うわべの礼儀作法
October 01 [Thu], 2009, 18:26
今日はベルばらkidsぷらざの、mashironのコラム、『楽園の生活案内』の更新日です
第7回は、「嫉妬の美学」です。
楽園での嫉妬の作法についてお話しています。
詳しくはそちらを読んでいただければと思いますが、コラムで登場する19世紀的な価値観について、こちらでは少しだけ触れておこうと思います。
19世紀のファッション・プレート
19世紀という時代は、何においてもとにかく、醜いものには蓋をする、といったような時代だったように思われます。
そしてそのごまかしの手段として厳格に守られていたのが、
「うわべの礼儀作法」。
特に恋愛についてはことさらに厳しく言われていました。
19世紀の人びとがとにかく目指していたのは、「性」というものを身のまわりから遠ざけること。
とはいっても彼らもやはり、もともとは18世紀の官能好みな人びととも全く同じ「人間」ではありましたから、本当の意味で禁欲生活を送ることなど、たやすくできるものではありません。
そこで彼らは、とりあえず公の生活では「無性」といった顔をすることに決めたのです。
彼らは、表向きには恋愛など全くしないような顔をしてすましていました。
そして大きな声で恋愛について話をするというようなこともしなくなったし、他人が恋愛しているのを目撃したとしても、見てみないふりをしました。
恋愛は否定されてしまったのです。
さらに極端なことには、話の中で「性」に関する単語を使うことにも拒否反応を示しました。
性に関する真面目な議論も、性を挑発するような女性の身体の部位や服装の名前なども、口にしないようにするということが礼儀作法にかなっているとされたのです。
こういった話を女性とするなど、もってのほか。
全ての貞淑な女性は、そもそもこういった話題を全く知らないことのようにして振舞うことが美しいとされました。
彼らはこういった単語を口にしなければいけないとき、それらをわざと遠まわしに言うようにしました。
例えば・・・・
胸、乳房→頸、胸像
腹→胃、そうでなければ口にしてはいけない
足→そもそも口にしてはいけない
尻→そもそもこの世に存在しないものとして扱われた
コルセット→胸衣
妊娠→「希望にみちている」「状態が変わった」
といった具合。
いちいち言い換えをするようなところなどは、まるでお公家さん?(笑)といったふうで、あまりにまわりくどくて誤解が生じる事故も多かったのではないかなと、おせっかいながら少し心配してしまうほどです。
他にも芸術分野においても、裸体は破廉恥であるという理由から、これもまた厳禁とされました。
それどころか、裸体の絵画や像の前に立つこと自体が不潔な願望や欲望のあらわれとされてしまう始末です。
まっとうな人間は、裸体の人間など知らない、全ての人間は着衣でイメージされるということが前提となってしまいました。
それにしても、これではまるで、人間性を無視した苦行のようです。
人間の生理的な部分を排除し、人前でそれを露にしてはいけないというのですから、この時代に暮らすとしたらさぞかし居心地が悪いことでしょう。
(と、私は思います)
楽園ではこういったこと全てに蓋をせず、この世に存在するということを認めてそれらと上手につきあっていく方法を人々が心得ている時代でした。
そういった意味でも、楽園の世界は私にとってとても興味深い世界だなあ、と思うわけです。
図版:鹿島茂『明日は舞踏会』
参考:本城靖久『十八世紀パリの明暗』
ゴンクール『18世紀の女性』
飯塚信雄『ロココの時代』

第7回は、「嫉妬の美学」です。
楽園での嫉妬の作法についてお話しています。
詳しくはそちらを読んでいただければと思いますが、コラムで登場する19世紀的な価値観について、こちらでは少しだけ触れておこうと思います。
19世紀のファッション・プレート19世紀という時代は、何においてもとにかく、醜いものには蓋をする、といったような時代だったように思われます。
そしてそのごまかしの手段として厳格に守られていたのが、
「うわべの礼儀作法」。
特に恋愛についてはことさらに厳しく言われていました。
19世紀の人びとがとにかく目指していたのは、「性」というものを身のまわりから遠ざけること。
とはいっても彼らもやはり、もともとは18世紀の官能好みな人びととも全く同じ「人間」ではありましたから、本当の意味で禁欲生活を送ることなど、たやすくできるものではありません。
そこで彼らは、とりあえず公の生活では「無性」といった顔をすることに決めたのです。
彼らは、表向きには恋愛など全くしないような顔をしてすましていました。
そして大きな声で恋愛について話をするというようなこともしなくなったし、他人が恋愛しているのを目撃したとしても、見てみないふりをしました。
恋愛は否定されてしまったのです。
さらに極端なことには、話の中で「性」に関する単語を使うことにも拒否反応を示しました。
性に関する真面目な議論も、性を挑発するような女性の身体の部位や服装の名前なども、口にしないようにするということが礼儀作法にかなっているとされたのです。
こういった話を女性とするなど、もってのほか。
全ての貞淑な女性は、そもそもこういった話題を全く知らないことのようにして振舞うことが美しいとされました。
彼らはこういった単語を口にしなければいけないとき、それらをわざと遠まわしに言うようにしました。
例えば・・・・
胸、乳房→頸、胸像
腹→胃、そうでなければ口にしてはいけない
足→そもそも口にしてはいけない
尻→そもそもこの世に存在しないものとして扱われた
コルセット→胸衣
妊娠→「希望にみちている」「状態が変わった」
といった具合。
いちいち言い換えをするようなところなどは、まるでお公家さん?(笑)といったふうで、あまりにまわりくどくて誤解が生じる事故も多かったのではないかなと、おせっかいながら少し心配してしまうほどです。
他にも芸術分野においても、裸体は破廉恥であるという理由から、これもまた厳禁とされました。
それどころか、裸体の絵画や像の前に立つこと自体が不潔な願望や欲望のあらわれとされてしまう始末です。
まっとうな人間は、裸体の人間など知らない、全ての人間は着衣でイメージされるということが前提となってしまいました。
それにしても、これではまるで、人間性を無視した苦行のようです。
人間の生理的な部分を排除し、人前でそれを露にしてはいけないというのですから、この時代に暮らすとしたらさぞかし居心地が悪いことでしょう。
(と、私は思います)
楽園ではこういったこと全てに蓋をせず、この世に存在するということを認めてそれらと上手につきあっていく方法を人々が心得ている時代でした。
そういった意味でも、楽園の世界は私にとってとても興味深い世界だなあ、と思うわけです。
図版:鹿島茂『明日は舞踏会』
参考:本城靖久『十八世紀パリの明暗』
ゴンクール『18世紀の女性』
飯塚信雄『ロココの時代』
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