6月20日課題 

June 27 [Wed], 2007, 13:10
 「タクシードライバー」を観て、ニューヨークにあるタクシー会社に運転手志望の男トラヴィス(主人公)が表れた。深刻な不眠症を患っており、定職に就くことができず、ただ顧客の言われた通り多種多様な人を目的地まで送り届けるだけだった。余暇になるとポルノ映画館に行ったり、夜のマンハッタンを当てもなく運転したりという孤独で退屈な毎日を過ごしていた。夜のマンハッタンで目にするものは、麻薬と性欲に溺れる若者ばかりでその退廃ぶりにトラヴィスは怒りと不満を募らせていった。
 トラヴィスは次期大統領候補であるパランタインの選挙事務所に勤めるベッツィーに一目惚れをしてしまう。トラヴィスは、選挙運動へ協力したいと言い彼女をデートに誘い出す。徐々に距離を縮める二人であったがトラヴィスは行きつけのポルノ映画館にベッツィーを連れて行き彼女を怒らせてしまう。以来、ベッツィーに電話を掛けたり、花を贈ったりしたが、電話に出てもらえず花は送り返された。ついには彼女が働く選挙事務所に押しかけ「地獄に落ちろ」と怒鳴り大騒ぎをしてしまった。
 トラヴィスの不眠症と精神病は段々深刻になっていった。腐りきった街を正すという思いは妄想から現実味を帯びていくようになった。
 日常に耐えられなくなったトラヴィスは裏のルートから拳銃を仕入れ、射撃の訓練をしながら肉体を鍛え上げていった。ある夜、スーパーマーケットに黒人の強盗が押しかけた。トラヴィスは拳銃を取り出し強盗を射殺した。事件の処理は店主が請け負い死んだ強盗を殴りトラヴィスをその場から逃がした。売春婦が現れた。アイリスと名乗る売春婦にトラヴィスは売春に明け暮れる生活を止めるように説得した。その頃からトラヴィスは自分が何らかの使命の下に生まれてきたと感じるようになった。
 トラヴィスが怒りの矛先を向けたのは、国を仕切る大統領であった。次期大統領候補であるパランタインの集会に、モヒカンにサングラスの目立つ格好でトラヴィスが現れた。パランタインに拳銃を突きつけようとした彼はシークレット・サービスに目撃され人混みの中を逃げた。その夜トラヴィスは、アイリスの交際相手であるスポーツのアパートを訪ねた。トラヴィスは正義の名目の元にスポーツや用心棒、アイリスの売春相手を立て続けに射殺。銃弾を受けて重傷を負うも、一人の少女を売春から救った彼は新聞から英雄扱いされた。最後にトラヴィスがベッツィーを家まで送るシーンで、もうなんでもないかのように振舞って見せたが最後にミラー越しに睨みつけて去っていた。
 この映画ではニューヨークの階級の違った登場人物が出てきた。またスラムの住人と高級マンションに住んでいる人を対比し、政治によって国をよくしようとしている人と銃を使い武力により今住んでいる場所を正そうとする人などニューヨークの光と闇が対比している姿を描いていると思う。

6月20日課題 

June 27 [Wed], 2007, 12:55

6月6日課題 

June 13 [Wed], 2007, 11:06
 ヴィクトリア朝とはヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年の期間を指す。この時代はイギリス史において産業革命による経済の発展が成熟に達したイギリス帝国の絶頂期であるとみなされている。
 バジョットがイギリス憲政論を唱える前の講壇的憲法論はモンテスキューやブラックストンの影響を受け、イギリス憲政の特色を、三権分立とその均衡に求めていた。しかし、バジョットはこれを否定するために憲法の有効性を「威厳を持った部分」と「機能する部分」に分解した。「威厳を持った部分」は、国民の感覚に訴えて、憲法に尊敬の念を喚起する演劇的要因であると考えられた。また、「機能する部分」は、これは国民の心中を利用して、現実の支配を行使する有用的要因であると考えられた。バジョットはこの二つの部分が君主、上院、下院、内閣のそれぞれに保有されている事実を例証している。「威厳を持った部分」は君主と上院に濃厚であり、「機能する部分」は希薄である、逆に下院と内閣は「機能する部分」が濃厚であり「威厳を持った部分」は希薄であるとしたのである。バジェットは、これらの論理を国民が理解していないとして指摘もしている。
 今回の地図を分析すると、上の方は街がさかえており下の方より数が多い。また、テムズ川の外側の回りに主要な建物や広場がある。ウェストミンスター寺院のある一角はウェストミンスターと総称され、王の住居であるウェストミンスター宮殿が存在している。そして、これらの周辺には公共施設が多数建設されていたのである。1295年に設立された初めてのイングランド議会である模範議会も宮殿内で開催されている。また、バッキンガム宮殿は1703年、バッキンガム公ジョン・シェフィールドがその邸宅として建てたものを、1761年にジョージ3世が譲り受けて私邸に使うようになり、1837年のヴィクトリア女王の即位のときに宮殿となった。ロンドン塔も王族や貴族の国事犯を幽閉した牢獄として有名である。このように、ロンドンの一部に主要な建物が集中しているのではなく、広い範囲に建物が点在している。
 このように、権力のある君主の周りに権力のある建物をおくことで、さらに君主の権力は増幅され、絶対的なものであると市民に言わずともわからせることができ、イギリス帝国の絶頂期がてきたのだと思う。

