ブラッドタイプハラスメント

2008年08月17日(日) 3時12分
 2日前のニュースを今更見て、これに書くのもあれだがあまりにも不愉快なニュースである。

 以前も書いた気がするが、血液型性格判断というのは、まったく根拠のないデータであるというのは明白である。統計学上有意なデータでだされたものは見たことがない。当たっているように見えるのは、バーナム効果(曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学)である。

例えば、A型が神経質、B型がマイペース。O型がおおざっぱ。AB型が二重人格といわれるが、そう言われたからそう思うだけだ。私の身の回りに、常にいい加減で神経質なところが全くない人間などいないし、常に人の講堂を気にしてまったくマイペースに行動できない人間などいないし、常に性格で大雑把なことをしない人間もいないし、一面しか見せず二重人格的なことをまったく見せない人間もいない。ましてや自分で提示されたらそう思うだろうし、また小さい頃から×型はこういう性格だと刷り込まれたら、自分はこういう人間だからと行動するというのもある。

それでもまあ20年近く、別に信じてる人がいようが問題なかろうとすごしてきたが、ある時に「血液型で性格を判断されて悔しい思いをした」という人と話して、問題ないとほおっておいてはいけないのではないかと考えを変えるようになった。

まさしくその通りだ。血液型という自分の努力では変えようのないもので、評価をされてはたまったもんではない。もし、周りに「あなたは黒人だから、この仕事は向いてない」とか「北海道出身者とは相性が悪い」とかいう人がいたら、差別者として軽蔑されるだろう。が、血液型ではなにもいわれない。はっきりいえば、人の性格は育った環境の影響は大きいから、北海道出身者は××な人が多いという方が、まだ影響はあるはずなのにね。

血液型によって判断をしたり、性格わけをしたり、配置を決めたりなどとするのは、ブラッドタイプハラスメントという立派な暴力とするべきだという主張がだんだん主流になってきてるようなのだ。東アジア以外では、自分の血液型を知らないのは当たり前だという(親子関係を調べるなら、不確かな血液型よりDNA鑑定をしたほうがてっとり早いし、どんな医者も輸血の時は自己申告を信用せず調べてから輸血するので知る必要なし)。このようなことで、差別を続け問題視していない日本は国連人権委員会から告発されてもしかたないと思う

と、いうことで私は今は血液型をきかれても、話が通じる相手なら上記のことを丁寧に説明して納得してもらうし、通じない相手には「知らない」で通すし、信じきってる馬鹿にはわざとウソの血液型を言うようにしている(それでも「やっぱりね」ていうから面白いんだこれが)。内閣のキャスティングだってなんだって血液型など気にしたことないからね、そもそもメンバー誰一人何型か知らないし。

とにかく、こういう無用な差別、不快に思う被害者をなくすためにもぜひブラッドタイプハラスメントという言葉を一般化してほしいものである。セクハラもパワハラも一昔前は、なに馬鹿なこといってんのて世界だったのだ、すぐに広まるだろう

 と、書いてる総裁の血液型は(この日記読んでる人は知ってる人も多いけど)何型でしょうか?当たったって、4分の1だから、偶然の域はでないがね(正確に言うと、ABだった場合でも10分の1の確率か。Aといっとけば4割の確率で当たるんだから楽なクイズだ)

夫の帰宅が早いほど子沢山なのだとさ

2008年04月14日(月) 23時02分
この説は私がかなり前から提唱していたので、調査結果がでたのは一定の評価が出来る。もちろんあくまで統計学上ただしいかどうかはわからん推論ではあるが、うちの親父なんか平均5時半には帰ってきてたがわしは一人っ子だし。私は芝居の本番中だろうが、何連勤中だろうがどんなに疲れていて眠くても、するこたするがね。

でも、一般的には疲れれば性欲より睡眠欲が上回るのはむべなるかな。少子化が問題だ問題だといいながら、子供など育てられない所得におさえ、する気もなくなる時間まで働かせ、教育がなんだといいながら、親が教育できないような時間まで働かせを助長しているこの社会はおかしいですなあ

