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大阪へ / 2016年02月17日(水)
そこにいない分かっているけど大阪へ拾い残した骨を求めて

落ち込むも落ち込まないもすべて私にとって必要なことであり、ゆえに大阪に向かう。誰を弔うでもなく。
あの晴れた5月14日、いかようにして私は帰宅したのか。混乱していたと思っていたけど、きちんと喪服と黒いストッキングと替えの下着と携帯電話の充電とお昼ご飯をリュックに詰め込んでいた。
どの新幹線に乗れば大阪まで一番早くたどり着けるかを分かっていたし、切符もちゃんと変えていた。

参列シートの窓側A席。染み出るままに顔をぬらしていたけど、それがなければただの遠足だった。

でも覚えていないこともある。
私はあのとき自由席に乗ったのか指定席に乗ったのか。それだけは思い出せない。

大阪までの二時間半を、早く到着してほしいと思いながら過ごしていたのか、あるいはいつまでもここに留まっていたいと願っていたのか。今となってはわからない。時系列に気持ちも流れていくから。

拾うのは死んだ人の骨ではなく、私の足跡のつぶつぶだよヘンゼルグレーテル。

母からの電話、開口一番「お葬式きたってな」と言われたときに、ついに祖父がと思ったその気持ち。年功序列に人が死んでいくならば納得できるということだったのだろうか。

母から告げられた妹の死は予測不可能だった。朝の電車だっていつもどおり、混んでるなあという不愉快な気持ちしかなくて、それは前日も翌日も同じになるはずだったのに特別なもののようにこびりついている。

名古屋で降りた隣人のガラパゴス携帯らくらくフォン。
あの待ち受け画面は隣人であった男性の孫の写真なのだろう。
あらゆるものを吸い込んで大きくなっていく孫。

そっとスマートフォンを隠した私が恥ずかしい。どうやっても戻れない2013年3月のツーショット。

体は大阪へ大阪へ。乗り越すことはできない新大阪行き。
 
   
Posted at 12:52/ この記事のURL
物語を先に読み始める者。物語の結末を知る者。 / 2014年10月08日(水)
君が先に読み始めた物語を、私も真似して読んでいた。
物語の結末を知らない君を差し置いて、私は読み終わる。

知らないで死んだ話の続きを伝えたくてしょうがないよ。先に最後まで読んでもいいか尋ねたいよ。

追いかけていたのに、いつの間にか追い越してしまっていた。

花を手向けて何になろう。
私が書き続ける理由よ。

本当に書きたいものを秘匿しながら書き続けているよ。いつまでもどれだけでも書けるのは本当だよ。私自身の結末にいつまでもたどり着かないから。
 
   
Posted at 00:43/ この記事のURL
死に絶える花のメモリー / 2014年08月12日(火)
2013年5月14日のくそ暑い朝に妹は死んだ。
私は死んでいない。
妹は21年で人生を終わらせた。

死に絶える花のメモリー。

美しいその死に顔は老いていくことがない。
絶対的な年齢差を保ち続けながら生きていくものだと思っていた。

妹の死ぬ2カ月前、それが私のお別れだった。
東京駅で見送ったN700Aを忘れることはできないのだろう。

ランダムに記憶は蘇る。
ふとした瞬間に遠く無関係に思える情景が浮かぶ。

ただそれだけを繰り返して今日も生活を続けている。

生きるという言葉を使うのが嫌になって「生活」という単語に置き換えている。

己の内部で想い続けているうちはまとまりのないただの絡まった糸くずに過ぎない物も、
こうやって日本語に翻訳していくことで、ほんの少しだけ落ち着く。
いや、本当は落ち着かない。
とは言え、夜中に叫ぶこともできんだろうし、それをしたとて何になるのか。

人から文章のことを褒められる。
ならば文章にするのが最善の策だろう。


会話のキャッチボールに組み込めない話題もあるんだよな。
私が妹のことを語っても、それで誰が喜ぶというのか。どん引きされるよ。
加えて私自身が「大変だったね」だのなんだのと、
あなたの立場を想像して、あなたのために言ってますよというニュアンスをまとった言葉をひどく嫌っている。

なぜ自分のこともわからないのに、他人のことがわかるのか。
仮にだれかが身内を亡くしても私はその心情を、こうではなかろうかと妄想することはできても
それ以上のことはできない。

