5/24 いいとも ゆず 

May 24 [Thu], 2012, 13:10

2012年5月24日のテレフォンショッキング ゲストは、ゆずでした。明日のゲストは「遠藤憲一」さんです。
新曲「with you」のポスター持参。

去年出たの調べたら、9月去年の9月の15日なんだよとタモリさん。あ〜と北川さん。丁度なんかベルサイユかなんか行ってと岩沢さん。そうだと北川さん。(えっ) あのフランスに行ってと岩沢さん。ベルサイユに村上隆さんの展覧会行って、初めての晩餐会行ったみたいな話しをさせてもらいましたと北川さん。その日以来ですねぇと岩沢さん (だから、その後に結婚なんだ、直後に) ん?その後かな?次の年と北川さん。次の年ですね、もう1年と岩沢さん (次の年か?) はいと北川さん。年ですね、はいと岩沢さん (そうかそうか、へぇ〜まあお二人揃って) ありがとうございますと岩沢さん。1ヶ月違いでと北川さん (1ヶ月違いなんだよねぇ) そうなんですよと北川さん (それ話合ってたの?) いや、話してはないですけどと岩沢さん。いやたまたまなんですよねぇ、はいと北川さん (本当にたまたま?) 本当にたまたまだよねぇと北川さん。まあ折り入ってこう、「あの実は…」みたいな、で、お互い「実は…」みたいなそんな感じだったです、折り入って話しがと岩沢さん。「ちょっといいかな?」みたいな、スタッフのみんなちょっと外出てってもらっていいかな?みたいなと北川さん。そんなタイミングも同じでしたねと岩沢さん (お互い出てどうなの?あれ) 何ですか?と北川さん (式に出て) 式ですか?式はでもまあこっぱずかしいですよね、なんかこうと岩沢さん。いやなんかその、話とかするじゃないですか、あの普段こう、普段こう横並びじゃないですか、で、あんまりこう彼に向かって話すことってないんですよね、皆さんに向かってこう2人で話すことはあるんですけど、あの〜で、まあ厚治君とは小学生からの付き合いでみたいななんか、今更何やってんだろうみたいな、恥ずかしいと北川さん。僕も同じですねぇ、北川君とは小学校からの付き合いでと岩沢さん (北川君っていうんだ?) いやなんかちょっとねぇ、他人行儀な感じでねぇ恥ずかしかったですねぇと岩沢さん。それはちょっと恥ずかしかったですねと北川さん (結婚してどう?あの暇な日とか何かやってるの?) 暇な日でも今と北川さん (今日1日オフだなってのは) 1日オフだとでもどうですかねぇ、昼からあの一杯飲んだりとかするのは最高に嬉しいですねぇと北川さん (そうなんだよねぇあれねぇ) 夜飲むのもまあもちろんいいんですけどと北川さん (いやいや昼間飲まないと) ですよねぇと北川さん。凄い優越感よねと岩沢さん (酒はあの〜昼間飲まないとダメなんだよ) そうですよねぇと北川さん (う〜ん、夜飲むのは素人) ど素人ですねぇじゃあと北川さん。ど素人ですねぇと岩沢さん (ど素人、夜飲んでるとどんな危険があるかわかんないよ、夜はもうパッと空になったら、こうやってスッと帰る) 昼って何飲まれます?昼ってと北川さん (俺はねぇ、あ〜え〜と、こういうこと話していいとも〜、俺、あ、まず今日は何もないとなるじゃない、そうすっと朝起きて歯を磨く前にまずビールを飲む) ええ〜と北川さん。凄い大人のたしなみですねと岩沢さん (まず起きていい天気だなぁとこう思って、日光を浴びて、それでこうプシュー、冷えたグラスにこう注いでそれでこう飲むのよ) それもう何にもアテっていうか何にもなく?と北川さん (ないないないない、酒飲む時つまみを食べる人はあんまり素人だよ) あ〜凄いなぁと岩沢さん。僕ちょっと素人ですねぇ、岩沢君はねと北川さん。わりとそうですね、あんまり食べないかもしれないですと岩沢さん (食べない?) はいと岩沢さん (えっ、酒飲む時は、今日は1日何もないっつう時はどうする?) そうですねぇ、昼間っから飲むと、まあ夜まで持たないんで、僕はあんまりそのお酒の方には行かないんですけどと岩沢さん (あ、行かないの?) はいと岩沢さん (行ってごらん) 行ったこともあるんですよ、行ってちょっと後悔してるっていうかと岩沢さん (なんでなんで?) ちょっとこう1日ちょっと無駄というかですねぇ、次の日までこう引っ張ってしまったみたいなとこがあって (ずっと飲み続けて?) ちょっと飲み続けてしまったって時間がたくさんあるなぁ、まだ6時かとか、またそっから始まっちゃうんですねと岩沢さん。あ〜なるほどと北川さん。それがちょっとよくなかったですねぇ、はいと岩沢さん (でもそれはあるよそれは、いいじゃない) いいですか?と岩沢さん。あの迎い酒ってどうなんですか?と北川さん。あ〜2日酔いのと岩沢さん。2日酔いの時に、要はね、朝とかこうちょっと軽く、昼からなんつう話をと北川さん。全然いいとも向きじゃないんじゃないかっていうと岩沢さん。我々は何を話しに来たのか、すいません本当にと北川さん。申し訳ありませんと岩沢さん (俺はね2日酔いってのはないの) あ、ないですか?と北川さん (あの酔っ払った状態が続いてるだけなの) いいなぁと北川さん (気分が悪かったりムカムカしたりはない) 幸せな体質ですねそれと北川さん。迎い酒の話と岩沢さん。