このニュースに関する日記をみて気になるのは、「7時なんて帰れるわけないだろうと」怒ってる日記が多いこと。別にこの統計をうけ、誰かに「子だくさんになるために、早く帰りなさい」と言ってる訳ではないのに。いや、仮にそういわれたとして、早く帰れという側には労働基準法という錦の御旗があって、間違っているのは遅くまで働かせる職場である(そこまで残らないとならないほどマンパワーが不足しているならもっと人を雇うべきだし、その人件費がないならそのような会社は潰れるべきである)はずなのだが、瞬間的に早く帰れという方に反発をもつというのは飼いならされているのかしら(公務員が定時で帰るのを批判してるのも同じで、公務員が悪いのではなく民間が間違ってるのにねえ、もちろん中抜けする奴は論外だが)

笑の内閣はまともに就職してもお芝居ができる社会を実現します。(残業0、有給100%消化が実現できれば就職しても芝居が出来る!)私だってなまけてフリーターしてるんじゃなくて、ドイツやフランスなら働きながら芝居をします

亀田一家に対する考察

2007年10月17日(水) 15時10分
 まずあらかじめ断っておくが、私は亀田一家の言動を正当化する気はないし、別にすきでもない。

 そのうえで、私は最初に見た時はっきりいって頭がいいと思った。彼らの言動は一般常識で見れば酷いものだが、非常に人々の好奇心をシゲキしマスコミが飛びつきやすいものだからだ。事実彼らはマスメディアで実力以上の扱いを受けた。わざとやってるのか、本気でああいう人なのかはわからんが、わざとなら売り方というものがわかっている。私の持論は「悪名は無名に勝る」である。

 ようは、亀田一家の目的がなんだということだ。「実力をつけ、人々から尊敬されるチャンピオン」というならば失敗だが、「とりあえず有名になる、とりあえず金、とりあえず世界戦に挑戦する」というなら、知名度をあげ金を得て、まだ世界戦に挑む実力もないのにベルト戦への挑戦権をマッチメイクしてもらえる状況を作った現在は大成功だろう。処分が下った今であすら、ファイトマネー没収をされていない以上は、一番大事なラインは残っているのだから痛くもかゆくもない。

 亀田を批判するのは簡単だが、これを見て学ぶべきことは学べると思うのだ。もちろん、あのような人を不愉快にする言動を真似するのは人としてどうかと思うが、人を腹立たせるというのもまたエンタメであるのも事実だ。ようは、エンターテイナーというのは犯罪以外の手段で人に見たいと思わせる言動をすることが一番の目的だ。なら「こいつを見ると腹が立つ」「腹立つからみたくない」じゃダメだが、「腹立つから、怒ってやりたいから見たい」という効果をもたらせば立派な需要だ。

そんな馬鹿なと思うかもしれないが、うちの父はテレビでスポーツを見ては八百長だと怒り、くだらないバラエティを見ては「こんな馬鹿なもん公共の電波に流しやがって」と怒る、怒るなら見なきゃいいじゃないかと思うが、父は怒るのが趣味なのだ。亀田の試合があれだけ視聴率を得たのだって、亀田が国民の憎悪を得ているからであろう。品行方正なもの同士の試合であれだけの視聴率を得るか、否であろう。内藤はボクサーとして素晴らしいと思うが、残念ながら相手が亀田ではなかったら中継も入らないと思う。しかし、亀田相手だからそれへの返しの発言も光ったし、見ていて面白かった

純粋なボクシングファン、格闘技ファンからすれば許せないことであろうが、所詮大多数の一般大衆はそういうのが好きなのだ(表立っては言わず、むしろ批判してるけど)。沢尻エリカ騒動なんかもそうで、エリカ様の言動に元は興味もなかったような人まで「ふざけるな、引退しろ」とか無責任なことを言っているが、私はかえって知名度上げて安泰になると思う。

 そのうえで、モン様がブログで批判していた「大穀にプロレス行け」とう発言についての見解を示すと、私も安易に朝青龍に内閣出てくんないかなてこと書いたりしてるので言い訳をしておく。私も、ワイドショーなんかで発言されているような「プロレスを他の格闘技より一段下」とみなし、簡単に出来るから都落ちのように下がっていけというような目でプロレス行けと言っている意見には腹が立つ。スポーツなのか、エンタメなのかが曖昧で胡散臭く見られていること、どうしても相撲・柔道など他の競技を引退したからデビューする選手が多いためこう見られてしまうのだろうが、プロレスへの心構えで結果が違うのは、相撲出身でも前頭筆頭・天龍の成功と、横綱・北尾の失敗を見ればわかるだろう

