みみずくずのボーカル、林レイナの超赤裸々日記

   プロフィール


林 レイナ
『みみずくず』のボーカル
11月17日生まれ さそり座 AB型 サウスポー
好きなもの:銭湯
嫌いなもの:メロン

オイルショックの年大阪で産まれる
小学校の卒業文集に「声を使った仕事がしたい」と書く。
中学校では演劇部に所属、高校時代にはrockと物書きにあこがれ、
大学時代は4年間みっちりバンドに明け暮れる。
卒業後、一目惚れした人と大恋愛に落ち、当時ほとんどのうたをその人に捧げる。
1996年に結成したバンド「みみずくず」が関西にて話題沸騰。
2000年にはメジャーデビューを果たす。上京するが大恋愛が終わり、私生活が荒れる。
ポリドールレコードより3枚のシングルと1枚のアルバムをリリースする。
FM福岡にて1時間番組のラジオのメインパーソナリティーを1年半務める。
2005年みみずくずが「MMZ RECORDS」を設立。
以後e.p.3部作やアーカイブシリーズなど、現在まで同レーベルより作品を発表。
もっと歌わずにはいられないと、ソロ活動もはじめる。
ギターを手に歌う「弾けず語り」のスタイルが、ミュージシャンや一部音楽関係者に
話題を呼ぶ。ますます精力的に活動する中、2007年妊娠する。禁煙する。
出産ギリギリまでライブ活動を行うが、みみずくずも初の活動休止。
2008年男の子を出産。本人は未だバージンだと言ってきかない。
東京は高円寺に在住。センベロと立ち飲みをこよなく愛し、「ちょっと風呂を
浴びてくる」と出かけたまま、高架下で飲んだ暮れていることも。
2010年みみずくずが活動再開。自らにしか出来ない音楽を追求するべく、
現在はアルバム制作中。

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♪ ケ ジ メ ケジメなさい あなた ♪ / 2007年10月27日(土)
「あんたは、結局私を舐めてんのよ!」

「舐めてはないけどさ。」

「いいや、私だけじゃない、あんたは自分の人生をも、舐めてんのよ!」

「そう かもしれんなー」

「片付け方から、毎日の行動から、靴の脱ぎ方まで、やること全てが、その生き方が、中途半端そのものなんだよ!」

「そうかもしれんなー」

「おまえの人生、ケジメがないんだよ!」

「そうかも しれんなー」

のれんに腕押しとはこうゆう事を言うのである。
それがまた、私の気持ちを逆撫でするもので、家中のものを投げつけてしまう。(ある程度は選んでね)
暴力は精神のお漏らしであると、あれほど教え込まれた私であるが、このままでは、じゃじゃ漏れではないか?
そんな事をしたところで、当然物事はなんの解決にもならず、悶々と暮らす。
気分を変えて、楽しそうに御飯を食べることも出来ないことはない。
それでも、そのやり方が、あまりに気に食わないのだ。
私は私の問題として、奴をこのまま見過ごす訳には、いかないのである。

選択肢はふたつ。
奴を、私の人生から追放するか?飲み込むか?なのである。
細かいことはその後に付属する問題。
恐ろしい女と誰にどう思われても、おおいに結構。こっちは真剣なのである。

爆笑問題の太田が、政治家の不祥事について、テレビで言っていた。
「正直な気持ち、政治家が政治資金や税金を汚い事に使ったり、嘘ついたり、してもいいと思っているんですよ。
バレないようにやれば。ただそれがバレた時には、自分の命を懸けて清算するというか、
それくらいの覚悟を決めて、悪い事、やるならやって欲しいと思う。」

ごもっともだと思う。
人間誰しも、ひとつやふたつ、誰にも言えないような、汚い気持ちやどうしようもない問題を、抱えているものだと思う。
綺麗ごとではなく、私には確実にそれがある。
間違いだとわかっていながら、しょーもない欲望に翻弄された醜い自分を、私は知っている。
知っている自分が、自分であることも、知っている。
私は、それを直視したから、ポジティブである。そうなるしか、道はないのである。
自分で言うのも、なんか変だけど、未来を紡いでいくために、出来ることをやるしかないと、思っている。