(お、暴露クイズがある) はい、ゆずのお二人のためにご用意しました、タモリさん一緒にお考えください、では参りましょう!今年で15周年を迎えたゆずのお二人が、デビュー前に2人が共通でやっていたアルバイトは何でしょう?と三田アナ (ええっ) はい、これもう色んなとこで言ってますけどと岩沢さん。ヒントとしては今日の話にかなりちょっと繋がってはいますねと北川さん (居酒屋とかいうと) 北川さん、あのヒントが優しすぎたんじゃないかとと岩沢さん (優しすぎるよそれ) わりともういざなっちゃったみたいなとこありますねと岩沢さん。そうなんですよと北川さん (一緒のとこでやってたの?) そうなんですよ、あの僕が最初やってて、居酒屋のホールもう3年ぐらいやってたんですけど、その当時2年ぐらいやってて、北川さんがバイト探してて、であの友達がやりたいと言ってるんですけどって紹介してと岩沢さん。まあまあ伝説のホールと北川さん (あ、そうなの?) もうコンビネーションがと北川さん (いいの?) 素晴らしくて、それこそこうねぇ、僕がこうビールを例えばもってってる間に、もう岩沢次のスタンバイしてて、帰り際になんかを取ってまた持ってくみたいなと北川さん。そうですね、何か下げつつ拭きつつ、拭いたそのなんですか、台拭きをこう北川さんにパスしてと岩沢さん。パスを受けてと北川さん。パシッみたいな、そんなことやってましたコンビネーションはよかったですねぇと岩沢さん。素晴らしかったですねぇと北川さん。

えっと、あのまあ15周年なんで今年、えっと東京ドームのドーム公演を実はですね、えっと今週末が大阪、来週が東京で、ドーム公演やるんですけど、実は11年前にドーム公演をやったことがあるんですよと北川さん。

X/100人アンケートの質問は、「11年前のドーム公演に来たことがある人?」。2人と予想するゆず。結果は0人でした。残念。



ゆずは、日本のフォークデュオ。神奈川県横浜市磯子区岡村出身の男性2人で結成された。トイズファクトリーの関連会社、セーニャ・アンド・カンパニーに所属。音楽プロデューサーにJUN SKY WALKER(S)のベーシストである寺岡呼人を迎え、1997年『ゆずの素』でインディーズ・デビューする。翌年1998年1stシングル「夏色」、2ndシングル「少年」で立て続けにブレイク。1stフルアルバム『ゆず一家』は最終的に100万枚近い売上を記録した。

北川 悠仁(きたがわ ゆうじん、本名同じ、1977年1月14日)
岩沢 厚治(いわさわ こうじ、1976年10月14日)

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用しました。

5/23 いいとも 嘉門達夫 

May 23 [Wed], 2012, 16:59

2012年5月23日のテレフォンショッキング ゲストは、嘉門達夫さんでした。明日のゲストは「ゆず」さんです。
20年以上前のヒット曲「アホが見るブタのケツ」や「鼻から牛乳」が「ピカルの定理」などの影響で現在の子供たちにリバイバル大ヒット中。
DVD「嘉門達夫のワーッ!!」のポスター持参。

