濃度の低下かと、新発見にときめくが、若しかしたら肺活量の問題か??
それでも二度三度と走りこむと、何とか続けて走ることができるようになり、
これぞまさに「継続とは力なり」を実感する。


昨今のランニングは、
寒さ冷たさ・ほっぺの痛さ、
鼻水をたらしながら、すぅすぅ、はぁはぁ
これぞほんとの「年寄りの冷や水ならぬ・はな水」か!
来年の初夢は、ロンドンか
ハックション、風邪ひいたか!

八甲田・岩木山の旅(その3) 

2007年12月03日(月) 22時41分
10月17日
雲が多いが良く晴れた弘前での朝だ。岩木山に向かって快調に車を飛ばす。
津軽平野に、でんと座っている岩木山がとっても大きく見えた。
中腹から上が雲に覆われているのが気になった。



岩木山スカイラインを登って終点の駐車場に着いたが、雲の中で寒かった。
身支度をして登山道を登るが、天気が悪いせいか人がいなかった。
みんなリフトで登っているのかなぁ。

岩木山神社への分岐付近に避難小屋があったが、ここにも誰もいなかった。
雲で上のほうはまったく分からなかったが、時折岩影が見えて山頂かなと思って登っていくと、更にその先に道が続いていた。



およそ1時間で山頂に到着した。雲の中で何にも見えなかった。
登山者が集まってきたが、晴れる気がしなかったのですぐに下山した。
岩木山は雲の中だった。


岳温泉で汗を流して、りんご、きのこ、とうもろこしなどをお土産に買い込んで帰路に着いた。
弘前から大鰐に向かい、碇ヶ関から山越えをして鹿角八幡平市に入り、盛岡に抜けて4号線を南下した。
宮城県の白石市を過ぎたあたりでギブアップ、車中泊になる。

10月18日
早朝の国道4号線は霧の中だった。



宇都宮を過ぎて交通ラッシュに巻き込まれるようになって、やっと年中行事の一つをやり終えた気持ちが湧いて来た。
これで世の中が変わるわけでもなんでもない。もっと楽に楽しんでも良いとも思うのだが、俺流のこだわり一人旅は、通せるうちは通したい。
そんなこんな思いをめぐらしているうちに、相模原の標識が目に付くようになってきた。
(完)

八甲田・岩木山の旅(その2) 

2007年12月02日(日) 9時47分
10月16日
快晴の朝、奥入瀬YHを出発し、酸ヶ湯に向かった。高度を増すごとに紅葉が鮮やかになってくる。酸ヶ湯駐車場に車を止めて、八甲田大岳登山にはいる。

ちょっとぬかるみの紅葉の登山道から、ごつごつした岩道になり、硫黄の臭いがきつい地獄湯沢になる。
この上が仙人岱の湿原だった。

昔とすっかり様子が変わった仙人岱の湿原をあとに、八甲田大岳への急な登りになる。きれいに整備された歩きやすいつづら道だ。

新雪が残っている寒い山頂だった。津軽半島と下北半島がくっきり見えた。山頂の様子もすっかり変わっていたが、転がっていた方位盤には見覚えがあるような気がした。

下山路は反対側の大岳避難小屋を通って毛無岱に向かう。紅葉に散在する池塘(小さな池)の風景が美しかった。

酸ヶ湯温泉で汗を流して、弘前市内のユースホステルに向かう。ここでは夕飯が出ないために外食になったが、飲み屋ばかりで食堂探しに一苦労した。結局、地酒を飲みながら郷土料理になったが、最後に食べた白いご飯が最高にうまかった。
同宿の三重県尾鷲市の21歳の若者とパソコン談義で夜が更けた。

八甲田・岩木山の旅(その3)に続く

八甲田・岩木山の旅(青森県)07年10月14〜18日 

2007年12月01日(土) 22時35分
07年10月14日〜18日に青森県の八甲田・岩木山へ登った。
八甲田山は45年前に一度登ったことがあるが、岩木山ははじめてだ。
いつものように愛車を駆って、一般道をトコトコと「ゆっくり旅」に出発した。


10月14日
昼ころに相模原の自宅を出発して国道4号線を北上した。深夜に仙台の国道沿いの銭湯につかり、セブンイレブン駐車場で車中泊になる。
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10月15日
目を覚ますと快晴、一路今夜の宿の奥入瀬ユースホステルへと向かう

道路は一車線で交通マナーの優等生ばっかり、時速40kmの長い道のりだった。
やっと十和田市街に入った。道路に連なる「赤い実をつけたななかまどの街路樹」がきれいだった。

奥入瀬川をのぼって行くと、やがて奥入瀬の渓流になる。紅葉にはまだ早かったが、水と岩と木々の織り成す風景に堪能した。奥入瀬川沿いの十和田湖温泉郷の露天風呂で旅の疲れを癒す。岩風呂から眺めるライトアップされた滝がすばらしかった。

奥入瀬ユースホステルでは、缶ビール片手に大勢の皆さんと旅の談義で盛り上がった。

BMWで娘さんとツーリング中のおじさんや旅に出て1ヶ月になるというご夫婦、地図を片手に一人で車を駆ってきた娘さんなど、それぞれが自分の楽しみかたをしているのが良かった。

いつの間にかベッドルームの二段ベットで熟睡していた。

(八甲田・岩木山の旅その2に続く)

吉野熊野の山行(その3) 