「よって、おまえの『なるようになる』とわたしの『なるようになる』とは違うんじゃ!!!」

「そう なんだろうね。」

さっきから、雨が降っている。
今日は近所の友達の家に、ショートケーキを差し入れに行く。
うちの家のすぐ近くに、ケーキ屋さんが出来たのだ。
傘を閉じて、店内に入り、当店のお勧めには目もくれず、ショートケーキをふたつ買った。(なんとなく)
開店したてのその店は、祝いのお花で埋め尽くされて、たくさんの店員が声を揃えて言う。
「いらっしゃいませー。」
ケーキを買って外に出ると、ひとりの店員が、私の汚いビニール傘を拡げて、柄の部分をタオルで吹いてくれているではないか?
なんじゃそのサービス!?ま、ご苦労!だが、ここは高円寺、成城学園ではないぞ!と思う。
ここからの2ヶ月が勝負じゃ、まずはケーキ食べるけど、お互い頑張ろう!と思ったのでした。

仕事以外で、友達に会うのは、何週間ぶり?楽しみに、行ってきまっす!

 
ショートカット / 2007年10月19日(金)
髪を切った。
久々のショートカット。
もう何年も信頼して、ヘアースタイルを任せているF井君とこで。

F「久しぶりやねー、今日はどうする?」
林「気合い入れてくれ!」
F「気合い入れたいんか?」
林「そう、短くスパッと切って、気合いを入れてくれ。」
F「よし!じゃぁ短く切ろう。」

思い立ち、予約もなしに現れたわたしを、30分ほどでチョキチョキと、30センチほどの髪を切ってくれた。
鏡越しにハラハラと、私の、彼と過ごした2年半の年月が落ちて行く。
なーんて思うんでしょうね!失恋などして髪を切る時は。
あ、髪型はもちろん文句なしに格好よくてね、F井君、満足です。
元々コーヘイちゃんの幼なじみである彼は、間違いのない髪切り屋さんである。
気合いを入れたい理由を、彼は聞いてこない。
腕はもちろんのこと、わたしは彼の、そうゆうところも、好きだなーと思う。
よく聞けば自慢話をしていても、髪型の相談をしていても、全く押し付けがましくないのだ。

髪を切ったので、次は寿司だ。
久しぶりに、回らない寿司を食べた。
本当は、塩辛と日本酒でもやりながらつまみたいところだったけど、ガリと日本茶で頂いた。
もうしばらくはこんな贅沢食えないかもなーと思い、思いっきり食べた。
私は本当に、本当に食い意地が張っているのであるが、それは、ふとした時に、もしも寿司屋に行ったなら!?
という空想をするほどなのである。もちろん、どんな順番で何を食べるのかを空想するわけ。
昨日は、『玉』→『ひらめ』で始って、『海老きゅうり巻き』で閉めた。なかなかである。

禁酒禁煙17日め。
ゆったりと時間が流れている。
ギターを弾いて、本を読んで、映画をよく見ている。
ひとりの時間が嬉しい。

 
運命 VS 宿命の 巻き / 2007年10月12日(金)
大学病院へ行った。
元々、結構に病気持ちであったり、何もなくとも割と大げさなタイプなので、
ちょくちょくと、大きな病院へは行きなれているつもりだった。
のは、かれこれもう、10年以上前の話なんだなー
最近は受付や会計が機械でも出来たり、雑誌や新聞などもあまり置かれていなく、椅子も立派で、
病院臭い匂いもなく、待っている人達の服装も小綺麗に見える。
街で見かける風景よりも、更に近代的な背景の中に、どこかきりっとした病人達がいるわけです。


