おめでた発覚 

2006年08月18日(金) 0時05分
チミコがブログを開始したのは
妊娠7ヶ月目になってから
それまでの妊娠経過をまとめてみました


妊娠@ヶ月目

最初に妊娠がわかったのが3月31日
3月中の体の様子はとにかく体調不良・・・・
熱がでたり、吐き気があったりで
おかしいなぁとおもってバファリンとか飲んでしまってた。
3月中に生理がこなかったから30日に検査薬で調べたところ
「陽性」のしるしがー(((( ;゚Д゚)))
そのときは本当にパニックで。今思い返しても
血の気がひいて歩くこともままならない感じだった
元々、彼氏とは子供作るどころか結婚も考えていない
とゆうか付き合ってまだ2,3ヶ月程度・・・
なんだか怖くなってしまったのが本音
自分の体に命がもう一個あるなんて想像しただけで怖くって。
でも年齢的にもう「若いから堕ろす」とゆう考えはなくて
とにかく彼氏と一緒に育てていけれるのか
この人とずっと一緒にいていいのか・・・
そして何より出産してどれほどの人に迷惑がいくのか
そんなことを考えていて妊娠発覚から一ヶ月は
私の中ではまだ答えがでていない状態だった
精神的にもおかしくなりそうで
そんな時に支えてくれたのは家族と彼氏でした
堕ろすことに何より反対したのは彼氏で
私より5歳も年下なのに責任感が強く
沢山考えた末 この人となら一緒にやっていけるかもと
決心して5月には出産にむけて頑張るとゆう意思を
まわりに伝えました 私にとってあの一ヶ月は
怒涛の一ヶ月で とても早く とても悩み
ある意味 人生での大きな転機になったかもしれないです

2ヶ月目 

2006年08月17日(木) 20時15分
妊娠Aヶ月

いざ出産を決心したものの
何の知識もなく。毎日体調不良な自分の体に
不安ばかりが募っていきました

エコーで少しづつ大きくなっている赤ちゃん

お腹をさすりながら
早く会いたいなぁ と
毎日思っていました

けれど私の場合
4年前に行った
初期の子宮ガン手術のため
赤ちゃんが無事10ヶ月お腹にいれるかどうかわからない
流産・早産の恐れ
医師からも常々「自宅でなるべく安静に」
と告げられました

この頃から精神は不安定になっていき

出産への不安
彼氏との入籍について
再び手術の可能性

毎日暗くなっては彼氏や父親にあたっていました
その度おなかの赤ちゃんが
「ママしっかりして」と言っているかのように
子宮に軽い痛みや何か感じるものがありました

妊娠を経験される方には本当に大事なことだと
思うのですが。夫婦仲や妊娠中の環境
これはすごく大事だとおもいます

この頃からはじまったつわり
精神不安定なときほどつわりはひどく
なかなか寝付けないほど苦しいときも
ありました。

つわりについては3ヶ月目がひどかったので
そっちでかきますね


3ヶ月目 

2006年08月16日(水) 20時25分
妊娠Bヶ月目

この時期は妊娠して一番つらい時期
だったかもしれません

つわり と 精神不安定

つわりは人それぞれだと聞きました
私の場合おかしなことに
やたらとフライドポテトが食べたくなったり
コロッケや揚げ物を食べてみたり
確かにそんなに大量にはクチにできませんでしたが

あとはコーラが凄くのみたくなったり

けれどこれは妊娠前には一切欲しがらなかった
ものなんです。元々コーラやジュース類は
余り飲まなかったし
自ら足を運んでまでフライドポテトを
買いに行くなんて まずなかったです

つわりの初期の頃は皆さんが求めるような
果物とかサッパリしたものでしたが
中期後期では吐き気のないときは
比較的油っこいものを欲しがるように
なっていました。これは不思議でした
もちろん何も食べれない日もありましたが・・

正直なところ
すごくつわりは辛くて苦しいものでした
なるべく「一時的なものなんだ」と言い聞かせるように
していましたが。。。
何の変わりもない彼氏や父親を見ていたら
本当に心底憎かったです。

「何で私だけこんな思いしなくちゃいけないの」
と思っていました。

いたわってくれたり気遣ってくれるのは
わかっていたのですが。どうしても気持ちに余裕がなく
感情的になったりしていました。
赤ちゃんには凄くよくない環境だったなあと
反省しています

そして定期検査での結果
前々からいわれていた

シロッカー手術

を薦められました

シロッカー手術とは。
私のように過去の手術などで
産道が人より短いため早産しやすい人
などが子宮の入り口を糸で縛る
よって赤ちゃんが中から落ちにくいようにするといった

