「優勝おめでとう」
ロッカー室にいた神楽坂に声をかける。
神楽坂はまだユニフォームにジャージを羽織った姿のまま、ベンチに腰掛けていた。
大会は、大方の予想通り神楽坂の優勝に終わった。佐野は、惜しくも準優勝だ。ただ、ブランクを考えれば快挙とも言える。辛うじて跳んだ佐野と、軽々と自己ベストを更新した神楽坂。二人の差は圧倒的だった。
「思ってもいねぇことよく言うよな」
「なんだよそれ」
振り向いた神楽坂は、瑞稀の顔を見ると鼻で笑ってそう言った。こいつはいつもそうだ。いつも人を見下したような顔をする。
「オレはちゃんと本心から…!」
「あー、はいはい」
おざなりに言うと、神楽坂はユニフォームに手をかけた。思わず顔を逸らして背を向ける。
くっ、と吹き出す声が聞こえた。
「何、着替えを見んのは恥ずかしいの」
「だって…!」
「毎日見てんだろ?佐野が着替えてんの」
「見てない!」
気配が近い。
感じた瞬間に耳元で声がした。
「着替えなんかよりもっと恥ずかしいことしてんだろ?」
俺と。ぺろりと神楽坂は瑞稀の耳を舐めた。
「なっ…!」
顔に血が上っていく。今、絶対耳まで真っ赤だ。肩を引かれて背中をロッカーに押し付けられる。
「上くらい着ろよ…!」
「だから俺の裸なんてもう見慣れてるだろって」
神楽坂が顔を近づけてくるから、瑞稀はぎゅっと目を閉じた。
「佐野に優勝して欲しかったんだろ?悪いな、優勝が俺で」
神楽坂は唇が触れるか触れないか、ぎりぎりのところでそんなことを言うから、唇はすぐに塞がれてしまって、瑞稀は否定も肯定も出来なかった。
慣れない。神楽坂の裸を見るのも、キスも、触られるのも、見つめられるのも。神楽坂に抱かれるのはもう片手じゃ足りないくらいなのに、瑞稀はそのたびに心臓が壊れるんじゃないかと思って、何も考えられなくなる。
神楽坂の手はいつも妙に優しくて、だから瑞稀は最初戸惑った。ほとんど無理やりの行為だったのに、丁寧に繊細に、まるで壊れ物でも扱うかのように触れられて、瑞稀の体は熱くなって、簡単に達してしまった。
今だってそうだ。気付かないうちに瑞稀の体の下には神楽坂のジャージが敷いてあって、堅い床の上でも少しでも痛くないように気を使われている。
優しいやつなんだろうと思う。佐野の練習を見に行ったときにもそう思った。思うように跳べない後輩に声をかけ、アドバイスをする。佐野を練習に誘ったのも神楽坂だ。いいやつなんだろう、ただ、わかりづらいだけで。
もっと、ひどくしてくれればいいのに。そうすれば、神楽坂のこと嫌いになれるのに。
神楽坂は優しく瑞稀の髪を撫で、耳元で瑞稀の名前を呼ぶ。
瑞稀はそれを心地良いと思う。
神楽坂に触られているあいだ、瑞稀は佐野のことを忘れる。
神楽坂はもう慣れたのかな。
私の裸とか、私に触るのとか、慣れちゃったのかな。そもそも女の子の体とか見慣れてるんだろうなぁ。
そう不安に思う意味を、瑞稀はまだ気付かない。