人の心で遊ぶつもりなんて 

2009年01月28日(水) 1時14分
ぜんぜんないのに、とか

自然体でいるだけなのに、とか

そういう言い訳はあとからいくらでも

できるわけで、

言われてからでは

遅かったりもするわけで、

いったいいつからそんな芸当が

できる人間になっていたのかなんてことにも

自覚症状がないくらい、

そんなにも自分は

変わっていただろうか、

という疑問形すらも

ぼんやりと醒めたものでしかないことにいささか驚く。





・・・と、思うことそれ自体よりも

そうして変わった自分を

かつての居場所であったかけがえのない場所は

まだ受け容れてくれているのだろうか、

という自己愛しか自分の中に存在しない、ということのほうが

よっぽど痛いという

エゴを噛みしめながら

詳細やら、解きほぐせない自分自身の胸の内を

誰にも言えない、もしくは言わない、

ことになんだかおかしな安心感を感じながら



具体的生活そのものは

驚くほど規律正しい最近の私です。



まあ、すこーしだけ客観視して自分を眺めるならば

このあたりがいろんな意味で転換点かな、と思ってます。

仕事を始めてからというもの特に

抽象的な表現でしかここに文章を書けなくなってしまっていますが、

そのうち、別の形で親しい方々には

何を考えているか、何を伝えたいか、何を分かち合えるか、

きちんと整理した上で、お話したいと思っています。




カムイとの出会いと、経済への斜めな視線。 

2009年01月13日(火) 0時46分
80q離れたN市まで、車を走らせる
昨日降った雪のせいで、だいぶ心許ない走りではあるけれど
ミスチルを大音量でかけながら窓を全開にしても誰にも咎められない
東京では絶対に味わえないこの爽快さ

ふと会いたくなった酪農家を訪ねる
「おう」まるで昨日も会ったといわんばかりに出迎えてくれる
いつも強気な彼が珍しく弱っている理由は
だいたい察しがつくけれどあえて聞くことはしない

今年は丑年
去年の分を取り返せるくらいの
追い風が吹いたらいい

金融危機が叫ばれる時代における
一次産品の意味づけを考えてみる
実体経済とはどこまでを指して
農作物は「証券化」の影響からどこまで逃れられるだろうか

知識と知恵が少しはついてきて
話す人々の層も変わってきた
変わらないものと変わったもの
偏ってきたということではなく
厚みと柔軟性を帯びたということであるように
日々 あしもとを見つめながら進む2009年でありたい

帰り道、
カムイに出会った
坂道の横の樫の木の上
人間界に近くはないと思われているはずの彼が
車で走り去る我々のすぐ側にいた

なんだか頬が緩んでしまう
森の知恵者と呼ばれ
先住の人々が神と敬うあなたは
そんなところから私たちの営みを見ているんだね

そういうことかとつぶやいてみる
あちらかこちらか、あれかこれかではないということ
区別し、理論立て、無意識下で選択を迫っているだけで
実はそこに自然界が与えた断絶などないのかもしれない、ということ

自由という牢獄
選択という「自由」
どれも資本主義という(いくつもあるうちの)ひとつの「価値観」
にすぎなかったという事実

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経済の本を何冊かまとめて読んだ
『生きるための経済学』
『歴史から読む現代経済』
『予想どおりに不合理』
『すべての経済はバブルに通じる』
『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』

考えたことはいくつもあるが、ひとつだけ経済とは直接関係の薄そうなこと
精神医学あるいは行動経済学など心理にまつわる研究が
ユダヤ・ドイツというキーワードに深く関連しているのは興味深い

フランクルは強制収容所を経験しているし
ダン・アリエリーは青年期にイスラエル軍に従軍。
「自由の牢獄」を書いたM・エンデもまた、ナチスの時代を生き延びた人だ

もともと心理学のはじまりが
軍隊にあるから当然といえば当然だけれども

経済を考えるとき
そもそも経営や経済の思想の根底に
軍事的要素が流れていることを意識せずにいられないのは
少しだけ哀しい。

そしてなぜか幸せだと思う夜 

2009年01月10日(土) 0時57分
人間が好きだから今の仕事をするようになったんだったな、
と、今日、思い出した。

いま取り組んでいる仕事は、人間に向き合う作業の積み重ねだ。
ひとの、
無力さを噛みしめ、
ズルさを目の当たりにし、
卑しさに向かい合って、
自分の心を砕き、削りながら、ギリギリでこなしている仕事。

それでも、そんな日々だからこそ、
泥水の中に光る砂鉄の美しさが何よりも愛しく思える。

それは、
ご近所さんがドアノブにかけといてくれる失敗作のカレーのおすそわけだったり、
部長と部下の板挟みになって本音を言えない課長さんの目に宿る光だったり、

仕事が見つからなくて家族に会えないお父さんだったり、
娘に教育を受けさせられない自分を恥じているお母さんだったり、
思うように動かない体を憎みながら受け入れているお年寄りだったり、
矛盾を感じながらも社会の制度に乗っかっている若者だったり、
伝えたい思いを飼い殺しにしている自分だったり、
する。