そのうえで、プロレスどうこう言うなら、相撲ファン・ボクシングファンが求めていることと、プロレスファンが求めていることの違いである。相撲は、心技体揃った横綱を求め、ボクシングだって紳士であるチャンピオンが理想であろう。が、プロレスはもちろん心技体揃った強いレスラーも必要だが、T・J・シンや鈴木みのるみたいな悪役もまた必要で、私はああいったプロレス以外の世界じゃ存在できないような無茶苦茶な悪役が存在できるといったところがプロレスの魅力のひとつだと思う。亀田親父が客に殴りかかって問題になったことがあるが、あんなのボクシングのセコンドとして言語道断だと思うが、プロレスならね。わしシンには殴られたいもん。

そのうえでたとえば、内閣が亀田の満足するギャランティを払えるとして彼を使いたいかといえば、条件として
・ 私の作った脚本を絶対守る
・ 安全第一で危険なことはしない
・ あらかじめ決められた約束事(集合時間・打ち合わせ)などを守る
が守れるかである。残念ながら、負けそうだからってヤケになって反則するのが本気でやってるなら、ブックを守らない危険があり使えないし、ガチでやってるプロレス団体だとしても、対戦相手に人としてはともかく対戦相手として最低限の敬意を払えないなら出来ないだろう。ただ、内心で敬意を払うことが出来るなら、表向きあんな不遜な態度をとっていても出来るだろう。ようは、本当にただ暴れたい馬鹿なら、プロレスだろうがなんだろうが、この社会にどの場所だろうが無理だし、わざとやってるなら可能性はある。まあ、この先どうなるかは知らんがね

 ちなみにお客さんに「プロレスなら安易に誰でも出来るって見下したように、プロレスいけという意見は腹立ちますな」といったら「お前が言うな」言われましたよ。いやいや、内閣はなめてませんよ

本日の他事総論

2007年05月25日(金) 6時11分
 http://www.asahi.com/life/update/0519/TKY200705190129.html
 というニュースです。これを見てどう思いますか。
 
 私は、この行動力はすばらしいと思います。この際、茶髪がどうこうというのはあとまわしです。私自身は、たかが安いファミレスの店員の髪がなんだろうが飯のうまさはかわらん(極端な話髪の毛が入っていても、よけたり、吐き出したり、飲み込んだって死にはせんのだから気にしない、高い店なら怒るがその程度の値段だし)ので気にしないが、好みは黒髪だ。だいたい、染めるための労力・金銭は無駄だと思うので、まあ好みではないな。

と、いうかこの問題は茶髪がどうこうを論じると個人の好みになるから無駄。問題は、自分が納得いかない理由で解雇通告された時に泣き寝入りしなかったということだ。理由はどうあれ、

 が、それにしても彼女の行動に批判が多いのはまずいのである。働かせてもらってるのだから身の程をしれだの、上司の命令には従うのは当然とか、そういう考えが、雇用者を図に乗らせ、ひいては今の数々の労働者が搾取される問題につながっているのがわからないのか。すべての働く人間に、交渉する権利はある。実際、こんなしょうもないことでエネルギーを使うなら、辞めるか染め直すかのが早いやんとも思うが、彼女の中でそれが納得できないことであるなら、ここまでやったことは褒められるべきだ。

店長に同情する向きもあるが、ここまで極端な行動を取られるというのは、部下の心をつかめていないということだ。私も労働問題に知識があるが、こんなことはしない、それやバイト先の店長は2人も私が忠誠を誓いたい、店長のためにも頑張りたいと思わせることをしてくれるからだ。それが出来ないのでは人の上にたてない。わしかて劇団の中では主宰やから、今それが出来ていないけど出来るようになろうと頑張ってるんだ。

だいたい、私は劇団演出家だから、人の上にたつ人間だぞ。本来、上のもんには忠誠を誓えという立場だ。なんで、わしが彼女を擁護して、労働側の人間がこれを批判するのか。みんな自らのくびをしめているな。得意顔になって、こんな騒ぎを起こしたら他のバイトは雇ってくれない(そういうこと事態が違法)、平然と元の職場で働くのか同僚も白い目でみてるだろうな(そんなの自分がそう見るだろうからという推測でしかない、他のバイトも新店長に反発して支援していた可能性がないわけではない)とか言っている。そんな奴らは、彼女に嫉妬しているだけだ。理不尽にたちむかわず権力にすりよっていきている。これをみてよくやったと思えず、この先苦労すると馬鹿にする。そして現実にそういう奴が得をするいやな世の中になった。

