2 [夢] (5/5) 

April 03 [Sun], 2005, 10:48
「うまく言えないんだけどね。だって馬鹿だと思わない。生きてればこれだけどんなに嫌なことがあったって挽回するチャンスがあるのに、なのに全てを放棄して『死』に逃げるだなんて、卑怯者のすることよ。……そんなことをふいに思ったの。どうしてか分からないけれど」
 朔はおそらく表情ひとつ変えずに雑誌に目を向けたまま話していて、私は朔を振り返らずにベッドに体をあずけたままで聞いていた。
 浬はまるではじめからいなかったかのように、押し黙っていた。
「何があったのかわからないけど、その方が健全な考え方だよ。私もさ、実を言えばあのとき、中2の時何度も死のうって思った。辛くて辛すぎて疲れちゃって、自分だけが世界中の不幸を背負ってる気になってね。でも今振り返ってみれば、本当に馬鹿なこと考えてたなーって思うよ。あのときは確かに辛かったけど、今は全く平然としてあの頃の事が話せるんだもの。生きててよかったって思うし、私が今こうして生きているのは多分、朔と浬のお陰なの」
「おだてて勉強をはやく終わらせようたってそうはいかないからな。ほら、勉強再開。急いだ急いだ」
 それまで黙っていた浬がそう言ったことで、そのときの会話は途切れた。

『自分でも馬鹿なことをするってわかってるの。でも……ごめんね、浬くん。それから糖子ちゃん』

 再び夢から醒めた。
 あたりはまだ暗い。
 ようやく目がなれて周囲を見渡すと、そこは確かに私の部屋だった。
 今度は間違いなく「現実」だ。
 最後の言葉は浬の家の留守電に残っていた、朔の“最期の言葉”。
 なんでそんなことまで思い出すんだろう。
 頭ががんがんと割れるように痛い。
 自分が悲しいのかなんなのかわからない不思議な空虚感。
 ただ、胸にぽっかりと大きく開いた穴が、何もかも空しくしてしまう。
 朔が死んでから、私はまだ一度も泣いていない。
 いつからか、私は一人の時でさえ泣かない人間になっていた。
 だからってこんな時にも泣けないのはかえって辛いかもしれない。
 朔は、死んでしまったのに。

2 [夢] (4/5) 

April 03 [Sun], 2005, 10:27
 馬鹿だよ、本当に。

 一瞬の暗転、そして場面はいきなり変わる。
 再び、浬の家だ。
「わたし、自殺をするひとって馬鹿だと思うの」
 それまで浬のベッドに寝そべって雑誌をパラパラと捲っていた朔が、唐突に口を開いた。
「何、言ってるの?」
 振り向いて朔を見ようとした途端、バコンという凄まじい音と共に目の前が暗くなった。
「痛いじゃない。浬、何するの」
 私と黒い小さな机を挟んで対面に座っていた浬が、数学の(分厚い)参考書を無理やりに丸めて私の頭をなぐったんだと理解するのに少し時間がかかった。
「何って……、今は糖子の数学再々追試に向けて、わざわざ超多忙なオレが勉強を見てやってる最中だろ。集中力のないお前に体罰を与えちゃなんないって誰が決めたんだよ」
「私が。それに再々追試じゃなくて、再々々追試。間違えないでよね」
「……えばれることかよ」
 ふうっと一息ついたあと、浬は5分だけ休憩な、と言ってその場に項垂れた。
「で、何言ってるの?」
 私は朔の傍まで行き、ベッドに凭れ掛かるようにしてもう一度さっきと同じ質問をした。
「うん、最近、中学生やなんかが『キレる』ってよくニュースでやってるでしょ。ちょっと気に入らないところがあっただけで直ぐに人を刺したりするって。わたし、ずっと思ってたんだ。キライな人を殺して、そのせいで刑務所行って何が楽しいんだろうって。そんなの馬鹿のすることよ。勿論、だからって好きな人なら殺していいかっていったら、駄目に決まってるけれど。でも、私は自殺をする人も同類だと思うの、ある意味で」
 そこで一旦言葉を切って、息つぎをした後で、再び口を開く。

2 [夢] (3/5) 