申し込み用紙を書いたら、番号札(銀行なんかにあるただ順番に数字が書かれた紙のことです)をもらい、待ち、
受付を済まし、自分の行きたい科へ行き、待ち、新たに問診表を書き、提出し、待った。
「待つよー。とにかく、待たされるよー。」と噂は聴いていたので、小説を持って行っていた。
最初の関門から覚悟を決めて、持ってきたそれを読もうとするが、キョロキョロと回りが気になって、内容が全く頭に入らない。
血液検査などするかもしれないと思い、朝ごはんを抜いているため、おなかが鳴る。
空腹を紛らわすため、ガムを出してくちゃくちゃ噛む。
緊張している上、考えごとばかりしてしまい、次々とガムを口に放り込んでは、口中がガムだらけだ。
喉も乾いた。
近くの自販機で飲み物を買い、飲もうとして、慌ててガムを出し、暖かいミルクティーを飲んだ。
ふー。
「◯◯番の方、2番のカウンターへどうぞ。」
やっと呼ばれて、受付のおねーさんの目の前で、番号の書かれた紙を開いてから気づいた。
やってしまった。
開いた紙は、ガムがべっとり伸びて、ちょうど番号のところにも山盛りに張り付いている。
「あらーごめんなさい。間違えてガムを、あらまー。」と我ながらマンガのような一コマだった。

散々待ったが診察時間はほんの10分ほど。
身体の方は心配していた最悪の自体は免れ、ほっとしたものの、まだまだ問題全てが解決したわけではない。
お前達!最新機材と、選ばれしお医者ちゃま、わしは今後もそれなりに、ここへ時間も金も費やすことになろう!頼んだぞ。」と思う。
それでもほっとして、帰ったら、うとうとと横になり、薄い薄い夢を見た。
淡い光の中で、逆光を浴びた人達がうごめいている。
あの人知っている人だったような気が、、、と思うんだけど、よーく思い出せない。
振り向いた瞬間に顔を見ようとするが、激しく発光してハレーションを起こしてしまう。
暗い夢ではないが、全ての正体がぼやけてはっきりしない。
うーん。これは私自身の人生に対する、行く先々への不安や希望がイメージとして現れたものであろう。←全く勝手な夢判断。

久しぶりに、母と長電話をした。
やはし、母親は偉大である。私が今日行ったのは医大である。すんません。
もっともな事ばかりを言われた。
厳しい意見ではあるが、誰よりもわたしの幸せを一番に考えてくれている母の愛が、胸に響いて、泣いてしまった。
質問の全てが、答えの全てが、恐ろしい程に、愛そのものなのであった。
現実を叩き付けられたようで、辛い気持ちにもなったが、自分のことや現実のことで泣くなんて、そうとう久しぶりだった。
これが生きていくことか。。。と思った。

何も出来ずに、手を拱いているPちゃんが
「大丈夫?大丈夫?」とかまってくる。
「うっさい!3年に一回くらいは、うちやって床に座り込んで泣く日ーもあるわ。黙ってみてみぬふりしとけ!」と言った。

女は、運命と言う言葉に弱いらしい。
偶然が3回続けば、それを運命と思い込むものらしい。
人生をよりドラマティックに、目の前のことを運命だと思い込みたいのであろう。
タフな発想だなーと思う。
私も何度か、運命を感じたような気になって、人生を突き進んでみたこともあるが、その想いは成就しなかった。
あれは運命だったのかしら?と今でも思いだすことがあるが、宿命ではなかったのかもしれないという結論に達する。

ママになった友達が、言っていた。
「後々思うとね、『あの時、あのタイミングか!?』なんてね。いろんなことが繋がってきたりするのよー。
なんだか気持ち悪くて、そんなこと思いたくもないけどね。だんだんね、怖いほどに繋がっているのよー」
なんだか、とても、説得力のある言葉であった。

