カタチがあるようでナイものの怖さ 

2005年08月17日(水) 11時44分
昨日の地震はすごかった。
東京は震度4

お昼時、メンバーと食事をしていたら地震が来た。

ヘノブファクトリーは
古っぽいアパートの一室が事務所なだけに
震度5、いや、それ以上に感じた。

ぐらぐらと揺れて、
物などは何も落ちてきたりしなかったけど
眩暈に似た感じがずっと続いていた。

と、そんな中、ふと

「これでこの事務所が崩れ落ちたらどうなるんだろう」

と考えた。

買い集めたデザインの本はぐちゃぐちゃになり、
パソコンもスキャナーもプリンターも
土の中に埋もれて、データは消えてなくなってしまう。

その瞬間から、私の仕事は終わる。
ヘノブファクトリー倒産の危機に一瞬にして陥る。

一番イタイのは、やはり「データ」だ。

作りかけのデザインデータ。
お客様から預かったものを落としてあるデータ。
メーラーのアドレス帳
撮り溜めた素材たち
お気に入りURLファイル

・・・

以前、これらのデータのバックアップを取るために
けっこう高めの外付けハードディスクを買った。

安心していたのもつかの間。
引っ越しの時、うっかり階段の上から落として
無惨にも木っ端みじんとなり、データが全て消えてしまった。

ハードディスクなどの保証はかけない方がましだと思う。
だって。ハードは無料で直っても、データはもう、どうしようもない。

「カタチがあるようで、カタチとして残っていないモノ」

これは怖い。
土の中から掘り出すことはできない。

サーバーに置いたり
環境を借りてバックアップをとったりしても
ドウシテモ、タイムラグが発生する。
とっておかないよりはいいけど、
今この時点で仕上げているものは消滅してしまう。


数台のパソコンが、私の仕事の全てであることを
改めて感じた。

これは怖い。

パソコンという母体ではなく
データというナマモノを、
しっかり管理していかなければ。

皆様もお気をつけ下さい。

楽観的でいられることが大事だ。 

2005年08月13日(土) 19時08分

最近、一緒に仕事をしているI氏は
基本的にアバウトな人で、
いつでもお酒の飲めるタイミングを考えているような人で
そして、極めて楽観的な人である。

私も何かと良い方向へ考えてしまう人間なので
とても馬が合うなと思っている。

楽観的。

-------------------------------
物事をすべてよいように考えること。
将来の成り行きについて明るい見通しをもつこと。
-------------------------------

そう辞書には書いてある。

この言葉を

「軽く考えている」とか
「何も考えない」とか
「適当」だとか
そういう風に使う人も多いかもしれない。

けど、もし、仕事の関係の人に
「あなたは、楽観視していると思う」と言われたとしたら

それは私にとって、
嫌味な言葉ではなく、なんとなく、良い言葉のように聞こえてしまう。

もちろん
軽く考えている訳じゃないですよ。
という部分を
きちんと説明する必要があるのですが。

逆の言葉である「悲観的」だと言われる方が
どう考えても、嫌だし、
人間、悲しんでばかりいたら
そこからはきっと何も生まれないと思うのです。

大きな問題にぶつかったとしても
コンペに落ちてしまったとしても
仕事が無くなったとしても
人に酷いことを言われたとしても。

それらを真に受け止めて
楽観的に考えていった方が、
楽しい分、得だし
むしろ、
心の底からやる気が沸いてきたり、
ふと、いいアイデアが浮かんだり
不思議と、もっといいお仕事の話が舞い込んできたりする。


だから、毎日、楽しんで仕事がしたほうがいい。

最悪な状況になっても
最高に楽しめる精神力を。

ラストスパート! 