「死に絶える花のメモリー」に特段具体的な意味はない。
そしてもう死に絶えてしまっているのだから本来は「死に絶えた花のメモリー」と記述するべきである。
そうできないのはまだ私の中で、「死者」として定着していないから。

突然降ってきた言葉だから、ひねり出したものじゃないから、直観だから、
でもしっくりくるかもしれない。

ああ、暗号のように秘密めいているけども、でもこんなに痛々しい暗号なら
ないほうがいいよね。

数年ぶりにこのブログに書いているけど、存在を忘れていた訳ではない。

会えないさみしさに触れていることに、疲れてしまっている。

生活は続くし、夢や目標もあるけれど、それとは別の部分で、
ただひとりの妹の欠如を、毎晩もてあそんでいるんだよ。


 
   
Posted at 22:54/ この記事のURL
給料 / 2012年04月26日(木)
いわゆる初任給。
もし自分が今これだけのために生活を費やしてるのかと思うと結構きついもんがあるわな。

へばるしね。

やりたいことはたくさんあって、やってるけどだからなんだって感じがする。
たぶんつかれてるからそんなんなのかな。
仕事も含めて何もかもがアホ臭くて全部ほっぽりだしたくなるわ。

たぶん早目に今日は退社できたから、今まではりつめてたもんが緩んだんやろね。
会社員なので明日になれば健康的に会社いかなあかん。
落ち込む時間なんてないんだよ。


あれこれ夢中になるくせにたまにこうして冷める。

いちいちあらゆるものに理由つけて否定したくなるわ。じぶんすら。

回り見えてねえな。ちいせえ。

いろんなもんがなくなればいいのに


あーあ

我慢強くないのに最近はいろんなことん結構我慢してる方だと思う
これじゃ残りの人生続かんわ
どしたらいいんやってな

あんまり我慢せんこっちゃな
どうせ仕事は我慢の季節だし
それ以外でまで我慢してたらもたんくなるわ


指のかわむけるのがとまらんよ
胃が痛むとか吹き出物ができるとかそんなんよりすぐわかる兆候


やりたいことやりたいとこわだかにいうけど
やりたいことってなんだっての
ほんとうはやりたいことなんてなんもないかもしれんし
なんもできてえんのかもしらん

まあもんくたれてもじかんしかすぎんよ

 
   
Posted at 00:07/ この記事のURL
代替効果 / 2011年12月14日(水)
仮にボクシングやったとて、それが私のやりたいことと代替効果が全くない。
色々てを出すのはいいけど、それでやりたいことから目をそらすのは良くないよ。

一人でベースをひくのが寂しくて。寂しくて。
人とやりたい。

積極的にやってくれる人がいない。

積極的に私は働きかけているつもりなのだが。

なんか寂しいんだな。

まだまだ下手だからあかんのならうまくなればいいわけでちゃんと練習しようっと。
でもそれで一緒にやってくれるのだろうか。


今週土曜はもれなく塾の冬期講習。

追い出し合宿のこともゆっくり考えよう。
卒論もやろう。

でもベースがいまひきたい。



 
   
Posted at 14:54/ この記事のURL
垢がどうのこうの / 2011年11月18日(金)
どうもツイッターの垢をが見られてるような見られてないようなそんな流れで。

干渉されるのは誰が何と言おうが嫌なわけで。

もはやこれは家庭の問題ですな。

あああ、もうそういうのとはさよならしたと思ってたのだけど。
お願いだからもうやめてほしい。

 
   
Posted at 22:18/ この記事のURL
しゃちくまいなす一日 / 2011年10月27日(木)
これこれがいついつにあるから

と言われるだけ。
予定だの都合だのを尋ねられることがない。
働くってそういうことなのかと思う事例。


成長はしないといけないけど
核の部分はこのままでいれるのかな。


ただ今目の前にあることをきちんとやるのみよ。


夕暮れ時の高架線はきれいだね。


 
   
Posted at 17:10/ この記事のURL
やっぱり向かんなあ / 2011年10月16日(日)
自分が客寄せパンダになってそれでサークルにとってよい結果がもたらされるならそれでいいかなあと思っているけど、やっぱりきついわねということ。
向かい風がビュンビュンするわ。


