コーヒーとビール、そして… 

October 01 [Sun], 2006, 9:05
毎日、欠かさず摂取しているもの。
コーヒーとビール、そして…。

他愛無い毎日と、素直になれない人たちの話。
短編集。

「コーヒーとビール、そして…」
01.しぼんだ風船   11.放課後
02.一等賞       12.裏返し
03.圏外         13.10秒前
04.飴玉         14.展望台
05.未完成       15.スキなんて
06.左利き        16.右側通行
07.欠けた月      17.親指 前編後編
08.泣きムシ      18.ピースサイン
09.シートベルト     19.ひざまくら 前編後編
10.うたたね       20.届かない手紙

あとがき
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お題提供:誰でもトライ20のお題 様より□■桜■□<お引越し?現在リンク先不明です>

01.しぼんだ風船 

October 01 [Sun], 2006, 18:19
「明日」

 何ともなしに吐き出された言葉に、智は思わず振り向いてしまった。
 佐々木は何事も無かったかのように、箸でコンビニの弁当を突いている。

「明日?」
 智の声に、佐々木は顔を上げた。
「明日、朝5時前の便」
 そう言って、笑う。

「ずいぶん、急だね」
 口の中がやけに乾く。手にしたコーヒーを口に含んで、智はまたパソコンに向き直った。
「まあね」
 気のない返事を返す佐々木に背を向けたまま、智は数字を打ち込んでいく。

 佐々木が異動する話は、聞いていたし、この間開かれた盛大な送別会にも顔をだした。
 けれど、再来週に迫る年度末まで、こちらにいると、勝手に思っていたのだ。
 年度末の忙しさを避けて開かれた、lと思っていた送別会は、彼の都合に合わせたものだったらしい。

 いわゆる栄転といわれる類のものだから、喜んで送り出すべきなんだろう。

「荷物はもう、準備できた?」
 口に出した瞬間彼の答えを予想できて、内心、自分の愚かさを罵う。
「じゃなきゃ、今頃ここにいないよ」
 予想通りの、気のない返事と共に、彼が小さく笑ったのがわかった。

 就業時間は、もうとっくの昔に過ぎている。
 今、この部屋にいるのは、明日までの締め切りを抱える智と佐々木だけだった。

 たぶん、もう少ししたら、後輩の伊藤が夜食を持ってきてくれる。

 タバコを買いに行くついでだと、軽く引き受けてくれた彼は、どこまで行っているのだろか。
 時計とデスクに置いた携帯を見比べながら、意味ありげに笑った伊藤の顔を思い出す。

 早く帰ってきて欲しい。
 そう思わずにいられないのは、佐々木と二人きりのこの状況に、気詰まりを感じてしまうからだ。


「あの夜のことだけど」


 いつもとなんら変わらない声で吐き出された言葉に、智は思わず手を止めた。

02.一等賞 

October 02 [Mon], 2006, 5:17
「意地っ張りですよね」

「誰が?」
白身魚に伸ばしていた箸を止めて、智は顔を上げた。
「意地っ張りな上に、頑固なのよね」
隣に座る加奈子が身を乗り出して、伊藤の話に同意した。

「だから、誰が?」
「高橋」
伊藤の口から出てきた名前に当てはまる人物を、何人か頭の中でリストアップする。

「高橋?」
「あんた。人の話、全然聞いてなかったわね」
カルアミルクに口をつける加奈子は、ため息をひとつついて首を振った。

「ドラマの話」

「ああ。最近話題の?」
頷く二人を見て、智は内心首をかしげる。
「最近見ることを義務化されてる伊藤はともかく。加奈子がそれ、毎週見れんの?」

不規則な就労時間を送っている加奈子が、毎週同じ時間にテレビの前に座れるわけはないし。
PC以外の機械がからっきしダメな彼女が、録画機能を使いこなせているとは思えない。

「浩太に録画したヤツ、もらってる」
事も無げに出てきた名前に、智はビールを煽る手を下ろした。

加奈子の実家の二軒お隣さんだった、浩太さん。
加奈子の元彼、浩太さん。

「加奈子さ、こ……」
「あたしの話は今、いいの。それより、今日はあんたの話よ」

智の言葉を途中で遮り、加奈子はきっぱりと断言した。

03.圏外 

October 02 [Mon], 2006, 8:39
「あ、切れた」

 お気楽な伊藤の声が聞こえたとき、智は思わず自分の耳を疑った。

「嘘だよね」
「圏外みたいっすね」
「もうちょっと頑張れ!!伊藤!!」
「無茶言わないでくださいよ」

 伊藤は、手にしていた携帯を背広にしまった。
 自分の携帯をオフィスに忘れてきた智は、唯一の望みが絶たれたことを知った。
 テーブルに額をつくと、智は、己の愚かさと世間の変わり身の早さを罵る。