いや〜久しぶり、おいくつになられました?とタモリさん。え〜53ですねぇと嘉門さん。早いね〜とタモリさん。レギュラーやった時、29 (29か、レギュラーやってたんですよ) そりゃね〜もうチャンスカードと思って毎週力入りすぎて (力入れてたねぇ) 滑ることも多々ありまして、それで田中義剛と所ジョージさんとね、まだ青いですよねぇ (3人で所とそれから嘉門と田中義剛3人で歌を作るんだよ毎週) 毎週色んなテーマソングを (テーマソング作るんだよ〜あれ大変だったろ?でも毎週) そうなんです、内容的には僕は替え歌とかで結構面白かったんですが、最終的に所さんが最後にフワッてやるやつで全部さらっていくんですよ、これは (でも変わってないよあんまり) そうですか (これ29でしょ?) 29ですねぇ (50?) 53 (じゃあほとんど変わってないよねぇ) で、タモリさんに飲みに連れてってもらわなあかんでって義剛と、いいとものレギュラーやったらタモリさんと飲みに連れてってくださいって言おうって言うて、で青山かどっか飲みに連れてってもらって (あ、行った行った行った) ほんで裸で走り回って盛り上げなあかんとか思ってたんですよ (そうそうそう) なんかね、そういうあの鶴瓶兄さんとかも、そういう伝統があるじゃないですか大阪の、ほんでガーッと裸で走り回って、でもタモリさんはそんなん慣れてるから平然として、普通に何ソレ?みたいな感じで飲んで、しゃーないから俺も裸でカウンターでこう飲んでたんですよ (そうそうそうそう、そう、裸でこう真っ裸で飲んでる、でお客入ってくる時はちょっと見ただけですぐこうやって飲む、当たり前のように飲んでたねぇあれは) ねぇ、そんな時代ですねぇ (あれでも最初は落語家になろうと思ったんだよねぇ?) そうです16で笑福亭鶴光師匠に弟子入りしまして、ええ (鶴光でおま〜) はいと嘉門さん。

嘉門達夫 プロフィール
1975 16歳で笑福亭鶴光に弟子入り
1980 笑福亭鶴光から破門宣告
1981 桑田佳祐より芸名を命名される
1987 笑っていいとも!レギュラーとなる
1992 「替え唄メドレー」が82万枚の大ヒット。紅白歌合戦にも出場
     その後も様々なヒット曲を発表
2012 「アホが見るブタのケツ」や「鼻から牛乳」が子供たちの間でリバイバル大ヒット中
明石家さんまは親戚弟子 槇原敬之は高校の後輩