2005年08月01日(月) 16時58分

今週に一件、来週に一件。
ショッピングサイトがオープンする。

ラストスパート。

とてつもないタイトなスケジュールながら
気持ち的にはとても充実している。

新しいものがうまれる。

手掛けたサイトが
今後どんな形で成果を残していくのか。
とても楽しみです。

あと数週間。
死んでしまうかもしれないけど
ホントに頑張り時だ。

実績に載ったら

是非とも見てください。

是非とも買って下さい。

めまぐるしい日々 

2005年07月12日(火) 1時17分
6月末からだいぶ忙しい。めまぐるしい日々が続いている。
新規の話をたくさん受け、嬉しい悲鳴でございます。

忙しい時によく思うのは、時間をいかに上手く使うか。ということ。

人間だから、寝ることも、食べることも、好きなことをする時間も
時には仕事があったって、飲みに行く時間も必要で。
それを全て、仕事を中心とした生活の中に組み込んでいるワケで。

仕事ばかりしてても幸せではないし
遊んでばかりいても、それはそれで虚しいだろうから。
仕事や遊びをほどよくこなせるように[自分の時間割]を作る
簡単なようで、これがけっこう難しい。
もちろん自分だけで決められない時間というのもあるし
読みが外れて痛い思いをすることもある

けれど[自分の時間割]を作ると
自分のキャパとかペースがなんとなく掴めてくるからイイ。

自分の時間割ができたきっかけは
仕事時間がナントナク3つに分かれていったこと。

[朝の時間] 6時〜12時
[夕の時間]18時〜22時
[夜の時間] 0時〜 4時 といった感じ。

たいてい[夜の時間]が一番仕事がはかどる。
誰にも中断されない時間。もくもくと何かをする時間。

[朝の時間]は、夜の時間に限界を感じた日にフル活用。
さっさと切り上げて、この時間で勝負をかけることも多い。

そして[夕の時間]。ここは何か考え事をするのにピッタリ。
企画を書いたり、モノを書いたりも、この時間が多い。

こうしてできた3つの時間帯。合計すると約13時間。
会社で9時から21時まで通しで働いているのと、さほど変わらない。
けど、会社勤めをしていた時より、効率が良い気がしてる

それは合間にある[空白の時間帯]があるからだと思う。
空白の時間帯は、いろいろなことに使われる。
アポに行ったり、寝たり、食べたり、ボーっとしたり、映画を観たりする。

これがあることで、ちょっとした[やる気リズム]が保たれる。
一息ついて「さてさて、やるかなあー」。って雰囲気になる

きっと、通しでやるよりも、ちょっと寝ちゃった方が
観たい映画を観ちゃった方が、良い仕事ができるってもんだから。

リズムが悪いときは、とりあえずやめちゃう。
ノリが戻ってきたら、必死に取り組めばいい。

そうやって、めまぐるしい日々を
これからもうまいこと乗り切れたらいいなと思うワケです。

旅がしたくなった。 

2005年06月21日(火) 2時33分
今日
以前、友達の紹介で知り合いになった
DTPのデザイナーさんに久しぶりに会った。

彼は、先日まで海外に3ヶ月ほど行っていて
タイやベトナム、カンボジアなど、アジア諸国を回った後
ニューヨーク(逆方向)に飛んで、帰ってきた。

真っ黒に日焼けしていて、旅満喫。という感じ。
いろいろな場所の思い出話を聞かせてくれた。

写真もいっぱい見せてもらって、
現地の子供たちとサッカーをしている写真とか、
海辺のキレイな夕日とか
ニューヨークの友達の家の写真とか、とても良かった。

刺激を受けて
かなり旅がしたくなった。

今週末から彼とは一緒に仕事をすることになり
いよいよ紙のデザインも受けられるようになりそう。

最近では紙の広告+Web制作というパターンも多いので
いろいろ協力して頑張れたら楽しいと思う。

そうだ。

たぶん、夏過ぎまではいろいろと動きがあるだろうけど

それまで頑張ったご褒美に
10月ぐらいに旅に行くってのはどうだろう。

ナイ話ではないよね。

と、ワクワクしてきたので

これホント、計画しちゃおうと思います。

産みの苦しみ 

2005年06月17日(金) 18時27分
昨日、2本のデザインを仕上げた。

大変だったけど
今は、ものすごく清々しい気持ちだ。


デザインを仕事にするようになって
モノの見方が変わったな。と最近思う。

ふと気が付いてみると

私たちの周りに存在しているほとんどのモノ達は、

コーヒー牛乳のパッケージにしても
本の表紙にしても

必ず誰かによってデザインされていて
誰かの「意図するもの」が込められている訳で。

そこには

構成を考えた人
伝えたいイメージを考えた人
コピーを考えた人
カラーイメージを考えた人
使用するフォントを決めた人
全体的な制作を行った人
チェック段階でアドバイスをした人
最終的に「これでいこう!」と発した人