みんなが喜んでくれるならせめてこれくらいはと思うのだけど。

昨夜の結婚パーティーで、もしかしてあれのひとですかみたいなこととか言われたけど、何て返せばいいかわからんかった。
こういうとき、何て返すのが一番スッキリしてるのかな。

まあ、前ほど言われなくなったしきっとそのうち全く言われなくなるし、もう心配せんでもいいのかな。

諸々は過去のことだからな。


明日のやつのプログラムを今日はじめて見た。
そしたらやっぱり、そういうことが書いてあり。

複雑なところ。

理由が何であれイベントに人が来てくれるのは素直に嬉しい。
せっかくやるのなら人がたくさんの方が楽しい。

けど、なんだか、なんだか。なんだか、なんだか。うまく言えない。

文章かいた人に、冗談っぽく何でこんな風にしちゃったんですかと言ったら、どうも本気できれてるみたいにとられたようだった。


難しいんだなあ。

ほんとに難しい。


難しいというか複雑というかじゃあどうしたらいいんだろうねというお話だしな。
サークル的にはむしろそうしてほしいと言われるけど。

プラスマイナスでゼロになればいいよな。

サークルは好きだから。

大したことない人間だしな。やれることなんか、たかが知れてるけども。


時間の経過で消えていくのだけど。


終わったら後輩を労おうっと。

あとは明日、場がしらけないようにがんばろっと。



 
   
Posted at 01:30/ この記事のURL
あれか / 2011年10月11日(火)
特段理由があるわけでもなく。
むしろ自分がちんたらちんたらしてるのがあかんくて。
それによる自己嫌悪でぐるぐるどつぼにはまっていってる。

もしかしたら生理の前なのかもしれん。

そうだとすればこの説明のつかんもやもやした感じも納得がいく。

とりあえずやんないと。
やんないとどうにもならん。

明日水曜だし。

月曜日が無いからその分一週間が短くて、今週に限ってはだいぶ焦る。

怒りの矛先が自分と言うのもなんとも心苦しい話であるね。
成長がまるでないということで。

良くないですな。


こんなもんで止まっていたら来年からどうするのってお話だよ。

Orz

Orz

Orz

相変わらずで、全然だめだめだな。
 
   
Posted at 19:27/ この記事のURL
眠れん / 2011年09月22日(木)
寝れん夜もあるわな。

別に今始まったことではないが。


おおむね何らかの不安を無意味に背負い込んでいるからね。
好きでやっていなくてももはや習性なのかな。


最近はTwitterも飽きた。飽きたというかなんというか。
人の呟きにうんざりしてしまうことがある。

地震が契機だったといえばそうかもしれん。


まあ私も小さくてつまらん人間だけど。


Twitterは手軽すぎるから割合率直。
頻度とかその辺りの兼ね合い、きれいなものだけさらしておこうとする努力、が見えたり見えなかったり。

うさんくさくなる。

人がどう使おうがそんなんわたしがあれこれ言えることではないけど。

単純に見たくないものや見えなくていいものに触れてしまうことに由来する嫌悪感かもしれんが。


馴れ合いだなあ。

馴れ合いだからなんも言えん。

ことを荒立てずに済まそうと言う田舎の近所付き合いと同じだなあ。

それで身内のほんとに身内だけでぐちぐちするという。


最近はテレビだけじゃなくてパソコンにすら触れてないな。

うちにこもりすぎかもしれんなあ。

というかあれだ、Twitterが変容しつつあってそれについていけないのかも。

この年でそんなんいうたらあかんわ。


別に今始まったことではないけど相変わらず何にもしたく、ない。

どろどろ溶けて消えることができたら楽なのに。
メンヘラな妹よりよほどたちが悪い。


物事に否定的すぎる。
いろんなものが嫌いすぎる。


変わらんな。

なんも考えずにいれたらいいのにねえ。
頭がもっとへっぽこでも、それなりに賢くてもなんでもいいから、楽しい考え方のできる人間には育ちたかったよ。

しかしネガティブは根が深い。





夜道を散歩したい
ずっと夜が明けない夜道を散歩したい

夜明けが大嫌い


歩いているうちに意識がかすんでいって
徐々に徐々になくなればいいのに


そんなことが起こるわけもなく、
しぶとくいきてるよなあ。


夜はかくもさびしく
かくもきちょうな時間だね。


でもいい加減に寝たいよ。

明日学校いくもん。



 
   
Posted at 03:13/ この記事のURL
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