夜気の色彩 空気の輪郭 3 

2004年08月07日(土) 16時01分
俺は我慢した。 
そう言い切るには充分の中傷の視線を受け、ここまでだなと思う。 三上に向けられる視線は多く、その中には違う意味合いを持つものもあったけれど大半は同じ種類のものだったから。
 売られた喧嘩を買わない人間だと、なめられるのは困る。 嫣然とした笑みを浮かべた王に、すべらかに奏上を続けていた官吏のひとりが息を呑んだ。 傍らの麒麟が気遣わしげにこちらを見ているのを感じ、ことさら穏やかに口を開くことにした。
「そうだな。 私も知っている。」
 我ながら幼い声だと内心は舌打ちもするけれど、それは仕方のないことだ。 出自とその幼さが侮りを招くのならば、自分はそれを武器にする。 負ける気など、毛頭ない。
「お前が私の以前居たところを知っているように。 調べれば、何でもわかるものだ。 例えば、お前がどうやってここまで位を進めたのか、とか。」
 心底可笑しそうに口元を押さえると、その揶揄している正確なことを読み取ったのか 対した官の表情がさっとひきつる。 そこで、ふと視線を流したところに険を含んだ視線を見つけ目を細めた。
中西は、三上がこの国の王になるとわかった時点で華繚館にある機密を全て三上に覚えさせた。 もともと、娼館というのはそういった国の中枢にも近い情報を手に入れやすい場所で、しかも華繚館はその中でも最高級の娼館だから、覚える時間が無いほどに入れ知恵はされていた。
 この男も、知っている。
「北の、とある州では賊が横行しているそうですね。 内通者が居るともっぱらの噂なのだけど、知っているかい。」
 今は誰が味方かなんて区別が付かない。 真っ当に仕事をしている有能な人間だからといって味方と判断するには自分の出自─元男娼 が、邪魔をしているから。
ひとりだけは、多分大丈夫な官吏も知っていたけれど、それは三上を複雑な心境にさせる人物だった。
辰巳─三上の麒麟 から少し空間を置いて控えている長身の男は理知的な目で、こちらを伺っていた。 そこに浮かぶ感情は読み取れない。 
怜悧の官と呼ばれるのもわかる無表情さ。  確かに高級官吏だとは思っていたけど、ここまで国の中枢に食い込んだ人だとは思っていなかった。 
そう、寄りにもよって、はじめての客が六官の長、とは。

夜気の色彩 空気の輪郭 2 

2004年08月07日(土) 16時00分
 その朝は特別な朝だった。 三上が店に卸される日。 中西の小坊主の役割をそれこそ一桁の年からしていた三上は、中西への人気に付髄して有名をものにしていて。 その流れるように癖の無い黒い髪と勝気な性格、しなやかに動く細い体躯はそうされるに足りたし、それを知っていて中西は客先に置いて三上をことさらに大切に扱っていた。
 男の中で一番の人気を誇る中西に目を掛けられている時点で三上の安泰は約束されていた。 だからこそ、昨夜三上が水揚げを済ませたと耳の早い連中は噂を仕入れていて。
しかし、そんな片手で足らぬ常連の出先を挫いたのは意外な人物だった。
 何の冗談かと思った。 冗談の質が悪い、とも。
うだうだと寝台に転がっていた三上が、廊下の荒い足音に気が付いて何事かと飛び起きたのが先刻。 そして、この長身の しかも寄りにもよって金の髪を持つ男が壊れるかと思うほど乱暴に扉を開けたのが数瞬後。
 あまりのことに反応しきれない三上を見た途端、その男は目に涙を浮かべて。 笑った。
誰なのだと問うことは無意味で、その侵入者の後に飛び込んできた中西の顔は見ものだったと、そればかりが後の三上の記憶に残った。 
「天命をもって、主上にお迎えする。」
そして、声が震えていたことと 額づく体勢に結うことを知らない長い髪が床に散ったこと。


