春は来ませんでした 

August 13 [Sat], 2011, 23:24
あしたになったら先生とわたしはどうなるのって、喉まででかかった言葉を温かい紅茶と一緒に飲み込んだ。
りんごの香りのする紅茶は初めて出されたもので、蒸らし過ぎて少しだけ苦い。





わたしの恋を知りませんか 

October 24 [Sun], 2010, 3:40
いつだって声高に恋の素晴らしさを説く彼は、やっぱりいつだって恋をしているらしかった。
相手がどんなひとかなんて私が知るところではないけれど、わたしのところへやってくるとき、彼はいつもあたりまえのように恋の話をしていた。

彼はいつだって恋の話をするけれど、彼のいう惚れた腫れたは絵本の中のおとぎ話のようにふわふわしていて、だからきっと本気ではないだろうことを、わたしは知っていた。
彼の中に消えないひとがいることも、それを隠すようにたのしいだけの恋の話をすることも、わたしはそのたのしいだけの恋の相手にすらなれないんだということも、知っていた。


またわたしのところへやってきた彼は、新しい恋をしている。
好きな人ができたんだよ、なんて彼が幸せそうな満面の笑みで言うと、かなしいとかくるしいとか、そんな感情よりも先に、からだがぎゅっとちぢこまる思いがする。
彼から溢れてくる恋心が、わたしがおなかのなかにこっそり隠している気持ちをさらにからだの奥へ奥へと押しやっているのだろう。

彼の言葉にいつもとは違う熱を見つけても、悔やむことも、嘆くことも、泣き叫ぶこともできない。
わたしは、誰にも言えない恋をしている。
報われない恋は、彼がする恋の話とはかけ離れていて、ただただつらいだけだった。




title by kou



・女子大生。
・逆トリしてくる慶次。
・あまりに突飛すぎて誰にも相談できない。
・フリーの時には逆トリしてこないタイミングの悪さ。

さよならはこころで跳ねる 

June 12 [Sat], 2010, 2:09



変わってしまった世界になんて興味はなかった。
変わっていく世界を遠くから眺めるだけだった私は、眺めるだけにも飽きて、見ることをやめた。


おさななじみなんて簡単なものだ。
家が近いから、歳が近いから、それだけで縮まっていた距離は、あっという間に離れてしまう。
人見知りが激しくて控えめな私と、バスケ部のエースのおさななじみ。
友達も多くはなく、いつも教室の隅のほうにいる私と、いつも大勢の人に囲まれて、中心にいるおさななじみ。
話もしなければ、会うこともなくなって、誰も私達がおさななじみだなんて知ることもなくなって、簡単に私達のつながりは途切れた。


ときどき目が合う彼は、私に話しかけてくることはない。
それがすべてだ。


世界は変わってしまった。
閉じた扉の向こうから、ボールが跳ねる音がした。




title by kou

コインロッカー・ラバーズ 

October 23 [Fri], 2009, 2:51
「優勝おめでとう」
ロッカー室にいた神楽坂に声をかける。
神楽坂はまだユニフォームにジャージを羽織った姿のまま、ベンチに腰掛けていた。

大会は、大方の予想通り神楽坂の優勝に終わった。佐野は、惜しくも準優勝だ。ただ、ブランクを考えれば快挙とも言える。辛うじて跳んだ佐野と、軽々と自己ベストを更新した神楽坂。二人の差は圧倒的だった。

「思ってもいねぇことよく言うよな」
「なんだよそれ」
振り向いた神楽坂は、瑞稀の顔を見ると鼻で笑ってそう言った。こいつはいつもそうだ。いつも人を見下したような顔をする。

「オレはちゃんと本心から…!」
「あー、はいはい」
おざなりに言うと、神楽坂はユニフォームに手をかけた。思わず顔を逸らして背を向ける。
くっ、と吹き出す声が聞こえた。
「何、着替えを見んのは恥ずかしいの」
「だって…!」
「毎日見てんだろ?佐野が着替えてんの」
「見てない!」
気配が近い。
感じた瞬間に耳元で声がした。
「着替えなんかよりもっと恥ずかしいことしてんだろ?」
俺と。ぺろりと神楽坂は瑞稀の耳を舐めた。
「なっ…!」
顔に血が上っていく。今、絶対耳まで真っ赤だ。肩を引かれて背中をロッカーに押し付けられる。
「上くらい着ろよ…!」
「だから俺の裸なんてもう見慣れてるだろって」
神楽坂が顔を近づけてくるから、瑞稀はぎゅっと目を閉じた。