5月16日課題 

May 23 [Wed], 2007, 10:58
 これは1780年代におけるCharlestonの英国の海上火災保険業界における信用調査・市場調査である。この地図は、道幅や一つひとつの建物まで詳細に調べられていることがわかる。
 この地図で赤く塗られている部分は、レンガ作りの建物を表している。また黒い部分は、木造の建物を表している。
 また、地図を見るとレンガ作りの建物が南東に集中していることがわかる。これは、教会や裁判所、市場などの主要な建物が集中しているからでありCharlestonの中心的役目を果たしていたと言える。それに主要道路、公共の主要建造物の近辺の建物はレンガ造りの建物が多いこともわかる。
 それに比べて南東の地域以外はほとんどレンガ作りの建物がない。それに建物もあまり建てられていないことがわかる。


5月9日課題 

May 15 [Tue], 2007, 19:08
 18世紀といえば日本近海に外国船が出没し、中には難破する船も現れた時代である(イタリア人シドッチと新井白石の『西洋紀聞』(1709〜1715)。当時太平洋にはスペイン領のメキシコとフィリピンの間には通商路が開設されていました。メキシコ銀貨は南海(中国〜東南アジア)における国際通貨でした。18世紀の50〜80年代といえば平賀源内や解剖学の杉田玄白、農学の青木昆陽、海防論の書『海国兵談』(1790年代に寛政異学の禁に抵触)の登場する時期です。  当時北米大陸の領有をめぐり英仏が覇権争いを展開しており、ブーケンヴィルクックの活躍は七年戦争後の太平洋海域における西洋列強の覇権争いを予告する一つの事件であった。当時の地誌はそれに参加した科学的探険家たちによって担われていました。 当時わが国は江戸は金本位制でしたが、大阪や博多・長崎はかつての南海交易との関係で、銀本位制(銀行・銀座)の下にあったのです。16世紀や17世紀における日本列島は鉱山開発ブームでしたが、これはこの南海(南蛮)交易との関係で、理解すべき内容を含んでいます。江戸初期における日本の貨幣制度は貴金属類の流出で何度か崩壊の危機に直面しています。 わが国の伝統的地誌(図会類を含む)の編纂は17〜19世紀を通じて盛んに行われていました。その問題は別途検討してみることにしましょう。 講義の中では西欧列強による初期資本主義のグローバルな拡大と海外情報のヨーロッパにおける関心の高揚、かかるブームを受けて地誌(旅行記や航海期を含む)形式のユートピア文学の流行、ユートピア願望が新大陸への彼らの移住を促したことにふれた。 アダム・スミスの『道徳情操論』と新大陸における労働力調達を考えておこう ユートピア文学との関係で18世紀の歌劇『フィガロの結婚』(モーツアルト)の荒筋を検索しておこう。支配者と被支配者の立場の逆転をおもしろおかしく描写しています。これは市民革命に繋がる思想の流行を取り入れた結果なのです。ロココ風―これがモーツアルトの時代の西洋社会(裕福な自営業者=ブルジョワジーが担う)の新しいムードだったと文化史の教科書は書いていますが、それを可能にしたのはアジア・アフリカ・ラテンアメリカの経済支配の進展でした。 観察対象を詳細に捉え、それをデータ化する凄まじい情報。その片鱗は博物学者たちが残した動物や植物の挿絵(細密画)からも十分に感じられます。絵画の形式も聖書を題材とした歴史画に代わり、風景画や地図など写実的なもの(科学的なもの)が登場するのです。本来地図は地誌の挿入資料として作成されてきたものでした。 Trivialism(細叙法。一種のレトリック=説得のための表現戦略)。ダニエル・デュフォー『ガリバー旅行記』はその典型をなす経済小説。ロビンソン・クルーソーの冒険というユートピア小説の同様 当時の西欧の都市には植物園・動物園・民族展示館などが盛んに作られていますが、それは植民地経営と連動したことだったのです。民族展示館は異国の珍しいものを、植物園はプランテーション経営の栽培作物学的サポート機関だったのです。ブーケンヴィルの一行はあのタヒチ島でサトウキビの新品種を発見したと指摘しましたが、彼らの活躍は植民地経営における技術革新(旧大陸の労働力と旧大陸の生物資源とをユニークな形で結びつける=シュンペーター流にいえば「経済発展とは新結合を遂行すること」を文字通り)を実践することと直結していたのです。 参考文献 伊東光晴ほか『シュンペーター 孤高の経済学者』岩波新書  川勝平太『文明の海洋史観』中公叢書1997.139-217頁  R.A スケルトン『図説 探検地図の歴史』原書房 1992  アダム・スミス『国富論』中公バックス 世界の名著37

アメリカの地図 

May 01 [Tue], 2007, 17:08
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