02.リタとの会話 

March 09 [Thu], 2006, 23:15
思索にふけっていたジュナは、ドアをノックする音でふと我に返った。窓のシャッタを閉め、白いプラスチックの椅子から立ち上がる。外界の景色から隔離してしまえば、ただの狭い空間でしかない。月であろうと、地球であろうと、同じことだった。
 ドアを開ける。開いた隙間に同僚のリタの顔が見えた。にっこりと笑うのにつられ、ジュナも口元を少しだけ緩める。白衣をラフに羽織り、その上に軽くウェーブした茶色の髪が小さくはねていた。月の平原を歩くリタを見たら、月の女神に見えたかもしれない。女性らしい柔和な顔は、どこか凝り固まっていた気持ちをそっとほぐされたような気にさせた。
「どうしたの、リタ。定時会議の連絡ならメッセンジャで送ってくれればよかったのに」
「ジュナと話がしたくなったの、ついでだから。行きましょう」
 そういって廊下を歩き始めたリタのあとに続いて、ジュナも部屋をでた。
 壁も、天井も、床も、全て白一色で統一された廊下が続く。ただでさえ色彩のないこの星に、最初は味気ないとも思ったが、いつしかそれも日常の一部として溶け込んでいた。

01.地球のアキオからのメール-2 

March 09 [Thu], 2006, 23:11
暗い、暗い宙に、巨大な青い地平線が見えた。この星は、地球は生きているのだと、はじめて気がついた。そんなことに気づけなかった自分も、何もかも、全て、過去どれだけ辛く悩んだことも、忘れたい記憶も、全て。全てが生きていて、それだけでもう、何もないのだと。他には何もなくていいのだと、そう思った。そのままこの星へ、落ちて行きたいと思った。吸い込まれるように、溶け込むように、全てはひとつに、あるべき心のままに、赴くままに。
 周囲に拡散していく水の玉が、視界を横切り掠めていく。この涙も、自分の一部で、地球の一部で、宇宙の一部だと。そっと目をつぶり、かみしめた余韻は、今も切ない痛みと共に思い出す。
 月は自転と公転周期によって、常に地球に自らの同じ面のみを見せるようになっている。だから、この月の裏側から地球を見ることはできない。あの景色をいつもこの窓から見ることができたら、自分の人生は全く変わったものになっていたのではないだろうか。今の自分も、地球にいた頃の自分とは違う。自分の生きる大地を認識してはじめて、何かが変わった気がした。しかしそれも言葉にはならない、とても微小な何か。言葉は所詮人間の社会の範囲の中のものでしかない。宇宙を語る言葉など、自分の生きる大地を見たこともない我々人間には、生み出すことなどできないだろう。
 

01.地球のアキオからのメール 

March 09 [Thu], 2006, 12:50
『ハロー、ジュナ。今日は東京では雪が降ったんだよ。そんなには積もらなかったけど、でも何年ぶりだろう。もう僕たちが生きている間には見られないかもしれないから、ジュナにも見せてあげたかったな。記録をしたのでデータを送ります。』
 瞬間、13インチの画面に雪が降る。アキオが自分で映したのだろう、時折ぶれるフレームに自然と笑みがこぼれた。
 地球にいる恋人からのひさしぶりのメールに、ジュナはしばし見入っていた。画面の中の地球の風景は、雪の白さに一面を覆われながらも、それでもまだ色彩にあふれていた。
 頬杖をついたままゆっくりと首を傾げ、部屋の左側一面に広がる窓の外を見た。
 漆黒。純白。それ以外に、色はない。
 とてもシンプル、常に不変。
 ごつごつとした地面がどこまでも続いていき、緩やかな曲線を境界に漆黒の宙へと繋がる。
 うさぎなどいない、生命のかけらも感じさせない、ただあるのは黒い闇と白く無機質な岩の平原だけ。
 月には、色彩も、動きすらない。
 丁度1年前、ジュナの配属された先は月の裏側に建設されたラボラトリだった。
 2012年の、ある冬の日。ジュナは生まれ故郷である地球から月へと放たれた。はじめて見たこの星の美しさに、息もできないほどの何かを感じた。それは何であったのか、言語化すれば陳腐なものになってしまうだろう。ただその瞬間、目の前にある厚い窓を抜けて、この宙へ落ちていきたいと感じた。

3章 

August 24 [Wed], 2005, 22:40
 日曜日の午前中。奏亜は出窓からひらりと離れると、片付け終わったばかりの籐のチェストから制服を取り出し、着替えはじめた。鏡に向かい、白いシャツの襟元に黒のリボンタイを結ぶ。スカートのプリーツを調え、鏡の前でくるりと一周してみる。
 中等部の時と制服は変わらない。男女共に白のシャツに黒のボトムス。サスペンダはしているものとしていないものがいたが、リボンタイは結んでいないと注意されることもあった。
 特に目立って着崩すような生徒もいなかったし、制服は皆一貫して清潔感を持っていた。
 特にすることもない、ただの散歩に過ぎなかったが、どこか気持ちが浮かび上がるのを抑えられない。同じ学園内といっても、中等部と高等部の間の行き来はほとんどなかった。敷地も互いにはっきりと分けられていたし、生徒同士の間にも目立った交流はなかった。
 今日を機会に、高等部の敷地内を探検するのもいいかもしれない。入学式と卒業式のために講堂に行った以外には、高等部内に足を踏み入れたことはなかった。生徒数のわりに、敷地は高等部の方が広い。緑の占める割合も断然多かったし、もしかしたら読書にいい場所が見つかるかもしれなかった。自分だけの秘密の場所を見つけるというのは、いつだってわくわくするものだ。中等部の時は見つけることができなかったが、この敷地の広さなら、どこが素敵な場所があるかもしれなかった。
 その思いつきにさらに機嫌を良くし、読みかけの文庫本を一冊手に持つと、奏亜は自分の部屋を後にした。