「佐野に優勝して欲しかったんだろ?悪いな、優勝が俺で」
神楽坂は唇が触れるか触れないか、ぎりぎりのところでそんなことを言うから、唇はすぐに塞がれてしまって、瑞稀は否定も肯定も出来なかった。


慣れない。神楽坂の裸を見るのも、キスも、触られるのも、見つめられるのも。神楽坂に抱かれるのはもう片手じゃ足りないくらいなのに、瑞稀はそのたびに心臓が壊れるんじゃないかと思って、何も考えられなくなる。

神楽坂の手はいつも妙に優しくて、だから瑞稀は最初戸惑った。ほとんど無理やりの行為だったのに、丁寧に繊細に、まるで壊れ物でも扱うかのように触れられて、瑞稀の体は熱くなって、簡単に達してしまった。

今だってそうだ。気付かないうちに瑞稀の体の下には神楽坂のジャージが敷いてあって、堅い床の上でも少しでも痛くないように気を使われている。
優しいやつなんだろうと思う。佐野の練習を見に行ったときにもそう思った。思うように跳べない後輩に声をかけ、アドバイスをする。佐野を練習に誘ったのも神楽坂だ。いいやつなんだろう、ただ、わかりづらいだけで。

もっと、ひどくしてくれればいいのに。そうすれば、神楽坂のこと嫌いになれるのに。

神楽坂は優しく瑞稀の髪を撫で、耳元で瑞稀の名前を呼ぶ。
瑞稀はそれを心地良いと思う。
神楽坂に触られているあいだ、瑞稀は佐野のことを忘れる。


神楽坂はもう慣れたのかな。
私の裸とか、私に触るのとか、慣れちゃったのかな。そもそも女の子の体とか見慣れてるんだろうなぁ。

そう不安に思う意味を、瑞稀はまだ気付かない。





放物線描いた恋愛グラフ 

December 01 [Mon], 2008, 13:25
このひとどんな顔で笑うんだろう。
由紀は左斜め前の席を見て思う。原くんはどんな顔で笑うんだろう。どんな声で話すんだろう。

執行猶予はあとわずか 

November 21 [Fri], 2008, 11:11


近づいてくる姿を見て、本当に悪目立ちしてるなと改めて思う。
普通に歩いてるだけなのにみんな彼を見て黙るのだ。目をそらして、廊下の端による。おまえはモーセか。海を割るのか。しかしここまで怯えられるのもすごい。一種の才能だ。まじめな生徒が多いだけにあの金髪じゃ浮いてしまうのは仕方ないが、だからといって普通はここまでじゃないだろう。どれだけ態度が悪いんだ。女子に冷たくしてるんじゃないのか。無駄に睨みつけたりしてるのか。中学のころには考えもしなかったが、彼は存外人相が悪い。威嚇すればそりゃ怖れられもするだろう。

「やだ、こっちくるよ…」
隣にいるアユミが怯えた声をだす。さっきまで大きな声で笑っていたとは思えない顔だ。
ここまで怯えられるなんて、噂って怖い。彼と話しでもしたら、明日には私も噂の的かもしれない。ヤンキー、援交、少年院くらいは言われるかも。ああめんどくさい。いつか借りは返してもらおう。そういや中学のころ貸したゲームまだ返してもらってないぞ。

「私のマリオカート返せ…」
「は?」

アユミに不審な目で見られた。







「五十嵐、古典の教科書貸して」
「……」
「何その顔キモイ」
「誰のせいだと思ってんのよ…」

ああ視線が痛い。アユミの怯えた青い顔が見える。友達が校内一の不良と話し始めたんだもんね、そりゃ逃げたいよね、その場から離れたいよね、かわいそうに。
対して原はいつも通りだ。周りの視線なんて気にならないみたいに、平然と立っている。
前の原なら、きっとここで冗談のひとつでも言って、見ていた女子はくすくす笑って男子はラリアットでもかましにきたんだろう。
それなのに、今のヤツの澄ました顔と言ったら。