(弟子入り、何で破門されたの?これ) 今から思うと落語がそんなに好きじゃなかったんですね (ええっ、あ、そう) ラジオで喋る人になりたかったんですよ、それで鶴光師匠に憧れて (当時は落語家よく全ラジオやってたからね) それで鶴光師匠に行ったんですけど一応ラジオの番組、大阪のヤングタウンっていう番組のレギュラーとかももらって、あの〜19ぐらいからラジオで喋ってたんですけども、ちょっとなんかまあ落語家としては、なんか目立ったちょっと目障りな弟子だったんですな (あ、そう) それで破門になりまして (桑田君からつけてもらったの?嘉門て) でフラフラ全国放浪とかしてる時に (誰かが、どうしたらいいですか?ったら、旅に出ろとか言ったんだよね?) 鶴瓶兄さんです、破門なってどうしたらいいですか?って相談行ったんですよ、鶴瓶兄さんは僕のまあおじさん弟子になるんですけども、どうしたらいいですか?ったら、「旅にで〜」と一言言う、鶴瓶さんにね (本当に旅に出たんだよね?) 出ました、もう利尻島から礼文島、冬はスキー場、夏は与論島で貝細工作ったりして、それでフラフラしてる時に、あのアミューズの大里会長に拾われまして、それであの〜アミューズのバイトとして最初入って、サザンオールスターズが関西に来ると、あの打ち上げを盛り上げに行ったりとかして、それで前座で出させてもらうのをキッカケに嘉門っていう名前もらいました (もらったの?) はい (へぇ〜、1987ですよレギュラーだったの、87年古いよねぇ、で替え唄の92年かあれ) はい (82万枚売れたんだ?あれ、替え唄) はい (最近またこれがブームになってるんですよ、これが) お子様がもう50%増量ですねぇライブの (あれ来る?ライブ) 無茶苦茶来ますねぇ、え〜もうウジャウジャ (あ、そう) メダカが湧くように、2歳児から (あ、全然知らないんだよね、そういうの当たり前みたいだけど) 替え唄っていっても元歌を当然知らないでも彼らは笑うっていうことが最近わかってきたんです、元唄を変える面白さかなと思っていたら、そういうことじゃなくて文句なく面白いっていう子供たちを笑わかす術みたいなものも段々とあの〜身についてきました (そうなんだよなぁ、あれ俺前からそう思ってたけど、あの〜俺らの上の世代の人は必ず言うんだけど、なんか俺パロディーやるじゃない、パロディーはねぇあれだよ大元知ってないとこりゃおかしくないんだよねって言うけども、俺違うなと思った、やっぱそうなんだよね) そうなんです、勢いとか言い方とか、あの言葉の語呂とかで笑うんですね、はい (大喜びする?子ども) 大喜びする (はぁ〜明石家さんまは親戚弟子?まあそうか) 笑福亭出身じゃけんねぇお互いに (そうです、マッキーは高校の後輩なの?) 大阪府立春日丘高校
の彼が11年ぐらい後輩になりますかね (まあこの辺はでも懐かしいのがいっぱいあるよねぇ、タララ〜ですよこれはね、これも子ども笑う?) そうです、本来はあの鼻から牛乳っていう歌は、子どもに聞かせられる内容じゃなかったんですよ、大人の男と女の修羅場を歌った曲なんで、教育上よろしくなかったんですが、まああのテレビの番組で紹介されて、子どもにもわかる鼻から牛乳を作ったんです今年、ええもう太陽の下、親子で聞ける明るい鼻から牛乳と嘉門さん。

(ちょっと2、3替え歌聴きたいな) あ〜ぜひぜひ、何、え〜新作、何がいいかな? (往年の名作から行く?) 往年の名作から行きますか?かつお風味のふんどし〜、キャ〜ラメルひろたら箱だけ〜、キャンドル、ハンドル、サドルにペダルに自転車こいどる〜、きっと君は関西人、間違いなく関西人、さいでんな〜ウォ〜オ〜ほ〜でんな〜、緑の中を走り抜けてくバッタがおるで〜、こんなんは言い方で笑いますな、子どもそういう替え歌の知識がない子どもはね (子どもはどういうのに?) げんこつ山のタヌキさん、おっぱい飲んで〜もっと飲んで〜もっと飲んでもっと飲んでもう飲めない、ウェエエエ、ギャハハハハもう転がり回って、あとあの〜こんなんも好きですね、ド〜はどこでもプー、レ〜は連続でプップップッ、ミ〜はみんなでプー、ファ〜はファイトでプー、ソ〜は空までプー、ラーはラッパのようにプー、シーは静かにスー、あとあれCMソングも子どもはね、猫とアヒルが力をあわせて柔道始めたが〜ある日肩脱臼、まあそんなん好きです、臭くなったらそりゃ屁ですとかね (わーと笑ってる?) 転がってますから (転がってんの?) まあそのような状態でしたと嘉門さん。
 
X/100人アンケートの質問は、「鼻から牛乳を出したことがある人?」。25人と予想する嘉門さん。結果は37人でした。残念。



嘉門 達夫(かもん たつお、男性、1959年3月25日)は、日本のシンガーソングライター。さくら咲く所属。大阪府茨木市出身。血液型A型。本名:鳥飼 達夫(とりかい たつお)。1975年 - 大阪府立春日丘高等学校在学中(当時16歳)、笑福亭鶴光(当時27歳)に弟子入り。1983年 - 『ヤンキーの兄ちゃんのうた』をリリース。読売テレビ有線放送大賞(大阪有線主催)とTBS有線大賞(キャンシステム主催)で新人賞受賞。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用しました。

5/22 いいとも でんでん 

May 22 [Tue], 2012, 11:18

2012年5月22日のテレフォンショッキング ゲストは、でんでんさんでした。明日のゲストは「嘉門達夫」さんです。
火曜夜10時放送のドラマ「37歳で医者になった僕」のポスター持参。