「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げる。」

夜気の色彩 空気の輪郭 1 

2004年08月07日(土) 15時58分
 口の中が酷く渇いて不快感を訴えた。 それが引き金となって覚醒を促す。
「・・・・っつ。」
朝方、客を送り出してすでに始末のされた部屋へ戻ったところまでは覚えているのだが どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。 
思っていたよりも疲れていたのか。 慣れない体制を強いた体は、下半身の奥が疼くような違和感を残してはいたものの不調というまででもなく、自分の体が少なく見積もっても3つは大の字に寝転べる大きさの寝台でいちどだけ、ぱたりと寝返りをうつ。
 覚えていることは、門まで送りに出た時に視線を向けられて、目線だけで昨夜問題の無かったことだけを伝えたことくらい。 正直、後で中西にある程度の報告はしなくてはならないことは判ってはいるものの、まだ仕事と割り切るには羞恥の境目が少し重なっていて複雑な気持ちだ。
まあ、報告だって仕事を取りだした初めの内のことだけで、慣れてくればそんな野暮なことは誰も好んでしたりはしないのだが、何しろ三上は昨晩が初仕事だったから何も訊かずに という訳にもいかないだろう。
 仕事は、した。 問題もなかったと思う。
自分が選んだ相手に不足は無く、はじめだけは多少の悶着はあったもののそれだって行為に支障はきたさなかった。 ようやく、この場所でお荷物ではなく戦力として働くことが出来る。 そのことは、三上にとって長年の胸の支えを解消するだけの威力があった。
 三上は孤児で中西に拾われ、この華繚館で幼い頃から養われてきたから。 自分の今が一般的に見る普通とはかけ離れていることは知っているが、この境遇から逃れたいと思ったことは不思議とない。 素直に、大事に育てられたとさえ思うくらいにはここは居心地がいい。

──例えその平穏が、店に商品として出ていなかったからなのだとしても。

夜気の色彩 空気の輪郭 序 

2004年08月07日(土) 15時52分
「白雉一声」

 先王崩御の後、この国は失った麒麟を待ち望み、同時に新しい王を待ち望んだ。 
もともとの土地柄、痩せた大地は民に恵みを与えにくく、さらに国の基盤を支える王の不在では生き辛いのも当然のことなのだと、近藤はぼんやりと曇天を見上げ、思う。
 蓬山で生まれた麒麟が王の選定に入ったのがニ年前。
 近藤は先王の時代から仕えていたが、当時の位は天官。 天官の長である太宰の下、小宰のひとりだったが、王の倒れた後天官長が仮王になったため、仮王によって太宰に召し上げられた。

 そして八年、仮王は麒麟旗が上がると同時に、全ての官吏に昇山するよう通達を出した。

 全ての官吏が同時に職を空けてしまえば、国も成り立たないのは当然のことで。 暗黙の内に昇山の順番が決められて、門が開く時期になると数十名の官吏を見なくなり、そして数ヶ月の後、戻ってきた人数は少しばかり欠けていた。 
 それを何度繰り返したのだろう、ようやく という気持ちが強く、同時に思ってしまうことは、今度の王はどんな人間だったのだろうか、という単純な興味。 それよりも上回る不安だった。
 自分の知る人間が選ばれていなければいいのに、と泣き出しそうな空を見上げて

ただ、思った。


──選定されたのは、近藤の上司である冢宰の桐原だった。





カツ、と硬質な靴底が回廊の床を蹴る音は思いのほか響き、まるでこの建物に人が居ないのではないかと思わせて。 
そんなわけはないと即座に打ち消す。 今は昼を少し過ぎた頃で、ここは多くの官吏が居るはずの内殿の一角だ ───人が居ないことなど。
思い。  そうだ、俺が。

俺がこの近くに人が近づくことのないように指示したのに、何をいまさら。
俺が、この手で 今



殺したのは

キス話 *9 後* 

2004年07月01日(木) 15時45分


伝言に繋がって言葉を残す。

ボタンを押して電話を切った瞬間に襲ってきた不安を殺して、ポケットに携帯をねじ込んで一歩踏み出した。
これで、渋沢が動かなければ三上の賭けはそこでお終い。
 後ろを振り返って思うのも、未練を感じるのもまっぴらだった。
だから、一度だけ。
 泣いている自分が居るから、一度だけ機会を与えようと思ったのだ。