 
それは 無題 です / 2007年10月08日(月)
 #写真と本文はあんまり関係ありません


人生には、カルマというものがあるらしい。

私は、現在無宗教であるし、その業という仰々しい響きがどうも好きになれない。

生まれながらにして、重たいリュックを背負わされているような気持ちになるからである。



ボブ ディラン という人が居る。

学生時代のわたしは、ギターケースひとつで、自分の信じる道だけを自由に歩く。その人の音楽はもちろん、ダミ声や、髪型や雰囲気に

とても憧れた。とは言っても、よく意味はわからず、家出は20歳までに一度くらいやってみるべしとか、

恋人が出来たら、一目も気にせず腕を組んで街を歩くべしとか。

そんなようなものであった。

ジミ ヘンドリックスを聴いては、花柄の上に花柄を着たり、ニールヤングを聴いては、ネルシャツをボロボロにして着たり、

いわゆる一般的な一昔前のロック好き学生であったのだろう。

そう、今思えば、若かりし頃の私は、とにかく、「自由な感じー」で居たかったのだ。




カルマとは、因果応報で ある。

善きことは善きこととなって、悪しきことは悪しきこととなって、還っ てくるのである。

しかも、単に生まれてから死ぬまでだけのものではない。

自分が産まれるずっと前から、自分が死ぬずっとずっと後までも続く、輪廻転生のお話なのである。



ということは、良いことが起きても、悪いことが起きても、それらは自分の身体の仕業ではなく、

この世か、あるいは前世の行ないが原因なのである。

普通の若者ならば、冗談じゃないわ!と思っていいと思う。

今を生きることだけを考えたいと思う。

自分の幸せくらい自分で捕まえたいわけである。

突然降ってきた不幸せだって、「なんでやねん!くそー!!!」とかなんとか言いながら、

自力で乗り越え肥やしにしたいものである。



この分野のお話は、本来 ”うちのM田 が担当でありますので、わたしは、あんまり詳しいことはわかりません。

そいでも、先日の筋問題のように、時々、夜な夜な考えてしまうことがある。

考えてしまうというのではない。

突然、そのリュックの中身を見てしまったような気分になることがあるのだ。

リュックのチャックからはみ出した謎の紐を、「なんじゃこの紐?」

つーーーーーーっと引っ張り出してしまったが最後、

その紐には手品のようにツルツルと連なる、色とりどりの旗のようなものがくっついているわけ。

あらまぁーと面白がって、紐を引っ張ってみるが、キリがなく、

あーそろそろ片付けなくちゃーと思った途端に、引っぱり出したはずの紐の先端は、もうリュックに繋がっているわけ。

つまりは私、ただ紐を引く人となってるわけですねー。 ふーん、こうゆうことですかーと。



「お仕事も、お遊びも、わたしは一生懸命。人生を楽しむということに、何も変わりはありません。」

さっきテレビで かんだうの が言っていた。

 
レンコンさん ゴボウさん 筋の通ったアーレ! / 2007年10月07日(日)
「一本筋が通っている」という言葉がある。

アイツって、ちょっと乱暴なとこあるし、口も悪いし、もっと言えば、ぶっちゃけやってることめちゃくちゃやし、でもでも アイツってば!

「一本筋が通っているからなー」というような場合。

この場合を解り易い例で言うと、つまりはこれ、子連れ狼のことである。
この一本の筋というやつさえあれば、当人迷うことも許されず。
筋の為に犯したものであれば、悪行の全てが(細かい過ちや楚々をも含む)帳消しになったりするというわけ。



「アイツは一本筋が通っているからなー」
この言葉を他人様から言ってもらうにはあなた、己の人生にただ事ではないリスクを伴うわけですよ。(多分)
だってやはし、簡単に通るような筋ならば、誰でもが通しているわけで、
その筋を通す為の、努力や根性、気合いや気迫。そんなものの加減がなんかもう圧倒的で、
ずば抜け迫力満天。てな場合においてのみなんだろうと思う。
だからこそ、悪行の全て(細かい過ちや楚々をも含む)が帳消しになるんであろうと思う。
そうして、それを貫く姿に萬屋錦之助のブルースが宿るっちゅうわけですな。


わたしは時々考えても仕方のないことを考えてしまいます。
果たして、わたしのこの選択って、一本筋が通っているのかしら?と。
例え間違えだったとしても、帳消しになるほどに、例のアレが、通っているのかしら?と。
誰に一目置いてもらおうとも思っていません。
別にそんなに通しにくいようなアレを通すつもりも、全然ありません。
ただただ、私の中のモラルと言うやつでしょうか?
たかが33年の人生でも、
そうゆうことを夜な夜な考えてしまったりするわたしは、
果たして、頑固ものなのでしょうか?





ペンネーム 萬屋錦之助の乱れ髪さんより ← すいませんこれ寝起きのわたしのことでした

 








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