2章 

August 24 [Wed], 2005, 22:38
 奏亜は今年から高等部へと進級し、ようやく昨日、以前住んでいた寮の部屋から全ての荷物の引越しを終えたところだった。
 この学園では毎年中等部から高等部へ上がる際に、かなりの人数が外部進学をしていく。決して学校のレベルが低いわけではなく、むしろ設備も普通の水準と比べると明らかに恵まれていた。唯一年季の入った木造校舎も、その大部分が文化財に指定されているほど由緒あるものだ。それゆえ中等部に進学を希望する人数は、地域の学校の中でも常に上位に位置している。
 しかしそれでも毎年、高等部進学者の数は中等部のそれよりもがくりと落ちる。高等部へ進むには中等部からのエスカレータ式の進級以外に方法はなく、少ない分の生徒の数を補充することはない。
 全寮制であることや、それにともなう学費や生活費などの出費を考えると、六年間も通わせる余裕のある家はそういないのかもしれない。地理的にも、交通の便がいいとはお世辞にも言えない場所であることは間違いなかった。
 鐘楼の周りを数羽の鳥が、互いに引き合うかのようにくるくると旋回しながら飛び回っているのが見えた。
 

1章 

August 24 [Wed], 2005, 22:22
 世界には匂いがあるのだということを強く感じる。

 静かに目を瞑り、息をする。
 まぶたの裏に焼きついた白さ。思い出す。色。
 視界に入るのは、白い天井、白い壁、白いシーツ、白いカーテン。
 清潔さの端々に感じる人工的なにおい。
 鼻をつく薬品と死の匂い。
 空間は、緊張感が溶け込んだぬるま湯のようなものに満たされている。
 死にあらがう心、死を受け入れる心。
 対照的な、様々な要素が雑じりあい、混沌としている。
 外を眺めた。窓の向こうには、もう三月も終わりだというのに、冷たく雨が降っていた。
 激しくなく、弱々しさすら感じさせるような雨。しかしそれは細く、針のように、春を迎えようとする地面へと自らを突き立てるように降り続けていた。いずれ訪れる暖かな季節を拒む、冷たい拒絶のようだった。
 真っ白な病室の中にはただその雨の音と、時折廊下をぱたぱたと掠める誰かの足音が微かに響くだけだった。
 ただ、窓越しに降り続ける雨を眺めていた。
 静寂。
 とても落ち着いていた。しかしそれは平穏や安心などとは違う種類のものだった。一度その静かな湖面に石を投げ入れれば、立つ波が何もかもをのみつくしてしまいそうな、そんな何かを潜ませていた。それをとても冷静な目で感じている自分がいる。
 そっと目を開いた。
 そこにはもう、死の匂いも、色もない。それらはもうすでに、今ではない過去の中へと再び沈んで行く。
 すぐ目の前にある張り出し窓を開けた。するりと部屋へと流れ込んできた風の温度に、春の暖かみを感じる。
 萌え咲いたばかりの若葉の匂い。少しだけしめり気をおびた空気の匂い。それら全てを包括するかのように、ただよう春の匂い。それらが一瞬にして意識を思考から切り離す。
 出窓の枠に両腕をあずけ、少し乗り出すようにして外を眺める。
 なだらかな山裾から流れるように続く緑の盆地の中に、この学園はあった。
 ところどころ盛りあがるようにして身を寄せ合い生える木々の中に、木造の校舎が点々とそびえている。青い空と緑の小さな森たちの中で、白木作りの校舎はとてもよく映えた。遠くには鐘楼を頂上にささげた石造りの古い講堂も見える。左手の奥には、去年まで通っていた中等部の校舎が見えた。

[ オーバ・アゲイン ] 1-1 

August 08 [Mon], 2005, 0:32
 空を見上げた。
 霧のスクリーンに映し出された青い空に、人工的に作られた雲が漂っているのが見える。
 人工的な空。
 時間によって、中空に舞いだす霧の量は変化していく。
 それは夜に近づけば近づくほど薄くなり、朝を迎え、昼にさしかかる頃ピークを迎える。空中で拡散した霧が街に降り注ぐことはないが、それでもどことなく湿っぽさを感じた。
 しかしそれは、この街の持つ、そもそもの雰囲気なのかもしれない。
 教科書が申し訳程度に入っただけのかばんを肩にかけ、エメラルドグリンの歩道を歩く。
 つるつるとした道に、ヒールのあたる音がよく響いた。
 午後一の三時限目の講義が休講になり、突然あいた時間を消費すべく奏亜は街へでてきていた。構内のカフェへと流れ込む友人たちと別れ、どこへ行くあてもなく、ただ何となく思いついた方向へと足を伸ばした。
 しかし気がつけばその後の講義など出る気をどこかへ落としてしまったのか、足は自然と大学から遠ざかる方へと向いていた。
 無駄になった教科書の重さだけが、多少の後悔と、罪悪感を感じさせたが、それも一瞬あとには霧のように拡散し、消えてなくなった。
 夏休みが近かった。通り過ぎる軒先からも、夏の雰囲気が染みるように広がっている気がした。地面から立ち上る熱気に含まれた、人工的な匂いのせいかもしれない。
 通り過ぎる人たちは皆、二足歩行機能のみしか持っていない機械のように前進を続け、すれ違っていく。
 テクノポリスであるこの街の雰囲気ともあいまって、本当に機械のように見えた。
 他人から見たら、自分もその中の一体だと見えるかもしれない。
 ふと足を止め、歩いてきた道を振り返る。
 エメラルドグリンの道が、青い霧のなかに溶け込むように伸びていくのが見えた。
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