何年ぶりですか?とタモリさん。いやそれ僕もずうっととでんでんさん。何年ぶりかね?あれとタモリさん。30年ぐらいになるんじゃない? (30年ぐらいになるよねぇ) ええ、30年近くなりますねぇ (なるよねぇ) はい、そんな風には全然感じないんですけどねぇ、はい、なってます (あのねぇ漫談、これ知らないと思いますけどねぇ、漫談やってたんですよ)

履歴書
氏名 でんでん
本名 緒方義博
生年月日1950年1月23日 62歳 男
出身地 福岡県鞍手郡

19歳 渥美清に憧れて上京
19歳 サラリーマンとして働くも4年で退社
23歳 劇団ひまわりでエキストラとして活動 半年で退団
30歳 「お笑いスター誕生!!」に漫談師としてデビュー
31歳 映画「の・ようなもの」 で俳優デビュー
61歳 映画「冷たい熱帯魚」に出演し、
    第35回日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞受賞
62歳 ドラマ「37歳で医者になった僕」に出演中


(あ、緒方義博っていうの?知らなかったねぇ、1950年、渥美さんに憧れて上京したの?) はい、え〜まあ高校とか中学校の時に渥美さんの、え〜連ドラ見てましてね、こういう感じで人を笑わしたいなとか、役者さんになりたいなぁなんてと思ってたんすよ (それで上京して渥美さんに会った?) ええ、あの〜お家に行ったんですけどいらっしゃらなくて、え〜もうすぐ帰っちゃいました (また帰ったの?九州へ) 九州帰ってそれで、え〜東京にはあの〜親戚も何もいなかったんで、え〜会社に途中入社しましてね、ある会社に (サラリーマンやってた?) はい (へぇ〜あ、4年だ) はい、これええとまあ恩になってるからクレジットの丸井にいたんですよ、あの丸井さんにいたの (え〜丸井にいたの?) 丸井さんにいてあの婦人服に配属になったんですよ (本当?) はい、それであの〜 (婦人服売ってたの?) ええ、あのミニスカートが流行ってた時で、それでもう少しめくってもう少しめくってった時、もう田舎者だったからドキドキしましたねぇ (あ、女性が) はい (もっと短くもっと短く) もっと短くもっと短くって言って、ええもうこのピンが手が震えるような感じです (あ、留めていくんだ) はい、留めていくんですこう (楽しい職場だったねぇ) ええ、それから紳士服に変わったんですけどね (あ〜そう、劇団ひまわりエキストラにいたの?) え〜劇団ひまわり、丸井さんを辞めて劇団ひまわりに入ったんですよ、もうその時僕も本当劇団ひまわりが、あの〜一番有名だったんですよ、文学座とかそういう存在知らなかったんですよ (あ、そうなの?) はい、でこれで僕のあの〜会社時代の後輩が、これ今あの〜あんとかテストって入団テストやってるからっていうわけで、あの切り抜き持ってきてくれて、僕それでこれ受けたんですよ (半年で退団したの?) ええ、もっと短いんですけどね本当は、3ヶ月ぐらいでもう辞めちゃいました (で、このお笑いスター誕生30の時に漫談で、でんでんで出てきて最初に見たんですよ) はい (何ででんでんだったの?これ) これね、歌って踊って芝居ができるというやつでネタで (そうそう懐かしいねぇ、そうそうそう) やったんですね (これ面白かった、俺好きだったのに、ハッピーかい?って出てくるんだよね、覚えてる?漫談) 覚えてます覚えてます (いい?ちょっと、ちょっと見たいねぇ、漫談時代面白いんだこれ) ええまあ、どこでやればいいです? (こっちいこうか) あ、この辺で (その辺で、懐かしいねぇ) いやいや僕も恥ずかしいです (ちょっとこの辺で見てよう) 