ああ、ため息がでる。



教室に戻って持ってきた教科書を渡すと、原はどうもと言って目を伏せた。

「…一組に借りに行けばいいのに」
「そうだな」
「ずっとこのままでいるつもり?」
「そうだな」
「意地張ってんなよバカ」
「…そうだな」

眉を下げて笑う。
そんな笑い方似合わないのに。

ああ本当にため息がでる。こんなこと言ってあげられるのも、この学校では私しかいなんて。




「さっさと仲直りしないとマリオカートの貸しをトイチで請求するからね」
「は?マリオカート?」


こいつ忘れてやがる。
ああまったくもってため息だ。ままならないいろいろを憂いて、原のすねに一発お見舞いしてやった。








title にびいろ





すくわれやしない 

November 20 [Thu], 2008, 3:52
雪が降る。
昨日まで見えていたアスファルトは、もう見えない。

暗がり 

August 16 [Sat], 2008, 18:47
心のなかに溜まった膿を 吐き出すにはどうしたらいいんだろう
人を避けて 好きになることを怖がって
ひとりになるのは嫌なくせに ひとりでいたいと思う
誰かが私から離れていくくらいなら自分から離れたいと思う
どうして毎日は続くんだろう
この先に希望なんて無いのに
きっと誰もいないのに

泣き顔は珍しかったかな 

February 28 [Thu], 2008, 13:34
庭には桜が舞っていた。広い庭の中でも際だった存在感を感じさせる、祖父の自慢の桜だ。

縁側に座ってちらちらと花が落ちる様を見ていた。大人達は葬儀の準備におおわらわだろう。どうしてもあの騒がしさの中にいる気分にはなれず、この離れに逃げてきた。

夜になるとこの縁側に座ってひとり杯を傾ける祖父を思い出す。気難しいところもあったが、俺には優しい祖父だった。

『弦一郎、飲むか』
祖父はいつもそう言って杯を持ち上げた。いたずらを思いついた子供のような、にやりとした笑顔は幼心に刺激的で、母親には内緒で祖父に付き合った。幼い頃には、舐めるだけ。小学5年の時に初めて一杯飲み干した。祖父は嬉しそうに大声を上げて笑った。祖父と共有する秘密は、少しだけくすぐったかった。


ぎしりと床が軋んだ。
「弦ちゃん」
ぺたぺたと足音を鳴らしてやってくると、カンナはすとんと隣に座った。

「来てたのか」
「うん、弦ちゃんに会いたくて」
「…そうか」
「桜ももう終わっちゃうね」
きっとすぐ夏が来るね、そしたら、またテニスばっかりの毎日だね。今年の大会も楽しみだな、だってテニスしてる弦ちゃん、いちばんかっこいいから。おじいちゃんも弦ちゃんテニスしてるの見ると嬉しそうだったよね

顔が上げられずに、俯いたままカンナの声を聞いていた。カンナの細い手首が見える。
唇を噛みしめると、手首が動いた。カンナは目の前にきて、そっと腕を引いた。抱きしめられる格好になる。カンナの肩に頭をのせた。

「弦ちゃん」
「弦ちゃん、誰も見てないよ」
「だから、我慢しなくていいんだよ」
「悲しいなら、そう言っていいんだよ」

カンナからはほのかに甘い匂いがした。昔カンナからしていた匂いとは違うような気がした。

「…こんな時ばかり、年上ぶるんだな」
「だって私弦ちゃんよりふたつも年上だもん」
「そうだったか。忘れていた」
「もう、もっと年上を敬ってよね」
笑おうとした声がかすれた。喉の奥が苦しくて、言葉が出ない。熱くなる瞼を隠すために、カンナの腰に腕を回して引き寄せた。

泣いてもいいよ。
そう言いたげに、カンナの手が、ぽんぽん、と二回頭を撫でた。




title : にびいろ

好きじゃないよって強がってみる 

February 28 [Thu], 2008, 4:14
すきなものはすきなんだからしょうがないじゃん、と目の前のひとは言った。
オレンジ色の髪から覗く額にはうっすら汗が滲んでいた。
このひとは生きてるんだと思ったら、すこしだけ目の奥が熱かった。

くるしいのはいやだ。
大切なものを大切だと知ってしまうと、なくすときにつらいんだ。
大切なものを信じてしまうと、裏切られたときにかなしいんだ。
つらいのはいやだ。
だからわたしは大切なものを探さない。

いつまで続くかわからない明日を、信じながら生きるのはもうやめた。

このひとの名前はなんだったか。
わたしは思い出すふりをする。
ほんとうは頭からこびりついてはなれないのに、必死で思い出すふりをする。
このひとをすきだと認めてしまえば、諦めたわたしの明日が恋しくなる。



title : にびいろ