2007年06月22日(金) 20時40分
6月12日(月)
今日は今回の山行のメインの弥山と八経が岳への登山だ。


登山口の弟子還トンネル前の車の中で朝を迎える。隣の車の大洗のおじさんはもう登山に出発していた。お湯を沸かしてカップラーメンを食べて出発したが、ここにはトイレの設備が無いためになんとも落ち着かない気持ちである。やむをえず途中の森の中で用を済ます。すっきりしたところで登りにかかる。


取り付きから急傾斜だったが、力まかせにどんどん登って、途中でふと顔を上げたらびっくりして飛び退いた(写真)。枯れ木と分かり苦笑いしたが、自然のなせる技とは思えない。

1時間の急登で汗だくになったころにやっと尾根道に合流した。この尾根道は、修行僧の奥山駆けのメインコースだが、今は白やしおつつじ(五葉つつじ)が満開で花のトンネルだった。


つつじの尾根道から一旦コル(鞍部)に降りて、いよいよ弥山の本体への登りにかかる。見た目ほどには難儀ではなく、しばらく九十九折が続いたのち立派な木道が現れるとじきに弥山の山頂だった。


弥山山頂には立派な山小屋が建っていて、付近でエコトイレの工事中だった。弥山山頂付近も枯れ木が目立っていた。下では好天だったが、山頂からはガスって何にも見えなかった。
一休みしてから吉野熊野の最高峰の八経が岳へ向かった。少し下って登り返し、およそ30分くらいかかっただろうか、荒々しい岩の八経ヶ岳山頂(1915m)だった。時折上空の青空が見えたが、ガスは晴れなかった。


登山口1094m(5:15) 尾根道と合流1500m(6:13) 1600m弁天の森(6:35) 鞍部1532m(7:00)  弥山山頂1895m(8:05)  八経ヶ岳山頂1915m(8:35)  弥山(10:30)  尾根道分岐(11:00)  登山口(12:00) 

下山した後は、温泉につかってゆっくり汗を流した後、伊勢志摩国立公園に向けて和歌山街道(国道166号線)をひた走る。途中の三重県飯高町の道の駅で車中泊になる。
翌6月13日に伊勢神宮と二見が浦を観光し、帰路につくが名古屋近辺のコンビニ駐車場で車中泊となる。6月14日に無事帰宅する。

一般道をゆっくり走るドライブは、高速道路のせわしなさと危険さもなく、多少運動神経の鈍くなった熟年世代にお勧めだと思うが、その話はまた次の機会に。

吉野熊野の山行(その2) 

2007年06月21日(木) 10時17分
6月11日(月)
早朝に大台ケ原を散策して下山し、奈良の観光を行った。取り付けて間もないカーナビゲーターが役に立って、行き先を音声で指示するとあとはコンピュータが勝手に右へ左へと道案内をしてくれた。どこをどう走ったのかさっぱり分からないが、とにかく目的地まではしっかりと案内してくれた。


吉野山から降りておよそ30分で石舞台古墳に到着した。濃い緑の中にどっしりと巨大な石の塊りが置かれていた。ウィークデーのためか観光客は少なく、駐車場も無料開放で、心置きなくいにしえのロマンに浸ることができた。

日も西に傾き始めたので古墳群に別れを告げて、国道309号を天川村方向に向かう。道路は狭く分かりずらかったが、ここでもカーナビが大活躍してくれた。天川村から先は、車一台がやっと通れる位の狭い谷筋の道で、弥山(1895m)や八経が岳(1915m)登山口の弟子還トンネルまで続いている。途中、単車と交差するのに大変だった。


弟子還トンネル登山口前の駐車スペース

夕闇迫るころにやっとのことで弟子還トンネル前の広場に到着した。付近には車が数台駐車していた。ここが登山口で、今晩の宿泊地である。隣の車のおじさんは茨城県の大洗から来たとかで、山の話に花が咲いた。明日の登山に備えて、アルコールは飲まずに8時にシェラフにもぐった。星がきれいだった。

吉野熊野の山行(その3)に続く


吉野熊野の山行(その1) 

2007年06月15日(金) 21時57分
6月10日(日)

大台ケ原と八経ケ岳を登ろうと小雨模様の早朝6時に車で出発した。今回の旅は高速を使わずに一般道を通ることと、旅館には泊まらずに車の中で泊まることという「しばり」をかけた気ままな一人旅にした。

雨も上がり、一般開放された無料の浜名バイパスを快走する。静岡から先は無料開放された高速バイパス道があり、日曜日のせいか混雑もなく快適に走れた。

国道1号から名阪国道(無料)を通って、夕もやの大台ケ原駐車場に19時頃に到着した。広い駐車場に自分の車が一台きりしかなく孤独を感じた。夜は車窓から満点の星を眺めながら乾杯し、後部座席を外して設えた特製ベッドでいつの間にか寝入っていた。

6月11日(月)


早朝の5時40分に大台ケ原駐車場から歩き始め、しおから谷を越えて大蛇ぐらに7時頃に到着した。断崖から下を覗き込むと背中がぞくぞくした。

なだらかな小笹の台地をゆっくりと歩くと、やがて立ち枯れの山になる。温暖化の影響かと思ったら鹿の食害と言う人もいた。枯れ木の林立する様子は異様である。その中をジグザグに木の階段を登り、やがて日出が岳(1695m)の山頂に到着した。8時半だった。山というよりも、よく整備された公園といった感じでちょっと物足りなかった。

下山したが時間がたっぷりあるので、奈良の吉野山と石舞台古墳群を見学観光した。

吉野山の金峰山神社の仁王門、大きさと力量感に圧倒され見入ってしまった。

以下「吉野熊野の山行その2」に続く
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