3月12日に飲んだ酒
・「吉祥 吉乃川」 新潟県長岡市 吉乃川酒造 2合
芳醇でなめらかな口当たり。
40年ぶりの両国駅界隈を歩いた。

総武線両国駅前の国技館前から隣の江戸東京博物館を抜け、亀の台座の上に立っている徳川家康像を見上げ、

旧安田記念館の庭園に入り綺麗な池の周りを一回り。

池の島で亀が甲羅干し。カモとカモメと猫が遊びに来ていた。

その隣の寺、東京都慰霊堂は、関東大震災の時にこの場所に逃げ込んだ人々を焦熱地獄の目に遭わせ、焼死者38000人を出したという。この場所の他、都内で亡くなった人約55000人を供養するために慰霊堂を建てたという。その後、東京都慰霊堂と名前を改め、太平洋戦争で亡くなった都内の犠牲者約10万5千人の遺骨も一緒に安置している。

僕はほぼ40年前にこの一角にある印刷会社に4年ほど勤めていた。当時の両国駅北口は、やっちゃ場、野菜市場だった。これを取りつぶした跡地に国技館と江戸東京博物館が建ったようだ。
安田記念館の庭園には、あんな立派な池がなかったような気がする。昼休みに同僚とキャッチボールをして遊んでいた記憶がある。
両国駅前にちゃんこ料理を始めとしたレストランが並んでいたが、当時は、小さなパン屋さんが一軒あるだけだったから社内食堂で定食ばかり食べていた。
そんなことを思い出しながら、第一ホテルの11階に上がった。ここで開催されたネット関連の無料セミナーに行ったのだ。
窓からは、晴れ渡った空と、意外と近くに見えた建設中の東京スカイツリーを見た。最近の新聞では高さ300mを越えたと書いてあったが、見れば納得です。周辺の建造物が小さいこと低いこと…。

セミナーのあと懇親会があったので、予約してあるちゃん小料理屋に揃っていった。70〜80人くらいがぞろぞろ両国駅南口に向かった。
40年前に両国駅の南口で、毎晩のように飲み歩いていたが、道も街並みもすっかり変わっていた。女将さん一人でやっていた寿司屋もないし、トースト食べホーダイのモーニングサービスをしていた喫茶店もなかった。
あの喫茶店で若い相撲取りが食べホーダイのモーニングサービスを何回もお代わりしていた光景を思い出した。高見山も一度見かけた。
定食屋では、朝の稽古が終わった後のちゃんこでは足りなかったのだろう、まだちょんまげも結えないかけだし力士達が、素足にゆかた姿でサイダーを何本もラッパ飲みしながら、大盛りどんぶり飯をくっていた。
僕が両国に勤めていた時分、両国界隈のどこの店もお相撲さんに優しかった。
ちゃんこやでの懇親パーティーは、平均40歳くらいだろうか?僕より年配者は、ほとんどいなかったが、有意義な2時間を過ごせた。この日の東京の最高気温は、20度を超えたそうだ。
僕は熱くてほとんどちゃんこ鍋はつっつかず、薩摩焼酎のウーロン割りばかり飲んでいた。鍋を囲んだ雑談の中にも、ネット活用に対する新鮮な話を聞けたことは大変有意義だったと思っている。
2時間の懇親パーティーが終わり、かなりの人が2次会にも行ったが、僕は疲れた。早々と地元の町に引き上げた。汗だくの身体の汗を風呂で流し、友人が送ってくれた新潟の銘酒「吉祥 吉乃川」をゆっくり飲みました。
・「吉祥 吉乃川」 新潟県長岡市 吉乃川酒造 2合
芳醇でなめらかな口当たり。
40年ぶりの両国駅界隈を歩いた。

総武線両国駅前の国技館前から隣の江戸東京博物館を抜け、亀の台座の上に立っている徳川家康像を見上げ、

旧安田記念館の庭園に入り綺麗な池の周りを一回り。

池の島で亀が甲羅干し。カモとカモメと猫が遊びに来ていた。

その隣の寺、東京都慰霊堂は、関東大震災の時にこの場所に逃げ込んだ人々を焦熱地獄の目に遭わせ、焼死者38000人を出したという。この場所の他、都内で亡くなった人約55000人を供養するために慰霊堂を建てたという。その後、東京都慰霊堂と名前を改め、太平洋戦争で亡くなった都内の犠牲者約10万5千人の遺骨も一緒に安置している。

僕はほぼ40年前にこの一角にある印刷会社に4年ほど勤めていた。当時の両国駅北口は、やっちゃ場、野菜市場だった。これを取りつぶした跡地に国技館と江戸東京博物館が建ったようだ。
安田記念館の庭園には、あんな立派な池がなかったような気がする。昼休みに同僚とキャッチボールをして遊んでいた記憶がある。
両国駅前にちゃんこ料理を始めとしたレストランが並んでいたが、当時は、小さなパン屋さんが一軒あるだけだったから社内食堂で定食ばかり食べていた。
そんなことを思い出しながら、第一ホテルの11階に上がった。ここで開催されたネット関連の無料セミナーに行ったのだ。
窓からは、晴れ渡った空と、意外と近くに見えた建設中の東京スカイツリーを見た。最近の新聞では高さ300mを越えたと書いてあったが、見れば納得です。周辺の建造物が小さいこと低いこと…。

セミナーのあと懇親会があったので、予約してあるちゃん小料理屋に揃っていった。70〜80人くらいがぞろぞろ両国駅南口に向かった。
40年前に両国駅の南口で、毎晩のように飲み歩いていたが、道も街並みもすっかり変わっていた。女将さん一人でやっていた寿司屋もないし、トースト食べホーダイのモーニングサービスをしていた喫茶店もなかった。
あの喫茶店で若い相撲取りが食べホーダイのモーニングサービスを何回もお代わりしていた光景を思い出した。高見山も一度見かけた。
定食屋では、朝の稽古が終わった後のちゃんこでは足りなかったのだろう、まだちょんまげも結えないかけだし力士達が、素足にゆかた姿でサイダーを何本もラッパ飲みしながら、大盛りどんぶり飯をくっていた。
僕が両国に勤めていた時分、両国界隈のどこの店もお相撲さんに優しかった。
ちゃんこやでの懇親パーティーは、平均40歳くらいだろうか?僕より年配者は、ほとんどいなかったが、有意義な2時間を過ごせた。この日の東京の最高気温は、20度を超えたそうだ。
僕は熱くてほとんどちゃんこ鍋はつっつかず、薩摩焼酎のウーロン割りばかり飲んでいた。鍋を囲んだ雑談の中にも、ネット活用に対する新鮮な話を聞けたことは大変有意義だったと思っている。
2時間の懇親パーティーが終わり、かなりの人が2次会にも行ったが、僕は疲れた。早々と地元の町に引き上げた。汗だくの身体の汗を風呂で流し、友人が送ってくれた新潟の銘酒「吉祥 吉乃川」をゆっくり飲みました。
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