「今日中にお前が俺にたどり着かなかったら、もう二度と会ったり
しない。」


それとも、これが未練と言うのか。
「俺は、」
だから終わらせた。 あの時の自分たちに未来なんてなかった。

「お前の不安も何もかも 多分、前から知ってたよ。」





キス話 *9 前* 

2004年07月01日(木) 15時41分
大人

ここは、箱庭だと思っていたから。
だからここから出て行くときには。 そう、思っていた。 きっと はじまりから、ずっと。


別れようと言ったのは渋沢からだった。 だから、三上はただ頷いただけで。  それだけで、つきあってきた四年の清算は終わったかのように見えた。
 滑稽だろうか、俺たちは体を重ねながら、言葉を重ねながら。 いつだってどこか終わりを見ていた。
学校という括りは小さな世界で。 
 そんな世界で繰り返す日々は愛しいまでに限られて。 外を知らない子供達。 そう称されるほどには何も知らないわけではなかったけど。 それは、三上と きっと渋沢にとっても共通の恐れのようなものだったのかもしれない。
渋沢がどういう気持ちかは、なんとなくわかっていた。 今まで帰るところを同じ部屋に持ち、毎日努力もなく顔を合わせる。 
ある意味単調な日々だから。
 だから、それが無くなれば変質を求められる。 歪んでしまう。 それを渋沢は恐れた。 変わることは悪いことではないが、自信などあるはずもない。 
きっとこれほどまでにお互いに執着をしなければ、細い絆であっても続けられたのかもしれなかった。 
それも、考えるだけ無駄だが。 今、ここにあるのは別れの道で渋沢と三上はそれを選んだ。

キス話 *8* 

2004年07月01日(木) 15時37分
こそばい

三上はくすぐったがりだ。
 渋沢がそれを知ったのは些細な切欠で、例えば滑りのいい衣服が肌を擦る感触とか、例えば何の気なしに触れられた肩や背中。 悪戯を受けた脇腹。 過剰なまでに筋肉が緊張した
状態ながら、それを我慢しているのがわかって可笑しい。 
しかし、笑うことは禁物だ。
 渋沢にとって取るに足らない瑣末なリアクションであっても、くすぐったがりなコトが秘密という彼にとっては重要なスタンス。 そうやって自分の形を作ろうとして、それでも隠しきれない三上の本質を見つけるのが渋沢はことのほか好きだった。
 可愛いと思って。 その感想は心にだけ留める。 三上はきっと怒るだろうから。
ああ、でも。
こんな風に無防備に転がっていられたら、と。

台風の接近を談話室のテレビで知って、進路状況を確かめる。 今日の練習は午後からの予定ではあったが、学校のある地帯の暴風域のはいる時間帯はちょうど午後を過ぎたあたり。
今日は中止かな、と思いながらも廊下から見える空を確認するに、台風どころか雨さえ降るのかと疑うほどに天気は良かった。
 夏を迎える前の少し薄い青に転々と折り重なる鰯雲。 雲の動く速度からいって確かに上空は少し荒れてはいるようだったけれど。 湿気もさして多くない空気は気持ちよくて、こんな薄暗い箱の中にいる自分がすこし憂鬱になる。
 サッカーがしたいな。 思って、自分のサッカー馬鹿っぷりも重症だと笑う。 渋沢だって遊びたい年頃だから、練習が休みの日にはわずらわしいバスに乗ってでも駅前に出ることも多かった。 買い物をするのも店をひやかしてまわるのも好きだ。
 ただ、こんな天気がいい日にはサッカーがしたくなる。
 きっと。
 次いで出てきた思考に顔が緩んだ。 
きっと三上も、すこし小馬鹿にした笑みを浮かべながら素直じゃない言葉で同意してくれるだろう。 
だって三上も立派なサッカー馬鹿なんだから。


キス話 *7* 

2004年07月01日(木) 15時18分
頂戴!

誕生日に何が欲しいかと訊いて、返った答えは難解なしろもの。
「は・・・?」
「だから、俺の一番欲しがっているものが欲しい。」
 それって、質問の根本においてそんなものがわかっていたら、それこそ訊きはしないのでは? とは、目の前の笑顔の御仁にはわかってもらえない常識なのだろう。 諦めと共に。


渋沢の、一番欲しいものってなんだろう? 




そもそも、三上がプレゼントをあげる本人に 悩みもせずに直接聞いたことから端を発している。 去年、三上は渋沢の誕生日を忘れていて当日になってようやく気が付いた彼がした行動はと言えば祝福の言葉だけ。
 友達としては至極一般的な反応だけれど、少し拍子抜けもした。 具体的に何かを望んでいたとかいうことではないが、なんとなく。 三上の反応は違うのかと思っていたから。
少し、期待していたのかもしれない。
 だから、今回の問答は渋沢にしてみれば、かなりの進展で この一年というもの少しずつ積み上げた何かが形になりはじめているように思えて嬉しい。 しかし、それを表面に出しては駄目なことは学習していた。 
 三上は何かと難しい人間だ。 
照れ屋で天邪鬼な人間なんて、ひとつ扱いを誤ればひどい目にあう。 
それでもいいと思っているけど。
 それこそ、そんなところが可愛いとか思っているけど。
だから、にっこり笑って言ったのだ。 きっと三上が悩む言い方を選んだのは少しの意趣返しのつもりだった。 