「そんな地を這うような声で、唸らないでください」
 智が顔を上げると、不審げにこちらを見る店員と目が合った。
 伊藤は笑いながら、注文をとりにきた店員に、コーヒーを二つ注文する。

「何でこの店を指定してきたんだ、あの先方は……!」
「さあ。静かで落ち着いた雰囲気だからですかね」

 地下に広がる、隠れ家的なお店。
 店員の態度は悪くないし、確かに雰囲気も落ち着いている。

「そして、コーヒーもおいしい。」
 運ばれてきたコーヒーを口に運んだ伊藤は、にっこりとしか形容できない笑みを浮かべた。
 香りに誘われて、ふらふらと智はカップに手を伸ばした。

 コーヒーを口に含むと、少しだけ気分が落ち着く。

 ほう、とため息を漏らした智は、テーブルの上に肘をつく。
 無言になった智に構わず、伊藤はテーブルの脇に置かれた、この店自慢のメニューを見ている。

「あのさあ」
「何でしょう」

「あたしって、運の悪い人間だと思う?」

04.飴玉 

October 03 [Tue], 2006, 0:48
「食べます?」

差し出された飴玉を、智は黙って受け取った。
包み紙を開けて、黄色の物体を口の中に放り込むと、レモンの香りが口の中に広がった。

「大丈夫ですか」
小声で訊いてきた伊藤に、智は無言で首を振る。

伊藤は軽く眉をしかめた後、腕時計に目をやる。
そしてすぐさま、運転手に声をかけた。

まだ先だよ、と返す運転手に、伊藤は微笑んで首を振る。
「ここでいいです。すみません」

会計を伊藤に任せて、智は口元を覆ったまま、のろのろと立ち上がる。
車外に出ると、むっとした空気が押し寄せてきた。

また、乗り物酔い止めの薬を飲むのを忘れてしまった。
ほぼ毎回酔ってしまうので、あの薬はほぼ常備薬のように手元に置いてある。

しかし今朝、慌てて掴んできた薬は、生理痛用のものだったのだ。

目を閉じて、込み上げる不快感をやり過ごそうとしていると、タクシーから降りてきた伊藤がそばに立った。
「今回は、キツそうですね」

05.未完成 

October 09 [Mon], 2006, 16:14
「初々しいね〜」

「どこの親父ですか、あなたは」
向かいに座っている伊藤が、いつものように毒を吐く。

「だって。ほら、後ろ」
智が顎で示した先には、揃いのブレザーを着た少年と少女が、肩を並べて座っていた。

「中学生かな?高校生かな?付き合いたてってカンジだよね?甘酸っぱいな〜」
軽く後ろを振り返って確認した伊藤は、既に興味を無くしたらしく、手元の資料に視線を戻す。

「あれ見て、学生時代の彼女、思い出さない?」
「出しません。それより、この……」
「じゃあ、青かった頃の失敗は?初デートとか、初キスとか……」
「仕事中ですが?」
伊藤は、資料から目を上げることなく、コーヒーを口にした。

「何、何?照れてんの?」
伊藤の態度を都合のいいように解釈した智は、興味の対象を伊藤に移し、テーブルに身を乗り出す。
いつも涼しい顔をした伊藤が青い失敗をして、慌てる様を想像したら、思わず顔がニヤけてしまう。

「照れてないで、教えてちょうだいよ。君の青い失敗を」
「話すほどのものでも、ありません」

「初デートに寝坊した?財布忘れちゃった?場所間違えたとか?」
さっさと、この話題を終わらせようとしている伊藤に構わず、智は妄想を続ける。
「思いっきり転んじゃった?あ、名前を間違えちゃった?それとも……」

智が調子に乗れたのも、そこまでだった。
ゆっくりとコーヒーカップを下ろした伊藤は、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。


「失敗と言っても、先輩には敵いませんよ?」


06.左利き 

October 10 [Tue], 2006, 8:33
「……何してるんですか」

「見て分からないっ!?」
冷静な伊藤の声に、緊迫した調子で智の答えが返る。

「切羽詰った状況だというのは、分かります」
「それが分かれば、十分でしょうっ!?」

声が多少裏返ったのは、しょうがないことだと智は、思う。
何しろ、天井すれすれまで高さのある、資料棚の上段に、ぶら下がるようにして。

しがみついているのだから。

「脚立というものを、先輩はご存知ですか」
呆れたような伊藤の声に、智は、顔だけ振り返った。
出先からちょうど戻ってきたばかりらしい伊藤は、手にファイルと上着を抱えている。

「知ってますとも!脆くて壊れやすい脚立なら、今、資料の下に埋もれてる!」
床には、棚に並べられていたファイルや書類、模型などが散乱し、足の踏み場も無い状態だった。
その隙間から、確かに、脚立の脚がわずかばかり見えている。