ようみんな〜、ハッピーかい?おいらまた女を泣かせてしまったぜ、高円寺のまちこには悪いことをしてしまった、俺はまちこの一番大事なものを奪ってしまったんだよ、そうさ、寝ちまったんだよ、まちこの亭主と、わからなかった方いらっしゃる、もう少しレベルを下げて話をしよう、毎日酒ばかり飲んでてもいいことばかりじゃないぜ、昨日おいらが歌舞伎町で酒を飲んで、その帰りタクシー乗り場に行ったところ、一人の可愛い女の子をチンピラ5人がいじめてるじゃないか、だからおいら言ってやった、やいやいやい、てめぇ〜ら!大の男が寄ってたかって一人の可愛い女の子をどうしようと思ってんだ、ポンポンポンとおいらタンカ切ったよう、5分経ったらおいら担架で運ばれたぜ (もうひとつ) だいたいみんなのレベルがわかった、一芸に秀でる者は何でもできるというが、おいら芸能界で将棋が一番強いんだ、ほ〜って本気にしなくてもいいんだ、ある週刊誌のお好み対局で、時の名人羽生善治と一局差すことになった、振り駒の結果、羽生善治先手、羽生善治3四歩と差した、だからおいらも負けじと歩をスーッと差した、すると羽生名人が言ったね、でんでんさん、歩はそんなに進めませんよって、最後やめといた方が良かった?とでんでんさん。

(で、俳優のデビューが、「の・ようなもの」でデビューですね、で、映画「冷たい熱帯魚」で第35回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞ですよ、それでこれです今日オンエアー) ええ、これがそうですね (10年以上入退院を繰り返している患者役。病院の人間関係、ウラ事情を全部知り尽くしてんだ?) はい、そうなんですよ (患者のリーダー的存在ってあのねぇ、意外といるんですよ) ええ、いますよね (いるんだよ) いますよね (あのねぇ、俺の知ってる人の知ってる人がそうだったんだよ、そのフロアのなんかみたいで、見舞いに行ったらちょっとあの人のとこ挨拶に行ってくれって言われて、で行ったらまあ俺の知ってる人だったんだけどね、いるんだよね) いますいます (なんか老名主みたいな人が) それと廊下の歩き方が違うんですよねもう (あ、違うの?) もう颯爽としてますね、そいつは (それほど悪くはないんだよね) 悪くはない、あの〜こういうなんだかこうコンビニでねぇあの〜袋、袋にタバコとかライター入れて持って歩いてるんですよね、あれがあれで (1セットね) 1セット、大した面白い話じゃない (で、気軽に医者とか看護師とかに声かける) ええ、もうあれなんですね、この石浜ってのは、看護師さんのバストサイズも知ってるんですよね (あ、そう) そういうこともあったんですよね、はい、まあ色々あるんですよこの人は (で、草gは37歳で医者になったんですよねぇ) はい (ひたむきに働く紺野の姿に次第に心を開き、温かく見守るようになるわけですか?この患者さんが) いや、そうなんですよ患者さんもそうなんですけど、あの〜お医者さん若い研修生の医者さんも、あの〜なんか人間として成長していくという、あの〜え〜紺野この主役の草g君がやってるあの生き様を見て、みんなも心洗われていくという、え〜とってもとっても心温まるドラマなんですけどね、はい (研修医が担当であることを不満に思っていたが紺野の行動に影響を受け、変わりつつある瑞希を認め始めている) はい (なんだこの表は?よく説明してありますねぇ) ええ、このまたね、あの〜瑞希ちゃんをやってる水川さんもまたね (あさみちゃん豪快に笑うでしょ?) はい、あの〜僕あの絵が好きで似顔絵を描いたりなんか昨日してたんですけどね、対して似てないんだけども、あ〜いいわ素敵素敵って喜んでくれるんですよ、はい、もう本当 (女性難しいでしょ?) 難しいですよ (描くのはねぇ、男はスラスラと描けるけどねぇ) 女性は5割増うまく描かないとダメですとでんでんさん。
 
X/100人アンケートの質問は、「スカイツリーの入場予約券を持ってる人?」。1人と予想するでんでんさん。結果は2人でした。前後賞ストラップゲットおめでとう。



でんでん(本名;緒方 義博〈おがた よしひろ〉、1950年1月23日)は、福岡県筑紫野市生まれ、中間市育ちの俳優。アルファーエージェンシー所属。身長174cm、体重77kg。趣味は卓球。元芸人。『お笑いスター誕生!!』への出演をきっかけに芸能界入り。決まり文句は「ようみんなぁー、ハッピーかい?」「どうだい? 美しいだろぉー?」など(スタンダップ・コメディ調の芸風で知られた)。役者に転向後は地道に名脇役として活動し、『冷たい熱帯魚』での演技にて日本アカデミー賞最優秀助演男優賞をはじめ国内の助演男優賞を総なめにした。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用しました。