栄光の陰で
October 15 [Thu], 2009, 17:41
今日はベルばらkidsぷらざの、mashironのコラム、『楽園の生活案内』の更新日です
第8回は、「満足病」についてです。
楽園で流行していた、「満足病」という奇妙な病気についてのお話をしています。
それについてはそちらのほうを参照していただくことにして、こちらでは王の「満足病」の良い医師であった、ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人の、血のにじむような努力についてお話したいと思います。
ポンパドゥール夫人
ポンパドゥール夫人はルイ15世に「そなたはフランス一魅力的な女性だ」と言わしめるほどの魅力の持主でしたが、そのように賞賛されたのは、何も彼女が持って生まれてきた美しさのせいだけではありませんでした。
そもそも、ありとあらゆる種類の美女がうようよしている宮廷の中では、美しいだけでは大して目立ちもしないことでしょう。
しかも、ただでさえルイ15世は、何でもかんでもすぐ退屈してしまう人です。
きっと美女など、文字通り3日で飽きてしまうに違いありません。
というよりむしろ、「美女」というもの自体に飽き飽きしている可能性だってあります。
そんな王に長い間飽きられることなく、第一の座を守り続けたその栄光の陰には、彼女の並みでない努力が隠されていたのです。
彼女は自身の体調のこともあって、王とはある時期から肉体関係をもつことを辞退することにしました。
そのような大きく不利な状態を埋め合わせるために彼女がしたことは、まずルイ15世一番の遊び相手になること。
そういったわけで彼女は、まるで王の「レジャー大臣」として、数々の楽しみを考え出すことになるのですが・・・・。
レジャー大臣としてのお勤めは大変でした。
早朝から始まるミサにきちんと出席し、やたらと長いディナーに耐え、大量にワインを飲むことを必要とされ、食事はいつもこってりしたものばかり、人間関係の色々な駆け引きや、そのために費やされる交際のための時間、そういった宮廷人としての生活は、彼女をただでさえ疲れさせていました。
それに加えて、実際はどうであるかは全く関係なしに、いつでも楽しいふりをして、いつでも新しく魅力的な王の楽しみを考案しなければなりません。
それから彼女の場合、王の聞き役としてのテクニックも問われました。
特にルイ15世にはやっかいな癖があり、「同じ話題を何度も繰り返す」、「死や病気の不安にとりつかれる」といったことがありました。
この、退屈極まりない、またはむしろ聞くほうが不快になる話に対しても上手に相槌をうち、あくびをかみ殺して笑顔を絶やさないということは、なかなかのストレスだったと思われます。
しかし彼女の才能はまた実に多彩で、月曜日にはお芝居を上演したかと思うと、木曜日にはオペラを上演する、といったようなことまでこなしてしまいました。
普段の自分の仕事をすべてこなした上でそれなのですから、一体彼女は寝る時間があったのかどうかと、こちらが気をもんでしまうほどです。
実際彼女は王がいつ寵姫に逢瀬や談笑を求めるかわからないため、自室にひきとることをほとんど許されませんでした。
それどころか、狩りの好きなルイ15世は、どんな悪天候でも狩猟に出かけます。
そのためポンパドゥール夫人はしばしば肺炎になったほどです。
けれども例えそのような状態であったとしても、王が望めば同行しなければならないのが、レジャー大臣としての務めでした。
彼女が偏頭痛に悩まされていたある晩も、使いの者を通じて「気分がすぐれないのでお食事を一緒にとることはできかねます」と伝えてもらったところ、王は「熱はあるのか?」と問いました。
「熱はございません」と言うと、「それなら降りてくるように言え!」と王は不機嫌になったのです。
そういうわけでポンパドゥール夫人は痛みに耐えながらも身支度をし、顔にはルージュで微笑みを描いてから王のもとへと向かったのだとか。
このように、常に壮絶な緊張状態にさらされていながらも、彼女は一言も愚痴を言わず、いつも微笑み、彼女の裏側は全く悟られずに生活していたのだといいます。
そのような多大なストレスがかかったせいでしょうか、彼女はまだ40歳を少し越えただけの頃、病で命を落すのです。
王の悲しみようは、それはそれはたいへんなものだったということです。
図版:エレノア・ハーマン『王たちのセックス』

