フォーチュン・クッキーや、その他、いろいろ考察

November 19 [Mon], 2012, 18:30
さて吾々は新聞紙の内容として、結局三つのものを得た。報道[#「報道」に傍点]、広告[#「広告」に傍点]、批評[#「批評」に傍点]。報道と広告との連関はすでに述べたが、この二つのものと批評との連関を今与えておかねばならぬ。
 報道はその選択、形態、仕方の如何によって、おのずから報道者による批評を含んでいる。報道記事は編集者による最も婉曲な批評なのである。元来、社会記事の多くは報道としての資格を有つものと考えられているが、実際は読者が、それを単なる報道として受け取るとは限らないのであって、読者は寧ろ彼自身の欲望が社会という反写鏡によって大写しにされた点に興味を見出すのであり(そしてそういうのが所謂センセーション[#「センセーション」に傍点]なのである)、従ってその限り社会記事の多くは読者にとって一種の娯楽[#「娯楽」に傍点]にさえ数えられることが出来る。但し之は単なる娯楽[#「娯楽」に傍点]ではなくてお互いの間で話題[#「話題」に傍点]に昇せ、評判[#「評判」に傍点]し、批評[#「批評」に傍点]する、ことによって、完成される筈の娯楽である(新聞紙によって与えられる娯楽は多くこの類であろう)。処がそう云った娯楽は、取りも直さず今言った文叢[#「文叢」に傍点]――批評――にぞくさねばならなかった。こういう点からだけ見ても、社会記事は報道記事であると共に批評記事の性格を担うことが出来るのを推察し得る。まして報道が初めから意識的に批評的観点から取り上げられる場合、凡ての報道記事はそれ自身批評記事に外ならない。――逆に批評記事が結局批評的な報道[#「批評的な報道」に傍点]であらざるを得ないことから、批評が、外でもない新聞記事としては[#「新聞記事としては」に傍点]、報道に帰着するということは、明らかである*。
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