追っているテーマは社会の大きな構造だけれど
ジグソーパズルのひとつひとつは
ひとりひとりの生身の人間だという
当たり前だけれど当たり前でない事実、を
ふと思い知るこんな夜に、
涙が出るほど
ひとは愛しい。

なんて、感傷に浸れる自分は
まだまだ人間らしい、ことに嬉しくなる。

起きた瞬間に呻きたくなるような、
眠りにつくためにはアルコールに頼らなくてはならないような
いまにも心を病みそうなこんな仕事をしていながら、
なぜかこれまでのどんな時よりも
「自分」を持って動いているという不思議な事実。

1日、仕事をした中で、
汚さと弱さと痛みを1000味わったって
その中に
愛しくてたまらない ‘ひと’  という生きざまが
ひとつでもあればいいじゃないか、なんて
家の鍵を開けながら明日も思えればそれでいい。

♪Baby 人なんだからもっと
  可笑しい 楽しい 嬉しい 愛しい
   Baby それでも人だから
   寂しい 悲しい 空しい 卑しい

      Baby 今夜君と共に
      笑って笑って笑って笑う
      Baby 人の海の中
      渡って渡って渡って渡る
   
           (レミオロメン『透明』)

あいや〜 

2007年08月23日(木) 1時10分
北の国から2007

ひともすなるヒトリグラシというやつを始めてはや4ヶ月が過ぎようとしておりマス

諸事情によりまして

ブログは中断しておりましたが

仕事の中身を書かなければ問題なかろーということで

ぼつぼつ書きにこようかと思っておりマス。



それというのも

生活習慣が乱れまくっとるせいか

こんな時間(夜中の1時半)にモーレツに腹が減る。。。



…という事態に陥り

ぐうぐう鳴って何もできないので

作りこんであった煮込みスープにすり身の団子を作って投げ入れ

食いながらのブログ作成。



うまいでねーか。



今夜はこれからはりーぽったーの

再収監、最終巻

を読みまする



仕事して帰って寝るだけじゃつまんねーやい

とか思ってはいるのだが

どうせ明日もばたんきゅーになりそうなけふこのごろ


何やってたかってーと 

2007年03月23日(金) 2時48分
卒業式さぼって北京行ってました笑
参加費無料・黄山に行ける・人民大会堂に入れる
ってのの三拍子に惹かれてつい魔がさしたわけです

色々ハプニングもあったものの、行ってよかったです
やっぱり旅は「人」ですねえ
と思うことしきり

中国人には国に対するノブレス・オブリージュ精神って無いんかい?
と疑問に思うこともありました

全体益を考えれば汚職とかしてる場合じゃあんめ?
などなどですが

愛国心?
ナショナリズムとでも言うんでしょうか
ちょっと違う気もしますが

ほんじゃ日本にはそれがあるのかというと
「うーん」
となってしまうものの、

高度経済成長を実は支えていたといわれる官僚主導の青写真が
汚職がほとんどの場合で大した障害にならずに成功したのは
なぜなのだろうと訝ってみたりします。

でも学生に聞くと「中国人に生まれてよかった」と言うし
societyに対する感じ方の違いがあるのかもしれません

まあ色んな意味でカルチャーショックでしたね
ホントに溝だけのトイレとかあるし

「不信」を自覚する。 

2007年02月06日(火) 1時51分
サークルの同期の友人たちと、久しぶりに再会した。

D吾が何度も確認するようにつぶやいていたけれど、「みんな、変わらないね〜」っていうのが本当に嬉しくて、それぞれ確実に変わっていっているのだけれど、そのメンバーで集まったときには変わっていない何かがある。

「PKO」だの「テロ」だので議論をするのでなくても、なんとなく集まってまったりと時間を共有するのが心地よくて、ほとんど生産性が高いとはいえないような話でもみんなでしていること自体が幸せ。

現役でサークルをやっていたころは「会議をしなくなったらみんなと話すことがあるだろうか」なんて考えたりもしたけれど、それぞれ境遇が変わっていっても集まれば楽しいものだ。

だけどみんなで話していて、ふと寂しくなったことがあった。


ポーランドの音楽 

2007年02月04日(日) 1時30分
ヨーロッパに行ったときに、「2006年のヒット曲@その国」なCDを買い集めてきた。
チェコのものも面白いが、
ポーランドの音楽がこんなにいいとは
期待していなかったので、想定外の嬉しい驚き。



ポーランドは、行った感想としては全体的に暗いイメージしかなくて
(冬なので4時には日が落ちて暗くなる。おまけに節電しているためか、お店も人が来ない時は電気が消えていてコワイ)、

日帰りで行ったアウシュビッツの記憶と、

アウシュビッツ行きのバスがあまりに揺れて気持ち悪かったことと(道の舗装があまりよくないのに、猛スピードで走る。普通の日本人には耐えられないだろう)、

バスの窓から見えた、明らかに貧しい農家の様子と、

いたるところに張ってある政治家のポスターと(経済状況があまり芳しくないポーランドでは、政治に対する国民の関心が非常に高いと聞いた)、

コペルニクス大学で医学を学んでいるという日本人女性の強烈な個性と(なにしろポーランド人を”連中”よばわりしていた・笑)、

同じくコペ大に学びに来ているというサウジアラビア人3人組と、

クラコフの駅にいたホームレスの人たちの顔色の悪さと異臭と、

女2人が歩くには危険すぎる夜の小路のオソロシサと…






…くらいだったのだが




      …音楽はいいぞ、この国!