第8回は、「満足病」についてです。
楽園で流行していた、「満足病」という奇妙な病気についてのお話をしています。
それについてはそちらのほうを参照していただくことにして、こちらでは王の「満足病」の良い医師であった、ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人の、血のにじむような努力についてお話したいと思います。
ポンパドゥール夫人ポンパドゥール夫人はルイ15世に「そなたはフランス一魅力的な女性だ」と言わしめるほどの魅力の持主でしたが、そのように賞賛されたのは、何も彼女が持って生まれてきた美しさのせいだけではありませんでした。
そもそも、ありとあらゆる種類の美女がうようよしている宮廷の中では、美しいだけでは大して目立ちもしないことでしょう。
しかも、ただでさえルイ15世は、何でもかんでもすぐ退屈してしまう人です。
きっと美女など、文字通り3日で飽きてしまうに違いありません。
というよりむしろ、「美女」というもの自体に飽き飽きしている可能性だってあります。
そんな王に長い間飽きられることなく、第一の座を守り続けたその栄光の陰には、彼女の並みでない努力が隠されていたのです。
彼女は自身の体調のこともあって、王とはある時期から肉体関係をもつことを辞退することにしました。
そのような大きく不利な状態を埋め合わせるために彼女がしたことは、まずルイ15世一番の遊び相手になること。
そういったわけで彼女は、まるで王の「レジャー大臣」として、数々の楽しみを考え出すことになるのですが・・・・。
レジャー大臣としてのお勤めは大変でした。
早朝から始まるミサにきちんと出席し、やたらと長いディナーに耐え、大量にワインを飲むことを必要とされ、食事はいつもこってりしたものばかり、人間関係の色々な駆け引きや、そのために費やされる交際のための時間、そういった宮廷人としての生活は、彼女をただでさえ疲れさせていました。
それに加えて、実際はどうであるかは全く関係なしに、いつでも楽しいふりをして、いつでも新しく魅力的な王の楽しみを考案しなければなりません。
それから彼女の場合、王の聞き役としてのテクニックも問われました。
特にルイ15世にはやっかいな癖があり、「同じ話題を何度も繰り返す」、「死や病気の不安にとりつかれる」といったことがありました。
この、退屈極まりない、またはむしろ聞くほうが不快になる話に対しても上手に相槌をうち、あくびをかみ殺して笑顔を絶やさないということは、なかなかのストレスだったと思われます。
しかし彼女の才能はまた実に多彩で、月曜日にはお芝居を上演したかと思うと、木曜日にはオペラを上演する、といったようなことまでこなしてしまいました。
普段の自分の仕事をすべてこなした上でそれなのですから、一体彼女は寝る時間があったのかどうかと、こちらが気をもんでしまうほどです。
実際彼女は王がいつ寵姫に逢瀬や談笑を求めるかわからないため、自室にひきとることをほとんど許されませんでした。
それどころか、狩りの好きなルイ15世は、どんな悪天候でも狩猟に出かけます。
そのためポンパドゥール夫人はしばしば肺炎になったほどです。
けれども例えそのような状態であったとしても、王が望めば同行しなければならないのが、レジャー大臣としての務めでした。
彼女が偏頭痛に悩まされていたある晩も、使いの者を通じて「気分がすぐれないのでお食事を一緒にとることはできかねます」と伝えてもらったところ、王は「熱はあるのか?」と問いました。
「熱はございません」と言うと、「それなら降りてくるように言え!」と王は不機嫌になったのです。
そういうわけでポンパドゥール夫人は痛みに耐えながらも身支度をし、顔にはルージュで微笑みを描いてから王のもとへと向かったのだとか。
このように、常に壮絶な緊張状態にさらされていながらも、彼女は一言も愚痴を言わず、いつも微笑み、彼女の裏側は全く悟られずに生活していたのだといいます。
そのような多大なストレスがかかったせいでしょうか、彼女はまだ40歳を少し越えただけの頃、病で命を落すのです。
王の悲しみようは、それはそれはたいへんなものだったということです。
図版:エレノア・ハーマン『王たちのセックス』
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『宮廷マダムの作法』