彼女の行動は どうかと思う部分もあるが(そんなことで組合を使うなら、もっと有給とかでやってほしいわな)、合法なものだ。それを認めないとやりたいようにやられちゃうよ

メガマック問題

2007年01月22日(月) 5時44分
マイミク内ではさらにメガマックが問題になっている。この日記は笑の内閣のHPにも書いているが(というか、そっちがメインでミクシイの日記にはコピペしてるだけだ)、そこから本当にマクドでバイトしている浪崎からまで現場の声があった。http://www.degitalscope.com/~mbspro/userfiles_res/5164/index.html

 かわぶちさんの「メガマック=おバカ説」もなかなか興味深い説だ。

 そこで、私が最終的に提唱したいのは「ブログがあるから説」だ。浪崎が言うとおり、期間限定ならいつもやってるというのは私も知ってる。と、いうか私は月見だって焙煎エビもみんな食べているのだ。しかし、今までブログのネタにしたことはない。別に「ただうまかった」と思い、わざわざ文章化しようとまで思わなかったのである。

 しかし、メガマックはブログ書かずにいられなかった。そして、多くの私の友人たちも、なにか書かずにはいられなかったから書いたのであろう。

 では、なぜ書くのか。これはなぜ、ブログやミクシイがここまで人気が出たかというものにかかわってくるとまでいえる。人には大なり小なり自己顕示欲というものがある。だからこそ、自分の好きなことをHP作成するほど、難しい技術をせずともよいブログが発達したのだ。

 ミクシイはさらにそれを進化したものといえる。ミクシイがこれだけヒットしたのは、「仲間内だから安心して色々かけるから説」「コミュニティなどで、共通の趣味がある人や、昔の友人に会えるから説」などいろいろあるが、私は「あしあと機能があるから」だと思う。

自己顕示欲を満たすのに一番必要なのは、誰が自分の書いたものを読んでくれたかがはっきりわかることだ。内閣のHPなら、カウントがいくつ増えたかで推定したり、たまにあう友人から日記には書いたが、直接話した覚えがない話をふられてやっと読んで切れたかがわかる。しかし、ミクシイなら一目瞭然である。

 今、バーの常連さんでミクシイが流行って、マスターが冗談でバーが酒作るだけで、話す場所としていらなくなるやんけと危機感を感じているのもあながち的外れではないかもしれん。

さらに、ネット上の日記・ブログというのは読まれることが前提のものである。本来日記というものはコソコソ書くもので、おおっぴらに人にみせるものではない。それを公開するってことは、必然的にこう思われたい自分があるのだ(まあ、とにかく自分が書きたいことだけ書いたオナニーブログもおおいけどね)

そのブログその文を読んで「喜んでほしい」「怒ってほしい」「悲しんでほしい」であったり、世のため人のためへ向けたメッセージや悪事の相談なんかもあるが、一番多いのは「読んでかっこいいと思ってほしい」ってことじゃないかと思う。いいかえれば「頭がいいと思ってほしい」かな

ある事象について、それを難しく考察したりする文章を書くとなんとなく頭がよさそうにみえる。本で読んだが、昔おにゃんこクラブが流行った時、当時の大学生は「おにゃんこが何故人気があるのかをアカデミックに考えると」いうのことが流行ったらしい。そんなもん難しく考えんでも「かわいいから人気がある」でいいのに、わざわざ難しく理屈をつけというのをしていたそうだ。

メガマックはそれに近いものがあるんじゃないか?ようは、色々論じやすいものなのだ。そして、おにゃんこが流行った頃よりも、ネットという自分の意見を論じやすい媒体がある。感想を書くなり、考察をしたり、メガマックを論じることでかっこをつけやすい。とりあえずネタにしやすい、とにかくメガマックのことをブログに書きたい。そんな自己顕示欲が強い人たちがメガマックを食べ、そのブログをみた人がまた興味を持ち買いに走る。

現にメガマックについて色々書いているのは、演劇人が多い。そりゃ、私の友人が半分くらい演劇人だからってのもあるが、それでも割合的に多い。演劇人といえば、それこそ金にもならんのに人前で演技をする自己顕示欲の塊だ。

それをふまえて、全然関係がないようにみえた前半の文章を見よ!宮崎県内の政治情報、すさまじいまでのチケット買ってくれってお願い。バーで自分を知ってる人がいて感激した話、どれも自己顕示欲の強さから来るものだ。その私がメガマックをここまでアカデミックに論じているのだ。つまりこの説はかなり有力なのだ!メガマックはブログの産物だ