ポーランド語が分かるわけもないので何を言ってるかよくワカランのだけれど、
たとえば”Big city LIfe”なるポップで軽快な曲がある。
これはポーランド語の歌詞に、時々英語が混ざる。



Big city life
People in the shadow
All line in the road
We just push on by
it's funny how hard we try
Take a moment to relax for you to do anything right
Don't you wanna know me
Be a friend of mine
I share the widsdom with you
Don't you ever get lonely from time to time
Don't let the system get you down

Big city life...

(一部)




大都市が出現して、でも農家は貧しいままで、格差が拡がっていく…
どこにでもある光景ではある、が。


この、big city life という歌には、これから経済発展をしたいと必死に望んでいる人々の、
「でも、それだけでいいのか、人間は」という戸惑いとの相克が見え隠れしているように感じる。
東京のような大都市に暮らす人間には、はっとさせられるような歌詞でもある。


「群衆の中の孤独」はモーパッサンだったかリップマンだったか。
自らの作ったシステムに食われる人間を危機感を持って歌う箇所には
フーコー的な匂いも。



いかがですか、この歌詞。




クラコフの駅前にはモールが立ち、物価も先進諸国なみで、栄えていた。
でも、経済が回っているのはそこだけという感じで、
一歩外に出て歩き回ったりすればスリしかいない。
警察がしょっちゅうパトロールしている。


他には、policemanの歌もある。
こっちは完全ポーリッシュ。したがって意味は完全に不明。
茶化したような滑稽さのある2拍子に乗せて、ラップ調で警官について歌っている模様。
曲の雰囲気から察するに、
「警官ああ警官 今日もあそこに立っている かわいそうさ」みたいな感じ。



私のお気に入りは”Arash”て歌ってる曲なんだけど、
それにしてもなんていう意味なのか全くワカラン。




誰かポーランド語が分かる人いませんか?(笑)


スペイン語の未来と既得権益 

2007年01月28日(日) 22時43分
今朝、目覚まし時計の音に目を開けて体を起こしたその瞬間に、

スペインでスペイン語が話されなくなったらどうなるだろう

となぜか突然思いつく。

先日『ある国では母国語より英語がメインになってしまい、
ラジオで放送する洋楽を全体の半分以下にするように
政府が命令を出した』みたいな記事をどっかで読んだのが
残っていたのかも。



うろ覚えだけど、デンマークだったような。あれ、ドイツだったかな??



スペインでスペイン語が話されなくなることって、あるんだろうか。

でも、中南米ではスペイン語が残り続けるだろうし…

いくら人的交流が進んでも、反米感情が強いようだから
英語がスペイン語にとって代るってことは
ないと思うのだが。




てことは、少なくともスペイン語が消滅することはないな。
と、意味も無く安堵してみたぱるこ(21)だった。





最近、起きてすぐに浮かぶイメージがおかしいのです。
この間なんか目覚まし止めた途端に





『既得権益』




の4文字がくっきりと浮かんで・・・



あ、そこ、どんだけ黒いんだ、とかツッコミ入れないように。





しかし人間の脳って何を考えているやら、、、


本人にも理解不能なのでねえ。



ああ怖い怖い 

2007年01月21日(日) 23時45分
この週末、
名前を言ったら誰でも知ってるような人たちに会った。



オソロシくてブログなんぞには何も書けないが

本気で天命全うしようとしてるオッサンつーのはこういうもんだ

と悟らされた。




こういうとき理屈で「どうしてこのオッサンが怖いか」
なんて説明はできないんだが、






そりゃあもう動物的なカンで「これは、やばい」
と「悟る」わけである。






んで、



忘れかけていた、忘れてはいけない、あの人とあの国。 

2007年01月21日(日) 1時19分
メールのアカウントを開いて”From Abroad”に何か入っていると、
私はドキッとする。

そこに区分されている人は限られていて、
彼らの1人からメールがあるというのは
それだけで特別なことだからだ。


”From Abroad”
のボックスは昨年、実質的に”From Iraq”になっていた。


ここに分類されていたのは、

海兵隊の一員としてイラクに行っていたアメリカ人の友人と、
それを受け入れていたイラク人の友人である。


もっとも、イラク人の友人はめったにメールをしてこなかったため、
実質的には”From Iraq”もアメリカ人の友人限定に近いものになっていた。

が、アメリカ人は昨年、無事に帰国を果たしていたのだ。
とすると、このメールをくれたのは誰だろう…