大体30分〜45分程度の手術です

もちろん赤ちゃんのためだと思い
手術を受けることにしました



4ヶ月目 

2006年08月15日(火) 20時38分
妊娠Cヶ月目

この頃すでに母子手帳は貰っていたのですが
やはりまだ入籍はしていませんでした。

特に夫婦仲の問題やお互いの両親などに
問題は一切ありませんが
私の祖母が厳格な人で
世にいう「デキちゃった結婚」
なんかはすんなり認めてくれるような人ではなく

でもやはり血がつながっているだけに
祖母や祖父などに知らせてからの入籍が好ましい
とゆうこと

たとえ祖母が認めなくても入籍はいずれするのですが
やはり知ってもらうべきだとゆうこともあって
この頃まだ祖母には話さず タイミングを見計らっていた状態でした
もちろん入院や手術のときも祖父母には知らせず
彼氏の両親。私の両親までしかしりませんでした

本当は母子手帳を交付される段階で
入籍はしたかったなぁ・・・

相手の人を旦那さんと呼べないことが
気持ちの中でひっかかっていたり
一緒に住んでいないことが
結構な不安要素でした

こうゆう思いは他の妊婦さんはしてはいけないとおもいます
赤ちゃんにもお母さんにも絶対によくないですね

そしてシロッカー手術の日
不安だったし 怖くてたまらなかった
一言でいうと病院は監獄のような
そんなかんじ。
無事地に手術を終えましたが

夜になると個室でひとりぼっち
麻酔の副作用や点滴の副作用

約10日間入院していました
一日でも早く自宅に帰りたかったです
毎日お見舞いにきてくれた父親には
凄く感謝しています










5ヶ月目 

2006年08月14日(月) 20時50分
妊娠Dヶ月

シロッカー手術も無事終わり10日間の入院生活から
開放され自宅に戻りましたが

私の場合やはり産道が短いため
手術が無事終わったからといって
安心はできませんでした

自宅安静 といわれ
何もしてないときは寝ッ転がっているくらいがベスト

体調的にはもうつわりもないし
そんなにわからないけど
おなかの中はきっと安静にしてないと
いけない状況らしく・・・
正直すごく暇でした

彼氏の家は車で1.5時間位・・・・
もちろん長距離の運転はダメだといわれ
私しか免許をもっていないので
会うのはいつも週末
電車でやってきてくれるのを
平日はただただ待つだけ
ストレスは非常に溜まりますし
自分だけ働けないことがとても悔しいし
不甲斐ないなと感じます

妊娠5ヶ月とゆうことはそろそろ赤ちゃんの性別がわかるのかなと
思っていたけれど。病院では性別についてはまだ何も言われず

手術後の退院する頃から初産にしては
早くに胎動を感じました
お腹の中を何か金魚みたいなものが
グルグル泳いでるような感覚でした
それが日に日につよくなり
ポコッと蹴るようになってきました

6ヶ月目 

2006年08月13日(日) 20時58分
妊娠Eヶ月目


お腹も少し大きくなってきて
ワンピースやチュニックでないと
苦しくなってきました

経過は順調で赤ちゃんの動きは更に強くなって
夜12時あたりから活発にうごきだします

これほど暴れるなら男の子かなーと
思っていたのですが
やはりこの頃まだ性別はわかりませんでした

母親学級などもあり なるべく参加していきました
沐浴 離乳食 妊娠中毒症など
普段わからないさまざまな知識を身につけれるので
行ってよかったと思います

そしてこの頃新たな問題が・・・
妊娠中の女性6〜7割が発症するといわれている
カンジタ膣炎になってしまいました

これは
一概に性感染症ではなく
元々女性の膣内に生息している菌で

免疫力低下 抗生物質服用

特に妊娠中はかかりやすい病気で
めずらしくないといわれています

このカンジダにもだいぶ悩まされました

妊娠中は清潔に とよくいわれますが
石鹸や水での洗いすぎなどで
大切な菌までなくなってしまい
そのせいで発症する場合もあるらしいのです

注意はしていてもかかってしまうらしいのですが
完治には約5〜10日以内ですし
産婦人科で膣洗浄したあとに薬を入れてもらえるので
そんなに重いものではないようですが

出産時期に完治していないと産道感染で
赤ちゃんにまで感染しますので
しっかり完治させておくべきですね
ちなみに私はまだ一度しかなっていませんが
妊娠中は治っては再発し 繰り返す人も
少なくないようなので 注意が必要みたいですね


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