ナドナドが存在していて

それらの人々の「こだわり」が
あらゆる部分に盛り込まれているのだと思う。

そんな風に様々な関門を突破し、
「GOサイン」を出されて世に送り出されたモノ達をまじまじと眺めて

「産みの苦しみ」を分かち合える。


作られたモノを見るとき

ただ単に、好きや嫌いではなく、

「これを生み出すためにどんな苦労があったのか」

というところに着目してみると、いろいろと面白いことが多い。


たとえばWebだったりすると

カラーのバランスがいいだとか
フォントがサイトにぴったりくるだとか
装飾や動きや画像加工に力を入れている部分などを見つけると

「あーー。ココにこだわりが感じられるなー。すごいなー」

と関係者一同を褒め称えてしまったりする。


どんなものでも
産みの苦しみがあった末にできたものな訳だから。

そんな苦しみを感じさせない、ということが
きっとデザインをする上では大切なんだろうけど

たまに
「ここのコレがこう、なんというか、肝なんですよねー」などと

力を込めて力説してしまうこともある。


最初は何もない真っ白なページで
数日後には、何かの「カタチ」を持ち、仕上がっている。
あーでもない、こーでもないと試行錯誤を繰り返されて産み出される。

このドラマ。
仕上がったときの達成感。


だからこそ、「産むこと」は
苦しくても、止められないのだと思う。

面白いことをしよう。 

2005年06月15日(水) 2時27分
面白いことがしたいと、いつも思っている。

今の生活や仕事が面白くないかというと、そういうワケではないし
楽しいことがしたい、というコトともまた違う。

わたしの中にある「面白い」の定義とは何か。

それは「驚き」だと思う。
驚きたいし、驚かせたい。

誰かの創ったWebサイトを見て、発想の豊かさに驚いたりする。
「こんな風に創ってしまうなんて!」と、出逢ってすぐに
面白サイトとして、アタマの中にインプットしてしまう。

また、誰かが書いた文章を読んだとき、
予想していた結論ではなく、ありえない展開に、ことが運ばれたりすると
そうきたか!と驚き、ものすごく面白いと感じる。

なんていうか、クオリティが高いことや、
素晴らしい技術が施されてるということだけじゃ、面白いとは思えないワケで

きっと「驚き」があるからこそ、自分の範疇から飛び出して、
心に残るモノになり、イコール 面白いと思えるのだと思う。

そう。たぶん私は、“面白インパクト”を欲しているのだ。

私自身、今まで作ったものに、面白インパクトがあるか、と問われるとしたら、
たぶん面白インパクトはない、と答えると思う。

それは、今まで作ったものに面白インパクトが必要だったかということで
たぶん、こうやって考えるほどに必要ではないと思っていたのかもしれない。

でも、面白インパクトは必要だ。

メディアとしてWebを作っているのならなおさら必要なんだと再認識。

これからは、どんなモノを作るにしても
ちょっとした面白インパクト(少しの驚き)を考えてみたい。

いま、自分の中で暖めている企画が2つある。
それらを、格別に面白いモノにしたいと思ってる。

このアイデアや創りたいと思っているモノが
面白インパクトを持つまで、まだまだ研究が足りないし、技術も足りない。
(面白インパクトを醸し出すために、クオリティや技術は必要なんだとも思う)

それぞれ、どんな「驚き」を忍ばせられるのだろうかと考える。

こんな風に考えられることも面白いな。

例え、みんなが驚かなくても、ある一部の人が、

お!とか、ムム!!とか、なるほどー!とか
「驚き」を感じられるモノを創りたい。

で、最終的に
そんなものを

自分自身が面白がって作れたら最高だと思う。
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