April 03 [Sun], 2005, 10:06
 夕暮れ。
 差し込む日の光が目に染みる。
 見覚えのあるリノリウム張りの廊下。
 あ、なんだウチの中学じゃない。
 最近は思い出すことも少なくなった。いや、意図的に思い出さないようにしていたのだけれど。
 卒業してからは一度も近寄ってすらいないのに。
 「私」は胸糞の悪い学校指定の変形セーラーと紅色のスカーフを身に纏い、漆黒の髪をきつくポニーテールに纏めていた。右手には剣道の防具入れ。そうだった。あそこでは割と、女子の剣道が盛んだったんだっけか。私は結局、そう強くならないままに部を辞めることになったけれど。
 どうして、こんなところに居るんだろう。
「糖子ちゃん、糖子ちゃん、一緒に帰ろう」
 これが夢だというのは薄々感づいてはいたけれど、彼女の声でそれは決定的なものになった。
 この頃いやに夢をよく見るし、夢と現実の区別がつかなくなってきている。
 その夢の殆どが朔の夢なんだから、余計にやりきれないのだけど。
「……あんた馬鹿じゃないの。私はみんなから避けられてて、近づいたら変なこと言われるのあんたなんだよ。それが嫌なら私に近づかないで」
 まだ朔を避けていた時だ、きっと。
 それにしても愛想がないね、私。にこりとも笑わない。きっと顔にはしかめっ面をはりつけているんだろう。
 こんなんじゃ、よほど忍耐強くなくちゃ話しかけることすら諦めるだろうに。
 それでも、朔は人懐っこい笑みで、空いていた私の左腕に自分の右腕を絡ませてきた。
「ちょ、ちょっと、言ってること分かってるの」
「うん、わかってるよ。やっぱりわたしが思ってた通りだった。糖子ちゃんは優しいね」
「何、言ってるの?」
「だってホラ、さっきのコトバだってわたしのことを思って言ってくれたんでしょう。糖子ちゃんが本当はとっても優しいひとだってずっと思ってたの。多分、浬くんもそうう思ってるはずだよ」
 触れ合った腕から微かに伝わってくる朔の体温。
 子供の体温は高いっていうけれど……いや、やめておこう。軽口を叩いても、もうムキになって反論してくる人は隣にいないんだから。現実の、今の私には。
 なんで今更、こんな夢を見てるんだろう。
「……馬鹿だよ、本当。大崎先輩も、秦村、あんたも……」
「うん、馬鹿でもいいからさ、友達になろう? 本当はね、もっと前から糖子ちゃんとこうやって話してみたかったの」

2 [夢] (2/5) 

April 03 [Sun], 2005, 9:57
 朔は自殺をして死んだ。
 高層ビルからまっさかさまに飛び降りて……即死だった。
 検死にあたった人の話によると、直接の死因は頭部破損による出血多量ではなく、心臓麻痺だったらしい。
 でもそんなことはどうだっていいことだ。
 そもそもの原因は、私と浬が関係を持っていたことに気付いてしまったからなのだろうから。
 朔は彼によく言っていた。「別にね。浬は浮気をしてもいいと思うの。わたしにはあなたを咎める権利は無いし、浮気をしてもいい権利があるから。でもお願いだから、絶対にわたしにはわからないようにしてね。わたし、嫉妬深いからそれがわかったらどうにかなっちゃうわ。だってわたしはこんなにも浬を愛してるんだもの」
 その言葉どおりだったんだろう。
 彼女はいとも簡単に死を選んでしまった。
 自分以外のものを愛する浬を見るくらいなら、と。
 普段朔は生きることをとても大切にしていたし、自殺なんてするようなタイプには見えなかったのに。
 逆に言えば、それだけ浬のことを好きだったということなのかもしれないけれど。

 そういえば、朔と自殺について話したこともあった。
 あれはいつのことだったろう……。

2 [夢] (1/5) 