 とまあ、毎日毎日どうでもいい長い文章をさも頭よさそうに書いている総裁が言いましたとさ。私の知り合いはみんな、総裁は立派なことかいても、ただのええかっこしいの中身がない馬鹿だって知ってるのにね。

妹信仰

2006年11月28日(火) 1時02分
私は一人子だ。今でこそ一人っ子でよかったと思う。なんてったって、大学4年間浪費しなければかなり楽な生活が送れるくらい仕送りをもらえたし、親の愛情は独り占め。呑気に芝居なんか続けられるのも、他に金を浪費する兄弟がいないおかげだ。

 しかし、小さい頃は兄弟が欲しかったのは確かだ。そのうち、兄・姉願望と言うのは、物理的に無理なのであきらめがつくというのもあるし、近所に姉・兄変わりになる方々(今兄の方はでもBKCに通ってて時々遊ぶ)がいたので、早々になくなったが。下が欲しい願望は可能性がないわけではないこともあり(この度父が倒れ完全に無理になりそうですがね、今、もしできたら私が誰かはらまして育てられんから便宜上両親の子にしたと思われるでしょう)、くすぶるものがあったのかもしれなせん。従兄弟の子を可愛がったり、中学生にもなって隣にすんでいた理科の先生の子と遊んで居あったり(それは男の子もですが)、飼い猫のネギのペニスが外に出てないのでメスだと思ってたら、オスだったことがわかり落胆したことからも伺えます。

しかしながら、今まで妹もののAVは借りたことがないし、高2の時に私に対し「お兄ちゃん」と言ってくる後輩がいたにも関わらず手をだしませんでした。媚びても仕方ない私にそんな態度をとってくる女なら今なら確実に食ってるでしょうが、当時はまだ純真な童貞だったので興味がなければスルーだったのです。の、ように自分に妹信仰があるとは思いませんでした。

しかしながらこの店はすごい。メイドで萌えない私がくらっと来てしまったではないか。私がこの店に来たのは、秋葉偵察中の4件のうちの一つだが、前のシスターカフェがぜんぜんダメで萎えてた時であったため、最初入ってタメ口をきかれたときは頭きたが、ここで私が敬語を使ったら負けだと思い、ちゃんとタメ口でかえしたら、その後は結構楽しい時間をすごした。やはりきっかけはゲームだ

その店は平日の夕方だというに大繁盛していた。オタクもいっぱいいるし、まだ仕事のはずのサラリーマン(営業中にさぼってんのか?)も、すごく常連がいるんだろう。あまり常連同士の仲はよさそうではなかったが(悪いという意味ではなく、つるんでないといいう意味)。観察してみると、3分500円のゲームをほとんどがやってた。ようするにうまいのがその3分はお目当ての妹を独占できるのだ(指名は可能)。ゲームなんかどうでもよく、独占状態、その間は楽しく会話である。こりゃはまるわ。法的にもこれなら大丈夫なようである。HPで調べてみると時給800円からの能力給だから、入ったばっかの子でも都合1時間で2回指名されたらもう時給以上の働きをしたことになる。すごすぎる。

ってことで私も1回やることにした。私は別にお目当てな子もいない(特にタイプの顔もいないし、乳のでかさがわかりにくい制服だったので巨乳指名もできなかったから)、一番すいてる子にしたが、まあ一番すいてるだけあって一番およよって子だった。しかしである、そんなことどうでもよいと思ってしまう魔力がある。確かに私は周りの男の中でも屈指の顔を気にしない男だけども。そのことは、黒髭危機一髪をした。UNOやトランプのが勝てる確率は高いのだが、それらでは私は熟考するので喋れんし卑怯な手を使わないと気がすまないので「お兄ちゃん酷い」と泣かせてしまうかもしれないからだ(それはそれでおいしいが)。

その間に、楽しい会話。京都で執事をやってたことなど喋る。ここでメイド喫茶と違った利点として効いてくるのがタメ口だろう。敬語というのは日本語におけるすばらしい文化ではあるが、同時に短時間で仲良くなるための障害になるものでもある。タメ口は人との関係を険悪にさせる原因なので早々あったばかりの人間には使えないが、相手がタメ口を利いても腹が立たない人間であれば、敬語よりも手っ取りはやいし、さらに仲良くなったときの心を広げられる%も高い。これはうまいぞ。結局黒髭に勝利し、クジをひく。その日初めて3等があたった(3等と1等の色が似てて、一瞬見間違えたが、あれ1等だったら制服があたってたぞ)、その妹のメッセージつきポストカードがあたる。一生懸命かいてくれたので、もうデレデレ。