「……壊したんですか」
「壊れたの!」

脚立を壊したと、壊れたとでは、大きな違いがある。
そして実際、脚立は壊れたのだから、しっかり訂正しておく。

脚立にあがり資料を漁っていたら、突然脚立が崩れ落ちたのだ。
何が起こったのか分かる前に、目の前の資料棚に飛びついた自分の運動神経を褒めてやりたいと、智は思う。

「佐々原さんが、資料室を飛び出して行ったのは……」
「予備の脚立を探しにねっ!」
「予備の脚立、ね……」
そんなものありましたっけ。
呟く声が聞こえたが、もはや智にはどうでもいいことだった。

07.欠けた月 

October 15 [Sun], 2006, 5:48
「なぜ俺が呼ばれたんですか」

ちょっと解せない。
伊藤さんの顔には、そう書かれている。
こんな遅くに呼び出したのは申し訳ないんですが、と前置きして、佐々原は口を開いた。

「松岡さん完全に、潰れちゃってて…」
「……ビール以外の何か飲ませました?」
「罰ゲームで、いろいろ混ざったお酒を何杯か」

二人は視線を問題の人物に移した。
テーブルの上に突っ伏している松岡さんは、すやすやと寝息を立てている。
完全に夢の世界だ。

「この状態じゃタクシーを呼ぶわけにもいかなかったので、伊藤さんを呼んだんです」
「……なぜ俺を?」
伊藤さんはちょっとだけ眉間をひそめ、繰り返した。

「え?だって、お付き合いしてるんじゃ…」
「違いますよ」
「え!?違うんですかっ!?」
「ええ!!あんた達、そうじゃないのっ!?」

08.泣きムシ 

October 22 [Sun], 2006, 0:56
「何なの、その顔は?」

苦虫を噛み潰したような顔をして固まっている智に、加奈子は眉をひそめた。
さっきから視線を右にやったまま、智は、カップを口にする寸前で止まっている。
不審に思った加奈子は智に倣って右を見て、納得した。

「智。そろそろ視線を外さないと」
それでも反応はなし。

「伊藤君に気づかれるわよ」

その次の瞬間、智が頭を抱えるようにしてテーブルに突っ伏した。
智が手にしていたカップからテーブルに、コーヒーがこぼれる。

「言うの遅いよ、加奈子…!」
慌てる智の声は、向こうに聞こえないように配慮をしているのか、あくまで小声だ。
加奈子はにやにやと笑う。

「気づかれたかな?」
「大丈夫でしょ」
智はそろそろと、顔を挙げて向こうの様子を窺う。

「……彼女かな?」
「智の知らない子なの?」
「知らない」

加奈子はもう一度、視線を右にやった。

植木とテーブルをひとつ、そして通路を挟んだ向こう側。
少し植木のかげになってるが、ここから、窓際に座る一組の男女が見える。

そこに、見知った伊藤君が見知らぬ女性と向かい合って座っていた。

09.シートベルト 

October 29 [Sun], 2006, 0:21
「たけし!!」

駅を出てすぐ。
後ろからいきなり腕を組んできた女は、にこにこと笑みを浮かべている。
男は足を止め、表情を変えることなく黙ったまま、女を見返した。

「さ、行こうか」
男の態度に構うことなく、にっこりにこにこ。
そう形容できそうな顔をしている女は、腕を組んだまま強引に足を進めだす。
そうしていくらとも進まないうちに、男は、隣の女に向かって口を開いた。

「俺の名前は、俊輔ですが」
「惜しい!」
「いや。全然違う名前ですから」
「性悪男って呼んだ方が良かった?」
「……」

傍目には、仲のよさそうなカップルに見えるかもしれない。
今だけでもいいから、そう見えてくれ、と智は願う。
そう見えてくれなければ、意味がない。

会社で別れた伊藤と、ここで会えると思わなかった。
ーーよかった。
智は、こっそり小さく息を吐いた。

しばらく腕を組んだまま歩いていると、先ほど止んだはずの雨が再び降り始めた。
伊藤が傘を開くと、智は傘からはみ出ないように伊藤のほうに身を寄せた。

「先輩。今日、傘持ってますよね」
「いいじゃん。ちょっと入れて」
「嫌です。狭いし濡れる」
「けち」

そう言いながらも、伊藤も智を傘から追い出そうとはしなかった。
智のするがままに任せる伊藤に、ここは感謝しておく。

「この状況に対する説明が欲しいんですけど」
片手に傘。片腕に智。

「伊藤と交流を深めようと思って」
「白々しい嘘はいいですから、さっさと吐いてください」
いつもの伊藤を真似て、にっこり微笑んでみたが、いまひとつのようだ。
伊藤は眉間に皺を刻み、ため息をひとつ、ついた。

「コーヒー、飲んでいきますか」