April 03 [Sun], 2005, 9:43
「糖子、糖子……駄目だ、起きない」
 頭の上から浬の声が聞こえる。
 私は起きてる、そう言いたいのだけど声は出ないし、寝惚けているのか頭がうまく働かない。
 取り敢えず、机の上に突っ伏したままで薄く目を開けて辺りを見渡した。
 見覚えのあるライトグリーンの壁紙に落ち着いたモノトーンの家具類……どうやら浬の家らしい。
 らしい、というのは私は物覚えがよい方では無いし、以前来た時とは微妙にかぐの配置が違うような気がしたから。
 でも、いつの間にここに来たんだろう。全然記憶にない。
 まだ寝惚けてるんだろうか、いや、それにしてもどうして私は今更此処に居るんだろう。
 もう、浬の家には行かないって決めていたのに。
「仕方がないよ。糖子ちゃん今、委員会で忙しいのよ。ほら、田代先生に目、つけられてるから……」
 耳に馴染んだ、トーンの高い小さな朔の声。心地よいゆっくりとした声が、静かな部屋の空気に混じる。
 でも、どうして朔の声が聞こえるの?
 だって、朔は…………

 電話のベルでハッとしてベッドから飛び起きた。
 夢……か。
 そう、現実である筈がない。
 そんな都合のいい事がある訳がない。
 一度通り過ぎてしまった時は、もう戻ってこないんだから。
 電子ベルが煩かったけれど、直ぐに自動的に留守電に切り替わった。
 出たくない電話には出なくたって大丈夫。便利な世の中になったな。
「あ、糖子。浬だ。朔の葬式、明後日に決まったから。辛いかもしれないけど、ちゃんと逃げずに出ろよ。……あんまり自分を責めるなよ。お前のせいじゃないんだから。じゃあ、また明後日」
 辛いのは浬だって同じでしょう?
 そう、朔は死んでしまったんだ。私のせいで。
 浬は私に自分を責めるなと言った。だけど浬もきっと自分を責めている。おそらく、私よりずっと。
 起きていると朔のことばかり考えてしまうので、またベッドに潜り込む。
 そう、全部私が悪いんだ。
 自己嫌悪。
 みんなキライ、大嫌い。
 一番嫌いなのは、私。
 でも、朔のことは好きだったのに……。

1 [朔] (4/4) 

January 25 [Tue], 2005, 22:35
 でも、朔が私に当てたのは同情や何かとは明らかに違った。
 偽善なんかじゃない、本当の真っ白な、純粋な行為だった。
 私が彼女を好きになるのにそんなに時間はかからなかった。
 友人としても、それからタチの悪いことに恋愛の対象としても。
 朔はその純粋さ故に傷つくことが多かった。
 人を信じすぎた故に騙される事だって多かった。
 そんな彼女をみているのは苦しかった。
 朔を守りたいだなんてそんな大それたことは言わないし言えない。
 だけど、朔の喜びも楽しみも痛みや悲しみでさえも共有したいと思った。
 現実は、そんなことがいえるわけでもできるわけでもなくて、結局泣いている彼女を黙って見ていることしか私には出来なかった。
 私も、朔も、今の世の中を生きて行くにはあまりにも不器用すぎた。
 方向性は全く違ったけれどそんな所は似ていたのかもしれない。
 出切る事ならば、私は浬としてこの世に生まれてきたかった。
 そうすれば堂々と、彼女を受け止めてやれたのに。
 なんの力もこれといった特技もない、そんなわたしが朔のために出来ることなど、果たしてあるというのだろうか。
 浬になって朔だけを愛し、朔だけに愛されていたらどんなに幸せだったろう。
 浬が浮気をするのは朔の思いが重過ぎるからだという。
 それでも私にはそんな彼を責めることはできない。
 結局、器用そうに見える浬も私や朔と同じく不器用だったのだ。
 不器用な二人の恋愛が上手くいく筈が無い。
 私と浬にしろ、朔と浬にしろ、……私と朔にしろ。

1 [朔] (3/4) 