履修不足問題

2006年10月31日(火) 1時23分
私は高校時代は大丈夫だったというか、文系私立に行くわしが3年にまでなって必修で数学せにゃならんという理不尽を味わっていたが、普通に倫理の授業で政経やったりとかはしていたと思うし、必要悪という認識でしたよ。

それで腹立つのが、生徒が被害者だって報道なんですよ。だって、世界史が必修というのはわからないかもしれないが、教科名と内容が違うのはあからさまにわかるじゃないか。私は聞いたよ、「倫理なの履修不足問題についてですがね。まあ、よくあることでしょ、うちの高校は大丈夫だっに政経で大丈夫なんですか」って、そしたら「まあ、倫理じたい必修の教科じゃないから、うちの学校は政経で受験する奴のが多いしこの方がいいだろ」と言われた。私は世界史受験だったけど、黙認した。少なくとも抗議してないし、むしろ歓迎したので、共犯である。

うちの高校(岩見沢西高校)のうちの学年は、1年で地理と2年で世界史が必修というわけわからんカリキュラムだったが、受験で使わんうえ必修でもない地理がなぜ必修なんだという文句が出たら、次の次の年から1年で世界史、2年で日本しか地理を選択(これは問題ではなく、むしろ理想的な取り方)出来なかった。

しかし、そうなった時の地理の先生(1年のときの担任、その話を聞いた時は3年でもクラス替えで担任ではなかったが、わざと憎まれ口を叩くような落合タイプの先生だったので、そういう人が好きな私と仲がよかった)が、「なんでも受験のための効率効率ってやるから、常識の無い若者が育つんですわな。世界の地理・気候・風土などを頭に叩き込んでおかないと、世界史やったって頭に入らない、社会科は複合的な教科なのによっ」と言っていたのを思い出す。その先生は上記のような落合タイプとはいえ、むしろ受験勉強頑張れ頑張れとハッパをかけるタイプの先生だったので、余計にこの発言は際立つ

 結局は、生徒自信がそういうカリキュラムを望んでいるから学校だってどうなる(だからといって学校が悪くないと言う意味ではない、やっぱり違反する学校が悪い)。しかし、人生は無駄に思えることこそ重要なのである。今回やっぱり出たなと思ったが、出たら頭きたのは「そもそも、世界史が必修と言うのが問題なのでは」と言う高校生がいたことだ。教育実習で世界史を教えた者としてという以前に、人として馬鹿者といいたい。歴史を知らなきゃ云々なんてことはあえてツラツラ家家内が。お前らなんのために高校に行くのか?別に最初から高校演劇で燃えるためとか、お馬鹿な友人と昼休みに下ネタで盛り上がるためでもなく、学校祭でマイムマイムを踊るためでもなく、目的もなくなんとかく大学に行くためだった私がこう言ってることに危機感を覚えろ

無駄ってなんだ

2006年09月13日(水) 23時47分
一応、日記の方の9月13日分の記述の続きという形になります。書いてる途中で意見が欲しくなったので、こっちに写った。くわしくは
http://diary1.fc2.com/cgi-sys/ed_user.cgi?Y=2006&M=9&D=13に

 
その怒りこそ今回の芝居へぶつけたものだ。プロレスだけど経済効率最優先の悪徳証券会社ヒビサマファンドと、仕事は17時までであとは遊ぶ方針の新日本タバスコとの対決である。いっておくが、堀江逮捕前に書いた脚本だ。私の堀江・村上の勝てばいいという態度への怒りが私をかきたてた。劇中でのヒトラーを模した高間は絶対悪という存在だった。高田総統のパロで堀江のパロで、私自身のパロディもあるキャラであるが、基本的に悪人が出てこない私の芝居において、高間CEOというのは特異なキャラだ。というか、人間として描いていない。まあ、今回は芝居部分じたいが結果的にプロレスをするための必要最低限の前フリでしかなかったからというのもあるが、ヒビサマファンド側のキャラは人間ならもつであろう感情というもを書いていないのである。私の感情移入キャラは、今回は伊達と社長と、意外にもブルセラマンである。伊達は芝居に出会う前(やりたいこともなくダラダラしていた時代)の自分であり、社長は今の希望に満ちた自分(プロレス=芝居馬鹿で、他のことをはまともに出来ないダメ男だけどやりたいことにまっすぐ)であり、ブルセラマンは先行きのことに悩む自分(変身前は生活の安定というものを真面目に考え、変身するとそんなもんしるかと強気になる)を写したものだ。悩んだ末、宗教にはまったブルセラマンのように私も宗教にいかないか不安である