 少しは悩んで。 俺を思って。

その会話が交わされたのが、渋沢の誕生日の二週間前のこと。
 すこしふて腐れた三上はしばらくの間悩んでいたようだが、一週間を過ぎたころを境に普段どおりの態度に戻っていた。
そうなると、気になってくるのは渋沢の方で、細心の注意を払いながら三上を伺う。
 もしかして、あんなからかい交じりの返答をしたものだから、もういいと諦められてしまったのではないだろうか。
それは困る。
 それからは、渋沢が悩む方で。
そうやって瞬く間に誕生日がやってきた。

キス話 *6* 

2004年07月01日(木) 12時01分
ごめんね

渋沢が風邪をひいた。
季節の変わり目だったので、まさにシーズンではあったけれどこいつが風邪をひく事は滅多にない。 
 それにも関わらず、だ。
げほげほと絶えず咳き込んで、ティッシュケースを抱えて定期的に鼻を咬む音が続く。 見事だった。
「重症だな。」
 寮母さんからのお粥を取りに行っていた三上は、改めて感嘆するかのような態度を取った。
ずびーっと思い切り鼻を咬んだ後に、見上げてくる茶色い目が恨みがましい。
「誰の所為なんだ。」
相変わらず枯れたままの声が言う。 まるで他の人の声みたいに聞えて面白い。 自分がそうだった時は、それどころでは無いかったのだが、こうやって渋沢が倒れている様を観察するのはある意味貴重な状況だから。
風邪をひいても寝て治すタイプの渋沢は滅多に堰で苦しんだり、鼻水に悩まされたりしない。 熱を出して、寝込んで翌日には回復している。 バリエーションに乏しい風邪のひきかただから。
むしろ、あれは過労の一種と言われたほうが納得するくらい。
単純にそういったタイプの風邪をひかない人間なのかもしれないが。 そんな体質があるとしたら。
「俺の所為って言うのかよ。」
ふん、と鼻で笑うと珍しく風邪病人は言い募ってくる。 珍しい、いつもなら、仕方ないなあとでも言わんばかりの余裕の笑みで終わらせるのに。
これも風邪の効果かな、と可笑しくなった。
「うつるようなことしたのはお前だろ。」
よほど堪えているのか、結構本気で怒っている。 しかし、それが三上の反省をうながす効果を持つことはない。
「はいはい。 ごめんなさいねー。 でもな、渋沢。」
 三上の茶化した言い方に、更に文句を言うためにか開かれた口が続く言葉に固まった。
「キスしたのは俺だけど、あんなしつこいのしてきたのはお前の方だろ。 俺の所為じゃねえよ。」
 そう、数日前まで重症な風邪をひいていたのは三上だったのだ。

キス話 *5* 

2004年07月01日(木) 10時19分


少し先を歩く三上の耳が赤いのと、彼の吐き出す息が盛大に白くて、ぶつぶつと文句をいう声と合間って渋沢の笑いを誘う。
三上は寒いのが苦手だから。
どちらかというと、暑いほうが苦手な渋沢と正反対に夏に強くて冬に弱い彼。
 一度、それを本人に言うとすこしむっとした表情をされた。
「生まれた季節に強いなんて嘘ばっかだろ。」
 そういえば、そんなことを言うなあと思い返して確かに、と思う。 三上は冬生まれで冬が苦手。渋沢は夏生まれで夏が苦手。
 たしかに全然違うよな、と思う。 
「鼻さみーし、耳さみーし、手つめてぇし 最悪だ。」
見ると、耳に負けじと鼻の頭も少し赤くなっていた。 家と家との間をすり抜けてくる風が強く、コートを揺らす。
渋沢にしてみれば、トレーナー一枚でする練習にはさしたる文句を言わないのに、と思わないでもない。
しかし、彼の中でその辺の意識分けはしっかりとされているらしい。
練習が終わった途端に、部室が寒いから着替えるのが嫌だの言って冬服なのを良いことに練習着のままコートを羽織ってしまう切替の早さにもある種、感心するのだが。
 そして三上の特異性は、そういった環境を熱心に改善する行動がまったく無いあたりにあって、寒い寒いと言いながらもカイロを持つのを嫌ったり、手袋をうっかり忘れて寮を出たりする。
「また、手袋忘れたのか?」
「・・・・・うるせーよ。」
ぐるぐるに巻かれたマフラーに埋もれる顔が、それでも器用にけっという嘲った笑いに歪んだ。