January 25 [Tue], 2005, 22:28
 そして、“彼女”の名は秦村(はたむろ)(さく)。同じクラスで、浬とは幼馴染だった。浬はホモの時から女として別格で朔を好きだったし、朔も浬のことを好きなんだと聞いたことがある。
 はじめは私はそんな朔が、そして浬が大嫌いだった。
 以前はそう気にならなかったのだけど、皆が避けるようになってからも屈託の無い話してくる彼女に、正直腹が立った。
 同情なんていらない。
 同感してくれなくったっていい。
 理解して欲しいだなんて、そんな馬鹿げたことはいわない。
 ただ、私を気にして欲しくなかった。
 私に気づいて欲しくなかった。
 私のことが嫌いなら見なければいいじゃない。気に障るなら無視すればいいじゃない。
 無視されることは全然辛くなんかない。
 私だって全てを無視して、ううん無視した振りをして生きるんだから、お互い様。
 だけど。
 私のことを笑わないで。
 私に構わないで。
 ……そんな風に思ってた。

1 [朔] (2/4) 

January 25 [Tue], 2005, 22:24
 “彼”の名は大崎(おおさき)(かいり)。同じ部の一つ年上の先輩で、とても人当たりのいい人だった。
 恋愛対象として見たことはないけれど、先輩としてとても好きな人だった。
 わたしがレズだという噂が彼の耳に届いた時も、そうか糖子は男よりも女のほうが好きなのか、俺も実は女より男が好きなんだ、同類だな、とニヤリと、でも不思議と嫌味っぽくはなく笑みを浮かべた。
 はじめは私を励ますための冗談だと思っていたけれど、それは本当のことだった。
 浬は私と同じく、異性である女性にではなく同姓である男性に情愛を抱く人物だったのだ。
 今現在は女にも目覚めバイセクシャルとなったのだけど、その当時はれっきとしたホモセクシャルだった。
 だけどそのきっかけは作ったのはもしかしたら私なのかもしれない。
 というのも、“カモフラージュ”として付き合い始めてから半年程経った時、お互いに異性を知らないままでは駄目じゃないかということになり、浬と寝た。
 お互い、異性と抱き合うのははじめてだったからなんとなくぎこちなかったけれど。
 それでも、浬は私にとってかけがえのない“友人”だった。
 私が浬とそういう関係を持ってからは、以前と同じように接してくる人間も増えたけれど、今度は私の方が相手にしなかった。
 中にはお高く止まってるだとか、レズだと言ったのは浬の気を引くためだったんじゃないかだとか抽象してくる人間もいたけれど、今度はさほど気にならなかった。

1 [朔] (1/4) 

January 25 [Tue], 2005, 22:19
 突然だが、私衣笠(きぬがさ)糖子(とうこ)は世間で言うところの“レズビアン”というヤツである。
 よくある“男に絶望してレズになった”というものではなく、物心ついた時にはすでにそうだった。
 このことを他人に告げたのは、生まれてからたった一度だけしかない。
 中学2年の3学期、当時の親友にバラした。
 別に彼女のことを好きだったわけでもなかったし、唯々好きなタイプの話になったときに、さらっと言っただけだった。いや、少なくとも私はそのつもりだった。
 その時には彼女の様子に変わったものはなかった。
 でも、翌日学校に行くと明らかに彼女の態度は変わっていた。
 目を合わせようとはせずに、挨拶をしても遠巻きに逃げるその表情に、私は全てを悟った。ようするに、レズビアンはお断り、ということらしい。
 彼女はクラスの皆に“そのこと”を言いふらし、私はその日を境に女子からも勿論男子からも敬遠されるようになる。そして、噂が尾鰭をつけて学校中に響き渡るのに、そう時間はかからなかった。
 同級生、先輩、後輩、それから先生までにも皆に遠巻きに笑われたりして……最悪だった。
 何も言い返せない私は胸中で独りごちる。誰もあんたみたいなブス、相手になんかしないわよ。私にだって好みがある。女だったら誰だっていいってわけじゃないのに。

 それでも、全校でたった2人だけ態度を変えない人物がいた。
 私がどんなに辛くても涙を流したり挫けたりしなかったのは、全て彼と彼女のお陰。
 私に生きてゆく意味と生きてゆくための糧を教えてくれたひと。

0 [空] 

January 25 [Tue], 2005, 0:40
 下を向いたらいけない気がした。
 今、俯いたら涙がとめど無く溢れ出してしまいそうで。
 だから上を向いていた。
 世界中で一番愛しい(さく)の眠るあの空の向こう側を。
 世界中で二番目に好きな(かいり)と一緒に。
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穴があったら入りたい
名前:一本笹鳩
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