連休を歩く〜品川宿と土蔵相模

May 07 [Mon], 2012, 18:57
5月連休には毎年とおでをしていましたが、今年は明治時代の足跡を求めて東京を歩きました。出発は我が家近くの京浜急行北品川駅。京浜急行北品川駅は京浜急行本線の中で最も人の乗り降りの少ない駅ですが、、、今は昔、このあたりは東海道で日本橋につぐ第一番目の宿場として繁栄をきわめた品川宿でした。旅籠百軒としても有名です。私たちはこの旧東海道沿い(歩行新宿)に25年以上住んでいますが、ここに江戸時代、品川宿のなかでも高級妓楼として知られた『相模屋土蔵』があります。漆喰の土蔵造り、外壁がナマコ壁だったことから「土蔵相模」と通称されていたそうです。実は、土蔵相模、我が家から2、3分の距離です。土蔵相模には幕末の「志士」たちが出入りしました。特に文久2年(1862)12月12日夜、高杉晋作、井上馨、伊藤博文ら長州藩の志士が品川御殿山に建設中の英国公使館焼き討ち事件を起こしたときは、その集結地となったそうです。また、桜田門外の変決行前夜、浪士たちが別杯を交わしたのも相模土蔵だったそうです。相模土蔵は高級鼓楼ですから、直接ここに上がることはできません。4軒先にある引手茶屋稲葉屋(因幡屋)にまずは集まり、そこから相模で酒宴を持ったそうです。そんな由緒ある『土蔵相模』跡(相模ホテル)は私たちが旧東海道に引っ越してくる前の年に取り壊されてしまいました。現在は『ファミリーマート』とマンションになっています、、、。また稲葉屋は現在この街の人たちが利用する信用金庫となっています。写真のファミリーマートが土蔵相模跡。マンション入り口に説明の札が立っています。一番手前は最近できた外国人もよく泊まる品川ゲストハウス。平成の時代の宿屋です。以前は小さな街のビジネスホテルでした。上の写真左手は旧東海道から撮影した稲葉屋の跡。現在は信用金庫。今は坂道ですが、昔はここが海辺だったようです。このあと、地下鉄で、まずは白金高輪の清政公のお祭りへ。その後、近くのヘボン博士が創った明治学院大学、そして大学の礼拝堂を見学。礼拝堂は近江八幡のヴォーリズの設計で、ヴォーリズ自身も結婚式を挙げた教会です。その後、東京駅を見学、三菱一号館を見て、皇居そばを歩き、帰宅しました。これは次のブログで報告しますね。にほんブログ村にほんブログ村写真は品川宿の街道文庫。街道や品川宿を見学に来た人たちのためのお休み処です。
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