だからこそ、就職した連中にこそ今回の芝居は観て欲しかった。まあ、結局まともに就職した同期で来たのはほとんどいなくて(そりゃそうだ、みな忙しいんだからね)、ちんたら5回やフリーターのが多かったんだけど。別に、それを観て仕事やめて芝居の世界に戻って来いって意味(だいたい、芝居やってない同期の連中にだって観にこいて声かけてるからね)ではないが、なにかを感じて欲しかった

しかし、私がいくら訴えたところでなにも解決しない。所詮、社会に飛び込むのがイヤで、モラトリアムを続けているガキの戯言だ。実際に飛び込めば、やっぱり世の中間違ってるといい続けられるか、こんなこと言ってたなんて馬鹿だなあと思うようになるかはわからない。しかし、今の私は青臭い若者の言うことかもしれんが、高間CEOの言うような経済効率優先主義で、仕事のためには余裕がなくなっても仕方ないなどと言う人間になりたくないのだ。でも、私には間違っているからと思っても、世の中を変える力がない。私のペンの力など微力にもならない。それが悔しい。

なにせ、劇中ですら実は解決していない。あの話は伊達が高間を破り一見ハッピーエンドだが、ヒビサマファンドが撤退したところで、プロレス部がある限り、新日本タバスコが赤字なままなのは変わらない。しかも、ガチャピンは失神したままだし、ブルセラマンは宗教にはまったままだ。状況は悪くなっている。高間が死んだのか、生きてるのかは不明だが、最後の台詞が「わが生涯に一片の悔いなし」である以上、彼は経済効率優先主義悔い改めたわけではない。

自分で書いた作品をなに分析してんだよいやなら書き直せよ、といわれるかもしれないが、これは実は私の状況を書いているわけだ。芝居を続けたい、様々な外圧がある。一応それに勝って卒業後も続けることが出来た。でも、外圧があるには変わらないし、食えていないという問題は解決してない。ほら、新日本タバスコの状況と同じでしょ。解決してないのさ。絶望したっ、無駄が許されない世の中に絶望したっ!

ジョンベネ解決

2006年08月18日(金) 4時41分
ジョンベネちゃん殺害犯逮捕。なぜか心に残り、私を10年間悩ませたあの事件が、ついに解決した。家族じゃなかったなんて。性的虐待していた親父どころか、9歳の兄かとまでいわれてたのにすごい報道被害。昔私は脚本で「俺はジョンベネ事件を解決した男だぞ」「未解決だろ」って台詞をいれたが、もう使えない・・・

盗作じゃない、オマージュだ

2006年06月06日(火) 0時50分
  和田義彦氏の、アルベルト・スギ氏への盗作疑惑は興味深いニュースだ。私は中学時代美術部とはいえ、絵はわからんのでなんともいえんが、アレは盗作じゃないと思う。盗作だとしたらわかりやすすぎる。オマージュだと思う。

  パクリとパロディとオマージュの違いって、非常に微妙なせんだが、パクリというのは元ネタの存在を感じさせないようにつくろい、自分が考えたように見せかけること。パロディやオマージュは、元ネタの存在をわかりやすくする(パロは笑い目的・オマージュは元ネタへの尊敬の念が含まれているって感じか)者だと思う。その意味で、和田氏の作品はオマージュだと思う。

  なんでこんなこと書くかと言うと、私もよくパクリと言われるらだ。生ゴヅラは「総理と呼ばないで」と怪獣映画のぱくり。教頭は学園ドラマのぱくりとかである。しかし、断じてそうではない。生ゴヅラは総理のオマージュであり、現実の政界への風刺であり、怪獣映画のパロディだ。教頭に出てくる教師なんかまんま鬼塚とかヤンクミとかだが、あれはパロディだ。逆に言えば、これらは元ネタをわかっててくんないと笑えないんだから、隠したら負けなのだ。
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