さようならヤプログ! 

2006年06月25日(日) 13時45分

ヤプログから引っ越します。

きっと たぶん きっと 

2006年06月06日(火) 21時48分
関が原の戦い1600年(慶長五年九月十五日)


この戦は西軍が圧倒的に優勢だったのだ。何事も計算通りにはいかないものだな、と三成は小さく呟いた。加藤清正、福島正則は秀吉様に対する恩も忘れ、西軍を裏切り徳川家康率いる東軍に味方をした。そして突然の小早川秀秋らの寝返りによって もはや西軍勝利の面影は微塵もなくなっていた。

五大老五奉行の一人、石田三成。本来の此度の戦の総大将は毛利輝元であったのだが、名目上ではこの関が原の戦い・西軍の軍事指揮官を務めたことになっている。本来三成は武将ではなく内政官でったため、武が物を言うという考えの福島・加藤などの武将との関係は非常に悪く、さらに三成の捻じ曲がった性格は自らと他人の関係を悪化させる拍車であった。

奴らに裏切られることは予想できなかったわけでもない。しかし予想範囲内だったわけでもなく、範囲内、範囲外であえて言うとすればそれは範囲外の出来事だった。一体これはなんの報いなのだろうか。俺は豊臣家の未来のためにこの戦に出陣している。だがそれは東軍も同じだ。徳川家の未来のために、奴らも出陣しているのだ。あぁ、頭が痛くなってくる。俺は一体どうしたらいいんだ。考えれば考えるほど混乱してしまうのだ。
不安と焦で身体は汗で濡れている。熱は上がり、なんだか腸の調子もよくない。汗が一粒、また一粒と地面に落ちた。「殿、しっかりしてくださいよ」そんな三成に、忠臣・島左近は声もかけた。「わかっている」三成は扇を力いっぱい握りながら小さく呟いた。

焦るな、気を落ち着かせろ。俺には信頼できる同士いる。契りを交わした仲間がいる。そのため、俺は勝たなければならない、圧倒的劣勢のこの戦いに。何度も何度も自分に言い聞かせる、不思議なほど冷静になってゆき、汗は引いてきた。「左近」目の前の同士に、声をかける。「なんですか」左近は微笑しながら問た。

「死ぬな」
「殿も」

二人は最後に笑った。









(同日午後三時  わずか半日で関ヶ原の戦いは幕を閉じた。東軍の勝利であった)

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