8月6日
2011年08月07日(日) 0時07分
最近いろんなことがあって、もう正直Blogこっそりやめちゃおうかなと思ってました。まあ、そこは何とか思い止まって「本当に伝えたいことがあれば書けばいいじゃん、1年に1回でも」という気持ちでいました。
実はその気持ちは変わってません。止め処なく、澱みなく文章が頭の中に浮かぶことがなくなったhello!には皆様にお伝えすることなど何も書けません。ただ、8月6日という一日が終わり、広島出身者としてやはり黙っていられませんでした。
昨夏、我が一家は広島と長崎を訪れました。いずれも日本における平和の発信源です。この地を娘達に踏ませてあげ、何かを感じてほしかった。私が父親として何かできるとしたらその程度のことです。私自身は被爆者でもないし、平和教育を受けて育ちはしたけれども語り部ではない。「娘達には自分の目で見てもらうしかない」一年前そう思ったのです。まだ子供ならではのピュアな感性が残っている間に。


本当はこの夏に東日本大震災の被災地を家族で訪れ、被災者の方々のお役に立てずともその光景を目に焼きつけ、悔し涙を流すべきなのかもしれません。今年そこまで踏み切れないでいますが、いずれそういうときが来るかもしれません。
いずれにせよ、今年も巡ってきて過ぎ去っていった8月6日。この日は広島に関わる全ての方々にとって一番大切な日。私が生き続ける限り、この思いは色褪せることはありません。
実はその気持ちは変わってません。止め処なく、澱みなく文章が頭の中に浮かぶことがなくなったhello!には皆様にお伝えすることなど何も書けません。ただ、8月6日という一日が終わり、広島出身者としてやはり黙っていられませんでした。
昨夏、我が一家は広島と長崎を訪れました。いずれも日本における平和の発信源です。この地を娘達に踏ませてあげ、何かを感じてほしかった。私が父親として何かできるとしたらその程度のことです。私自身は被爆者でもないし、平和教育を受けて育ちはしたけれども語り部ではない。「娘達には自分の目で見てもらうしかない」一年前そう思ったのです。まだ子供ならではのピュアな感性が残っている間に。


本当はこの夏に東日本大震災の被災地を家族で訪れ、被災者の方々のお役に立てずともその光景を目に焼きつけ、悔し涙を流すべきなのかもしれません。今年そこまで踏み切れないでいますが、いずれそういうときが来るかもしれません。
いずれにせよ、今年も巡ってきて過ぎ去っていった8月6日。この日は広島に関わる全ての方々にとって一番大切な日。私が生き続ける限り、この思いは色褪せることはありません。






